どこかの、極楽
「いつでも身勝手だな、あんたは」
愚痴めいた口調で藍が言った。その歩幅は大きく、後ろからついてくる狩谷を突き放す勢いである。
「君だって全然興味なし、って訳でもないんだろう。そもそも好奇心が強いがために、こんな助平な教師を部屋に招いたんだからさ」
もはや、完全に開き直っている口ぶりでいる。
藍はそれに舌打ちをして、
……この銃をモノにしたらまず、コイツを撃ってやる。
そんなふうに考えながら、右腿のホルダーに挿さる白いからだの銃を睨んだ。
もちろんそのホルダーさえ、後ろの妖精が出したものである。
まるで4次元から出てくるみたいにぽんぽんと物体を出せる能力だけはこのウザったい妖精の、今のところ唯一の長所だと藍は思う。
そしてふたりは、あの泉の前に立っていた。
「まどろっこしいことをして悪かったね。結局僕は、君との絆を確認するためにこの森に呼んだのさ」
「はっ。最初からそんなもの、あったか?」
「あったさ。事実、君は”契約”を断らなかった」
藍はその返答にしばらく時間を要して、立ったまま、ゆっくりと空を見上げた。おそらくそれさえ狩谷が見せている幻想だろうけれど、透き通る群青色が彼女を嗤うように見つめていた。
「……ああ、断らなかったな」
そして小声で、そう言った。
聞こえたのか聞こえなかったのか、定かではないけれども妖精は軽く笑みを浮かべた。
「泉の先がいきなり戦場ということはないだろうな、ポンコツ妖精」
「はは、あるかもねぇ。いきなり槍が飛んできたり」
藍は、背後でパタパタと羽をはためかせながら茶化す狩谷に振り向きもせず、無表情で右腿の銃に触れた。
「冗談だよ。そんなことは無い、保証しよう。
……さあ、行こうか。この先が」
「極楽か?いいだろう。……前みたいに、後ろから押したりはしないのか」
「ありゃ、もしかしてハグされたかった?それなら人間態になろうかな」
狩谷がそれを言い終わるまでにはすでに、藍は飛び込んでいた。
着いていくように狩谷は、足からゆっくりと沈んで行った。
心做しか、泉のなかは前よりも透き通っていた。
そこでは呼吸さえできて、声も通る。
「で、結局行先はどこなんだ」
「精霊の国さ。とてもファンシーで、とてもブラッディだ」
「……ふわふわした言葉しか吐かないな。特に、その姿になってからはなおさら」
「そうかもね。でもそれは、全て本当のことさ」
たっぷり十秒は泉の中をさまよったあと、いよいよ藍の足元に光は差した。
そして彼女は微睡んで、”セカイ”へと導かれた。
信羽藍が”セカイ”に認証されたことを確認した精霊は、愉快そうに笑い声を吐き出してから呟いた。
……さあ、君の愛は。いったいいつまで保つのかな?