97話 【番外編3】自由奔放な私
夏のイベントが終わった翌日の夜。
帰りのバスでは皆が疲れ果て、運転手の学園長だけが鼻歌混じりで全員を家に送り届ける。
それから数時間後……人噛瞳は自身の部屋でごろごろと過ごしていた。
仲良く過ごした夏があっという間に過ぎ去った。
「まぁ、楽しかったし……いいかぁ……」
ダンデくんがドアップで写っているシャツを着てベッドで寝っ転がりながら瞳は思いにふける。真夏の身を焦がす様な熱い日差しは当然の如く無く、冷房が効いて過ごしやすい環境だった。
快適と言える空間のはずなのに……そのはずなのに……。
「うーん。私はどうしたいんでしょう……?」
棚に飾っている春来と瞳のツーショット写真を眺めながら瞳は呟いた。
瞳の目にはツーショットに見えているが正確には三人、残った一人は二人を驚かしているマイルズデリックだった。怖い顔がはっきりと写っている。
驚く顔の春来を欠伸をしながら瞳はじーっと眺める。その気怠そうな態度とは違い視線には優しさが漏れていた。
一人で悶々とベッドで過ごす瞳の心は冷房も効いているのに焦り、言葉に出来ない揺らぎが確かに存在する。
恋に身を焦がす様な……恋愛経験が無い瞳はこの感覚が良く分からない。
「春来さん……大人気だったなぁ」
夏の海では春来を中心に全てが動いていたと瞳は感じている。猫の先輩……大和先輩の妹さんもいつの間にか春来と仲睦まじい雰囲気を瞳は感じ取っていた。その様子を伺う大和先輩の事もちゃんと見ている。
「せっちゃんは前から見て分かっていたけれど……」
春来と幼馴染のせっちゃんは瞳が初めて会った時から仲が良かった。瞳はあの二人を今よりも前から知っている。
「あれは確か初等部の頃だったかな?」
ゆっくりと瞳を閉じて記憶を呼び覚ます。あの頃は、瞳が図書館に足を運ぶとせっちゃん――冬凍雪奈の姿を良く見かけた。一人で黙々と本を読む姿に対して、瞳はまるで自分の様だとさえ当時は感じていた。
瞳の今までの学園生活は淡々としていて勉強やスポーツに対してそんなに苦労をした記憶は無い。教えられた事を復習し、分からない所を尋ねて理解するだけで勉強は何とか良い点数を取っていた。スポーツに関しては吸血鬼の力がうっすらと発現していたのかもしれない。だから、他人よりは常に一歩前を進んでいると幼い時でも分かっていた。
他の子よりも背丈が高くて少しだけ……本当に少しだけ居心地の悪い学園。
そんな学園で一人黙々と過ごすせっちゃんを瞳は見逃さなかった。変な仲間意識だったのかもしれない。瞳と似たような境遇を感じたのかもしれない。
せっちゃんを意識していた瞳だが、自分から話しかける事は無く横目で存在を感じていた。
時間が過ぎて瞳が気付く頃にはせっちゃんが図書館に来る頻度は減っていた。その隣には元気な男の子がいつも居る。一人で黙々と本を読む姿よりも輝いて瞳の眼には写った。
『あら、良かったね』
寂しさを胸に感じながら素直に羨ましい気持ちを当時の瞳は抱いていた。いつか自分自身にも退屈な世界から飛び出るきっかけがあればいいなと思うが自分から行動は出来ない。
吸血鬼の力が強まって暴走するまでは意識した事が無かった。まさかあんな行動を一直線に真っすぐやるなんて一番驚いていたのは瞳だった。
初めて異性に自ら進んで声を掛けて……今思うと恥ずかしい。
でも、それほどの衝撃が存在した。
今すぐに欲しい。
誰にも渡さない。私だけの存在。
それから冷静という文字が私の辞書から家出していた。
デートに誘ったり雨の日に羞恥を晒したり。
でも、私――人噛瞳に後悔という文字は無い。
この先祖返りが無ければ一生の間、関係を築く事さえなかったと思う。
あんなに羨ましいと思っていた二人が今はすぐ隣にいる。
この関係はとても居心地が良い。春来さんとせっちゃんの二人を眺めるのも好き。春来さんとの会話や触れ合う事も私にとって心の拠り所となっている。そして、せっちゃんと仲良く二人で過ごす事も同じくらい大好き。
そして、『狩人』のメンバーとなった今は私にしか出来ない事がある。
「さて、練習……してみましょうか。いざという時に出来ない事が無い様に」
いつもの様に出来る事を伸ばす。体を起こして軽くストレッチを始めて深く深呼吸を行う。
そして、窓を開けて裸足で外に出た。ベランダは外と部屋の狭間で冷房の冷たい空気が外に逃げて生ぬるい風を瞳は感じる。
上を見上げると綺麗な月が見えた。
「天気も良いし空も綺麗」
瞳は小さな助走をつけてベランダの手すりに飛び乗ると思いっきり飛び出した。
背中から先祖返りの力を使い羽を出現させる。夏の海では勢いだけで空を飛び、春来の危機を助ける事だけしか考えてなかった。
今は冷静で想像以上に制御が出来ない。でも、この空は瞳の世界。大和先輩にも春来にも到達出来ない自由な世界。
狩人で唯一無二の空を自分の物にして何があっても助けに駆け付ける事が出来るように。
その強い思いとは裏腹に現実は簡単ではなかった。外に投げ出された体は重力と浮力の戦いを始めて斜めに滑る様に落ちて行く。同級生の学園で過ごす皆は瞳を天才と表現するがそんな事は無い。
最初から成功する事の方が少ない。積み重ねた経験が結果に繋がる事を知っている。出来ない事も練習したら出来る様になる。
地面が目前に近づき、瞳は裸足の両足で着地した。雑草を踏みつぶしながら滑る体のバランスを取り転倒する事は無かった。敢えて人噛瞳を天才だとしよう。その天才――天から与えられた才能というのなら。
「もう一回」
瞳はそう呟いて両足に力を込めた。吸血鬼の力は凄まじく自分が飛び出た階さえも超えて羽を揺らしながら上昇する。この先祖返りの力が瞳の才能。誰にも真似できないと言っても過言では無い。角の生えた大和先輩をも凌駕し、ちょっとした傷も簡単に再生される事を知っている。
「おー、結構高い」
快晴の夜空はとても綺麗だった。高度に対しての恐怖心は無く、今の瞳は嫌いだった自分の吸血鬼をちょっとだけ好きになっている。
誰も居ない自由な空をダンデくんシャツを着た短パンの少女が時に危うくも縦横無尽に駆け回る。
「結構……物にしたかなぁ」
飛ぶ練習を終えて瞳は空を見上げる。その高度は雲を越えて星空が良く見えた。
「星空ってこんなに綺麗だったんだ。今度は、春来さんを無理やり抱きしめてこの空を二人で眺めようかな」
人噛瞳は一人で微笑みながら星空を堪能した。
◇◇◇
「くちゅん」
「お、風神? 風邪か?」
「うるさい勇者……」




