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恋人はゾンビ

作者: さかなで

南条寺家は代々日本を陰で支配する一族。ついに現代、世界を支配する時が来た。が、わたしだって恋がしたーい。恋人もできなくって、まして死ぬのは嫌だ。だれか私を連れて逃げてー。

「台風9号の進路予想です。沖縄上空を通過した台風9号は・・・」


風が出て来た。テレビでは台風が来ることを告げている。

窓に水滴がついてきた。雨が降ってきた。


「お嬢様、そろそろお支度を」ばあやが顔を伏せ言った。

「なあ、やっぱりよさないか」

「なにをおっしゃいますか。南条寺家の悲願が、ついにかなう時がきたのです」


南条寺家の悲願。それはすべての人々をこの南条寺家の(もと)にひれ伏させること。政治、金融、文化。ありとあらゆるところにこの南条寺家の力は及んでいる。それは古く、平安の古き時代より、祖先が悲願としてきた。いま、日本は南条寺家の支配下にあると言っていい。そして世界だった。


「門が、開きましてございます。すべての願いが叶う門。御先祖様が血肉を捧げあみ出された祝福の光。一族の血を唯一お継ぎになられているお嬢様のみがその祝福をうけられるのです。躊躇(ちゅうちょ)なさってはなりませぬ」

ばあやは泣いた。


「参ろう」あたしは覚悟を決めた。


南条寺はるか。卑弥呼から続く代々のこの国の支配者の末裔。陰に陽にわが一族はこの国を支配してきた。そして今夜、その悲願がついにかなう時が来たのだ。


『門』と呼ばれる数百年に一度開かれるそれは、全ての願いをかなえる。どんなことも。わが一族が度重なる戦乱に耐え、あるときは時の権力者と争い、ある時は結び、綿々と紡いで来た歴史。それを可能としてきたのが『門』なのだ。


先日まで、普通の女子高生だった。友人と、渋谷できゃはきゃは笑う、普通の女子高生だった。

それを知らされたのも先日。いや、うちがかなり金持ちとか、盆暮れにその時の総理大臣とか来るのはそういうもんかなー、とホントに軽く考えていたからで、いやホントはなにも考えてなくて。


でも古くからいる、親代わりのばあやから聞かされて。自分の正体を、知った。


南条寺家の当主は、代々その身を『門』に捧げて、次代の南条寺家の繁栄につなげる。その行き先が、全人類の支配、なのだ。


箱根の南条寺家の広大な屋敷の中にある御影堂。いまはなにかおどろおどろしい光に満ちている。


「ここからはお嬢様おひとりで」


ばあやをふくめ多くの南条寺家の者たちが平伏している中を、あたしは進んだ。


御影堂の戸が開く。


なかには、門というより穴、といったほうがいい空間があった。


「入るがいい。なんじの願いを聞き届けよう。かわりになんじの血肉をささげるのだ」


いやー、マジこまった。そう言われてもちょー嫌なんですけど。なーんもまだ楽しいことやってないし。あ、楽ばっかしてたけど、心から楽しいと思えることなんかなかったし。どうすんのこれ?まさか正直ほんとにこんな感じだなんて思ってなかったし。死んじゃうの、あたし?血肉なんていわれると、すり潰されるっていうニュアンスしか思い浮かばないんですけど。


「えと、ど、どんな願いも聞いてくれるんですか?」


『門』は一瞬、躊躇(ちゅうちょ)したようだった。が、すぐに答えた。


「さよう。どんな、ことでも、だ」


「んじゃ、んじゃ、あの、恋人とか、欲しいんです」

「はあ?」


『門』が戸惑っている、ようだった。ヤバイかなー。そういうこと言うと、機嫌損ねたかなあ。今の女子高生、いやこの年代の子供たちは、相手の機嫌をとくに気にする。場の風を読み、風を使う。現代版ナウシカであった。


「あーわかった。どんなやつがいいのだ。適当では困るだろう?」『門』は意外にあっさりと了承した。


「そーねー。できれば強くてー、優しくてー。わがままなんか聞いてくれちゃったりする、イケメンでー。あ、あんまりイケメン過ぎるとほかの女にキャーキャー言われちゃうからほどほどでー」

「めんどくさいな」

「でねでね、背が高くて笑うとちょっと可愛くて、でも性格はふんわりしていて」

「抽象的になってきているぞ」

「でもあたしのことすっごく愛してくれてー、いつも守ってくれるー、たとえ全世界を敵にまわしてもー」

「こころえた」

あ、まだ終わってないっちゅーのに。


どーーーんと、雷が落ちたようだった。御影堂は砕けていた。あたしは腰を抜かしていた。


「んーー、ここは、どこだ?」瓦礫の中からだれか出て来た。


「あわわわわ」あたしはマジ、ビビった。

「あー、きみは、だれ?」

「は、は、は」

「変わった名だな」

「いえいえいえいえ」

「長いのか?」

「ち、ちがいます」

「めんどくさいやつだな」

「わ、わたしは、はるか。南条寺はるか、です」

「そうか。ぼくの名はアレクサンドロス3世。アラビアとかじゃイスカンダルって呼ばれてたけど、アレクとかでかまわないよ」

「あれあれあれくう?」

「アレク」

アレクサンドロ3世?世界史で習ったばかりだ。奇跡的に居眠りしないで授業きいてた。こいつは、アレキサンダー大王だ。


「はるか。よろしくな」

「いやいやいや」

「なんだ」

「なんであなたさまが」もうわけわかんない。


「ぼくは死んじゃって、気がついたらここにいて。あ、だいたい事情はわかってる。ぼくは7日間しかここにいられないんだって。で、ぼくはもう死んじゃってるから、その、ゾンビ、なんだ。きみの恋人ってことで呼ばれたんだけど、なんか申し訳ないね。正直同情するよ」


「はあ?」


人生最初の恋人が大王でゾンビ?ああ、神様、南条寺家って呪われてたんですね。


「ねえ、ここにいるのはかまわないけど、なんかやばい雰囲気だよ」アレクは遠慮がちに言った。

「はあ?」

「ほら、あの人たち、血相変えてるよ」


「おのれ化け物め。お嬢様をとりこにし、われらの悲願を阻もうとする悪魔め。なんとしても殺し、お嬢様をとりもどせ。そしてお嬢様の血肉を今一度捧げるのじゃ」


「なんか物騒なこと言ってるよ?」

「逃げましょう」

「え?」

「逃げるのよ、ここから」

「いいの?なんか大事な儀式とかの最中じゃなかったの?」

「いいんです。あんたがぶち壊したからいいんです」

「いやー、ほとんどきみがぶち壊したと、ぼくは思うんだけどな」

「逃げるの?逃げないの?」

「きみが望めば」

「おねがい」

「はい、お姫様」

笑顔がちょーかっこいいんですけど、こいつ。あ、ばあや、悪い。やっぱ、いのち惜しいわ、あたし。


抱えられたあたしは空を飛んだ、ように感じたが、実際はアレクが走っていたにすぎない。しかし早かった。屋敷の門まで来ると駐車場に何台も車がとまっていた。


「えと、これが早そうだな」

「え?くるま?」

「そうだよ。いつまでも走れるか。乗れよ早く。ちがうよ助手席。運転できんのかよ、まったくー」

「あんたはできんのか」

「いちおう天国で仮免まで行った」

「教習所あんのか?しかも中途半端」

「学科が苦手」

「あーわかる」

「まあ実地はまかせて」

「とにかく早くね」

「シートベルト」

「え、あ、はい」

「いくよー」

ものすごい砂利や砂ぼこりを巻き上げ、車は勢いよく飛び出した。


「いい車だ」

「わかんの?」

「ギリシャとイタリアは近いからね」

「よくわからない」

「これはイタリアのフェラーリっていう車だろ?V8ミッドシップモデル、F8 Tributo(F8トリブート)ていうらしいね」

「何で知ってる?」

「そこに書いてある」

「うそ?」

「うそ」


ああ、ゾンビにおちょくられています、神様。


車の窓ガラスに突然穴が開いた。


「ありゃ?ヘリからみたいだ。よく当てたな」

「感心してる場合?」

「そうだね。すこし飛ばすよ」


こわいこわいこわい。

一般道のしかも曲がりくねった箱根の山道を、時速200キロでとばす馬鹿がいます。運転はうまいかも知れませんが、こいつは何にも感じてないんです。きっとキチガイです、神様。


「失礼な」


聞こえたようです。


「馬と同じだ」

「へ?」

「いや、コツは馬と同じで、曲がろうと思えば曲がってくれる。要は手綱の力加減だな」

「あなたのおっしゃる有蹄類奇蹄目の操縦はそうでしょうがこれは現代技術の粋を集めた」

もうあたしはわけのわからないことを口走っていた。


まいたらしい。追手はもう見えない。渋谷の交差点に車を放置して逃げた。見物人が車の周りを取り囲んでいた。

「いいの、あれ?」

「しょーがないよ。ガス欠だったから」

「アレキサンダー大王がガス欠って、微妙におかしくない?」

「とりあえず地下鉄で逃げよう」

「なんで地下鉄知ってる?」

「ネットで見た」

「マジで?天国にネットとかマジ笑える」

「うそぴょん」

神様。


「ねえ、あれなに?」

「あー、アメリカのC―17輸送機じゃないかな」

「そうじゃなくて、その飛行機からバラバラなんか落ちてる」

「ああ、落下傘だねえ」

「なによそれ」

「あれから出てくるってことは海兵隊か。いっぱいいるね」

「何でそんなのが日本の上空にいんのよ」

「ここがまだアメリカの支配地域ってことじゃない?」

「え?同盟国でしょ」

「ぶ、なにお花畑言ってんの?戦争に負けたんでしょ?それなら次に勝つまでは属国だよ。常識だよ」

「え、じゃあ?」

「ずっと占領されてんの。気がつかなかったの。笑える。いい国民だ、ここは」

「なに言ってるの?そんわけないじゃない」

「そんなわけがあるからきみたち南条寺家は『門』を使ったんだろ。アメリカから日本を取り戻す。いや、あらゆる支配から逃れ、新たな支配者になろうと」


納得した。アレクは嘘を言っていない。わたしたちはずっと何かに支配されていたんだ。


「じゃあ、またあの『門』を呼び出せば」

「それはムリ。きみがお願いしちゃったからね。あと百年は開かないよ」

あたしの馬鹿馬鹿馬鹿。


「でも、なんでアメリカの兵隊が?」

「海兵隊」

「そ、それが?」

「きみがお願いしちゃったからさ」

「へ?何を?」

「恋人がゾンビで、世界全てを敵にするって」

「そんなこと頼んでません」

「だからー、きみのお願いするワードが『門』のデータベースと一致したのがぼくなのさ。ぼくは世界と戦争してきたからね。いわば全世界が敵」

あたしの馬鹿馬鹿馬鹿。


「急ごう。もうすぐ自衛隊も来るだろうし、国連軍と称して中国軍やロシア軍も来るからさ」

「ちょ、味方はいないの?」

「うーん、ギリシア軍とイタリア軍なら話せば味方に」

「けっこうよ、もう」

「なんで」

「サッカーのワールドカップなら頼りになったけど」

「ひどくね」


そこらじゅうヘリと戦車で埋め尽くされた。街には世界中の兵士が入り混じる。コンビニにインド兵がたむろしている。スペイン兵がマリオカートを乗り回している。カオスだ。


わたしたちはお台場に追い詰められた。テレビ局になんとかたどり着いて、そこに立てこもることにした。理由は簡単。アレクが行きたいと言ったからだ。


さまざまな攻撃があったが、アレクが全部防いだようだった。すごい力があったのだ。だが防戦しかしないようだ。


「なんで攻撃しないのよ」

「それじゃきみが困るだろ」

「なんで?」

「ぼくが消えたあと、残ったきみが悪者になってしまうから」

「え?消えちゃうの?」

「言ったろ?7日間だって。あと6日だけど」


彼はずっと戦い続けた。一睡もせず。だってゾンビだから。そう彼は言う。確かにそうだけど、そうなんだけどさ。


「ねえ、あたしたち、恋人、だよね」

「そうだよ」

「ぜんぜん恋人らしくないんじゃない?」

「なんで」

「だって、一緒に街を歩いたり、カフェでお茶したり。ディズニーランドだって行ってないし」

「そこに行かなきゃ、それをしなきゃ、恋人じゃないの?この時代の人って」

「ちがうわよ。いっしょになんかするってこと」

「じゃあ、いいんじゃないか。ぼくらは恋人だ」

「どこが」

「少なくともいっしょに戦ってる。世界とね」

「あたしは見てるだけですけど」

「心のさ、問題だよ」

「まあ、そうかも、ね」

「あ、ミサイル来るよ、よけて」

「ぎゃーーーっ」


あっという間に5日が過ぎた。


「今日でお別れ?」

「そうだね」

「最後に、キスしてくれない?」

「うーん、やめといたほうがいいよ」

「なんでよ」

「ゾンビってうつるから」

「あー、そうだった」

「それにゾンビ臭もけっこうエグいよ」

「もう、なんか救われないな、あたし」

「楽しかったよ」

「え?」

「この7日間」

「逃げて戦ってばかりじゃない」

「きみのために逃げて、戦った。自分のためじゃなく、はじめて人の、愛する者のために戦ったんだ」

「防戦一方だけどね」

「そうでも、ないさ」

「え?」

「悪いけど、きみの一族」

「南条寺家?」

「そう。滅ぼさせてもらった」

「なんですとー」

「もう、こんなこと起きないように」

「じゃあ、あの『門』は?」

「百年後にまた開くけど、きみたち一族がいなければ、ただの門だ」


ちゃんと考えてくれてたんだ。アレクのいない、あとのこと。


「アレクはどこに消えちゃうの?」

「まあ、人のいないとこに転送されるんだろうね。ぼくは死なないから、永遠にさ迷うしかない」

「そうなんだ」

「そろそろ時間みたいだ。時空に穴が開く」

「ちょっと目をつぶってくれない」

「やだよ、なんで」

「恋人の、最後のお願いでも」

「きみのお願いはろくでもないから」

「ひどくね?」

「まあいいか。はい、で、なんなの」

アレクはしかたなしに目を閉じた。金髪のサラサラした流れが、美しく見えた。

う、ゾンビ臭。


わたしたちはくちびるを合わせた。


「なにするんだっ」アレクは怒った。

「ふふ」

「これできみもゾンビに、あ」

「さ、行きましょ」

「もう、まったく」

「はいはい。大王様。あきらめが肝心なのよ。兵法にもあるでしょ」

「そんな兵法は、ない」


空間の穴が二人を飲み込んだ。


あたりは静けさを取り戻していた。


ゴトンと、テレビ局の建物にくっついていた銀色の球が落ちた。





このあと、世界中から集まった軍隊はどうしたんでしょうか?少なくても、しばらくあの放送局は見れなくなってしまいます。

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