91話 狩人は日焼けを止める
海へ到着すると白を基調とした二階建ての建物が見えた。
信秀曰く、定期的に手入れはしているが一旦どんな状況なのかを確認する為に、二人で現地の偵察する事にした。皆はバスの近くでお留守番。
偵察対象の建物は海まで徒歩で行けるやや高台の場所に建っていた。白を基調とした二階建ての建物はテラスがあり海を眺めながら食事も出来る。
青い海と家の周りを背の低い木々が囲んで青々と茂っている。その中で真っ白の建物は分かりやすい。
「はるくん」
「はるくんって呼ぶなおっさん。んで、どうした?」
「この別荘には名前があってな……のぶ荘と言うのだ。その由来は――」
信秀の言葉を無視して春来は重い荷物を運ぶ。おいて行かれた信秀が肩を落としながらついて行った。
荷物の中には夕飯の食材を基本に海で遊ぶ道具やもしもの為の医療器具まで入っていて信秀の手腕を垣間見た気がした。
「で、さっきの話だけど」
「おっさん。これはここでいいんだよな?」
「うむ。後はやっておこう」
鍵を開けて中に入るが埃も無くて綺麗に見えた。これならすぐに皆も連れて来ようと考えて春来は信秀に任せバスに戻る。
皆も手伝おうと声をあげてくれたけど、これくらいなら二人で十分だった。腐っても勇者の先祖返りを使えば力も強くなる。荷物を運ぶくらいなら簡単だ。
「海が綺麗ですね春来くん!」
風に前髪を揺らしているせっちゃんは気持ちよさそうに眺めていた。
「うん。天気も良いし」
「さてさて、さっそく水着を春来くんにお披露目する時が来ましたね」
「遊ぼうか。皆も建物の中で着替えて」
全員を引き連れてのぶ荘へ向かった。
のぶ荘の間取りは玄関から入ってすぐ近くにお手洗いとお風呂があり、広いリビングの隣にキッチンが付いていた。
一階はそれだけで二階には洋室が三つに分かれている。海の近くで過ごす為の建物なのでリビングでは大勢で過ごせる様に設計されていた。リビングからテラスへ出ると海が視界に広がる。
海からのぶ荘までは上り坂になっており遠くまで良く見える。
「二階で着替えてくるから後輩くんはその辺で着替えてなさい」
黒猫がそう言い女性陣が二階へと階段であがっていった。
女性陣は着替えに時間が掛かるだろうと判断して春来はリビングで着替え終わると信秀から荷物を受け取り、一足先に海へと向かう。
上半身に薄手のシャツを羽織りサンダルを履いて坂を下ると足元に砂が入るので海へ来たって実感する。木陰もちらほらあるけど、受け取った荷物からパラソルを開いて立てる。
一応もってきたブルーシートや四人掛けの簡易用椅子付きテーブルを組み立てた。
あとは飲み物やらなんやら信秀がどうにかするだろうと判断して春来は海を眺める。
青いけど……一部はエメラルドグリーンにも見える。白い砂浜を近くで見るのも久々だった。波打ち際には海藻っぽい物が打ち上げられている。
一息ついて組み立てた椅子に座って皆が来るのを待っていると後ろから声を掛けられる。
「春来さんが準備してくれたんですね。お疲れ様です」
「あ、瞳さんが早いね」
「はい。事前に沢山試着していたので早いです」
「あー、確かに。何度も水着を着ては僕に見せてくれたね……」
「というのは嘘で下に着てました!」
脱ぐだけだったんだ……もう少し早く来てくれたらお手伝いを頼んだかもと思っていると。
「どうです。似合ってます?」
何度も見せられて少しだけ詳しくなってしまった。
それに、瞳さんなら何を着ても似合っていると思う。黒い水着は胸元でクロスして首の後ろで固定している。二人でお店に行ったときはクロスホルターって書いてあったと思う。
「いつも通り似合ってますよ」
胸元でクロスするからなのか……とても強調されていて視線に困るのだが、何度も見せられると流石に恥ずかしさが無くなっていた。
「私が春来さんの……最初の女ですね?」
「水着を最初に見せてくれたって意味だよね。変な風に聞こえるのですが」
ふふっと笑いながら春来の隣に座った。それから少し待つと皆がやってくる。
「海だぁ! 春来これ膨らませて」
「はいはい」
莉子から空気の入っていない浮き輪を受け取ると持って来た荷物の中から足踏みポンプを取り出して必死に踏む。それを隣で見ている目には輝きが増していく。
「頑張れ春来」
「頑張ってまーす」
しばらく莉子の応援を適当に流しながら空気を入れ終えた。赤い柄の入った丸い浮き輪を受け取ると満足そうな顔をして口を開く。
「よくやった春来ありがとあそんでくる」
「気を付けなよ」
喋りながら走っていく姿は小さな子供だった。
「後輩くんが働いていて莉子ちゃん嬉しそうね」
「大和先輩が隣で見ているのを僕は気付いてましたよ」
「そ、そう。それで……どうかしら?」
髪の毛を後ろで結んでいる……ポニーテール姿を見るのは初めてで黒猫はそわそわしながら不器用にくるりと回った。
「先輩のポニーテールを初めて見た気がします」
「って違う。水着よ水着!」
黒猫は胸元にフリルの可愛い水着を着ていた。
ベースは黒いけどフリルの部分に紺色が入ってる……確か、フレアビキニだったっけ。
「もちろん似合ってます……けど、被ってますね」
「……そこはいいのよ。似合ってるならいいのよ」
同じ形の水着を莉子が着ていた。色は浮き輪と合わせたのか赤色で……人噛瞳とは色が同じで。
「大和先輩……」
春来が優しい視線で見ていると黒猫は胸元で手を組んで視線を外しつつもチラチラと見てくる。
「な、なによ」
「猫耳も付けると可愛いと思います」
「やだ! 後輩くんのばーかばーか」
あの時に見た猫耳姿を思い出しながら味方を作ろうと周りを見渡したが瞳の姿は無かった。
二人なら強く押せる……と春来は考えていたが作戦は実行に移す事無く肩を落とす。
「先輩!」
「どした禊。お、せっちゃんも来た」
禊の手には白い容器が握られていた。
「先輩……日焼け止めを塗って貰えませんか?」
「お姉ちゃんが塗るから!」
黒猫が禊の腕を掴んでパラソルの下に引っ張り、禊は名残惜しそうに視線を残して連れて行かれた。
「禊ちゃん……その手がありましたか」
「その手って。せっちゃん?」
「雪奈にも日焼け止めを塗って頂けると……」
「僕の記憶が正しければせっちゃんには日焼け止めが必要なかったような気がします」
雪女の先祖返りで雪奈は幼少の頃から日に焼ける事が無く真っ白い肌をしている。
昔、サキュバスの璃々愛に体質と回答していた事を思い出す。
「そ、それはそうですけど海で日焼け止めは必須だと雪奈は思います。気分というか……塗るだけでも夏っぽさがあるかと」
「あー、夏と言えばかき氷みたいな?」
「そうです。なので、塗って頂けると……」
風物詩というか……夏で連想して海や花火や夏祭りと同じように日焼け止めもありかもしれないと春来が考えていたら軽いステップで砂を蹴る音が聞こえた。
気が付くと姿を消していた瞳が大きな胸を揺らしながら日焼け止めを手に楽しそうな顔で駆けてくる。
それを雪奈と二人で見ていると抱き着いてきた。
「春来さん。私が日焼け止めを塗ってあげますね。少々探すのに手間取りましたが任せてください!」
「瞳ちゃん……その手がありましたか……」
何かに気付いた驚愕の表情で肩を落としている姿を、春来は苦笑しながら見守るしかなかった。
「せっちゃんにも塗ってあげますからね。まずは、春来さんに優しく――」
「瞳さん。なんか恥ずかしいので自分で塗ります」
「まぁまぁまぁ」
徳を積む行動の一つ……春来は日焼けを気にしていなかったが無理やり体中を塗られた。絶対に塗ると強行し、隣の雪奈も悪乗りして手伝いますと言い瞳の味方となった。
逃げようと試みたが雪奈の先祖返りを使い両足を拘束された。地面から生えた靴の様に足の周りを完全に氷で覆われて転びかける所を瞳が受け止める。
それからは、丁寧に日焼け止めを伸ばして優しく塗られた。
「せっちゃんが意地悪している気がします」
「春来くん。夏なので日焼け止めは大事だと思います!」
「瞳さんこっそり水着の中に手を入れようとしないでください」
「なっ。瞳ちゃん駄目ですよ!」
助けてくれるのは雪奈しかいない。春来はそっと胸を撫でおろす……しかし、味方だと思っていたのは春来だけだった。
「雪奈がやります!」
「せっちゃんそうじゃない」
瞳さんが楽しそうに笑ってくれて嬉しいはずなんだけど……この状況をひっくり返さないと。
「ストップ! 二人とも僕はこれで十分なので止めてください」
「春来さん私達にも塗ってください。それなら止めます」
瞳は雪奈を見て片目を閉じてウィンクすると、何かを察した雪奈も流れに乗る。
「そうです。塗ってくれるなら許します」
「何を許されるのか分からないけど……塗りますから」
氷の足枷を解除した雪奈がちょこんと春来の隣に座った。お先にどうぞと瞳が譲り隣で眺めている。
「春来くん……優しくしてくださいね」
「背中から塗るからね」
手の平で伸ばして背中を触るとくすぐったいと言われたが気にせず日焼け止めを塗る。オフショルダーの水着だから雪奈のうなじが良く見えるので春来はじーっと見ながら手を動かしていた。
「せっちゃんって肌が綺麗だよね」
「あ、ありがとうございます?」
「あと、ひんやりしてて気持ち良い」
「雪奈は気持ち良いのです!}
夏は重宝する先祖返りの力だ。逆に吸血鬼の先祖返りが春来は気にする、この炎天下の中で強い影響が体に起きてる可能性を考慮して声を掛ける事にする。
「瞳さんはこの日差しでも大丈夫ですか。一応、吸血鬼だから太陽で死ぬなんて事ないのは知ってますけど」
飲み物を片手に遠くを眺め始めていた瞳が答える。
「大丈夫ですよ。春来さんが居ますし……困ったら助けてくれますよね?」
「極力頑張りますが、体調が変だと思ったら声を掛けてくださいね」
この海で血を飲ませる事態が起きるのだろうか……吸血鬼の先祖返りが強まった時に血を口にした瞳の力が向上するのを彼女自身が実感していたと話を聞いた。
つまり、あの時より強力で回復力も高い吸血鬼が現れる事になる。誰にも止められないんじゃないかなと春来は危惧していた。
「次は瞳ちゃんどうぞ」
「まぁ! では前からお願いしましょうか」
「そこは自分でしてください瞳ちゃん」
大胆不敵な瞳に雪奈も慌てていた。
一方、大和姉妹は……騒いでいる三人を眺めていた。




