妖精・狩谷
「ん……」
気がついた信羽藍は、惚けている脳を起こそうと瞼を擦って周囲に目を凝らした。
自分が横たわっているここは暖かい土だということを確認しながら。
そして、どうやら周囲は森だった。ただ、普通のそれとは何だかわけが違うようだった。
まず、自分の背には泉があった。先ほど確かにあの教師、狩谷海衣とともに身を投げた泉。
……いったい、自分の身に何が?
そんなことを考えていた矢先、頭上から声が飛んできた。
「ほらほら、いつまでも寝てないで!」
透明感のある、優しい少年の声だった。ボーイソプラノとでも言えばいい、そんな声である。
急いで体を起こして、顔を空へあげる。陽射しが眩しい。
「もう、何分寝てんの!こっちに来てから三十分も経ってる!」
キーキーと怒っていたのは手のひらほどの大きさの、蝶のような羽がついた小人。
それは、まさにいわゆる……
「…妖精?」
信羽藍はきょとんとして、それを眺めた。
さらさらの赤髪に、端正な顔立ち。アーモンドアイがキュートな美少年は、手乗りサイズである。虹色が光る羽は太陽に照らされて、宝石のように光っていた。
「そうだよ、妖精」
にこりと笑ってーむしろそれは不敵にも思えたー妖精とやらが言うが、しかし彼にある面影に、藍は気付いていた。
「……あんた、狩谷だな?」
呆れているような、そして 問い質す目で、妖精に聞いた。すると彼はまるで悪びれもせずに、
「そう。君を連れて泉に飛び込んだ、狩谷海衣さ」
と言った。
藍はため息をついて、狩谷を睨んだ。しかしそのうち、今更憎んでも、というような気持ちになって、ただただ肩を落とした。
「まあ、それはそれでいい。で、結局、ここはどこなんだよ」
ボーイッシュな口調で亜麻色の、ポニーテールの少女が聞いた。さっきまでこの湿った土に寝転んでいたせいで着ているブレザーは汚れがひどい。
そして、狩谷は得意げに微笑んだ。
「ここかい?ここはね、妖精の森だよ」
そしてしばらく、二人の間に沈黙が通った。
ちなみに、狩谷海衣の読み方ですが、
「かりや めい」
です。
May、ね。