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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第6章 魔王編 -ほんとの俺は王子様-
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第78話 「U」

 せっかくアクア・ストリートの最奥である港まで行ったってのに、結局宿の方に戻って来ちまったな。


 正確には、フレア・ストリートではないんだが。


 街の一番大きな陸の入口から東側を見れば、向こうにある切り立った崖を……頑なに見せない!という意志すら感じられる、背の高い豪奢な建物が並んでいる。あれが貴族街だそうだ。


 比較的大きい道を選んで、貴族街の方へと歩いていく俺たち。前を歩くレイスとリバイアを見ながら、俺は右隣を歩くダクトをちらり。


「お前、先導してくんねェの」


「……心の準備してんだよ」


「……すまん」


 そうだよな。唯でさえ何年も帰っていない、帰ることを許されていない家を訪ねようとしているのに、その家が不幸に見舞われているときた。「今はお前なんぞに構っている暇はない」、そう追い返されるだけならまだいいが。悪い想像ばかりしてしまうな。ここに来るように勧めたのは俺だ。ダクトの心に負担を掛け過ぎないよう、何とか俺が盾になってやらなきゃな。


「大丈夫かな……」


 左後ろで呟かれたそれが、しいて言うならば俺に対してのものだということは、容易に分かった。カーリー、俺もそれを考えていたんだ。


「昨日の今日で、まさかのまさかだよな」


 二度と会いたくない、やり合いたくないと思った相手。この街に苦手意識さえ持ちそうになった、恐怖の象徴。隠密部隊は伊達じゃない。あの怪物の居城に、こちらから出向こうというのだ。


 正気かな?


 その怪物の無事を祈ってるってのも、また奇妙な状況に拍車を掛けてるんだよなァ。


「本代の……バティスト。そいつが無事だったとして、だ。レンドウを見つけるや否や、いきなり襲い掛かってくるってことはないのか」


「どうだかな。一応、ヴァリアーの連中と一緒にいるって分かってくれれば、俺が人間にとって敵じゃないって理解してくれれば……」これ、この内容の話をお前と喋ってるって何かヘンなかんじ。アシュリーこそ、俺が人間の敵じゃないって理解してくれているんだっけ。まだ疑われてる?それはないか。でも、わだかまりはある。


「バティスト、言ってたんだ。『正直、お前が人間の敵だとかはどうでもよくなってきた。ただ戦うの楽しい』的なことを」


「駄目じゃないのか。そんだけ戦いが好きなら、また挑んでくるだろ」


「あァ……」


 そうかも。そうな気がしてきた。


「どうしよう……」


 腕を組んで考え込む。無理だ、疲れが抜けきってないし。


「私としては、是非ともバティストとレンドウの戦いを見せてもらいたいのだが」とか何とか言ってる研究者もいるけど、無視無視。ってか、何でタイマンさせんだよ。皆手伝ってくれないのかよ。


「また、血、吸っておく?」


 と、カーリーがこちらを見上げながら言ってきた。


 やめろ。つゥか、吸血される側がなんで期待したようなそぶりを見せるんだ。


 おかしいおかしい。


「あー、いや、このままで。とりあえず今の状態での自然治癒力をもう少し観察したいかな。うん、もし、その……するとしても、それから」と、彼女の方を見ずに言う。なんでこっち見てんだよ、って目で見ないでくれアシュリー。


「そう……」


「カーリーさん、吸血されるってどういう感じなんですか?」


 リバイアが、何の邪気も感じさせない顔で、純粋に興味があって訊いたんだろう。が、俺はこの時点でいやな予感しかしないんだが。レイスが「あー、あの時はほんと、腕の中で血が変な方向に流れてるっていうか、いや死んじゃうからそんな訳ないんだけど、でもとにかく気持ち悪かったなぁ……」とか小さく呟いているのを背景に、カーリーは。


「えっとね……。確かに、変な感じはするし、痛いは痛いんだけど……」


「けど?」続きをせがむリバイア。何、何かにせっつかれてんの? それ知らないと生きてけないの? もっと他に勉強するべきことあるだろ、お子様がよ。頭の中でどんだけ毒を吐いても、現実に喋ってる奴らが止まるはずも無く。


「…………ちょっと、嬉しかった。特別になれた気がして……よかった」



「……」「……」「……」「……」



 視線が痛い。ふざけッ、俺がいけないことをしたみたいな視線を向けるなッ、おい。お前ら。


 ほぼ全員が、カーリーの発言に引いているようだ。だがカーリーの発言なのに、それを発した本人より俺に対しての“引くわー”の方が大きいように感じるのは、気のせいか。気のせいじゃないと思う。ひどくないか。


「いや、僕はあの時、全くこれっぽっちも気持ちよくなかったよ!」何でお前は改めて弁解するように叫んだ、レイス。変態じゃないアピールかよ。俺も変態じゃねェよ。カーリーがどうなのかは知らんけど。


「ああ、ここじゃないか?」


 そこで、他人の浮ついた(?)話に興味が無いらしい――というか普段から他人を貶めるような感情を見せない――大生が、現れた大きな屋敷を指さした。


 周辺でも群を抜いて大きい、俺が二人重なっても届かないであろう鋼鉄の柵を備えたそれが――――、


「いや、違う。これはトレヴァス家」


 ――バッサリと切り捨てられた。勿論、ダクトに。


「でも、もう着いてる。本代はこっち」


 全員が、ダクトが指し示した先を見る。反対側だ。トレヴァス家に向かって、道を挟んで立つそれに、少々小ぶりな印象を受けた。トレヴァスに比べるとであって、十分に大きな屋敷ではあるが。


「意外だな。街で一番の豪邸かと思ってたぜ。勝手に」


 俺がそう言うと、「はっ、ほんと勝手だな」少し鼻で笑ってみせたダクト。元気出てきたか。バティストの笑い方させたら、結構似てそう。さすが兄弟。……兄弟でいいんだよな?


「お前がこの国の貴族を知らないだけだろ。本代は実働部隊……言わば中流貴族。国の政策に関わってるっていう上流貴族だよ、でかい屋敷に棲んでるらしいのは」


「お前も詳しい実体知らないんじゃん……」“っていう”に“らしい”って。ま、放置なんて政策を取ってる連中の顔を直接拝めた日にゃ、一発殴ってでも聞き出したいところだよな。いや、俺が殴りたいんじゃなくて。そう思う人もいそうだよなって。


 門は開いていた。その先に広がっているのは、ヨウ風の屋敷に繋がる道、すなわち“庭先”ってやつだろうか。中央に円状の水たまりがあって、ああ、これ噴水か。今は水出てないけど。色とりどりの花で飾られた玄関への道は、どうやら不幸な事故によって荒らされてはいないようだ。


 というか、一見して、殺しがあったばかりの現場には見えない。大勢の人が集まっていたりすれば、ここが問題の本代家だって、俺でもすぐに気づいたはずだ。誰も近寄らないのか。


 ……それも当然、なのか。荒事を生業とする貴族家、それに大っぴらには言えない不幸な事故。そんな近辺をうろついていたら、あらぬ疑いを掛けられかねない。トラブルに巻き込まれかねない。そう思って避けて通るのが、人間の当たり前か。


「いや、でも誰かいるぞ」


 20メートルほど前方。入口の大扉。固く閉ざされているらしいそれが、開かれるのを待っているのか。自由に出入りする立場ではない。用があってここに来ている。ならば、この男こそ、例の一等航海士の……?


「でもってなに……?」レイスがそう問いかけてきた。ああ、それは俺が俺の心の声に突っ込んだからだよ。別にいちいち教えてやる必要もないだろ。


「あの人、どこかで見たような気が」


 それより、守が放った言葉の方が気になった。真衣が「本当? よく思い出してみて」と応援するスタンスを表明するが、「いや、守にその期待は重いだろ……」と平等院がぼやく。貫太は声高に「やるときはやるやつですよ!」と、守に自信を持たせたい様子。


 その甲斐あってか、守が「あっ!」と声を上げた。それと同時に、いや、それ故にか。大扉の前にいた人物が振り返った。


 もう、俺たちとそいつはお互いの顔が視認できる距離まで来ていた。


 出合頭に、「大人の飲み物のんでた人だ!」と叫ばれた彼の心境やいかに。


「うぇっ、何!?」


 明らかに狼狽した様子だ。うん、俺でも多分そうなる。なんだこの子供っ!?ってなる。


 ……まて、違うぞ。その男の反応は、よく考えると、「どうしてこの子がここに」……そんな驚き方な気もして。


 恐らくは成人しているだろう。俺より――いや、比べるならダクトだ――年上っぽい。……並べてみてみれば……似てる、な。肌はずっと黒いけど。


 ダクトより少し長い金髪に、どこか愛嬌のある、くりっとした目。いや、そこまででもないか。でも、目が大きく見えた。穏やか。そう感じたのは、表情のせいか。全く険が無い。


 その印象は、身を置いている環境によって作られるものなのだろうか。


 きっと、この男性は……もう、戦いの中で生きてはいないのだと。そう思った。


「ああ、あっちのテーブルで、黒いの飲んでた人か!」


 貫太もまた、得心(とくしん)がいったように叫んだ。なんだなんだ、あっちのテーブルってなんだ。今ここにテーブルが見えてるみたいな表現しやがって。言いたいことは分かるけどな。


 昨日の晩飯時の話だろ?


「ええっと。いやぁ、確かに昨日はコーヒー飲んでたけど。というかいつもよく飲んでるけど。はは、まいったな」


 その男は、困ったような笑みを浮かべながら、おどけてみせた。一切、強そうには見えないが。俺って見る目無いのかな……。


 その時。


 ずい、と。


 覚悟を決めたように前に進み出たのは、本代ダクト。


「昨日、俺たちを監視していたのか。なら、バティストにレンドウの外出を伝えたのもお前だな、継人(ツギヒト)?」


「やっぱり君、ダクトだったのか……」どれ程疎遠だったのか、元の関係がどの程度だったのかは分からない。それでも男は、何かを懐かしむように目を細めて、ダクトを見た。


「いや、仕方なかったんだよ。本家とは縁を切った訳じゃないし、改まって頼み事されたらさぁ」


「……今はそれはいい。船の中で、言いたい事全部言ってやる」口元に笑みを浮かべたダクト。


「うわ、それは怖いな……」


 少しも怖がっていない様子の男。余裕綽々だ。


 最初の壁さえ乗り越えてしまえば、な。お互いに、積もる話があるだろう。あ、もしかして結構、感動の再会を目撃しちゃってるのか、今。ううっ、感動。


 っつーか、昨日の晩飯時には、すぐ近くに本代の手の者がいたのね……道理で。本代出身の人間が街のいたるところにいるのかと思うと、本当に油断ならねェな。いや、悪いことする気はないんだよ。ただ、俺って疑われやすいじゃん。だから気を付けていないとさ。ったく、人が吸血鬼って理由で、息をするだけで警戒しやがって。いや、はい、分かってます。当然ですよね……。


「インターホンは押したのか?」


 本代邸を見上げてダクトが問うと、男は頷いた。


「うん、とっくに。そろそろ出てきてくれると思うんだけど。ま、その前に自己紹介をさせてもらおうかな」


 言って、俺たち全員を見渡す。


「僕は今……ツギヒト・モトシロ・ウルフスタン。そう名乗ってる。お嫁さんの家に婿入りする形で、本代の家を出たんだ。昔の名前は本代・U・継人。……ロスの港で船乗りをしています。僕のせいで出港が遅れてしまって……本当にごめんなさい」


 最後に謝罪を付け足し、頭を下げて見せたツギヒトに、俺たちは慌てて手を振った。


「いやいや、どうせ事件のことを知ったら、ダクトだって船に乗らなかったと思いますし、謝らなくても。こちらこそよろしくお願いします。あと……ご結婚おめでとうございます」ほら、いい敬語具合だろ、レイス?


 ダクトから「俺を引き合いに出すな」と言いたげな雰囲気を感じて、ちょっと冷や汗。ワリィワリィ。


 それから、面白いことに「「おめでとうございます」」……守とリバイアが、俺に続けて祝辞を述べた。ノリいいな。


 多少面食らった様子のツギヒト。


「あ、ありがとう。いや、結婚してからもうしばらく経つけど。ありがとう」


「2年遅れたけど、俺も言っとくか。ツギヒト、結婚おめでとう」


 相手の顔を真っすぐに見据えて、ダクトも彼を祝福した。


「ありがと、ダクト」


 本代・U・ツギヒト。JにLと来て、今度はUか。アルファベット一文字の時って、なんかの略称、みたいな感じだっけ? どういう意味が込められてんだろ。


 ん、そういや、ダクトにもその一文字はあるのか? 全く聞いた覚えがないんだが。


 そんなことを考えていると、くい、と。


 後ろから服が引っ張られる感覚がして。


「どうした、カーリー」


 言いながら、しかし、答えを聞く前に、俺も理解していた。


「この気配……あの人だよ」


 大扉が開かれる。


 その奥から現れたのは…………。


 ――ちっ。ビリビリ来るな。


 記憶に新しい、怪物。


 ――――本代・J・バティスト……。


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