表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第6章 魔王編 -ほんとの俺は王子様-
99/264

第85話 連続攻撃

 機先を制するように、守の剣が閃いていた。トロールが両腕を振り上げている――もう、それがお前らの種族特性なのかよ、その“少しでも自分を大きく見せて相手を委縮させよう”みたいなの――その隙に。


 守はトロールの横を抜け去った。脇腹に切れ目が走り、鮮血が噴き出す。それも、少し間を置けば自然治癒されてしまうのだろうが。


「ゴアアアアッ」


「グルッ!」


 ダメージを受けたトロールの叫び声、それに紛れるように、鋭い呼気のつもりなんだろうを放ちながら、ヘルハウンドが俺に向けて飛びかかってきていた。


 跳び退って、それを回避する。俺のいた場所で牙を打ち鳴らした黒犬。不機嫌なのだろうか? どうだろう、とりあえず息は荒い。疲労によるものではないだろう。俺を殺す気満々だし。


 気配で分かるっ……つーか、色々、聴こえてるっつーの。一息で相手を殺したいなら、黙って事に当たれよ。


 身体を斜めにし、右手を後ろに下げ、ピアスを己の身体で隠すように上向きにする。左手を水平近く、前に突き出して、それを待つ。


 ビビってる訳じゃない。暴れるイヌの相手は得意なんだ。


 案の定、俺の左手に吸い込まれるように、そいつは再び飛びかかってくる。


 ――ったく、単純な奴!


 俺は自ら奴の口内に飛び込ませんとばかりに左腕を差し出しながら、それに緋翼を纏わせる。


 ヘルハウンドは果たして、獲物を噛み千切れないことに疑問を呈しただろうか。獣の表情は、俺には読めない。家畜でも扱ってれば、いや、ペットでも飼ってれば(金持ちの道楽だが)、解るようになんのかね。


 そんなことを考えながら、俺は左腕に溜めた緋翼を解放、拡散させた。その勢いに怯んだように空中に投げ出されるヘルハウンド……その脳天を射抜くように、俺は隠れ潜ませていたそれで、穿つ。


「終わりだ」


 捕食者を返り討ちにした巨針を引き抜くとき、胸中にあったのは……憐憫、だろうか。


 モンスターがモンスターであることは、罪ではない。例え魔王軍に使われていようと、人間の街を恐怖に陥れるべく放たれたとしても、決して。


 生きるために食べる。当たり前の事じゃないか。


 相いれなかった。相いれなかっただけ。俺という命と、お前という命が。


 お前の昼食になってやれなくて悪かったな。


 ――すまん、あばよ。


 それは口には出さず、しかし崩れ落ちる命を見届けてから、俺は守に加勢すべく、そちらへと向き直る。


 トロールの剛腕が唸り、守を寄せ付けない。そればかりか、守は少しずつ壁際に追い詰められているようにすら見えた。


「ッ! 一旦距離をとれ!」


 言いつつ、俺はトロールの背中へとピアスを突き出す。


 そして、違和感。


 刺さりが浅い……ッ。


 こいつ、さっきのトロールより、デカいし硬ェ!!


 自然界における普遍的事実。でけェやつァつえェ。以上、これに尽きる。


 それを確認したくて、俺はトロールに飛びついて、ピアスを抜きつつすぐさまそいつの体を蹴り、その勢いによって離脱した。守から俺へと照準を移したトロール。こいつ……。


「やべェ、ビクともしねェ……」


 持ち上げられるビジョンが浮かばない。更にいうなら、俺たちは住宅街へと足を踏み入れ、こいつの落下死を狙うにはまた港の方へ戻らなければならなくなる。


 できればこんな入口で、これ以上時間を使いたくない。早く皆と合流しないといけないし、あの怪鳥をほっとくのもマズい気がするから。


 考え事は、戦闘における強大な敵。デカい敵は動きが鈍間(のろま)。そういうことは実際に見てから言ってくれよ。そう言いたくなる速度で迫りくる剛腕を、俺は避けきれなかった。


 巨大な体に秘められた筋力は、そのばねを縮める時間は抜きにしても、いざ解放されれば莫大なエネルギーとなる。故に、尋常でないトップスピードを誇る。


 熊なんか目じゃない。鋭い爪まで備えたそれが、俺の衣服を引き裂き、身体の内側まで衝撃を伝えッ…………世界が回転する。


 緋翼の反射も間に合わなかった。ちくしょう、もっと危機感を持っていれば。


 ――すぐに、起き上がらなければ。


 痛い。痛すぎる。だけど、気絶している訳じゃない。思考はちゃんと回っているじゃないか。切れた唇を舐めて血の味を感じながら。


 顔を上げて、周囲の状況を確認しながら身体を起こす。ハーミルピアスは……少し離れたところ、民家の入口近くに落ちているのか。誰か拾って届けてくれ……ないか。無理か、ビビりの住人どもには。あ、危険だしそれでいいよ。


 俺に追撃が来ないことから察せられるように、守がトロールの気を引いてくれていた。


 ってか、さっき守は徐々に追い詰められているみたいだ~とか言ってたけどさ。いや言ってない、考えただけだ……って、んなんどうでもいいわ。それに対して、俺は一発でぶっ飛ばされる結果になってる訳だが、どう弁解したもんか。必要ないか。油断しましたすいませんッ!!


 特別俺が無能という訳ではないのだとするなら、ここはむしろ守の健闘を称えるところなのかもしれないな。


 起き上がって、ハーミルピアスを取りに走る、その最中にも目は戦闘に釘付けだった。それは当初こそ“守を心配”していたからであって、途中からは“守に期待”しているからだった。


 トロールが突き出した拳を……その先端に聳える爪を、見切ったっていうのか。ロングソードを右側……脇に抱えるように両手で持ち、切っ先を水平に。そして、すり足で後退。まるでそれは、トロールの勢いを殺す、防御のようで、しかし違った。


 体を縮めるように、力をため込むばねのようになった守の手が、小規模な爆発を起こしたかのようだった。斜めに、左上に向けてロングソードは弾けるように伸びあがった。その最中、まるで剣が回転したように見えた気がした。


 結果、守は後退したことでトロールの一撃を完全に回避。トロールはと言えば……。


 振り切った手の先から、ボロボロと零れ落ちるものがあった。


 ――爪を抉り切ったのか!!


 ビリビリ来るな。カウンターってやつだよな。いつもそれを得意とする人物ではなかったはずだ。一瞬の閃きだったのか。実践の中で、新たな戦法を取り入れやがったってのか。なんだその才能。


 爪を剥がされたことによる痛み、それに付随する憤怒。獣の鳴き声を聴きながら、俺はハーミルピアスを拾い上げた。これ、もう隠れる布を失ってしまった訳だからハーミル要素無いな。


 しゅうしゅう、という音に目を向ければ、トロールの右拳が視認できなくなるほどの蒸気に包まれている。「いや、まさかそんな……」無いよな? せいぜい、傷口が塞がるくらいだろう。無くなった爪が即座に生えてくるみたいな行き過ぎた再生、もはや逆にグロいぜ?


 勿論、その現象に結論が出るまで待ってなんていられない。少しでも奴の攻撃力が下がったならば、今がチャンスのはずだ。


「守、もう片方の腕も裸にしてやれ!」


「そんな、都合よく……いきませんよっ!?」


 怒りのトロール3連撃。いや、今も続いているから最終的に何連撃になるのか知らんけども、守はその対処に追われながらも、俺に返答して見せた。なら、俺もそれに答えてやらねェとだろ。


 一対一、少しずつ後退する守をトロールが追い詰めていく構図。それに守の後ろから走り寄る俺は。


「広がって……繋げるッ」


 両手で引っ張る様に緋翼を縄状に展開し、それを空中に残す。新技、やるぞ。


「しゃがんで躱せ!!」守に言ったんだが、分かってくれたみたいだ。当たり前か。トロールに話しかけたとは思わないか。


 そうして、空中に仕掛けられたような形になった黒い線の下を潜り抜けるように転がってきた守。それをトロールごと飛び越えるように高く跳躍しつつ、身体を捻る。視界がぐねぐねするけど、贅沢は言ってられない。ちっと翼を吹かして、着地を調整しろ。


 トロールの真後ろに着地した俺は、まじまじとその巨体を眺める。


 さすがに、そのまま罠に突っ込んでいくほどの知能じゃなかったな。だが。


 その、俺と守、どっちを視界に収めるべきか……という迷いこそ、一瞬の油断ってやつだ。二兎を追う者は一兎も得ず。


 更に言うなら。


 そんな状況で、“すでに回避した”罠なんかにいつまでも意識置いとけねェよなァ……!!


「もらったぜ」


 左手で空気を掴むように、そこには無い手綱を引っ張る様に。俺は緋翼を己の元へと引き戻す。


 当然、それに巻き込まれるやつがいる。


 俺へとターゲットを移したのか、こちらを振り返っていたトロール。その弱点を狙いすましたように、緋翼の縄がきつく巻き付いた。


「ゴガッ!!」


「お似合いの首輪だ、なッ!」


 どんなに体重が重かろうと、首を抑えられれば、多少は身体も倒れるってもんだ。首だけ持ってかれる訳にはいかねェもんな?


 俺の元へ、膝を折る様に倒れかかった巨体。その顔面を。


 喉を、胸を、幾度も刺突。


 やはり、胸部には突き刺さらなかったが。


 間違いなく、効いているだろ。


 俺が使う刺突剣は、相手の急所を抜くこと、軟らかい部分をこじ開けることは得意だ。その反面、傷口の大きさは小さく、こういう異常な再生能力を持った奴相手だと、中々息の根を止めるところまでいけない。


 そういう時、一人じゃないことが活きてくるんだな。パートナーって大事だ。


「はああああっ!!」


 威勢のいい声と共に、守のロングソードが振り抜かれ……重そうな音を立てながら、ついにその首は地面に転がった。


「っし……次行くぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ