13話 僕は膝枕される
もう、いつも通りとなっている。ここ最近、ずっとせっちゃんと放課後は帰る。とはいえ、雨が続くので真っすぐ家に帰らせている。何だか殆ど一緒に居る気がする。
まぁ、別に悪い気はしない。大和先輩からバイトが無い事は知っている。のんびり帰る平和な日常も悪くないよね。
「雨が続きますね」
「来週には晴れるといいよね」
天気の話をしても、ずっと雨なのでこれ以上は話題が膨れる事も無い。本当にこの雨はどうにかして欲しいと少し思いつつもある。
別に嫌いって訳じゃない。しんしんと心が落ち着く気が個人的にはしている、偶に降る大雨の中で寮のベランダでにゃんたが来るのを待つのもそれはそれで味がある。
来ることは殆どないんだけど、稀に来る時があるのでその瞬間はとても心が躍る。
気になるあの子がこっちを見て目が合って笑顔になってくれるような……いや、よく考えると人噛さんは目が合うと手を振ってくれた。少し懐かしく感じる。
「春来くん、とうとう開放されたんですか?」
「解放? あぁ、安室ちゃんかな? 僕を許してくれたよ。うん、あの腕相撲は大人げなかった」
「もう虐めちゃだめですからね」
僕は正当な闘いに勝利したはずなのだが、第三者から見ると小さな子を虐めている様に見えるはず。
自分自身そう思うので異論は無いです。
「じゃ、ばいばい」
「おう」
せっちゃんと別れて僕は寮に入る。鍵を開けてエレベーターで二階に進む。そして、隣の部屋のチャイムを押した。
もう一度押すべきか考える。しかし、体調不良で連日休んでいるので今も寝ているかもしれない。そう考えた僕は自分の部屋へと帰る事にした。
自室に入り、カバンを置いて中から携帯電話を取り出す。
今こそ文明の力を使う時だ。殆どバイトにしか使っていないので、人噛さんに連絡を入れる。まぁ、気が付けば返事が直ぐに帰ってくるだろう。僕は体調について確認のメールを送った。
にゃんたが来る気配もない。というか、雨が続いているせいなのか一回も来ない。
雨は割と好きだったんだけど、にゃんたが雨のせいで来ないなら雨が嫌いになってしまいそうだ。とはいえ、いつも来る時間帯は殆ど決まっている。
夕飯時を狙っているのかどうなのか、準備途中か終わった後にあの子は来てくれる。
そんな事を考えていたら、通知が届いた。内容を見ると人噛さんからの返事だった。内容は『お帰りなさい』とだけ僕の携帯電話には記載されている。
体調について知りたいけど帰ってきた内容は全く違う。詮索しないでくれという彼女なりの訴えなのかと勘繰ってしまう。
返す内容に困惑してしまう。ここは素直に心配になっているのだが……。僕はただいまと返し、今部屋にいるの? と添える事にした。
返事は勿論すぐに帰ってくる。『いるよ』という文章だけがディスプレイに映されていた。とりあえず、部屋には居るらしい。
つまり、僕のチャイムに気付かなかった可能性は一応ある。例えば、眠っていてチャイムで起きたとか、お風呂に入っていたとか。
『そっちに行っていい?』と僕は打ち込んだ。
今まで人噛さんの家に入った事は無いのでとても緊張するのだがその緊張も無駄となる。なぜなら直ぐに『ダメ』と帰っきたからだ。
しかし、進展はあった。『私が行くね』と続きが書いてある。僕の部屋に人噛さんが来ることになった。
片付けをしようと思ったが、意外と何もしていないのでせっちゃんと遊んだゲームをそっと棚に収納する。
洗い物も終わってるし、脱いで放置した洗濯物も無い。完璧だった。いつでも来い! という僕の意気込みとは反して来ない。
十分は待っているが来ない。女性には色々と準備があるんだろう。そう考えた僕はテレビを見ながら時間が過ぎるのを待つことにした。
天気予報が丁度やっていて、五日後には晴れるらしい。とても良い情報を得たが、土日は雨なのであまり意味は無かった。
あの連絡から大体四十分程過ぎてウチのチャイムが鳴らされた。扉を開けるとちゃんと人噛さんがそこには立っている。相も変わらず、ダンデくんがプリントアウトされたシャツを着ている。
「お待たせ」
「どうぞ」
今度は本当に、ちゃんと玄関から来てくれた。ベランダはとうとうにゃんた専用となった瞬間だった。
「体調は大丈夫? ずっと学校休んでるから心配でさ」
「うん。もう大丈夫だよ。春来さんは心配性だなぁ、明日からはちゃんと学校にも行くよ」
安心した。
僕は人噛さんを見る、大和先輩と同じようにツリ目が特徴的だ。大和先輩と比べると何故か優しさを感じ取れる。これは多分、大和先輩が意地悪な先輩だから差が生まれているんだろうと僕はかってに納得していた。
髪の毛は少し濡れている、多分僕の部屋に入る前にシャワーを浴びていたんだろう。体からも微かに石鹸の香りがする。
「私は喉が渇きましたよ?」
いつものソファーに座り人噛さんが呟く。両足をソファーに上げて体育座りのように膝を曲げている、その膝に顔を乗せて僕を見る。
少しだけ髪の毛が左右に揺れているのがチャームポイントだと僕は考える。
「お茶と林檎とオレンジがあるよ? どれにする?」
「うーん。前はお茶貰ったから、んー。今日もお茶を頂きます」
少し冷蔵庫の中のレパートリーを増やしていたのだが、あまり意味は無かったらしい。コップにお茶を注ぎ、僕は人噛さんに手渡した。
それを受け取りちびちびと飲む。少し、不満そうな顔に見える。眉間に皺が寄っているというか、口が膨らんでいるというか。
「今日の学校はどうでした?」
「いつもどーり、のんびり過ごしましたとも」
「寝てた?」
「いんや、ちゃんと起きてましたよ」
ちゃんと起きて授業を受ける。ただ、それだけだが僕としては頑張っている方だ。なんてダメな生徒なんだろう、とはいえ出席だけは人噛さんに勝利したと断言できる。
僕の唯一自慢できる学校での成果である。
「真面目に受けないとだめだぞ」
「僕なりに善処しています」
人噛さんは、ゆっくりとお茶を飲んでいる。コップを持つ手の爪は少し伸びているように見える。しかし、知識が無いのでこの長さは普通なのかもしれない。
ネイルとかはしていないので少し気になった。ぎゅっと足の指にも力が入っているので寒いのか気になってしまった。
「人噛さん、寒いですか? 暖房付けます?」
「んー、春来さんどうですか?」
そっと、抱きしめていた膝から腕をほどいて僕に左手を伸ばした。僕は左腕が解放されたことで、膝に押しつぶされる豊かな塊に目が行ってしまったがバレない様に左手を差し出して手を握る。
「暖かいですか? 冷たいですか?」
そんな事を人噛さんは僕に尋ねる。病み上がりであまり分かっていないのかもしれない。とまぁここで見覚えがある、既視感というか……僕は思い出した。
せっちゃんの手を最近握ったんだった。雪女の特性でとても冷たかったが人噛さんは違う、とても暖かい。心地のいい暖かさだった、二度寝に入る瞬間の布団くらい心地が良い暖かさだ。
「とても暖かいですよ」
「なら多分大丈夫よ。今は病み上がりなのかな、分かりにくくて少し戸惑っていたの」
「大丈夫ですよ。とっても暖かいですよ、このまま抱き枕にしたいくらいです」
「一緒に寝ます?」
自然に言われてしまうと僕は困惑してしまう。変に腕に力が入ったような気がするけど伝わっていないと信じよう。
女性を部屋に招き入れてそれに招くのも時間が……はっ、その為に人噛さんはシャワーを浴びていた? 僕の冗談に冗談を言っている可能性を考慮する。
いや、しかし。人噛さんが僕にこんな冗談を言ったことがあるだろうか。無い気がする、無い気がするけど……。
「ダメです!」
「ダメなの?」
「え、えっと。一緒に寝ると人噛さんの風邪が移る可能性が高くなるのでダメです」
「今は大丈夫なの?」
風邪が移る可能性が高くなるっていう言い訳も変な気がする。何をするから高くなるんだろう……いや、まて今この部屋に招いている時点で風邪が移る可能性はあるはずだ。
「今は大丈夫です! 僕は、五分間接触しなければ病気が移ることは無いので!」
「あらそうだったの? なら五分間捕まえていたら移るのかしら」
僕の左手を握っていた手に力が入る、そのまま引っ張られてしまったので体制が崩れてしまった。
ソファーに座る人噛さんの隣に無事着地することに成功したが、両手で僕の腕をホールドしている。少し力を入れてみたけど抜け出せそうにはない。
「これが、吸血鬼の力ですよ? 春来さんは絶対に放しませんよ」
「あれー、人噛さん見た目に寄らず力持ちだったんですね。驚きです」
「私は吸血鬼の先祖返りですよ? それはもう凄いんです」
殆ど発現例のない吸血鬼、話を聞くだけだと夜は最強で殆ど敵う相手は居ない。
獰猛で人を襲いその血を啜ることで、更に能力が跳ね上がる。弱点はニンニクや十字架と言われているが、そんな物は利かない。日の光で死ぬことも無いがとても弱体化するらしい。
そして回復力もそこそこある。だけど、心臓が潰れたら死んでしまう。無敵と言われているのは不死だからじゃない、他の生物と基本スペックが段違いな点だった。
「僕としては人噛さんに抱きしめられるのは男冥利に尽きると言いますか。とても役得な気がするのですが」
「本当? 部屋まで持って帰ろうかしら?」
「人噛さんの部屋ですか。入ってみたいですね」
素直に人噛さんの部屋が気になる。これなら持ち帰って頂いてもいいような気がしなくもない。
「うーん、冷静になると少し散らかってるから無しです」
「そう言われると気になるのですが」
「ダメな物はダメです」
「ですよねー、なのでダメな物はダメです。寝るのはダメですからね」
左腕は犠牲になってしまった。がっちりホールドされている。僕は背中をテレビに向けているので人噛さんの顔をみるかソファーの背もたれを見るしかない。いや、人噛さんの顔を見続けます。
「吸血鬼の先祖返りって聞いたときはあんまり興味なかったんだけど……その、自分で言うのもなんだけど結構スタイルは良いと思うの」
「僕も思います」
「母や父の家系的にはもう少し背も低いと思うし胸だって小さいと思うんだけど……春来さんはこういう体系は好き?」
「はい、とっても好きです」
「そうなんだ。お昼は良く安室ちゃん? と一緒にいるし、最近は冬凍さんと毎日帰ってるみたいだし好みじゃないのかなって思ってた」
「そんなことは無いです」
ドワーフの安室ちゃんに聞いた事がある、コンプレックスについて尋ねる事があったがまさか人噛さんが悩んでいたとは思わなかった。本当に悩みなんて個人に寄る。
「なら、多分。吸血鬼さんに感謝ね?」
「何を感謝するんです?」
「いい体にしてくれてありがとう?」
「吸血鬼さんも感謝されて喜んでますよ」
先祖返りには二面性が存在する。殆どは、少しの発現で生活にも影響はない。
しかし、普通よりも大きく特徴が表れてしまった場合、自分以外にもう一つの人格が現れる事がある。そのせいで力が暴走し、朝のニュースを飾ることとなるケースが目立ってきている。
せっちゃんは顕著に表れた事がある。雪女の特性が表に強く出たと言っても大きく何かするわけでも無く。自分自身だと納得して共存している。
結局のところ、本質は変わらない。力を持った自分がどうなろうがそれは自分のはず。
今まで無力だった人物が、金や権力を手に入れて様変わりするのと一緒で使い方を間違わなければ問題は無い。でも、中には使い方を誤る人がいる。
そういう存在のブレーキが先祖学園の鎮圧組織、狩人と呼ばれるチームだった。
「ところで、春来さん。その体制辛くないですか? ずーっと私の顔を見ていますし片足で体を支えていますよね?」
「よく気付いてくれた。このまま力尽きて人噛さんに抱き着いてしまいそうだぜ」
「なら、もう少し耐えてもらいましょう」
「もしかして、人噛さんは意地悪なのかな?」
「気付きましたか? 私は意外と意地悪みたいです。私自身も知りませんでしたけどね」
「僕は以外と我慢強いんだぜ。相変わらず左腕は抜けそうに無いがそうだな……後三時間はこの体制をキープできる」
とても、無理した痩せ我慢だった。もう少しでこのままだと自制するより欲望が勝ちそうです。何よりも無防備な人噛さんが心配になる。やや、自暴自棄に感じる。本当に大変そうだ。
「春来さんなら出来そうですね。あと、そろそろ五分になりそうなので開放します。移しちゃうとダメですからね、私は意地悪だけど優しいのですよ」
「ふぅ、開放してくれてありがたいような惜しいような」
「ふふ、春来さんは素直ですね。煩悩も全て打ち明けてくれます、私は我慢してしまいますよ」
「あれ? 人噛さんも以外と甘えん坊さんで僕によく甘えてる気がしますが」
「自分でも信じられないですね。でも、本当はもっと凄いですよ?」
凄い……気になる。が、しかし超えてはいけない一線が見えてきたような気がする。
「春来さんの心拍数が大きくなるのが分かる気がします。耳も良くなったような感じで、目も良く見えます。体調は悪いと思うのですが、元気な気がしてきました」
「おっと? 僕の部屋に来たから元気になったのかな? 僕こそ人噛さんがウチに来るなんて少し前まで想像出来なかったよ? 僕の方がご先祖様に感謝しないと行けないかもしれない」
「春来さん」
僕をじーっと見つめる人噛さん。
僕の言葉通り、ご先祖様が人間だったからこそ人噛さんは僕に近づいて、一緒に過ごしてくれて、今この瞬間も僕の部屋にいるんだよねって意味が含まれていたのだが、伝わってしまったのかもしれない。
「意外と意地悪ですね」
「せっちゃんにも昔に言われたなー」
「少しだけ居心地が悪くなりました」
「ごめんなさい」
「言葉だけですか? 態度でも示してくれると分かりやすいですよ?」
「えっと……僕はどうしたらいいのかな?」
見るからに考えていますと言いたげな様に腕を組んで眉間に皺をよせて唸りながら人噛さんは考える。そんな彼女を僕は見るしかない、特に気になるのは胸の上から腕を組むのか胸の下から腕を組むのか観察していると、今回は上で組んでいる。前は下だった。
「添い寝します?」
「却下です」
「じゃー、膝を貸してください」
そう言って僕の膝に彼女は自分の頭を乗せた。文字通り膝枕である。
「あのー、人噛さん?」
「にゃんたにはしていますよね?」
「ぐぬぬ、にゃんたはにゃんたです。人噛さんはダメです」
「意地悪されたので今日だけお願いしますと打診します。あと、人噛さんって私、気になります」
とても膝に乗る頭は軽くて直視は出来ない。僕の視線はテレビを向いているだけとなり、映像が頭に入ってくることは無い。
「気になるって?」
「冬凍さんはせっちゃんって愛称があります」
「ふっふっふ、僕とせっちゃんの間には熱い友情があってだな」
「うーん。一緒にデートに行きましたし、膝枕してくれる仲ですよ? もう親友ってレベルに入っていませんか?」
普通に考えると、とても仲が良い。その文面だけだと、恋人と言っても過言ではない。
よく思い出すとせっちゃんに膝枕したこともされたことも無い。これは、認識を改めなくてはいけない案件だ。僕の中の友情ランキングリストに大きな変化が起きた瞬間だった。
「そう言われると認めざるを得ません。うーん、ひっちゃん?」
「せっちゃんと被ってます。瞳が私の名前なのは覚えていらっしゃったんですねー。瞳にします? 瞳たんでも可ですよ?」
「暫く悩ませてください」
「ちなみに、私を下の名前で呼ぶ人は少ないですよ?」
「なら、瞳さんでお願いします」
「さん付けるの? 少し気になりますよ?」
「ふっふっふ、人噛さん。僕がさんを付けるのはとてもレアなのです。それに、僕の勝手なイメージですけど。瞳さんにはお姉さんという意味も含まれていて大人っぽい人噛さんを大いに称えている大きな意味があるのです」
「少し納得いきませんが良しとします」
納得頂けたようで僕は安心した。
「あと、一緒に寝ましたし」
「瞳さん、ちょっと忘れてください。僕は気が付いたら女の子が不法侵入したうえに隣で眠られた男の子と広められたくないです」
「私も不法侵入はバレたくないわね」
お互いがお互いの弱点を握り合う、もしかしたらこれが平和への第一歩なのかもしれない。世界が平和になるためには弱点をお互い握る……物騒だが、割とありなんじゃないかと思った。
「意外と良い物ですね、膝枕って」
唐突に感想を頂いた、満足してくれているので此方も嬉しくなる。
「ふぅー、大満足したので私はそろそろ部屋に戻ろうかと思いますよ? いいんですか?」
「少し名残惜しいが帰りなさい。明日はちゃんと学校にきてください」
「分かりました。ここは一旦引くとします」
瞳さんは僕の膝から頭をどかして立ち上がる。コップに入っていたお茶を全て飲み干した、まだ飲み切っていなかったのかと僕は驚く。
そして、コップを僕に手渡した。なによりも元気そうなのが分かったのでとても満足である。
「春来さん、今度はウチに遊びに来てくださいね?」
「瞳さんの部屋が散らかっていない時っていつかな?」
「それは内緒です」
人差し指を口元にウィンクする瞳さんにきゅんっとした。でも、内容は部屋が汚いってだけなので少しテンションが下がる。
「ありがとうございました。おやすみなさい」
「おう、僕はこれから風呂にでも入るけど、瞳さんはゆっくり英気を養ってね」
玄関で見送る、部屋に帰るのを確認して僕は扉を閉めた。瞳さんが元気そうなのがとても気になる。
それにしても、ソファーに座るのと寝るので本当に女の人の香りが移るのか、今の僕には判断付かない。せっちゃんの鼻は利くようだ。
瞳さんからは甘い匂いがした。僕は最初石鹸の匂いと例えたがそれは間違っていない。そういう匂いでは無く、己の欲望に落ちていくような甘い匂い。
そして、何よりも瞳さんの眼球は真紅のように真っ赤になっていた。
充血している訳じゃない、白い部分はそのままで、黒かったはずの眼がとても紅かった。




