9話 僕は人噛瞳と寮に戻る
「春来さん、お腹すきません?」
「もうそろそろ、お昼時だね。飲食店はどこかな?」
手持ちのパンフレットを眺める、水族館と動物園の間は基本的にお店が並んでいるみたいだ。お土産コーナーが出入口付近に並んでいて遊園地に近い所に飲食系が多い。
「こっちだな。人噛さんは何が食べたい?」
「んー、何でもいいわよ?」
僕を見た後に、何でもいいと答える人噛さん。でも、この時間帯だったら混んでるかな……。
飲食店には人が多い、何よりもレストランなタイプは長蛇の列が出来ている。待って食べる物いいけど、他のアトラクションにも行きたいと思うし、少し僕は考える。よし、ここに行こう。
「人噛さん、ハンバーガーはお好き?」
「好きですよ」
「ここにハンバーガーがメインの飲食店があるっぽくて、そこに行きません?」
「分かりました」
目的のバーガー屋さんに着くと、思っていたより人が少ない。これなら席が無くても食べれると思ったのだが、少し席が空いている。僕達は店員さんにスペシャルバーガーセットを二つ頼んだ。
僕はチーズやアボカドがふんだんに使われているバーガーを選び、人噛さんは粗挽きハンバーグの上にはチーズとエビが入っているバーガーを頼んだ。
「ハンバーガー……久々に食べるのでとても楽しみです」
「やっぱり、人噛さんは普段食べない?」
「はい、あんまり食べる機会が無くて……」
僕のイメージでは、いい意味で高級店に出てくるようなフレンチを食べているいと思っている。こういう食べ物でも喜んで貰えるのは親近感が湧く、ちなみに僕は最近バイト帰りに大和先輩に奢られたばっかりである。
大きく口を開けてハンバーガーにかぶりつく、ソースがほっぺたに付いている事に気付かないくらい感動があったらしく、人噛さんは食べていた。
その様子を見て、僕も食べる。濃厚なチーズと流石森のバター、食感がマイルドで胡椒が良い味を出している。
「春来さん、ほっぺたに付いてますよ」
そう言って僕のほっぺたをおしぼりで拭いた。拭き終わると満足した様子でにこりと笑う。
「人噛さんも付いてますよ。僕が拭きましょうか?」
「ううん。自分でやります。って結構付いてる。早く教えてください」
「夢中で食べてたから暫く眺めていましたごめんなさい」
食べ終わると、僕達は遊園地に向かう。ジェットコースターや、流行りのVRを扱っているアトラクションが沢山ある。少し、古いイメージのメリーゴーランドや、観覧車もある。
「春来さん、アレです。アレに乗りましょう」
「さいきょう……最怖VRアトラクション『ゾンビの街』ですか、車で街を駆け抜ける作品なんですね」
「さぁ、行きましょう」
僕の腕を掴んでぐいぐいと連れて行く、最後尾に並んで僕達は自分たちの番を待っていた。待っている間に、女の子の叫ぶ声が響く。
どれくらい怖いんだろう……でも、出口から出てくる皆は清々しい顔をしている。まぁ、大丈夫だろう。
「春来さんは怖い物は苦手ですか?」
「僕に苦手な物はあるにはあるが、怖い物は……だ、大丈夫です」
「本当ですか? とっても苦手なら辞めてもいいですよ?」
「いえ、大丈夫です」
僕は自分の苦手な物を考えていた、ふと大和先輩が浮かんだがこれ以上は考えない事にする。大丈夫、あの先輩は苦手じゃない。むしろ、そう!
むしろ好きだ。間違いない。そうこうしているうちに僕達の番が来た。店員さんに尋ねられる。
「何名様ですか?」
「二人です」
「一番の番号にお進みください」
僕達は一番前だった。コースターがやってくる、先頭に乗り込むとVRゴーグルとヘッドフォンを装着した。僕は古臭い赤いオープンカーに乗っている、恐らく外車でとても大きい。
隣を見ると、細かく生成された人物が映っている、それ以外にも車の直ぐ隣にはアメリカンなバイクに乗った髭の濃ゆい小太りのおじさんが並走していた。そして、物語が始まる。
『へい、この先が街になっているはずだ。街についたら美味い物でも食べてゆっくりしようぜ』
『ちょっと、私はお風呂に入りたいわ。ご飯はその後ね』
僕の後方から女の人の声が聞こえる。このオープンカーには四人乗っている設定のようだ。
『おい、アレを見てみろ』
おじさんの声で僕達の視線は釘付けにされる、誰かがゆっくり歩いてこっちに向かってくるのだ。
ゆっくり近づいてきてその全貌が見えると、表情は崩れてほっぺたは耳まで裂かれている、肋骨が少し見えている気がするが注視したくない。
『おいおいおい、これはやばい。俺についてこい』
そういって並走していたおじさんが僕達の車の前で先導する、それで街の中を走り抜ける。
途中に現れた犬がやばかった、行き止まりでバックするときに追いかけられた時は目前に口が迫ってまるで唾液をぶっかけられたような錯覚さえあった。
というか、実際に霧吹きのような物で水を感じた。その瞬間、隣で小さな悲鳴があったきがするが、今はそれどころじゃない。
『ここは俺に任せてお前達は先に行くんだ』
途中でおじさんと別れて車で走り抜ける、数々の敵を振り切った後におじさんと合流する。
『はっはー、お前たちも無事だったか!』
そして、おじさん! 無事だったんだな! と安心して見ると醜く変わり果てたおじさんの顔がドアップで終了した。
「はい、ゆっくりゴーグルとヘッドフォンをお外しください」
誘導に従って機材を外した。そして、出口に向かう。
「最後のマイルズデリックと写真撮影出来ますよ」
あのおじさんの名前はマイルズデリックだった。
出口の隣にスペースがあり、お金を払えば写真が撮れるらしい。僕達にはカップルチケット特典があるのでとてもお安くなる。
「春来さん、写真撮りましょう?」
「うん」
僕達は、おじさんと写真を撮る。僕と人噛さんの間におじさんが入っていた。その様子をスクリーンで見る事が出来る。
ガッツポーズしているおじさんの真似をして、僕達もガッツポーズをした。そして、スクリーンのカウントが始まる。さん、に、いち。
そのカウントがゼロになる瞬間、元気だったおじさんの顔がゾンビ化した。本当に最後のマイルズデリックと撮影だ。
僕と人噛さんの悲鳴が響き渡る。
「どうぞ~」
女の店員さんが笑顔で写真を渡してくれた。その写真にはガッツポーズしている僕達とその後の惨劇の二枚が収められていた。
僕の顔も大概だが、人噛さんの驚く顔も凄い。これは学園の誰にも見せられない。
「もー、変な顔です。恥ずかしいです。乗らなければ良かったです」
「楽しかったよ」
「それは良かった」
僕達は様々なアトラクションに向かう、空を見上げると曇り気味だ。雨が降らないだけでも嬉しいのだけど。
手を握って早くと急かす人噛さんは、笑顔でジェットコースターに向かった。それに僕は喜んで付いて行く。
個人的にジェットコースターの刺激には感銘を受ける事なく、早い乗り物だなぁといった感想だった。マイルズデリックの顔が頭から離れない。
いや、彼は悪くない。隣の人噛さんが満足しているようなので僕は満足だ。
インバー君とジョン君とも写真を撮ることが出来た。カップルチケットの特典は制覇した。
「春来さん、少し疲れました。多分ですけど段々、人に酔ってきました」
「じゃぁ、そこのベンチに座ろうか」
ここは目まぐるしく人が行き交う。慣れていないと流石に酔ってしまってもおかしくない。
「ふぅー、思ったよりも歩くんですね。とても疲れました。もう少し休憩したら帰りましょうか」
「そうだね、もう少しで日も落ちそうだし。帰宅ラッシュに巻き込まれるのは苦労しそうだしな」
ベンチに座って僕は周りの人達を見る、人噛さんはゆっくりと目を瞑って休憩しているので僕は観察するくらいしか出来ない。学生や、家族。
ご老人に至るまで、皆が笑顔だ。嬉しいや楽しいが詰まっている幸せな空間と言うべきかな。
ここにいるだけで幸せが感染して僕まで幸せな気分になっている気がする。それに、隣には人噛さんも居るし。
休憩の途中に僕の目の前を見覚えのある風船が動く。持ち主は偶然にも見覚えのあるちびっ子だった、大切にしてくれているのでなんだか僕も嬉しくなる。
「春来さん、行きましょうか」
「うん」
僕と人噛さんは二人で駅に向かう、楽しい時間は直ぐに過ぎてしまうので寂しい。相変わらず曇り空なので、帰るまでに雨が降らない様に願う。
本当に、普通にデートをしたと思う。大きな失敗も無く、順調に一日を過ごせた。後はちゃんと家に帰るのみだ。
途中で別れる事も無く、寮まで一緒なので気を抜けない。電車が来て、僕達は座る。窓から見える景色は来た時の逆再生だ。
あと半分くらいの距離になると、流石に途中で降りる人もいて僕達が乗っている車両も人が少なくなる。そんな時に人噛さんは僕の表情を伺い始めていた。
「人噛さん? どうしたの?」
「今日はその……どうでした? 楽しめましたか?」
「楽しかったよ」
「ちゃんと、私の事は分かりましたか?」
僕のイメージする人噛さんとは少し違っていてとても新鮮だった。とはいえ、人の部屋に忍び込むような人なので想像が出来ていた範囲にはなる。でも、本当に楽しかった。
「人噛さんはアレだね。普段のイメージで損をしている気がします。風船を見れば欲しがるし、かと言って小さな子に手渡す。優しい人です。あとは、自分から怖い物にチャレンジするけど得意というわけでもなく、少し半泣きな所とか面白かったですよ」
「だって、おじさん怖かったんだもの。仕方ないじゃない。私もこんなに驚くとは思わなかった」
「人噛さんは積極的過ぎます。少し危なっかしいです」
「そう? 私友達が少ないから距離感が分からないのよね。男の人とお出掛けも初めてだし」
「人噛さん人気があるのに友達が居ないんですか?」
僕は素直に疑問を持つ、外に居る側の僕からすると人気者だと思っていた。
「そりゃ、少しは関わる事はあるわよ? でも、何ていうのかな。一線引かれているというのかな」
あぁ、と僕は納得する。僕自身もそうだ、クールで綺麗でむやみに話しかけられないような孤高の存在。僕自身が抱いた最初の第一印象。それは、僕以外もそう思っていると考えるのは容易い。
だからこそ、孤独。その人噛さんと二人でお出掛けをする男子になるとは驚きだ。僕からすると、今時の女の子というか、距離感が分からない不思議な人という印象に変わっている。
もう少し、本人から近づくといいと思ったが、こっち側の人が委縮する。
「あぁ、人噛さん分かりました」
「え? 何が分かったの?」
「多分、人噛さんは素敵な人だから損してるんです」
「うーん。褒めてる? 難しいんだけど」
「褒めてますよ。また僕で良ければ遊びに行ってもいいですよ」
「本当? 次は動物園の方も回りたいわね」
二人で笑い合う、電車の中はもう二人っきりだ。
「私は色々、春来さんの事が分かりましたよ? まずは、とても付き合いが良い。こんな私のお願いも易々と引き受けてしまう。多分とてもお人好しです。あとは、学園の授業はさぼり気味です。信じられないくらい堂々と寝ますよね。あとはそうですね。意外と女の子の友達が多いです、冬凍さんとはそれはもうとても仲が良いようで……でもそれだけ春来さんには魅力があるってことですよねー」
あれ? 笑顔なのに何故か恐怖を覚えるような……。
「それに、無防備な女の子にも手を出しません。とても評価が高いです。それどころか、毛布を掛けてくれますよ。あと美味しそうにご飯を食べてくれます。これは多分、私が忍び込んで一緒のベッドに入っていても許してくれる気がしますね」
「待ちなさい、もう不法侵入はダメですよ? 人噛さんは可愛くてスタイルもいいので気を付けてください」
僕の片手を両手で掴んだ、そしてゆっくりと胸に引き寄せて抱きしめる。
「そういうところです!」
「春来さんにとって私は魅力的な女性なんですか?」
僕の片腕が柔らかく抱きしめられる。誘惑されているかと錯覚してしまう。いや、絶対誘惑されているに違いない。しかし、度胸のない僕はゆっくりと弁明を垂れる。
「もちろん、魅力的ですよ? なので、その。とても、ドキドキしています」
「まぁ、そうなんですね」
ふふふと笑って僕の腕を開放する。この娘はあざとい! これが天然なのか策士なのか分からない。正直ムラっとした。落ち着け僕、冷静になるんだ。
「あ、もうそろそろ着きますね。今日はとても楽しかったです、私の事が分かってくれたなら嬉しいですよ。あと、ちゃんと授業は受けなきゃだめですよ?」
「ぜ、善処します」
僕達は寮で別れた。