第2話 「少年は『少女』と出会う」
この稽古の目的は簡単である。
神父様に木剣の刃の部分を触れさせること、ただそれだけだ。
しかし、それが城砦の壁を越えるよりも尚も難しい。
神父様は対峙していても気配が無いのだ。
そして、
ふと目の前に現れ、貫手を放つ体勢になっている!
信じられないくらい速いうえに殺気がない!
孤児院の子ども達は皆、多かれ少なかれ神父様に護身術を習う。
冒険者ギルドにいるようなのは基本行き場のないどうしようもない奴等が多い、脳みそまで筋肉でできていて、下半身は本能のままと言っても良い。だから子どもは狙われやすい。
『レガナスの最終防衛線』という神父が養っている子と知らずに、外の村や王都から来た奴なんかみたいに手を出そうとする奴もいるのだ。
故に神父様は目、金的、喉、耳、人体の急所であっても子ども達が躊躇い無く攻撃できるように仕込んでいる。冒険者や騎士、傭兵のような荒くれた道に進む子にはこうして特別な訓練もしてくれる。
神父様の右の貫手を体捌きで左に避け、そのまま右手の木剣でその貫手を狙う。
だが、貫手は囮だったのか、すぐに戻され、逆に振るった右手の剣の腹を押され、体勢が若干崩れる。
そこで放たれる強烈な右のローキック、ここは無理をせずに距離をとることにする。
神父様はにこにこ笑っている。
「今のをジャンプで避けないのは正解ですが、その前の対処が遅かったですね。相変わらず受身になると弱いですか?」
思わず笑ってしまう。
「神父様が速くて殺気が無いのでいつも遅れるんですよ」
「そこが殺気を出さない利点です。逆に貴方は殺気を出し過ぎです。それをフェイントに使うなりなんなり工夫をしなさいと言っているでしょう」
「面目ありません、どうしてもフェイントは上手くならなくて」
「貴方の戦闘方法だとそうなるのも分かりますがね。こうして素手で刃物に立ち向かえる者も貴方がこれから対峙する者の中にはいます。魔法に頼りきった戦い方は改めなさい。ただでさえ、貴方は魔法が使えるのをなるべく隠しておかなければならないのに。理由は覚えてますか?」
「えぇ、他の魔法での犯罪を私のせいにされない為ですよね」
「そうです、特徴的な犯行にしてしまえば貴方の魔法を知っている人ならば、すぐに貴方と結び付けてしまうでしょう。私だとてその程度できるのです、他の魔法を専門に使う者ができない筈がない」
「大丈夫です、これからも単独で、森とかダンジョンでしか依頼をこなさないようにします」
「そうですね、使い勝手が良いのでガラス職人とかにもなれると思うのですが・・・」
「手先が不器用なんで切っちゃいけないところも切ってしまいますよ」
「そこなんですよねぇ・・・貴方の不器用さは私にはどうしようもありませんでした。料理を作れるようになっただけ大した進歩です」
溜息をつかれる。
あははは。
「お手数をおかけしました」
その言葉と同時に、今度はこちらから攻め込む。右の剣で相手を狙い、左手の剣は盾代わり。
今度は剣の腹を叩かれないように斜め上に薙ぎ払う。
「声に震えが出なかったのと、足音、速さで及第点。まだまだ露骨に殺気が出ているので点数は引いておきます。よくそれで狩りができてますね」
スゥェーで簡単に避けたうえで、点数をつけられる。
右の肩に三本貫手が迫る!
薙ぎ払い様に回転し、左の剣を振るえば、左手に待ち構えていた掌底が迫る!
左手の軌道を斜め上に修正し、身体が神父様と正対するように戻る。
神父様はいつもそうだ、見えているのに、見えない。
いつの間にか神父様が攻撃し易い所へと吸い込まれるように攻撃してしまう。
「足技が少ないですが、理由は?」
「身体能力に勝るモノ相手に、その土俵で戦うべからず」
「正解です。貴方は脆い、力もない、スピードもそこそこ。勝てる点は魔法のみ、けれど魔法に頼っていてはいけません」
「足捌き、体捌き」
「そう、それと潜むこと。今は潜めませんが、貴方の活路は常にそこにあります。臆してないで、接近してご覧なさい」
ふぅ~
「分かりました」
沈め鎮め静め。
いつか神父様が言っていた、自分を世界の一部と誤認させろ。
自分を騙せ、でなければ相手も騙せない。
「来なければ、こちらから行きますよ」
正対している利点は見える点に尽きる。
神父様は速いが、迎え撃つつもりでいれば追いつけないこともない。
左膝が飛んでくる、右の剣で切ろうとする。叩き落す為に右の手刀が振ってくる。以前教わった足捌きで左にズレ膝も手刀も避け、避けた手刀を右の剣で狙う。その手の形のままで剣を逸らされる。大きく開いた体に左の剣を胴体へと刺しこむ。左の二本指で掴まれる。右の剣でその指を・・・!
思わず後ろへ左の剣を捨てて下がる。
「正解です、危機の察知は鋭くなっていますね。今のまま指に固執していたら、左の剣を持ったこの指で貴方を空へ投げてました」
・・・冗談みたいだが、この方はやれる。というか以前やられた、驚いた。あの時は人って指の力だけで投げられるんだと素直に感動した。
「・・・これだけハンデをもらっているのに、体当たりしたら自分が吹っ飛ぶ、足払いしたら自分の足を痛める。・・・たまに神父様が人間か疑います」
「だからさっきから消極的だったんですね・・・シェンの頃にはそこらも調整する・・・いえ、やはり私程度には慣れてもらわないと・・・」
「これでも、オークもオーガも正面から切り伏せているんですよ?少なくとも彼等は体当たりとかで体勢を崩してくれるんですが・・・ちゃんと重心を見ていれば」
「なに、知恵がなかったのでしょう。人間の技法を真似るようになったジャイアイントの変異体に比べればよほどマシです。本当に怖いのは知恵で戦う敵です、オークやオーガで良い鎧や武器を装備したものには注意しなさい、彼等は歴戦の勇士です。騙す、フェイント、人質何でも使ってきます」
「耳にタコができましたよ」
苦笑いしながら突進する。
もとより、格上の相手に小細工は通用しない。
・・・そう思っていることだろう。俺もそう思う。しかし、初見ならば果たしてどうか。
急停止して足元に魔力を塊のままぶつける。
なんの指向性もつけていないため、火にも水にもならないただの魔力弾だ。・・・これを魔法と呼ぶ奴はいない。なんの役にも立たないからだ、というか魔法が完全に失敗すると目の前でこの魔力弾が破裂することから魔法の失敗とも呼ばれている。
だが、土煙をあげるのには便利である。魔力弾を破裂させた音に合わせて、神父様の左の方へ飛び、一つの剣を半身の状態から刺す。これなら!
「・・・煙幕というのは良いですね、今までにない魔力の使い方です。えぇ、これは他の子にも教えて良いでしょう。しかし、殊、私のように半生を戦いに生きた者には通じません。覚えておきなさい」
腕を片腕で脇に挟むように掴まれ、膝蹴りを軽くもらう。
・・・稽古終了だ。
「何故、気づきましたか?音ですか?音には気をつけていましたが・・・」
「足音は聞こえませんでした。風ですよ、風の流れ、風の音。これを知る者にはいかなる攻撃も当たりません・・・論理立てて崩していかない限りね」
「・・・聞いたことがないですよぉ」
ばたんと倒れこんだ。
「最後だから奥義ともいうべきことを教えているのですよ」
朗らかに笑っていた神父様が急に笑顔を止めた。
「これも餞別です、覚えていきなさい」
カタカタカタカタ。
なにがおきている?
なんでふるえている?
ちがう、なにがふるえている?
これはおれのはのおとか?
こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい・・・ここにいたくない!身体が動かない。
ふぅっという声とともにあの怖い空気が霧散した。
声はいつの間にか後ろに立っていた神父様からしていた。
「殺気の応用です、貴方が殺気を隠すのは容易ではない。ならば空間を殺気で満たしなさい。それで自分の殺気を隠しなさい。それも一つの戦い方です。・・・少し強くし過ぎましたかね?大丈夫ですか?」
はっと我に帰り、パーンと両頬を叩く。と、頭を軽く叩かれた。
「うるさいです、流石に高い音は響きます。皆が起きたらどうするのですか?」
「ごめんなさい」
「よろしい、さぁもう一回いきますか?」
小声になるように気をつけながら答える。
「はい!何回でも!」
・・・
・・・
連敗記録を更新したが、楽しかった。
たぶん親の仕事を受け継ぐ子はこういう気分なんだろうと勝手に思っている。
昨日は2時くらいに寝たと思う。
そして、今の時間は朝5時。
ようやく日が昇る頃合だが、まだもう少しは皆も寝ているだろう。
皆には内緒で、神父様には分かるように食堂の床に少し出ている旨を書いておく。
まずは冒険者ギルドへ、ここは何か異常事態が発生した時のために24時間営業だ。
壁の依頼一覧を見る。
毒消し草10、ゴブリン10、オーク3、オーガ3、魔狼の毛皮5(綺麗な程高く買います)、一角獣の角などなど。丸がついているのは誰かが受注したもの、ついていないのは誰も受注していないもの。
誰も受注していないのは昨日みたいに、やった証拠を持ってくれば、その場で受注して完遂したことになる。依頼の違反金が出ないから好まれるが、一歩間違えれば、先に誰かが持って来てしまい自分のしたことがくたびれ損のなんとやらになることが多い。ゴブリンは基本毎日あるので、こういうのは誰かがその日に完遂しても持っておいて次の日に新しく依頼が出たらその瞬間に出すこともできるが。
それぞれの依頼には基本何日までというのが決まっている。俺はそれを破るのが好きではないので、くたびれ損になるのを覚悟で受注せずに出て行くが。
なんというか、受注は約束の一種だからたとえ違反金を払えば良くても、破るのは嫌なのだ。
・・・オーガ辺りが集まっていると良いが・・・。
朝の森は霧が出ていることがある。
これを嫌がる人も多いが俺は好きだ。
何せ、隠れても見つからない可能性が高い。
いつものように音を立てて走って、走って、誰も来なさそうな所に着いたら木に登り息を潜める。
音に釣られて来る馬鹿を樹上から切るためだ。
だが・・・朝が早過ぎたのか、何も追って来る気配がない。
待つ。
待つ。
待つ。
足音も息遣いも雄叫びも何も聞こえない。
・・・頼むぜ、今日が皆で食べる最後の日なんだ。蓄えとか贅沢言わないから、少しは良い物を食わせてやりたいんだ。ふわふわのパンとか、良い肉とかさぁ、お菓子とか。
待つ。
待つ。
待つ。
・・・場所を変えるか。
また音を立てて走って行く、ある程度の所で石を投げて、草むらに行ったように見せて、自分はとととっと木に登る。
さぁ、食いつくか?来るか?っていうか来い!
微かに雄たけびが聞こえた。
来た!この声はオークだ!しかも獲物を見つけた声!
釣れ・・・た訳ではないのか、俺を追って来たにしては・・・遠い??
声のする方へ、木の枝をつたって行く。昔、猿みたいだと一時期だけ組んでた仲間に言われた。人のスタイルにケチをつけるなと言いたい。木の上は色々と見渡せて安全なんだぜ?ただし蜘蛛などを除く。たまに鳥の卵が手に入るのも良い。
そんな事を考えて普段なら行かないような道なき道の方へ行くと、
オークが2体いた!っしゃあ!!と思ったのは僅かな間。
よく見えなかったが、そいつ等はそこで倒れている女の子のようなモノを食べようとしている、まさにそんなところだった。
その娘を放せっ、心で呟きながら鞄をそいつらの後ろの茂みに投げ込む。
バサバサバキっ!
一斉に2体ともがそこに持っていた棍棒と、どこかから拾っただろう剣を叩き込んだ。
そして、その間に俺はマントがなびかないように身体に巻きつけ宙に浮いている。
息をせず、音を立てず、自分はなるべくこの世界の一部だと自我を薄くしながら近くにいた奴の首に持っている剣の刃を入れる。
すーっとでも音がしそうな程に抵抗はない。
なにせ、当人首が切られたことにも気づいていない。
だから身体をもう一体の方に押す。
そこで首と胴体が離れ、胴体は俺が押した方向へ素直に倒れていく。
もう一体がそれを支えたところで、そいつの片足を切り、倒れこんだところで腕も切り落とし、首を切る。返り血はマントで防ぐ。
2体分が倒れる音が響く。また鞄を回収してマントと使った刃はそこに置き、また木に登る。
まだ仲間がいるかもしれないからだ。
息を殺す。
息を殺す。
息を殺す。
木の枝を揺らさないことに気をつける。
・・・いない、な。
確認できたので木から降り、女の子の容態を見る。
白い長髪が珍しい。
白いが婆みたいにツヤがないわけではない。
目鼻立ちも整っており美人の部類だろう。
穏やかに呼吸をしているため、怪我も病気でもなさそうだ?
そして、女の子が目覚めたの。
女の子は俺を見るなり、口を大きく開いて
「キ」
叫ぼうとしたので、口を無理矢理手で塞いだ。
辺りにはオークのバラバラになった死骸、そこに置いた自分のマントは新鮮な返り血で光沢が出ていて、いつ、血に釣られて他の魔物が来るかも分からない。
そんなこの世界の縮図のような所で、俺は、少女、エルメンヒルト出会った。
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現在連載中の動物好きが異世界に行くのならテイマーになるしか道はない!!(もふもふもっふもふ)~やがて魔王へと至る道~
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