死を乗り越えた力 1
スマホにダウロードされた数多のゲーム。
その中でもダントツで引きが悪い白猫計画……
昔は当たってたのになー
カチ、カチ――――
時計の針は迷わず進んでいく。
止まることはなく、左に戻っていくこともない。
それが逆転して欲しいと思うときはきっと後悔を感じたときだろう。
例えば不慮の事故で死んでしまった時や誰かに殺されたとき。
あぁ……死にたくなかったな、あぁ……まだ生きたかったな。
それは幸福や不幸とはまた違う一つの願い。取り戻すことの出来ないことを取り戻すために願う、願っても届かない奇跡の一つ。
だが、その奇跡が何度も無限に絶え間なく起こる出来事ならどうだろうか……
肉体が潰れるほど殴られようが、四肢が千切られようが、致死量の血が流れようが、飢餓で干からびようが、どんな痛みを感じても目が覚めたら蘇ることが出来てしまうのなら。
人という存在は〝奇跡〟というものに縋ったりするだろうか……
薄くなる視界を最後に意識は闇に呑み込まれていく感覚。
無限に痛みを感じる肉体。
まるで子供の玩具のように壊されていく身体。
それでも木漏れ日から感じる日光に新鮮さを感じてしまう幸せ……たった一つ、たった一つでも見えるものが変わるだけ生きていたくなる。
そんな単純な思考が愛おしく思える。
「…………」
錆びた金具が掠れる音で目が覚める。
猪のような獣を肩で担ぎペタペタと床を叩くように歩くその小さな背中を見るだけで体中に幻覚痛が走る。
無意識に体が逃げようとする動きが縛られる鎖を動かし、その小さな背中が振り返ると同時に――――
「こら、動いたらダメだろう?」
猪を捌こうとしていた禍々しい剣が腹部に深々と突き刺さる。
「……ぃ…………ぁ」
「ん?喉が掠れているなぁ、一回治すか」
ペタペタと歩いてた緩やかな足取りは嘘のように足音は無音に変わる。
腹部に突き刺さる剣がゆっくりと引き抜かれ、そのまま首と胴体が離れる。
「よし。綺麗に声帯を真っ二つにしたからな、再生するときには治ってるぞ」
まるで小さい子に注射針を刺した後の医者のような優しい諭し方が普通だと感じてしまうくらいには殺されなれた体と思考が意識の回復を早める。
「……あ、あ」
「治ったな、じゃ飯にしよう。今日は大きな猪が獲れたんだ」
「はぁ……待て待て魔幼女。俺はそんな化け物は食わねぇって毎度言ってるだろ」
「声帯が治って最初のセリフがそれか……お前は重症だな。もう一回死んどくか?」
「はっ何回でも殺せ。お前が俺の条件を飲むまで、俺はお前の言うことは聞かねぇ」
「何回でも生き返るからってこのノーマルヒューマンは生意気だ……今日は特にな。なんだ?そろそろ痛みに慣れてきて死ぬことへの恐怖がなくなったか?」
「痛いものは痛い、んでも死ぬことは別に怖くねぇな。お前が数えきれないくらい殺してくれたからな」
殺されていくごとに混乱していた毎日は殺されるごとに冷静になり一万を超える時には既に通常思考が保てるようになっていた。
【不死の吸収】というアビリティの〝死〟というものに恐怖は抱かなくなったというのが異世界に来てからの変わったこと。それ以外は全くと言っていいほど変わってはいない。
「……やはりお前は変わっているな、名前は確か……シノノメだったか?生き返るからと言って殺され続けてもう半年だぞ?確かに良い研究にはなったし、人族を何度も殺したことによって魔族の私は強くなったが」
「んだよ、ハッキリしねぇ。もっと簡単に言えって」
「分かった。そのヘラヘラと笑った顔とか、殺している私とフレンドリーに話しているとか、何の抵抗もなく殺されるところとか、あぁ……なんかもう全部がキモい」
「ぐぁ!!……てめぇ、幼女の姿でキモいとか言うんじゃねぇ!せめてもうちょっと禍々しく魔族らしい姿になってから言えよ!、そうじゃないと俺の精神が持ちません」
「やっぱりキモいな」
蔑む瞳というのは魔族の幼女にも出来るんだなぁ……と思いながらも、鎖に繋がれた拳を握る。
「(……そろそろいけるな)」
死んだ回数を数えられなくなるくらい殺されたあと、やけにクリアになった思考から真っ先に引き出された言葉。それはNの自分に秘められた唯一のアビリティである【不死の吸収】という力。
詳細は痛みに伴うステータスの上昇と人体の八割が損傷したときに再生するという地獄のような能力だが、自力でステータスが確認できない。
だからこの鎖を引きちぎるように力を込めてみることで自らのステータスの上りを徐々に確認していたのだ。
「おい、魔幼女。お前の名前は?」
「そういえば言っていなかったな、私の名前はハウザ。魔法の研究と心理を探求している者だ」
「レアリティは……URか、お前だいぶイカれてんな」
目を細めてハウザの頭上を見ると最高レアリティのURの表記。それほどまでに可能性を秘めているということなのだろう。
「いや、私はRだったはずだが?」
「…………ん?」
「ほぉ……お前の瞳には私の力が移るのか。ということは王族の召喚魔法で現世した異世界からの来訪者ということになるな……あとで研究しような?シノノメ」
「あ、あぁ、手伝ってやる。……んで、話しは変わるけどよ」
「どうした?やっぱり腹でも空いたか?」
「いや違う。そろそろ体を動かしたいと思っただけだ、というわけで俺はここから抜け出してもいいか?」
四肢を縛るその鎖は通常の鎖とはまるで違う。
壁に打ち付けて固定しておくものではなく、異世界特有の魔法という存在からなる鎖なのだろう。
最初のうちはピクリとも動かなかった鎖は今や風化してすぐに千切れる輪ゴムほどの柔らかさ程度だ。
「んで、千切っていいか?これ」
何故だか笑顔のハウザにもう一度確認する。
「ふふ……あはは!お前はそれの存在を知らなかったな、そういうえば」
ハウザは思い出すように語りだす。
猪の解体用に使われているその禍々しい剣を握り、シノノメを繋ぐ鎖を指で示すと、
「この剣の名は〈虚無の剣〉、かつて神々を滅ぼした際に生まれた神話の剣にして絶望の象徴だ。そしてお前を縛るその鎖は魔法や魔具の類ではない、神話の神々をも封印できる〈封神の鎖〉のレプリカだぞ?この剣で殺されるのは当たり前だとしてもその鎖から逃げることは例え勇者でも簡単ではない」
「いやいや、〈封神の鎖〉っていうやつは何で俺に使ったわけ?なんか大事なアイテムっぽいじゃん」
「それはお前がこの〈虚無の剣〉で斬り殺したはずなのに現世に〝再生〟したからだ。普通の獲物なら死んだという事実はなく……この世から完全に無くなっていくのにな。だから相当な存在だと思ったんだ」
「あっ、んじゃ……これが簡単に千切れたりしたら?」
「レプリカでも神を縛ることの出来るモノだぞ?もしもお前がその鎖を千切れたら、私ではまず勝てないだろうな……」
笑いながら「ま、ありえないだろうがな」と捨て台詞を吐くと同時に猪の解体に戻るハウザの背中を見送ったあと自らを半年間という長い時間、縛り続ける忌々しい鎖に目を移した。
「へぇ…………」
話では神話レベルのお話らしい、ゲームでいったら重要かつ貴重なアイテムなのだろう。
それを聞いて寧ろ感情は喜びに変わっていった。
アッパー修正なんてものではない。
半年という歳月は全て殺されることと痛みを感じ続ける地獄を味わった。
その分はしっかりと力に変わっていることが理解出来たからだ。
「なら、初めての敗北だな?ハウザ」
それでもほんの少しだけ力を込めただけ。
ただ立ち上がろうとした、頬を掻こうとした、それくらいの力を込めてみただけで、
「は?」
神話級のアイテムは無残にも空気中に散っていった。
「いぇーい」
目の前で散っていった〈封神の鎖〉を眺め、表情筋が働かなくなってしまったハウザの目の前までシノノメは歩いて向かう。
「おーい、大丈夫かー」
「…………」
「無反応か。うし!久しぶりに自分の家にでも戻るか」
現在地は把握できてはいないものの、森の最奥地のどこかということは分かっている。
錆びついた金具が悲鳴を上げながら木材で作られた少し重い扉を開き、
「んじゃハウザ、もう一回戻ってくるからな」
そのまま白日へと消えていくシノノメの姿をハウザは茫然と眺めるしかなかった。




