森と幻想のなかで
「全く、どこのSFだ……」
「どちらかと言うとファンタジィだねぇ、ここは」
そんなふうに精霊、狩谷が訂正したのを、「やかましい」と言って藍は打ち消した。
「ここは精霊の森だ」なんていう狩谷の返答を馬鹿らしく思ったのか、藍は森から出ようと泉を離れて歩き回っていた。
しかし景色は変わらない。
どこまで行っても落葉樹が雁首を並べてこちらを睨む。あの泉の場所以来、開けたところは見当たらない。
藍は早足、つかつかとローファーで落ち葉を踏みにじる。
この森の実態といいこの”セカイ”といい、まるで事情が掴めないのとちゃらんぽらんした狩谷の態度とが相まって、血の圧が上がり、殺気立っているのが傍目からも分かった。
ただ突然思い出して、藍は足を止めた。
……そういえば、私は泉に飛び込んだ時、ローファーなど履いていなかったはずだ。
「ああ。それはね、僕が持ってきたんだ」
飽きもせず着いてくる精霊は頬のすぐ横で答えた。
「愛しい君を、素足でこんなヘンピに招くのは気が引けたからね」
キザったらしく、ハンサムを気取って狩谷が言ったのに反応して、藍は目つきをなおのこと鋭くした。
「そんな粗末な気遣いをするくらいなら、『泉に落ちたらどこへ行くのか』についてもっと説明するべきだったんじゃないのか、ああ?」
そう言って狩谷の、”このセカイでは”美少年の頬をつねって迫った。対して狩谷はへらへらと、伸びる頬皮を気にもせず答える。
「怖い怖い。分かった、少し説明をするからそこへ座ろうか」
そうなだめて、しかし指で示した先には何も無かったので藍が怪訝に思っていると、狩谷はひとつ指を鳴らした。
すると綺麗な木目の、藍の膝丈ほどの高さの切り株がそこへ現れたのだった。
♢
「そもそもこの森は、ある建物の中に内包されたモノなんだ」
「はぁ、内包?」
藍は切り株に腰をかけて、狩谷はその手のひらに乗って会話を続けた。
「……そんなことが、有り得るのか?私が今歩いた距離だけで、半径数十メートルはあるはずだ。もしアンタが言ったことが本当なら、いったい、この”フロア”はどれだけ……」
まるで納得できない様子で、藍は手のひらにいる精霊を問いつめる。
そんな藍を落ち着かせるためなのか、狩谷は『待った』の合図のように人差し指を立てた。
「悪かった、僕の言い方の問題だ。内包されているというよりも、実はこの森は、僕が君に見せている”幻想”に過ぎない。見ての通り、僕は妖精。それは事実だ」
藍の視線は未だ疑り深く鋭いが、それでも狩谷の言葉を真剣に飲み込んでいた。
「そしてこの”幻想”は、僕のチカラ。あるいは妖精としての、一種の”役割”だ。具体的なシステムは語りきれないけれどね」
狩谷は茶化すように、パチリとウインクをしてみせた。
「役割、か。その幻想というやつ、アンタが私の部屋に出したあの”泉”と関係があるのか?」
「そう、まさにね。僕はあの泉を、自在に操れる。またその泉こそ”幻想”を内包した、器という訳だ」
妖精は、なんだか得意げな様子である。
対して藍は、なおさら疑わしそうに、自分を囲むこの木々たちを見回した。気のせいか、森全体が微笑みかけてくるような感覚があった。
「……分かった、納得してやる。この森は、つまりアンタが見せている夢ということで。でもその目的が、まるで分からない。いったい私はなんのために、その”幻想”とやらに巻き込まれたわけだ?」
強まった藍の語気に押されるようにして、再び狩谷が話し始めた。
「もちろん、ただ君を撹乱しようとして呼んだわけじゃない。僕は確かな目的を持って、実際にあの現実世界で、教師として、君を見込んだ」
森に吹いていた風は、強さを増してきた。果たしてそれすら、狩谷が見せる夢のなかなのだろうかと藍は思索した。
狩谷は藍の手のひらから飛び立って顔のそばまで飛んだ。
その紅顔の美少年の眼で藍を見据えて、そして言い放った。
「僕は、君を英雄になる材として、見込んだんだ」
本当は『その銃、錆び切って』というタイトルだったのに………
核となる”銃”が出てくるまで、行けなかった。
狩谷の話が長いなぁ……