52話 僕と風神のお散歩
本当に不思議そうな目でふーちゃんは僕を見ていた。
「うん? お兄ちゃんはえっちな本とか見ないの?」
「おっとふーちゃん。僕はまだ禁じられた年齢を超えていないからね。超えた時にちゃんと見るよ? もしかして、ふーちゃんはそういうの好きなの?」
「わたしは年齢超えている」
驚愕の事実だった。むしろ、初等部かと思っていたのに。大和先輩よりも年上? あれ?
「お兄ちゃんには、まだ早かったみたい」
「あのー、ふーちゃんが急に大人に見えてきました」
「ふふ、もっと甘えてもいいよ?」
璃々愛とは違いどう見ても子供です。
「僕は少々、気恥ずかしいといいますか……えーっと」
「そうなの?」
腕を後ろに組んでふーちゃんは一歩だけ僕に近づいて囁く。
「わたしなら全部受け止めてあげるよ? もう我慢しなくてもいいんだよ?」
このちびっ子には全てお見通しらしい、僕が必死に耐えて耐えて耐え続けた数ヶ月。
せっちゃんに対しても我慢して、大和先輩に対しても我慢して。
先祖返りの小さな事件もあったけど、必死に我慢した僕の努力が今……泡となる。
「そこまで言われたら、僕は我慢できそうにないよ?」
「うん。いいよ?」
反則だ、ここでにこって笑う何て……ふーちゃんは恐ろしい。
そして、何より自分が恐ろしい。僕はもう我慢しなくていいみたい。
多分、この時の僕は嫌な顔をしていただろうなぁ。全身に力が漲るのを実感する。
僕の表情に気付いたのか、ふーちゃんはふわっと浮かびあがり距離を取る。まるで、僕に見せつけるかのようにスケスケの白い紐パンが視界に入り込んだ。
ふーちゃんの足元には何かが蠢くように風の塊があるっぽい。
「わたしに着いてきて?」
そう言って高度を上げていく、ブランコよりも高く電柱よりも高く。そこまで言われるなら僕は着いて行こう。
ブランコから立ち上がり蠢く風に足を置くと足が地面に着く事は無く確かに、そこに踏み場がある。階段を上る様に僕は宙を歩く。
体が火照るように心拍数がどんどん上がる。動かす足も速く強くなって空の階段を駆け上る。
「お兄ちゃん? この辺ならちゃんと足場があるから誰にも邪魔されないよ?」
公園から上空……大体二十メートルくらいか? 結構高いけど今は気にならない。
「お兄ちゃん、さぁ……いいよ」
僕はもう耐えられそうに無い、自分の欲望を表に出す……我慢していた分その反動で頭の中がオカシクなりそうだ。
もうなってる。
「ふーちゃんどうなっても知らないからね」
「うん」
やっと出来る……やっと先祖返りを殺せる。
体は熱く足で空を蹴るとふーちゃんが目前に現れる。ゴーレムと戦った時よりも詰めれる距離が伸びている。あの時よりも、各段に僕は強くなっている。
右腕に力を込めてふーちゃんの頭を狙って振り落とす。このまま地面に叩きつけてしまおうと思いっきり拳を落とした。
ふーちゃんに当たる前に、僕の体が後ろに押される。風で後ろにずらされただけで僕の拳は空を切った。ふーちゃんが掌を僕に向ける。
これは既に知っている。僕に向かって風を凝縮した重い一撃! だが、どれだけの威力だったのかも知っている。今の僕には防ぐ必要も避ける必要も無い。
鈍痛が体に響くがほっとけば治る。僕の先祖返りの力は日に日に増して腕力や脚力が上がるのと同時に回復力も前よりけた外れに強くなっていた。
風の攻撃を受けても僕がひるみもせず、前に進むからふーちゃんにも焦りがあったのかもしれない。僕に向かって両方の掌を向ける。
これは僕を拘束するのを知っていた。かといって避ける必要も無い。僕を拘束するならしてもらおう。
僕を風の繭が包み、全方向から風の攻撃だよね。ハンマーで殴られるような痛みも直ぐに引いていく。撃ち落とせる物に関しては僕が拳を振るって当てると相殺できるようだ。
これが『聖域』の勇者より強いふーちゃんの力。
耐えられるなら怖くない。それに、僕の力で殴れば相殺できる……風の繭を殴ったら穴が開いた。目の前にはふーちゃんが此方に掌を向けて……うん?
まるで指で鉄砲を作る様に親指を上げて人差し指だけ僕を向いている。他の指は力強く握られている?
これは知らない、僕は繭から出ると左右に避けた。さっきいた繭が壊れる、銃弾が通った様に小さく鋭い穴が開いていた。
風を一点に集中させるとこんな事も出来るのか……僕達の足場を作りながら強力な風を操る。風神の名前は伊達じゃない。せっちゃんよりも強い。今まで出会った先祖返りの誰よりも強い。
「お兄ちゃん? 当たると痛いと思うよ」
そう言って両手をピストルの様に構えた。僕に向かって歪みが迫る、勢いが在り過ぎて空間が歪んでいる。
近づけば近づく程、避けるのが難しい。あ、腕に当たった。出血するけど大きな傷では無い。当たると穴が開くかと思っていたが僕の体も頑丈になりつつあるらしい。
「お兄ちゃん? まだ満足しない?」
「おいおい、ふーちゃん。始まったばっかりだぜ? やっと体が温まってきたよ」
ふーちゃんの指先にだけ気を付ければいい。僕は左右に避けならがら……いや、ちゃんと被弾しているけど我慢できない痛みじゃない。
ふーちゃんに近づいて拳を振り上げるとさっきと同じように風が僕の体を後方に飛ばす。それはもう知っているので、今まで以上に強く空に作られた地面を蹴った。風に負けない様に力いっぱい蹴る。
やっと目の前にふーちゃんが居る。赤色の髪の毛は風に揺れて顔には余裕の表情……違和感が僕を襲う。
どう見ても小さな頃のせっちゃんくらいしかない少女に向かって迫っているというのに恐怖も何も感じていない。僕がこんなに至近距離に近づいているのに……。
僕は地上から二十メートル程の上空を駆けている。普段こんな事が出来る訳が無いので初めての体験なのだが、ふーちゃんは違う。ここがふーちゃんのホームグラウンドで、僕は不利だった。
足元から風が吹いて僕の体が更に上へ放り投げられる。風がぐるぐると竜巻の様に僕の体が遥か上空に打ち上げられた。
地上二十メートルなんて規模じゃない。僕の周りには綿菓子の様な小さい雲が疎らに漂っている、この高さになると寒さを感じるが僕の先祖返りの力なら寒さには慣れてる。
僕の視界には地上が広がっていた、真っ黒な所は海かな。人が住んでいる所がキラキラと光っていて綺麗……。
この高さに到達した僕は落ちたら死ぬという恐怖よりも、ふーちゃんを殺したいという欲求よりも、素直に綺麗だと感じた。
「お兄ちゃん?」
気が付くと隣にふーちゃんが漂っている。そりゃ、自分の力で僕を此処まで連れてきたんだから自分だって来れる。
「ふーちゃん……夜景は綺麗だよ」
「もっと綺麗なのを教えてあげるね」
そう言って僕に近づいて抱き着く。今の僕はふーちゃんに被害を与えるよりも目の前に広がる景色に見とれていた。
このまま地面を見ている僕に抱き着いたふーちゃんは僕の体を反転させて寝っ転がる様に空を見上げた。僕の腰に自身の右腕を回して僕の左腕を左手で掴む。
「凄い……」
思わず声が出てしまった。
約三千メートル。小さな雲が漂う今日は快晴で満点の星空が僕の視界に広がる。これは……夜景なんて比べ物にならない。
キラキラと宝石を散りばめた様に、大小さまざまな光が織りなす景色は今まで見た何よりも美しかった。
「ね? 夜景よりもいいでしょ?」
彼女は夜景よりも綺麗な物を知っていた。僕が気にすることが無かった景色がここにある、僕とふーちゃんの二人占めだだった。
「お兄ちゃんはね。多分、先祖返りの力が急に強くなったからびっくりしてると思うの」
僕は思い出す……問答無用に周りを冷やしていたせっちゃんの悲しい顔を。一人寂しそうに過ごしていた顔を。
「お兄ちゃんは勇者の先祖返り……知ってるでしょ? 全ての種族を殺して一番になった人間で色んな種族を嫁にしたって話」
もちろん知っている小さな頃から伝説的な話だと僕は思っていた。その勇者が僕の先祖返りとして現れるまで信じ切っていなかった。
「先祖返りには二面性があるんだよ? 力が強くなったらその特性が表に出てくる」
僕の場合は勇者の特性……先祖返りの力は多種族の力。全て立ち向かってくる多種族を葬り去る力が僕の体を蝕む。
「あと、お兄ちゃんが女の子をぺろぺろしたいって強く思うのもそうだと思うの……」
「……」
今までに無い感情が僕の中に溢れていたのは事実だった。先祖返りの力は殺したい女の子は抱きしめてしまいたい。
突然現れたこの感情は先祖返りの二面性……。
僕は力に飲み込まれる寸前だった。
「お兄ちゃんはこの星空好き?」
「ふーちゃんのお陰だね。星空が此処まで綺麗だとは思わなかったよ」
「そう、良かった。これもわたしの風神の先祖返りがあったからだよね?」
僕の中で殺意が芽生えていた……先祖返りに対して全て滅ぼそうと思っていた。でも、風神の力で僕はこんなに綺麗な物を見る事が出来る。
「お兄ちゃんの力が先祖返りを嫌っててもね。お兄ちゃんは先祖返りを愛してあげて」
ふーちゃんの言葉が僕に響く。せっちゃんや大和先輩の力に対して僕は怒りの様な感情が溢れかえっていたがそれを愛する。
僕は素直にせっちゃんの力を見た時を思い出した。あの時は純粋に凄い! って思ってたっけ。
「ふーちゃんありがとう」
「どういたしまして?」
僕達は星空を眺めていた。誰も居ない空は自由で開放感があって……。
こんな体験が出来るとは想像してなかったな。
「お兄ちゃん」
「ふーちゃん?」
「そろそろ疲れてきちゃった」
「と、いいますと?」
僕達は上空三千メートルで漂っている。もちろん重力が存在するので、地面に向かって引っ張られているはずだが風神の力で相殺していた。
先祖返りの力も個人差があり、持続力も差があった。ここまで長時間足場を作ったり空に漂ったりするのはとても大変……。
「落ちます」
「ゆっくりおろしてください……」
僕は遥か先の地面まで真っ逆さまだった。




