3話 僕は幼女とご飯を食べる
「おーい、迷子か?」
僕は軽く尋ねたが、僕を見て女の子はそっぽを向いた。知らない人には付いて行かない子だろうか、最近の子はとても防犯を意識している?
こんなところで騒がられるのもアレなので、僕は放置する事にした。そっと、寮への道に踵を返し歩みを進める。
「まつです」
僕に声を掛けた? 僕は振り返り周りを見渡す、しかし、ちびっ子以外見当たらない。気のせいか。
僕は歩みを進める。すると、手を掴まれた。振り返るとやっぱりちびっ子しか見当たらない。
「まつです」
「うん?」
僕を呼ぶ声はちびっ子だった、視線を下におろすと可愛い顔で此方を見上げている。
「お嬢ちゃんどうしたの?」
僕はしゃがんで目線を合わせた。ちびっ子を上から声を掛けるのは威圧感を与えてしまうかもと思った。
そう、僕は相手の事を考えてしゃがんだ。学生服を着ていないが、学校帰りでは無い?
今日は授業あったはずだが……そもそも本当に迷子でうちの学園の者では無いかもしれない。
「安室莉子です」
「僕は、永遠春来。安室ちゃんは迷子? どうしたの?」
「迷子じゃない、ちょっと寮の場所が分からないだけ」
それを迷子と言うんじゃないかな? この子は学園側の寮だな。
さて、来た道を戻ることになる訳だが、しかたない。また学園に戻るか。それに、人の為になる事をするのは気持ちがいい。
何より、夜にぐっすり眠れる。一日一善とは言わないが、偶にはいいだろう。
「女子は基本学園の敷地内にある寮のはずだぞ? 連れて行こうか?」
「ううん。ありがとう」
どうやらこのちびっ子――安室莉子は一人で行くらしい。
「おう、じゃぁ、気を付けてな。早く行かないと日が暮れるぞ」
「お腹空いた」
僕は家に帰るためせっちゃんと別れて寮の前に来た、するとなんだ? ちびっ子に魔法の言葉『お腹空いた』と言われてしまった。
赤いワンピースを着て薄っすらと赤みのかかった髪の毛を後ろでおさげにしている子にお腹が空いたと言われてしまった。
「しゃーねー。飯食いにいくか」
「行く」
僕は安室ちゃんを連れてファミリーレストランへと向かった。そして、ファミリーレストランで僕はカルボナーラを食べる。
世の中にはカルボナーララーメンという物が存在するらしいがどういう事なんだろう。カルボナーラのホワイトソースをラーメンにいれているのか?
麺はちぢれ麺じゃないのか?
そう思いながらカルボナーラを食べる。正面にいる安室ちゃんはハンバーグを食べていた。大きなハンバーグを丁寧に切り分けて口に運んでいる。
最近の子はちゃんとナイフとフォークを使って丁寧に食べているんだなと感心した。僕がこの子くらいの時はここまで丁寧に食べれなかった気がする。
いや、いまも食べる時は少し汚してしまうけれども。僕の服を見るとカルボナーラのホワイトソースが少し飛んでついていた。
「美味いか?」
「美味いぞ! 春来ありがと」
「はいはい」
春来と呼び捨てにされる。このちびっ子はため口で話しかけてくる。まぁ、僕は気にしない男なのでそのまま過ごした。
「ところで、安室ちゃんは中等部か? もう暗くなるから流石にちびっ子を一人で歩かせるのは心苦しい、夜眠る時に気になって眠れなくなっちまう。だから、学園までは送るぞ?」
そう言うと、安室ちゃんは少し驚いた表情をしていた。知り合ったばっかりの男に送られるのを警戒しているのだろうか。
しかし、とりあえず何か考えている様子で、ハンバーグを口に運ぶ。笑顔で咀嚼しているので大満足なんだろう。
僕はいつからだろう、そんなに純粋にハンバーグを食べられなくなったのは……。美味しいけれども。
「お願いする。学園まで送って春来」
「おう、ちなみにここの料金も僕の奢りでいいぞ。気にせず食べな」
「じゃ、チーズケーキも追加」
僕は店員に追加注文をお願いした。チーズケーキを一つ。それと暖かい紅茶を一つ。もうそろそろ、安室ちゃんもハンバーグを食べ終わるらしい。
それにしても、皆は部活の最中なのかファミリーレストランの客層は家族ずれが多く、学生はまだ少ない。
そんな事を考えていたら、暖かい紅茶が目の前に出された。安室ちゃんにはチーズケーキ。
僕は少し砂糖を入れてかき混ぜる、少し口に含むと暖かく丁度良い温度だった。それに紅茶の匂いが鼻を抜ける、甘さはもう少し砂糖をいれてもいいかもしれない。
チーズケーキを小さなフォークで切り分けて口に運ぶ安室を眺める。
すると、安室ちゃんが最後の一切れを僕に差し出した。
「いいのか?」
「うん。欲しそうな目で見ていた」
「んじゃ、遠慮なく」
僕はチーズケーキを一口食べると、紅茶を飲んだ。とても心地のいい時間だった。
「んじゃ、帰るか」
「うん」
僕はお会計を済ませる、最近のバイトは金払いが良いので以外とお金は余っている。少し豪遊しても沢山あるから我が家計には影響がない。
ファミレスの会計途中に先に外に安室ちゃんは出ていた。僕が出ると目の前で頭を下ろしてご馳走様でしたとお礼を一つ。
最近の子はとても育ちが良いのかと思った、ちびっ子にお礼をされる経験なんて無い。とても心地よく夜風を浴びて学園へ向かう。
せっちゃんと下った坂をのんびりと安室ちゃんと歩いて上る。
日は落ちて部活帰りの学生とすれ違うが、知り合いは居なかった。雲も少なくて月が出ている、とても明るい夜だった。
「春来、私の名前覚えた?」
「えっと、安室莉子だろ? ちゃんと記憶しましたよっと」
「そう、良かった」
「そう言う安室ちゃんは僕の名前を覚えたのかい?」
「永遠春来。前から知ってる」
「よく覚えていたな。って前から知ってる?」
「うん」
僕は学園内では特に有名人でもないと思うのだが、人噛さんは中等部からの人気もある。とても綺麗な先輩がいると。それと比べて僕は覚えられるような出来事なんて無い……はず。
「僕はそんな有名人じゃないと思うんだけど……前から知ってる?」
「うん。知ってる。それよりも私の記憶が無い春来が悪い」
「もしかして、前に会ったことある?」
「知らない」
最初にあった時と同じようにそっぽを向かれた。中等部に知り合いなんて居なかったと思うのだが、僕は記憶の中で捜索するがやっぱり居ない。
「もうここでいい、気を付けて帰ってね」
「お、おおう。安室ちゃんも気を付けてな」
僕は学園の校門まで安室ちゃんを見送った。
とてとて歩く彼女の人影が無くなるのを見て、僕はもう一度寮に向かって帰る。まさか一日に何度も通る事になるとは思わなかった。
今度はせっちゃんも居ないし、安室ちゃんも居ない。一人で坂を下る。天気は相変わらず良いので月が僕を照らしてくれる。
帰ったら僕は何をしようか、お風呂に入ってゴロゴロするのも悪くない。読みかけの漫画があったなーと思い出す。
テレビゲームをするのも悪くない。
僕は古いRPGのゲームから映像がほとんどリアルに近い最新作だってなんでもやる。コマンドバトルもそこには良さがあるのだ。
むしろ、今までのシリーズがコマンドバトルだったのに段々アクションゲームに変わる作品が多い、これが世の中の流行りなのだろう。
売れる作品を作るのがゲーム会社なので少し寂しい。
僕は寮の前に着く、やっと家に帰れる。先祖学園の用意する寮はオートロックで学生証か鍵を使わないと開かない。
そっとポケットの財布から学生証を出し、玄関を開ける。
そして、エレベーターに乗り僕は二階で降りた。奥の角部屋まで行くと扉を開く。いつもの様に靴を脱いで服を着替えた。
僕の様な一人暮らしは殆ど適当に脱いだものを洗濯機に放り込んでゴロゴロとする。
「お、来たのかにゃんた」
僕のベランダでにゃーと無く声が聞こえる。カーテンを開けると赤い首輪に鈴が付いている黒猫がちょこんと座っていた。
ベランダを開放するとにゃんたは我が物顔で僕の部屋に足を踏み入れる。猫だから仕方ない。
僕の飼い猫では無いのだけれど、よく遊びに来る。
まさに、通い猫だ。二階なんだけどどうやってくるのか、猫だからこそこれるんだろう。前足で髭を整えるようにゴシゴシとする仕草は可愛い。
その後に、自分の前足を舐める。にゃんた襲来は僕の数少ない癒しの瞬間だ。
「今日はご飯食べたから残り物はないぞー、てか、飼い猫だろ? 殆ど毎日くるじゃねーか暇なのか?」
にゃんと鳴くにゃんたは僕の座るソファーの隣に飛び乗ってきた。
そして、僕の膝にもたれ掛かる。僕はにゃんたの毛を撫でる、手触りがよく首の下を撫でると気持ちよさそうな顔をする。
しっぽの付け根を上から触るとしっぽがびーんと立って可愛い。
「今日は色んな事があったぞ、まずはそうだな。人噛さんって女の子がクラスに居るんだが、僕の靴箱に手紙が入っててな。その手紙を見ると、体育館の裏に呼び出された。あの人噛さんだぞ? もうびっくりだよな」
今日の出来事をにゃんたに話すが興味があるのか無いのかにゃんと鳴いて聞いてくれる。
せっちゃんの手の白さと柔らかさと冷たさを熱弁すると軽く噛まれたが気にしない。
にゃんたも大変くつろいでお腹を丸出しでゴロゴロしている。
僕はゴロゴロ気持ちよさそうに寝るにゃんたを見た後にポケットから携帯電話を取り出した。よく見ると通知が入っている。
中身を見るとメールが来ているようだ。中身を確認すると、人噛さんからのメールだった。内容はというと。
『起きてる? 今から会えない?』
僕はそっと返事を返す。
『寝ています。今日はもう会えません』
返事を返すと電子音がベランダから響いた。