7話 僕は女子と添い寝する
気が付くと眠っていた。ソファーで寝っ転がってそのまま眠ってしまうとは相当疲れていたのだろう。いや、それともにゃんたに癒されてそのまま眠ってしまった?
やはり、我が寮ではにゃんたは必要不可欠な存在だ。このまま飼ってしまいたい、この寮がペット可な案件であれば実現可能だったかもしれない。現実は常にひどい物と決まっている。
そもそも、にゃんたは赤い首輪が付いているので何処かの飼い猫さんだった。
時計を見ると午前十時を過ぎている、いくら休みとは言えあと二時間も経つとお昼を過ぎてしまう。このままでは良くない。
なによりも気になるのはお隣さんが騒がしい気がする。何か色々な物を運んでいるような音が響く、朝から模様替えでもやっている音が聞こえる。
僕も偶には配置を変えると気分転換になるかもしれない。そうおもった僕はレイアウトを考えてみたが、すぐに面倒で考える事を辞めた。もうひと眠りする事にしよう。
僕は自分のソファーで眠っていた。そう、眠っていたはずである。
にゃんたは記憶に新しい。うっすら目を開けると、目の前には見覚えのある人物が立っている気がする。そっと、携帯電話を手に取り時間を確認するとお昼を過ぎていた。
二度寝を決意してから既に二時間が経っている。目の前には、人噛さんらしき人がいるがこれは夢だろう。僕は禁じられている三度寝に手を出すと心に決めた。
二度寝ならず、三度寝まですると折角の休みが一瞬で終わってしまう。
だが、僕に後悔は無い。
「寝るんですか?」
「寝る……」
人噛さんの声が聞こえた。僕は反射的に答えてしまった。しかし、意識が遠のく。
次に目が覚めると信じられない事が起きていた。まるで、ひなたぼっこをする様にベランダを開けて傾いた日差しが差す中で人噛さんが床でごろんと眠っていた。
僕は頭を掻いた、人噛さんが僕の部屋の床で寝る。
うん。信じられない。きっと夢の中で夢を見る夢を見ているんだろう。
これが明晰夢か、僕は初体験で心がウキウキになったが夢の中の人噛さんに悪戯するのも小心者の僕には難易度が高い。薄い掛け布団を掛けてあげた。
一方、僕は寝室に行きベッドに入ることにする。すると、もぞもぞと何かが蠢く感覚があったが僕は明晰夢の中では何が起きてもおかしくない……そう判断して魔の四度寝をした。
眠りすぎて頭が痛い気がする……僕は瞼を擦り体を起こした。すると、自分は部屋で寝ていて何やら寝息が聞こえる。
もしかして僕は幽体離脱を習得し、魂だけの存在が僕自身の寝息を聞いてるのかと一瞬本気で考えてしまったが、そうでは無いらしい。
人噛瞳がそこには居た。
僕の狭いベッドに人噛さんは横になり、僕の隣で眠っていた。これは……不法侵入?
「おはようございます……人噛さん? 起きてくださーい」
「……」
「人噛さーん。ここ僕の部屋ですよー。どうしているんですか?」
「ちょっと、声大きいよ。もう少しボリューム下げて」
「小声で訊きますね、どうして、ぼくの、へやに、いるんですか?」
「僕の部屋? んー」
体を起こすと人噛さんも瞼を擦っていた。
「やぁ、春来さんおはようございます」
「うん、おはようって違います。ここは僕の部屋で僕のベッドで」
「あー、寝ちゃったね?」
「ね、寝ちゃった?」
ふえーと大欠伸をする人噛さん。僕は、この人と寝てしまった? 落ち着け僕、ふあーと釣られて大欠伸をしてしまった。
「起きちゃったね」
「ね、寝てないよね? ね??」
「うん? 一緒にこのベッドで寝てたはずだけど……春来さんは私に掛け布団をくれましたよ?」
「あれは……夢じゃなかったのか。ええっと、まず人噛さん? 不法侵入ですよ?」
「だって、ベランダが開いてたから入ってもいいのかなって思ったんだけど」
「僕のベランダはにゃんた専用です。人噛さんは次から玄関をご利用ください」
「分かりました次は玄関からですね」
「そうです、玄関からです。ところでどうして僕の部屋に? 僕は学園長に連絡しないといけないのかとても悩んでいるのですが」
「今日のね、午前中に引っ越したから挨拶しようかなって思ったんだけど玄関しまってて」
模様替えなんて話じゃない、隣に引っ越していた。確かに、引っ越すような事は言っていたけれど……とても行動力のある人だった。
僕はそっとベッドから出る、冷蔵庫に向かいお茶を二杯入れる事にした。
僕の後ろをついてくる人噛さんにコップを手渡す。ありがとうと礼を言うと彼女はちびちびと飲み始めた。
「人噛さん? 僕の部屋に侵入して僕の部屋で寝る。これは冷静に考えると怖いのですが」
「うーん。失敗しちゃったね。本当は、お隣さんから始まってご近所付き合いから仲良くなろうと思ってたんだけど。階段すっとばしてしまったね」
「エレベーターの速度ですっ飛ばしてますよね」
「ほら、あのね。初対面って言うのかしら? 第一印象ね、それがとっても悪い事からスタートだから、ゆっくりイメージの改革を図ろうと思ったんだけど……」
僕とのグラウンドで鬼ごっこの事だろうか……第一、クラスでは僕の人噛さんへの第一印象はとても良かった。
クールで綺麗でむやみに話しかけられないような孤高の存在。そう、憧れ的な気持ち。
「春来さん? もしか……しなくても怒ってる?」
僕は姿見で噛まれていないかチェックをしながら人噛さんの話を聞いていた。よし、何処にも出血しているような痕は無い。本当に隣で眠っていただけだよな。
「怒るよりも僕は驚いていますよ。思春期の男の子の部屋に忍び込んでは添い寝をするなんて……これは変態です。都市伝説の類かと思っていましたが、目の前に変態が現れました」
「へ、変態!? 確かに……そうね、春来さん寝てたもんね。反省です」
「それに、僕に何もしてないですよね? 舐めたり齧ったりしてないですよね?」
「してない! 絶対にしてない。安心してね? あ、春来さん家にお邪魔する為に……つまらない物ですが、これをどうぞ」
ソファーの隣に置いていてた紙袋を手に取り、手渡してくれた。中身を見ると、なんと!
カステラだった。僕は甘い物が以外と好きだったりする。
「このカステラね、黄身だけを使って作ってるらしいの。一緒に食べようと思って」
「むむ、この件はこのカステラで水に流します」
僕はカステラを小皿に二人分移して小さなフォークをテーブルに並べた。
ソファーに二人で座りテーブルにあるカステラにフォークを入れる、普通のカステラよりも柔らかく感じる。
そして、口に運ぶといつものカステラの食感とは少し違い、プリンのような舌触りだった。
「不思議な舌触りね。滑らかって表現するべきなのかしら?」
「でも、癖になる感じで美味しいですね」
「春来さんは甘い物がお好き、覚えなきゃいけないね」
「べ、別に覚えないでもいいです」
顔ばかり見ていたが、下は灰色のスウェットで上はキャラ物のTシャツを着ていた。少し、子供っぽい趣味なのだろうか。お姉さんっぽい服を着るイメージがあったので少し驚いた。
「うん? どうしました?」
「いや、何でもないよ」
僕の目線に気付いたのか、人噛さんがキョロキョロとしている。完全にオフな服装に僕は少しドギマギしてしまう。
制服姿しか見慣れていないのもあいまってレアな人噛さんを見ているような気がする。
「ところで、人噛さん。僕はそろそろバイトの時間が迫りつつあるのですが……」
「あれ? 春来さんはバイトしてたんですね。何のバイト何ですか?」
「内緒です。男にも内緒にする事はあるんです」
「気になりますね」
人噛さんは僕を吟味するかのように熱い視線を送る、僕の掌や、腕を見たりぷにっと触ったり。意外とボディタッチの多い人だった。
「手が荒れている訳じゃないから、食器洗いとかそういう飲食店じゃないわよね? かといって力仕事なのかな? 意外とがっちりしていて難しいですね」
「詮索は辞めてください」
「そう、だよね。うん」
正直、恥ずかしかった。
「今日からはもう隣で生活するんですか?」
「そうです。初めての一人暮らしですね。学園長にも許可は取っています」
「女子専用の寮はここじゃないから、そうだと思った」
「春来さんの隣に住ませてくださいって言ったらすぐに許可してくれたわ」
「そ、そうなんだね」
学園長の爺は多分、いや、絶対に悪い奴だ。
「明日は約束のデートをする日です。ちゃんと覚えていますか?」
「うん。大丈夫。ちゃんと覚えているよ」
約束の日は日曜日だ。その為にも今日は早く寝ないといけない。既に寝すぎた気もするけれど。
僕は玄関に人噛さんを誘導して帰って貰う事にした。
「じゃぁ、明日ね。人噛さん今度から携帯電話で連絡を取るか玄関からチャイム鳴らすとかお願いね」
「分かりました、気を付けますね」
「またね」
僕はそう言って隣に帰る人噛さんを見送った。人噛さん……僕が出会った中でとても積極的に僕に対して行動している。
本当に僕の事が気になってはいるようで、そのきっかけの一つとして血が舐めたいって欲望が大きいんだろうけど。
人噛さんと話が出来るのは正直嬉しい。今日分かった事は、人噛さんは鉄砲玉の様に真っすぐと後先を考えずに突っ走る傾向がある。
それと、めちゃくちゃいい匂いがした。階段……大人の階段を上がるチャンスだったような気がしなくもない。
本日のバイトは、会議が主であんまり行く気がしない。そもそも土曜日にバイトなんて辞めて欲しい。大和先輩と会えるのは嬉しいような怖いような気がするけど。
昨日の先輩を思うと、今日の足取りは軽かった。