不死の王 1
豪勢に装飾された六つの台座が囲む一つの魔石に映った魔力の反応が収まり、空気中の荒れた魔素が静まった。他種族の中でも精霊族に次いで魔力に敏感な魔族だからこそ、魔石から見られた異常な反応に黙ってはいられなかったのだろうか、珍しく六つの席が埋まっていた。
「今日から私がここに座らせて頂きます。〝火炎の〟リグレイで御座います。亡き師の後を継がせて頂くことに感謝しています、これから宜しくお願い致します」
容姿からは想像も出来ないほどの冷静さと礼儀の正しさだった。
「はッ、角無しが〝火炎〟とはな。魔族も終わりが近いか?」
嘲笑する〝水氷〟の台座に座る男が足を組み替えながら言うが、
「そういう貴方もその台座に座ったのはこの頃でしょう?」
溜息混じりに言い返し色の無い台座に座る。
彼が座った色の無い台座から赤い魔力がほのかに舞うと、改めて台座から熱が放たれる。
「師匠譲りの規格外か……いや、これは譲り受けたか」
〝深緑〟の台座に座る女が呟いた。
何百年と見て来た〝火炎〟の台座が深紅に染まったのだ。
「おぉ!その若さでこれほどとはな……いつかは師匠を超えるんじゃねぇか?リグレイ」
「ありがとうございます。ヴァガイさん」
「バカ。ここでは〝大地〟のヴァガイだ」
不規則にねじれた大きな角を持つ厳つい大男が豪快に笑うと広くない部屋が少し震えた。
それは音から来る振動ではなく、ヴァガイが笑ったことによって体から魔力が広がっていったからであった。
見方を変えれば攻撃に等しいその笑いに〝水氷〟に座る男はうずくまるようにして耳を塞いでいるが、
「おい、うるせぇぞ」
「そーだそーだ」
その小さな体に似合わない台座に座る二人の少女が両耳を塞ぎながら、可愛げもなくヴァガイを睨みつけた〝深緑〟の台座の隣に座る二人の少女――――〝堕天〟と〝聖天〟。
〝水氷〟の台座に座る男とは違い、明らかなる反撃の意を持った視線でヴァガイを見ている。
「まだこれは厳しかったか?すまんな、双子ちゃん」
だが、最初から座っていたヴァガイにその圧は通じないようで、子供をなだめるように双子の少女に笑いかけた。
「ヴァガイ……少しは大人しくしないか。こいつらはまだお前に免疫がないんだ、〝堕天〟も〝聖天〟も含めて、この頃ここに座ったばかりなんだから。少しは落ち着きをもて……恥ずかしい」
「うむ……すまんな」
「……せめて魔力をまき散らすな」
この和気藹々(わきあいあい)としたした会話に釘を刺したのは〝深緑〟の台座に座る女であった。
流石のヴァガイも同期の彼女に叱られたからか、大人しくなる。
「ふふっ」
その意気消沈したヴァガイを見て笑い声を溢したのはリグレイだった。
「どうした?リグレイ」
「この会議はいつもこのように楽しいのかと思いまして……」
「いやぁ、そんなことはないぞ?今日は特別だ」
「特別……と言いますと?」
「今日はお前ら新顔を身に王様がここに来てくれるんだよ――――っと、話しをすればだな」
「魔王様が――――ッ!?」
肌の表面を焦がすような痛みに表情を引きつらせるリグレイが、その刺々しいほどの魔力を放つ方向を見た。
誰かいる様子もない大きな扉。
そこから感じているだけで身体中に激痛が走るほどの魔力を放つ人物が向かってきている。
「こ、これが……魔王様の」
「――――よう、ヴァガイ?元気にしてたか?」
「ハッ!?」
隣から聞こえた少し幼さが残る声に体がビクっと反応し、反射的にヴァガイの方を向いたリグレイの瞳に映ったのは一人の青年だった。
「お、反応が早いな。流石はリンドの倅だな……お前、名は?」
「……リグレイと、申します」
「そうか……精進しろよ?この中で一番見込みがありそうだからな」
「――――いや、王様。そろそろ降りて貰えますかね?」
「確かにな」
ヴァガイの肩に仁王立ちしていた青年はそのまま宙を歩き、いつの間にか気絶している〝水氷〟の男を放り投げ台座に座る。
「デイディ、どうだ?」
「見込みを誤るのは早いかと……」
「そうか……?現にリグレイ以外は死にかけているぞ?」
魔王の視線が三人の男女に注がれた。
〝水氷〟の台座で気を失っていた男、〝堕天〟と〝聖天〟の台座で泡を吹く双子の少女。
「ここに座っていい人間というのは決められている。一割も満たないオレの魔力に当てられて気を失う奴はここに座る資格はない――――〈アグニ〉に狩り出せ。三人でどれくらい出来るのか……オレに証明させろ」
「直ちに用します」
〝深緑〟の台座に座るデイディは三人を魔法陣で囲むと魔力を注ぐ。
すると、その魔法陣から樹木が球体のように育ち三人を捕らえ、浮き上がる。
「では、失礼します」
デイディは扉の先に消えていった。
新人という中では残されたのはリグレイだけであり、他の三人は連れていかれた。
「リグレイ」
ヴァガイ、リグレイ、魔王と三人いるなかで、最初に口を開いたのは魔王だった。
「オレの名はカラド。お前にはオレが名乗る資格があるようだから自己紹介でもしとく」
「で、ではカラド様とお呼びすればよろしいですか?」
「好きに呼べ。呼びやすい方でいい。――――んで、ここからが本題だ」
カラドは真ん中にある魔石の歪な輝きに視線を移すと、
「今回はリグレイに任せることにする」
ヴァガイに向かって言った。
「まぁ……問題はなさそうですな」
そのことについてはヴァガイの方も問題はないと示すが、リグレイには何も伝わらなかった。
「な、何がですか?」
「いいかリグレイ。この六王会議は〈インドラ〉に異常が起きた時にやるもんなんだ、今回のは顔合わせ目的でもあったが本質は変わらない。王様自ら足を運ぶってのも結構な要件だな」
「して、今回の要は魔の森だ」
「魔の森ですか……」
「そこでハウザが目撃された報告があった」
「……〝大罪禁忌〟」
「しかも、人間と一緒にだ」
「人間!?それは本当なんですか、王様」
「最初は与太話だと思ってたが……どうやら本当らしいな。人間がここらの魔力に当てられて原型を留めていることすら信じがたいことだが、先ほど報告があった」
「では私は……」
「そういうことだ。オレの前にハウザと人間を連れて来い。人間の方は死んでもいいが、ハウザは生かして持って来いよ。…………アイツは魔族歴史の最大の汚点だ、オレ直々に手を下す」
「期限は……」
「そうだな――――三日だ。三日以内に連れてこい」
「わかりました。今から用意を始めてもよろしいでしょうか?」
「おう、頑張れよ」
「はい。では私は席を外させて頂きます、失礼します」
リグレイがその場からいなくなるとヴァガイとカラドの二人になった。
先程の楽観とした雰囲気は消え去り、〝大地〟のヴァガイとしてカラドに対峙する。
「これでよかったんですか?」
「……ハッ、良いも何もないだろ?アイツがしくじったらオレの見込み違いだったってことだ」
「相手はハウザですよ、あれからもう二百年近く経過しています……」
「そう心配するな。どれだけハウザが進化していようとリグレイには勝てない、可能性が違うからな」
「ならいいですが……」
「お前が守ってやれ。リンドの変わりに助けてやるんだぞ?ヴァガイ」
「分かっています」
「ではな。オレにはやらなきゃいけないことが沢山あるんだ、帰るぞ」
「儂はもう少しここにいます……」
「――――そうか」
手を振って扉に消えていくカラドの背を見送ることなく、ヴァガイは自分自身の思いと向き合ってしまった。
「リンド……心配するな。儂が命に代えても守って見せるからな」
沈み込むことはしない台座に吸い込まれるように寄りかかりながら瞼を閉じる……
◆
魔の森の最奥ではよく膨大な魔力が弾けている。
不規則に荒れ狂う魔力は、木々をなぎ倒し、流れる小川を氾濫させていた。
「ハァ……ハァ……ッ、やっぱ簡単にはいかねぇな」
ここが森なのかと問われれば思わず苦笑してしまうほどには崩壊した場所には二人の影があった。
肩で呼吸をし大量の汗を噴き出しながら横たわる姿の爽と、それを横から見下ろす魔族の女――――イメイの姿だった。
「だから何回も言ってるだろう?そんな力技では体が魔力を吐き出してくれないんだ」
「ハァ……フゥ……、くっそ……バカそうなのに何でお前、そんなに論理的なんだよ」
「論理も何もない。〝魔法〟というものは自然の力を現実に表すということだ。お前の体が魔力導体となって空気中にある魔素をまとめ上げてから初めて体現するんだ。先程の戦いではやっていなかったのか?あれほどの高速移動……魔法でもない限り不可能だろう?」
「あれは普通にやったんだよ……人間なめんな」
「嘘つけ。人間と対峙したことがあるが、あんな動きをする奴はいなかったぞ」
「そりゃそうだ…………俺みたいに無意識の制限が切れてないと無理だからな」
「ん、無意識の制限だと?」
「まぁ……なんだ。人間にも可能性があるってことだよ」
「確かにな。お前ほどの力……レアリティはいくつだ?」
「――――知らん」
「知らん……って、ステータスに表記されるだろう?ほら」
種族 魔族
レベル【52】
イメイ・ラクアシア
体力 800000 攻撃 65000
魔力 23000 敏捷 12000
防御 300000
レアリティ 【SR】
アビリティ 【無垢な戦線】【魔法の最上級】
【無垢な戦線】
戦う時間が増すごとにステータスが上昇。
集中力が増していく。
【魔法の最上級】
風魔法の最上級を習得した者。
風に愛される資格を持つ。
「見せてもいいのか?これ」
「……いい。私は本来ならここにはいないのだからな」
人間と他種族の争いは血も涙もない。
その戦場にいる者のどちらかに生存者がいれば勝利、それ以外は全てが敗者だ。
時には魔法で灰にされる。
時には剣技でバラされる。
戦場に残るのは肉片と地面に染み込んだ黒い沁みのみ。
「まさか人間一人に負けるとは思ってはいなかったがな」
「そんなに人間って強いのか?俺はここに捨てられたから分かんねぇんだけど」
「そう言えばお前も召喚された者の一人だったか?……お前ほどの者が何故この魔の森に捨てられたかは私には理解出来ないな。――――召喚された異世界からの来報者は、全員が化け物だ」
得体の知れない武具。
理解が出来ない魔法。
見たことのない剣技。
圧倒的とまで言える自力。
全てが人間とは呼べるものではない。
人間の人口が減らないのは異世界から強者を呼び出しているからだ。
戦場に立つのは両腕で数えることが出来そうな人数。それなのに相手は何十万と兵をなぎ倒していく。
「その無慈悲さに私は……吐き気がした」
「(チートってやつか)」
「でも、お前を見ていると何だか不思議な感じがするな」
「……そうだろうな。俺はお前が知る人間が出来ることがとことん出来ないからな。敵だからって人を殺せないし、魔法だって使えない、まして剣なんて持ったことも無い」
「そうだな。私が何度説明しても全く魔法が使えないしな」
「あぁそうだとも……」
「今回だってハスイに変な依頼してるしな……普通ならまず選択肢に出ないぞアレは」
アレ……というのは爽がハスイにお願いした頼み事のことだろう。
話しを聞けば二人は魔族の中では多少の顔が利く人物だったようで、悪ふざけなしで頼みごとをしたことが一つあった。
「ハハハ、良いんだよ。俺は死なないしな」
「そういう問題じゃないだろう?――――魔族総出で〝大罪禁忌〟を狙いにくるぞ……」
「だから修行してんだろ?いいかイメイ」
「お前……名前を――――」
「俺はなぁ、異世界を満喫したいんだよ」
出来るならば獣人と一緒に野原を走ってみたい。
可能なら精霊族をお目にかかりたい。
異世界の色んな食物を食べ歩きたい。
冒険者にだってなりたい。
魔族とだって戦わずに仲良くしたい。
エルフ……はいるのか分からないけど、異世界に来たらエルフだろ?会いたい。
「決めたんだよ俺は」
「……さっき言ってたやつか?」
「そうだ。俺はこの世界で唯一他種族と仲がいい人間になって見せるんだ」
「だからさっきも聞いたが、それじゃ人間も敵にならないか?」
「ははッ」
――――上等だ
何枚かの葉が粉々になった。
地脈が歪んだからか地響きがなった。
イメイの結ばれたポニーテールが、爽が放った魔力の圧に揺らいだ。
「は……ははっ」
気持ちが昂ったのか思わず言葉を失うほどの魔力が体を包んだことに、イメイは辛うじて笑った。
「よし、んじゃ続き頼むわ。イメイ」
「――――そうだな……ソウ」




