49話 僕と先輩は揉み合う
結局、三ヶ月経ったがお姉さんが帰ってくることは無かった。
あれから、僕は普通の日常を過ごしている……けど、顔には何かが出ているらしい。
「春来くん? ずっと元気が無いような気がします」
「うん? 大丈夫だよせっちゃん」
僕達は一緒に昼食を摂っている。食べるのは大事だ。でも、食欲は無くて元気が無いのは実感する。
あのゴーレムと戦う時に僕は何を考えていた? はっきりと覚えている。本当に殺そうとしていた。紛れもなく、自分の事だから、よく分かる。あの時の僕は本気で……。自分が怖くなった。
「春来くん? お野菜も食べないと駄目ですよ? トマトとか残しちゃだめですからね」
「大丈夫。ちゃんと食べるよ」
今の僕は何かがおかしくなっている。美味しいはずのハンバーグを食べてもあんまり味がしない。トマトも特に味がしないので、そのまま口に放り込む。
「うーん。雪奈は心配です」
「せっちゃん? そんなに心配しないでも大丈夫でーす」
「うーん」
はぁ……ダメだな。僕は顔にすぐ出るらしいので、出来る限り。今まで通り過ごさなきゃ。
「せっちゃんは気にしすぎだよ。そうだ、せっちゃんの先祖返りは大丈夫? また急に凍らせたりしてない?」
「はい! おかげさまで大丈夫です。急に凍らせることはありません! 私は凄いのです」
胸を張って僕に自慢するように、どや顔のせっちゃんも可愛い。
初等部の頃とは違ってせっちゃんも女性らしい体つきになっている。璃々愛よりは小さいけど胸も大きい。
今すぐ、せっちゃんを抱きしめたい衝動に駆られる。先輩の人をダメにするぬくもりに触れてしまったからだろうか……。
今は髪を留めていないので長い髪がゆらゆらと揺れる。人は動きものを捉えがちなので、視線を向けてしまう。せっちゃんの指先や、白い肌を注視してしまう。唇も柔らかそうで声も甘い。
「春来くんが情熱的な……いやらしい視線で雪奈を見ます」
「いや、女の子っぽくなったなぁて」
「情熱的では無く、いやらしい視線でした。えっちな目で雪奈を見てます……」
「いやいや、見て無いよ」
認めたくないけど、これは多分。いや、絶対にそう言う目線で見ている。なんだか最近の僕はオカシイ。
「あ、見てください。飲み物の氷が溶けてますよね?」
確かに手元のコップからは氷が消失していた。のんびりご飯を食べているので溶けてしまったらしい。
コップの淵にそっと指を乗せる。すると、飲み物の中に氷が現れた。部分的に凍らせることが出来るほど、器用に扱っているみたいだ。
「これで、全部カチカチにしなくても冷たくなります」
「せっちゃん凄いな」
「はい! 私は凄いんです!」
自信たっぷりだなぁ。
「春来くん? 大丈夫ですか?」
「うん?」
僕を見る目に違和感がある……せっちゃんの表情が曇っている。
「あのー、なんか怖い顔をしていたので。何かありましたか?」
「いや、何でもないよ。気のせいだって」
「そうですか……あ! 魔除けのお守りはちゃんと持っていますか?」
「大切に持ってるよ」
手で握れる大きさの大きな『魔』と書いてあるお守りを僕はちゃんと持っていた。
「ちゃんと効果はあるんですかね?」
「信じた者だけに効果はあるのかもしれない」
「雪奈が信じます!」
両手を握りしめて祈る様に目を閉じる。せっちゃん可愛い。
僕の表情に出やすいのは考え物だな……。せっちゃんの見せてくれたコップの一部を凍らせる能力。
あれからやっぱり、僕の体はオカシイ。先祖返りの力を見た瞬間、怒りに似た感情が沸き上がる。
それをせっちゃんに向けていた? だめだなぁ。変に怖がらせてしまったかもしれない。気を付けなきゃ。
「僕も信じるよ。多分、大丈夫!」
「なら、きっと効果はありますね」
お昼ご飯を食べ終わった。ふぅ、とりあえず食べれる時に食べなきゃ。
「午後の授業も頑張りましょうね」
「うん」
いつもの日常が過ぎていく。時期は夏なので、外は暑い。教室はクーラーがついているのでとても快適だが、放課後は消しちゃうから暑い。そして、日常を終えた僕は放課後大和先輩の元に立ち寄る。
「お邪魔しまーす」
僕は高等部の会議室に足を踏み入れる。
「やぁ、良く来ました」
大和先輩が団扇であおいでいる。額には汗が見えるので私暑いんだけど? と主張している。
「後輩くん、さっきクーラーをつけたので利くまで耐えるんだ」
「僕は先輩よりも暑がりじゃないので、平気ですよ」
「む。私が暑がりだと言っているようだな」
そう言いながら、椅子に座って団扇を離さない。
「で、今日はどうするんですか? 別に危険な先祖返りが近くに居る訳じゃないんですよね?」
「そうだな、都合良く現れる者でもないし。久々にかくれんぼでもしようか」
あー、最初のかくれんぼは、めちゃくちゃサンドバックになって終わったなぁ。
「嫌ですよー。先輩の化け猫は強すぎます」
「よいでは無いか。私は後輩くんを足蹴りに出来る。後輩くんは先輩に足蹴りにされる」
「どっちも幸せ風に言わないでください」
僕は先輩に蹴られて喜ぶような人じゃないです。
「まぁ、やってみようじゃないか。生徒が居なくなるまではのんびり過ごそう」
帰宅部だった僕は何だか先輩に虐められる部活に入ったような気分になる。これって部活動みたいだよね。放課後に部室に集まってあれやこれやなんでもやる。不思議な部活。
「お、段々クーラーが利いてきたぞ後輩くん」
「涼しいですねー」
大和先輩は団扇を手放した。会議室で二人っきりは、いつもの事なので慣れてしまった。
「そういえば、先輩? 組織を作るんですよね? それいつ作るんですか?」
「あぁ、もう少し後かな? まぁ、色々と思う所があるのだよ。君は組織名でも考えているといい」
「組織名? うーん。あれか、『天体』みたいな名前が必要ってことです?」
「そうだ。ちなみに言ってなかったがあのゴーレムと風神の組織は『聖域』というらしいぞ」
識別コードみたいな感じかな? 変な世界だ。
「萌え萌え黒猫ちゃんとかどうですか?」
「ほーん」
じーっと無表情で僕を見ないでください。悪ふざけが過ぎました。
「冗談です」
「罰として、私の肩を揉むがいい」
「えー」
「ほーん」
仕方ない。僕は先輩の後ろの回って肩に手を置く。髪の毛が肩にかかって邪魔なので軽く払う。さらさらで柔らかいので手触りが本当に素晴らしい。そのまま髪の毛を巻き込まないように肩を揉む。
「ん……少し強い。もう少し力を抜け」
「はいはい」
あんまり力を入れたつもりは無いんだけど……先輩の肩は凝っている訳でもなく柔らかい。ぷにっとしている。この腕からどうやってあんなに強く殴れるんだろうと不思議に思う。
「ふむ。意外と肩を揉ませるのは気持ちがいいな」
「それって肩が気持ちいんですか? 僕に揉ませるという行為が気持ちいんですか?」
「もちろん両方に決まっているだろう?」
この先輩はいじめっ子だ。絶対に悪い奴だ……まぁ、色々とお世話になっている気がするので黙って肩を揉む。
「先輩めっちゃいい匂いしますね」
「ふむ、後輩くんは肩を揉みながら私の匂いを嗅いでいる変態さんっと」
「先輩の匂いが僕の鼻まで届いているんです。先輩が嗅がせようとしているんですよ」
まったく意味の分からない事を言ってる気がするけど、特にこのやり取りに意味は無いのでこのままでいい。
平常運転である。そのまま肩を揉んでいると先輩が止めた。
「後輩くん? 君の方こそ、肩に力が入ってるんじゃないか? 座りたまえ」
そう言って立ち上がり、先輩が座っていた椅子に僕を座らせる。
「まさか、大和先輩が僕の肩を?」
「ふっ、光栄に思うんだな」
「突然、後ろから頭を殴られたりしません?」
「私としたことが……やっぱり殴られたかったんだな」
そういいつつ、殴る事はしないのが大和先輩だ。僕の肩に手を乗せて優しく揉む。
初めはゆっくりと撫でる様に、段々と力を入れて僕の肩を揉む。
なるほど、本当に肩を揉んでもらうのは気持ちいい。あの大和先輩が僕の肩を揉んでいるからか? これは一体……。
「後輩くん、君はアレから肩に力が入りすぎていると思う。なので、とっても脱力しなさい」
「脱力ですか……」
「ゆっくり目を瞑って深呼吸でもしてれば?」
「なんか、適当ですね」
言われるまま、目を瞑って深呼吸。肩を揉む力もいい感じなので癒される。
「先輩、本当に肩を揉まれるのって気持ちいいですね」
「私の力加減が優秀なのかな? それとも、私が肩を揉んでいるからかな?」
「もちろん、先輩だからですよ」
その後、軽く頭を叩かれた。




