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半魔  作者: はっとりおきな
1/7

「半魔」



「いやァぁぁああ゛あ゛あああアッ!!!」



 空気をく絶叫。

 ビグン、ビグン、と拘束こうそくされた母体が――その大きくふくらんだ腹部が脈打つ。



 女性の首はまるで別の生物であるかのように蠢動しゅんどうし、器具により拘束こうそくされた分娩台ぶんべんだいもどき(・・・)の台の上で顔を、髪をのたうち回らせる。

 涙が幾筋いくすじにも流れ、精一杯体を痛みと絶望にり返らせた顔を額に向かって伝っていく。



 拷問ごうもんのようなその光景に、二人の男は言葉を失うより他無かった。



    ――――血にれ光るその肉を、力任せに食い千切る。



「ヒ……ヒディル様、これはっ……?」

「……この状況は何なのですか、教皇きょうこう



 鋼を基調に、金の縁取りがされた輝く重装じゅうそうを身にまとう壮年そうねんの男、ヒディル。

 彼はれ下がる触角しょっかくのような前髪の奥で、光る灰色の両目に静かな怒りをたたえ、教皇と呼んだ人物を見据みすえた。



 視線の先には、あざけるように二人を薄ら笑う八人の男女。豪奢ごうしゃな青のローブにもれるようして老獪ろうかいな顔を並べている、そんな彼らの中心。ローブのに手の平大ほどの漆黒しっこくの宝石を光らせた白い長髪の老人――――教皇と呼ばれた男はゆっくりとヒディルを、そして彼のかたわらの金髪の青年を見る。



「……。出産だよ」

「そんなことは見れば分かります。私がいているのは――――それが何故この生体せいたい実験室じっけんしつで行われているかということです」



 ヒディルの声に合わせるように、どこかで巨大な生物が息のかたまりを吐き出す音が聞こえた。

 ヒディルの傍らにいる金髪の青年が眉根まゆねを寄せ、嫌悪を込めて付近の飼育箱(・・・)め付ける。



 その無機質な空間は、生体実験室という名の魔物まもの飼育箱しいくばこ



 まかり間違っても、人間の出産が行われて良いような場所ではなかった。



    ――――力の限り咀嚼そしゃくし、その肉を、血をらう。



 母体が再び悲鳴を上げる。

 その声がはらむのは痛みと、何故か恐怖。

 母体は生まれ出でようとする我が子に――――断末魔だんまつまごとき恐怖の叫びをあげているのだ。



「いつまで黙っているつもりですかッ! この国の頂点、最高統治会さいこうとうちかいともあろうお方々が、もしや余人よにんに言えない後ろ暗いことをやっているのでは――」

「これは後ろ暗いことではないよ、エクター君。痛ましくはあるがね」

「後ろ暗くないとおっしゃる? 妊娠にんしんした女性を、こんな設備も何もない魔物どもの飼育箱で秘密裏に出産させることがですか!?」

おさえなさい、エクター」



 血気にはやる金髪の青年――エクターをヒディルが制する。

 ヒディルの腰の飾らない剣帯けんたいが、げられた細身のさやが高い音を鳴らした。

 教皇は「よいのだ」と一言置き、再び口を開く。



「エクター君の言う通り、出産が実験室で行われることなど無い。これは出産ではなく『実験』なのだ。大丈夫、母体は十分に衰弱すいじゃくさせてある。恐らくこの出産を乗り切れまい」

「貴様等――まさか人体実験を行ったと!!?」

「エクター。……教皇。彼女はもしや――」

「本来、人間と魔族まぞくとでは生殖は不可能であるとされてきた。……いくつもの悲しき実例が、それを証明していた」



    ――――背後には、獣のしかばねの山。足をひたすのは獣の血の海。



「…………待ってください教皇っ。その言い方はまるで、」

「エクター君。そしてヒディル」



 教皇の、そしてヒディルの目が、ゆっくりと母体へ向けられる。



「よく見ておきなさい。人間と――」



   ――――雷鳴。雨。木々のざわめき。



   ――――血だまりに映るのは、



「ァああああぁああ゛あ゛あッッッ!!?? あぁあ゛あ゛あ゛あ゛ッッ――――!!!」



    ――――巨大な口から唾液だえきと血をこぼす、醜悪しゅうあくなる己の姿。



はらませたのは――――ゴブリンですって!!?」

「教皇、とするとこの女性は例の(・・)、」

「そうだ。南方なんぽう支部しぶ管轄かんかつの区域にある村が、数ヶ月前に魔物を率いた魔族により襲撃され壊滅した。あの母体はそこで発見された。数体のゴブリン共に犯し尽くされた後でな」

「何故その場で殺さなかったのです!? 魔物かもしれない者を産み落とさせるなど人道に――」

「あと少し」



    ――――その姿が嫌で嫌で嫌で、嫌で。でも、



「この四方を魔物から囲われ(・・・・・・・・・・)た世界(・・・)から脱するまで、我々人類はあと少しの所まで来ているのだ、エクター君。そこに異分子イレギュラーが入り込む余地があってはならない。絶対に――絶対にだ!」

「教皇の仰る通りだ」「我々は勝利しなければならない」「あの母体はその為の犠牲じゃて」「そんなことも解らんのかあの小童こわっぱは」「実験動物を冷静に見ることもかなわんで」「こりゃとてもヒディルの代わりなど務まるまい」「愚か愚か」

「っ……」



    ――――でも、食べないといけなくて。



「あ゛a゛ッ゛ッ゛ッッ――――!!!!!!」



 慟哭どうこくの断末魔と共に。



 みどりばんだ体液と血が、膣口ちつこうから弾ける音。



『!!?』



 無機質な鉄の空間にいる全員が、ガラス窓の向こうにいる母体へと目を向ける。

 母体は四肢ししを力無くれ下げて事切こときれ、そのまたから――――大きな赤いまだらの袋を産み落とす。



「……胎盤たいばん……馬鹿な、人間の子どもなら……ッッ!?」



 ――エクターの声は、胎盤を突き破る小さな手(・・・・)により断ち切られる。

 その手はヒディル達が――――人間達が最も見慣れた赤子の手。



 赤黒い胎盤を破り、母体の肉と血にまみれて転がり出てきたのは人間の赤ん坊だった。



「――――……」



 誰知らず、安堵あんどの息がれ聞こえる。

 次いで聞こえ始めたのは産声うぶごえ。それも人間の赤子のものだ。

 赤子は床を赤黒く染めながら、へそのがつながったままで泣きもがいている。



 教皇。これで心配は杞憂きゆうに終わりましたね。

 そうヒディルが発しようとしたときだった。



 赤子の顔が、体が――――ぐにゃりと深緑色ふかみどりいろに変形し始めたのは。



「な――」



 絶句するエクターの眼前で、赤子は粘土ねんど細工ざいくのように姿を変えていく。



 とがった耳。

 骨ばった体。

 ぼこりとした餓鬼腹がきばら

 枯れ枝のような手足。

 小さな鷲鼻わしばな



  ――――そんな醜悪な姿で。



 ゴブリンの赤子(・・・・・・・)は、相変わらず人間のような産声を上げ、鳴き続けている。



「……常々思っていたのだ。魔に孕まされた人間は(・・・・・・・・・・)何を産み落とすのか(・・・・・・・・・)。しかしこれは紛れも無く……人と魔の間を行き来する力を持った――」



「――――――『半魔はんま』――――――!!!」



 教皇の言を次ぎ、ヒディルがつぶやく。

 そして、



「殺せ。ヒディル騎士団長きしだんちょう



 その命令は、最高統治会により下された。



「見よ、さも我等人間の子のように泣き叫びおって」「なんと恐ろしい……」「見るのも汚らわしいわ」「呪われてしまう、おおお」「見るに堪えぬ、騎士団長ッ! いつまで突っ立っておるのだ」「はようそのバケモノを殺せ」「このためにお前達を呼んだのだ!」「殺されてしまうぞ」「殺せ」「殺せ!」「殺せ!!」「殺せ!!!」「それが――――我らが始祖神しそしんテネディアの託宣たくせんである!!!」



 泣き声は。

 命令は。



 ヒディルの鼓膜こまくを、視界をずっと、揺らし続けた。




    ――――滂沱ぼうだの涙が、緑色の岩肌いわはだのようなほおを落ちる。



    ――――美味なる肉が、慟哭どうこくに開いた口から落ちる。



「…………早く…………」



    ――――涙と唾液と血の液だまりの中、その低い声で。



    ――――闇を斬り裂き、いた。



「――――早ク人間ニなりタあぁァ――――――いッッ!!!!!!!!」


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