第77話 戦慄の夜が明けたあと
新章開幕ですが、もう少しだけロストアンゼルスです。
◆レンドウ◆
体を揺すられたことで自分の意識が覚醒に向かっているのを、なんとなく知覚した。
ううん…………眠い…………。
眠すぎる…………。
体はまだまだ寝たりないって言ってるぞ。それに、昨日の夜は、とんでもなく疲れることがあった気がする。だから、まだ寝てても許されるんじゃないか……?
「……ンドウ!早く……ないと……しちゃ……よ!」
しかし、この誰かは必死に俺に呼びかけをしている訳だし……。叫びながら身体を揺すられているってのにいつまでも目覚めないってのは……うん。野生の感覚抜け過ぎと言うか、生物としてやばいような気もする……。
「あと、5分……」
口ではそう言いながら、身体は正直に頑張ってるぜぐへへ……はあ。とりあえず薄目を開けてみる。眩しい世界だ。カーテンは閉まってるだろうけど、それでも昼間、最初に目を開けるのはとっても辛い。ぶっちゃけ目が痛い。
そしてその痛みによって涙腺が刺激されると、意識と言うのは急速に覚醒を迎えるものなのだ。
やっぱり俺は目覚めがいい。今日だってひどく疲れが残ってる割には、すこぶるいい。
ぼやけた視界いっぱいに、白髪野郎の顔が映し出されるや否や、俺は反射的に起き上がっていた。
がつん!
「あがっ」「あたっ!」
……っくーっ!
「なんだよおまっ、夜這い!?や、朝這い!?いてェよ!!」
レイスの顎に額をぶつけてしまったらしい。恨み言を発しつつ後ずさりしたら、うわ、後ろではベッドが途切れていた。「どぉわっ」咄嗟に両手を後ろについて、床への激突は回避した。かなり間抜けな格好だが。
「夜這いじゃないし女性じゃないよっ。ついでにぶつかってきたのはそっち!」
顎をさすりつつ、レイスはベッド脇で体を起こしてそう言った。人差し指を立てた腕を振り回している。
それもそうだな。
「だがレイス、お前は勘違いしている。女性じゃなくても男性を襲うこともある……いや、やっぱこれは言わなかったことにしよう」
「もう遅いよね……。そう、遅いんだよ。レンドウ! 忘れてない? 10時には出港だよ。はやく準備済ませて!」
ぷんすか怒った様子で、レイスはそのまま部屋を出て行く。「リバイアちゃん、カーリーさん、アストリドさんはちゃんと起きてる?」そうして、隣の部屋に泊まっているメンバーの様子をも確認しに行ったらしい。お前は皆のお母さんか。
つか、リバイアとカーリーの心配はしていないんだな。まあしっかり者達か。カーリーも疲れてそうだけど、幸い怪我は軽かったしな。問題は、酒を摂取しすぎてたアストリドという訳か。
壁に掛かった時計が示す時間は、午前8時半。それがそんなにやばい時間なのかどうか、いまいち解んねェんだけど。準備っつったってさ、そんなにすることある? 俺は着の身着のままでどこでも行けるタイプだぞ。荷物も少ないし。
着替えを済ませ、脱いだ服とか櫛とか水とかをテキトーにカバンに詰め込んで、俺も廊下に出る。テキトー故に、開きっぱなしのカバンの口から投げ入れたものが多少零れた気もするが。めんどいから片付けの続きは出発の直前にしよ。
「こ、これはどういう状況なの……?」
と混乱しているレイスがいた。なんだってんだ。リバイア達の部屋の中か。女子部屋だろ、見てもいいのかよ? まぁレイスが許されているなら、俺もいいのか。
隣に立って、俺も半開きのドアから内側を覗き込んでみた。
すると……ベッドにちょこんと腰かけたリバイアを後ろから抱きしめている、カーリーの姿があった。
こ、どういう状況なの……。
カーリーが……寝ぼけてんのか。
「……リバイアおはよう。今の心境は?」
とりあえず、されている側に問いかけてみた。
「レンドウさん、おはようございます。えっと、嫌じゃないですよ? や、頼んでもないですけど」
と、多少の混乱は見られたが、まともな答えが返ってきた。やっぱそれ、カーリーから仕掛けてんのね。当たり前か。相手に自分を背後から抱きしめさせるスキルをリバイアが持っているって訳じゃないだろう。
「……………………私、気づいた…………」
その時、のったりとした声が部屋から上がった。
「お、カーリー、起きたのか」
「……こうやって……人を抱きしめると…………落ち着くということ……に…………」
なに、真理に到達しちゃったの。
「それはよかった。さっさと顔洗って目ェさませよ」
何が「私、気づいた」だよ。全然気づいてないじゃん。あとで恥ずかしさで死にたくならなければいいけど。
言いつつ、階段を下りる。たんたん、たんたん。続く足音。レイスは俺についてくるようだ。「ちょ、置いていかないでください」というリバイアの小さな叫びが聴こえたような気がするが、いや、気のせいだわたぶん。
「カーリーさんがハグ魔になってるのって……レンドウのせい?」
「何でもかんでも俺のせいにできると思うなよ」
言いつつ、昨日の出来事を振り返ってみると。……もしかして、と思わないでもないが、いや、まさかな。
階段を下りきると、黄緑色の長い髪を垂らした中性的な人物がいた。≪ランス≫だ。
「おはよ、レンドウ君。宿の主人に許可はもらったから、調理場で水道と洗剤を借りて、瓶を洗っておきなよ」
「おはようございます。ウス」
若くも見えるが、成人しているような雰囲気もある。童顔ってやつか。この人相手だと、なんとなく敬語になってしまうんだよなァ。
挨拶を返して、心遣いに感謝しつつ脱衣所に向かう。この時間、さすがに湯船にお湯は張ってないよな。いや、入浴するつもりじゃない。顔を洗うためだ。
水瓶、さっきカバンに突っ込んじまったな。持って来ればよかった。二度手間になる。や、どうせ荷物全部、取りに戻るけどさ。
顔を洗ってる間に、玄関の扉が開閉する音。
「いや~っ、朝から体を動かすのは楽しいな」
「後半、大人が一番はしゃぎ出してたけど……」
と、貫太と真衣の声がした。そのあと、「いや、つい、ね? お兄さん負けず嫌いだから」と続いた声は、誰だ。ああ、アザゼルか。ほんと、子供に交じって何やってんだ。
その中に、守の声がしないのが気になった。
「あれ? ひょっとして守、まだ寝てるのか……?」
それ、俺以上に切迫してねェか。確かに、あいついつも眠そうだしな。確認してなかったけど、隣の隣あたりで、布団引っかぶって寝てたのか。それで気づかなかったのか。レイスのおかんアイも免れたってのか。タオルで顔を拭きながら考えていると。
「いえ、僕起きてますよ」
「うおおっ」
突如として、隣に現れた守。いや、顔洗ってる間に来てたのか。守もまた、驚く俺を気にもせずに、おもむろに顔を濡らし始める。
「なんだ、お前も顔洗いに来たのか」
「いえ、もうさっき洗いました。ただ、」
「ただ?」
「定期的に顔を濡らさないと、また眠っちゃいそうで」
「…………」
相当重症なんだな。何がとは、いまいち言えないけど。それ誰かに眠りの永続魔法でも掛けられてんじゃねェのかってレベル。そんな魔法あるのか知らんが。
「もう、準備は全部済ませましたよ。船に乗るまで頑張って、そしたらまた寝ようと思います」
「おお、それ、いただき」
とてもいい考え方を教えてもらった。
うんうん。こういう日常のなんてことない会話の中にも、勉強することはある。子供から得られるものもある。素晴らしいじゃないか。
そんなことを思った朝だった。
* * *
「なに、出港できない……だと?」
ロストアンゼルス港。
アクアストリートを抜けた先にあるそこに俺たちはいる。眼前に鎮座するは、これから乗り込む……はずの帆船、その名もアクアリウス・バーケンティン。3本のマストが美しい。
屋根付きの小屋みたいなのも備えてあるっぽいし、俺としては早くその中に入って日差しを避けたいんだがな。二度寝したいんだがな。守もそうだって。寝る子は育つんだぞ。俺と守の成長を阻害するのよくないと思います!
「……ああ、申し訳ねぇとは思うんだが。こればっかりはどうしようもならねぇんで」
アルフレートら、我らが遠征部隊のリーダーと、船乗りのおっさんの会話が聴こえてくる。
何やら、上手くいっていないらしい。午前中故に、そこまで日差しが強くないのが救いか。埠頭にて無性にかっこつけたくなる係留柱に腰かけ、日傘を差してボーっとしているしかない。
まぁ、ボーっとしてられるってのは、ある意味平和でいいよな。昨日の夜を乗り越えられない可能性もあったんだから。
「まあまあ。とりあえず、理由を教えてもらえるかな?」
ランスが最初から苛立ちを隠せない様子のアルフレートをなだめるようにふんわりオーラを撒きつつ、おっさんに笑いかけた。どう考えてもランスは船乗りより年下だろうに。こいつは誰に対しても同じ喋り方だな。……そして一番不思議なのが、それに違和感がないということだ。一切の不快感を抱かせない。
おっさんも全く気にしたそぶりを見せず、いや、むしろ嬉しそうに口を開く。ああ、ランスみたいな線の細い外見って好かれやすいよなァ。
「あ、ああ。実は、うちの一等航海士の奴がちょっと外しててね」
なんだそれ。完全にそっちの不手際じゃん。アルもそう思ったのか、しかし腕を組んで唸るだけにとどめたらしい。自らが声を出しても、相手の機嫌を損ねるだけだと分かっているのだ。え、唸っちゃってるじゃないかって? 俺にギリギリ聴こえたレベルだ、おっさんの耳には入っていないだろうよ。
「そいつ置いて行きゃあいいんじゃねぇですかー?」
俺の隣から、ダクトが出港談義の輪に向けて声を上げた。おい、こっち見られるじゃねェか。やめてくれっ。気持ち日傘を傾けて、顔を隠しにかかる。今喋ったのは俺じゃありませんよー隣の金髪ですよー。
「勘弁して欲しいでさぁ。あいにく、きちんと乗組員がいないと船を出せねぇって決まりなもんで。勿論、そいつには後で言って聞かせておきますが、う~む、しかし……」
「そこまで重要な問題が発生したんですか? だったら、そんなに責めなくてもいいと思いますが……。事情が分からないことには」
「へ、へえ……聞いてねぇですか。街ん中でも、少しばかり噂になりつつあるんですが……」
ランスの瞳から逃れられないと悟ったのか、観念したように、おっさんはたどたどしく語る。街ン中、ね。ここに来るまでは、「昨日ここで戦ったんだよなー」とか「明るいとやっぱ違うなー」とかばっか考えてて、街の人の様子なんて。
まぁ、しいて言えば結構おばちゃんたちが固まって噂話に興じてたような?
でも、普段の様子知らない訳だし、比べようがない。
「実は、昨日の夜……この街でも有力な貴族のお屋敷に賊の襲撃があったそうでして」
ほぉ。命知らずな奴もいたもんだなァ。それ、本代に喧嘩を売るみたいなもんだろ。
「なるほど。では、その一等航海士さんの身内の家がそれだと」
「そういうことでさぁ」
おっさんがランスの結論に肯定するや否や、
「その襲撃された貴族家って、……神凪? 飛乱?」
そうだよね、我慢できないよね。ロストアンゼルス好き……というか、故郷に執着があるらしい……当たり前か。ダクトが問いかけた。有力貴族家の名前か。どっちも知らねー。
「いや。それが…………襲撃された家っつーのが、その…………本代家、なんですわ」
はァァ?
本代? 本代に、襲撃? 賊ちゃんが。ちゃんって。
いや、だって、昨日って……。
それを正しく理解するとともに、目ん玉が飛び出るかと思った。傘を海に落としかけたよ。
いや、俺よりも、だ。
隣のダクトの様子が気になって、恐る恐る横を見てみると、
――――めっちゃ驚いてる。
その様子は、一目で尋常じゃないと察することができるほどだった。
目を見開いて、心なしか髪も逆立っているように見えたダクト。
本代家が襲撃されるという、言葉以上の重みを、きっとこの場で誰よりも理解しているのだろう。なら、これが本場の反応ってことか。
「ダクトー? ……おい、しっかりしろー」
肩を掴んで、前後に揺すってやる。すると、その手を乱暴に振りほどかれた。
「いや、してるわ。おっさん、詳しく聞かせろ。いや、待て、本代に襲撃があったことなんて、一般に知れ渡る筈がない。なら、その襲撃者は、本懐を遂げたんだな。つまり……」
そ、そういうことになるのか。顎に手を当て、推理の構え。熱に浮かされたように呟き続けるダクト。
まるで本代家が襲撃を受けるっつゥ事態は、ダクトがいた頃もしょっちゅうあった、って風に聴こえたな。いや、実際そうなのか。一般に知れ渡る可能性が無いというのは、愚かな襲撃者を、その襲撃の事実ごと、悉く闇に葬り去って来たからか。おお怖。だが、そんな本代家が。
「あ、ああ。噂じゃ、本代家当主と、その身辺警護を担当していた直属の部下たちは…………」そこでおっさんは溜めを作った。いや、別に俺たちを会話に引き込むために、次回へ続く! 的なノリで引きを演出した訳じゃないだろう。きっと、おっさんのようなロス市民とって、とても重い出来事。口にするのに心の準備が必要な、そんな決定的な一言。
より一層潜められたその語りの終着点を……波音にさらわれてしまいそうな儚いそれを、俺たちは耳にする。
「…………全滅したらしい」
* * *
――事の真相は、俺だって気になってるんだよ。とにかく、一等航海士、ツギヒトが来るのを待ってからの出港になる、それは変わらない。2時間ほど経ったら、また来てみてくれ。いますぐ奴が戻ってきたとしても、12時には出れないだろうが……。
そう船乗りのおっさんに言われ、一旦俺たちは埠頭を離れ、アクア・ストリートへと戻ってきていた。理由は、昼までの間、ずっとあそこで日に焼かれることを嫌うのは、俺だけじゃなかったからだ。
とりあえず、どこか休める場所を探しましょう。そう言いだしてくれたのはフェリスだった。人間界の情勢に疎い彼女ら魔王軍の面々は、ショックが少ないのかもしれなかった。
「…………しかし、本代・J・バティストなる男と、昨夜レンドウは死闘を繰り広げたのだろう?」
背中から、こちらを向いているであろうティスの声。その男は確かに実在していたのだろう? そんなニュアンスだった。
ったり前だ。あの戦いが、夢幻であってたまるかってんだ。
近くにあった、カフェレストラン。そのオープンテラスにて、俺たちは時間を潰すことにした。一つ一つのテーブルが大きくないし、加えて正方形のため、全員で纏まって会話するのには向かない。
真ん中のテーブルには、会話の主役を張りたい奴らが集まっている。そういうことだろう。周りのテーブルに座った人たちは、皆空気を読んでいるのか、やはり真ん中の会話が気になるのか、静かに飲み物を飲んでいる。
っていうか、俺も真ん中のテーブルなんだけど、つまり主役ってことか。まぁ、確かに昨日は主役って感じだったけど。
「あァ。最後に見た時、バティストは水田公園のベンチの上だったけど……」
他ならぬ俺が寝かせたんだけどさ。
宿に帰ったとき、まだ日付は変わっていなかったはずだ。
「そのあとなんだろう、本代家が襲撃されたのは?」
「屋敷から悲鳴みたいな音が聴こえたのは、もっと後らしいな。言ってみれば、日が昇るより早く……今日の朝頃。ただ、近隣住民は……」
大生が確認して、平等院が答える。そして、
「……それが本代側の上げた悲鳴だったとは、夢にも思わなかった訳だ」
最期は俺が引き継がせてもらった。平等院との息の合ったコンビネーション。意識してこういうのやっていかないと、一生仲良くなれない気がするからな。
「全滅……本当に全滅したのか。本代創始が、死んだのか…………」
「ダクトさん……」
リバイアも、あまりのダクトの様子に驚きを隠せずにいる。ヴァリアーの子供たちにとって。や、大人たちにとっても。ダクトという存在が、ある種の精神的支柱なのかもしれないな。
それより、本代創始。それが本代家の当主の名前か。
ダクトの……親父さん、ってことか。少なくとも、血縁上は。
「……………………」
ネグレクトの上、追い出されたとあっても。いや、だからこそ、か。昔の自分の家に対して、複雑な想いがあったのだろう。誰もダクトに掛けるべき言葉が見つからない様子だった。
「身辺警護を担当していた直属の部下、ってのは何を指す。それも全て……?」
「ああ、当主の子供達のことだな。例外なく、優秀な戦闘員だったという」
アシュリーが誰へともなく発した問いに答えたのは、アル。なんか、久しぶりに知識のプール、≪歩く辞書≫感が出たな。
子供達って。本代の家ってどんだけ繁栄してんだ。……してたんだ。
「ヘッ。少なくとも、バティストって野郎は生きてるんじゃねえですかい?」
本題に入る前に軽く息を吐き出して音を鳴らしておくことで、周囲の注目を集めてから話し始める、そういうアレか。いいな。昨日俺の乗った馬車を引いていた、ジャック長男。ジャック次男とジャック三男はどういう喋り方すんだっけ。
「あァ、そうだな。バティストが公園でずっと気絶してたなら、逆に屋敷の襲撃には巻き込まれてないんじゃねェか?」
「あ…………それから、街に転がってたゾンビも」
カーリーが、俺の言葉の足りない部分を補足してくれた。助かる。
ゾンビ? なんでここでゾンビ? という顔を数人がしたが、今、いちいち説明する気にはなれなかった。
「…………ゾンビじゃねぇけど。その死んだような顔の連中は別に本代姓じゃねぇ。本代に使われてるだけの、殆どが下級貴族の出だ」
そいつらに負けず劣らず、今のお前も死んだような顔してるけどな、ダクト。
「バティストに限って言えば、レンドウに負けるってのも驚きだが、気絶したってのも……。俺は…………あいつが気絶すると思ったことが無かった」
「いや、気絶しないって、人間なんだから構造的にそれはないだろ」
「…………」
「…………え、あんの…………………?」
はぁ。ため息をついて、呪いを吐き出すようにダクトは俯いた。
「仮にレンドウがバティストを気絶させたとしても、あいつの事だ、数分もすれば目を覚ましただろうな」
「規格外の身体をしているらしいな。その男に会ってみたいのだが」
ティスが顔を輝かせる。お前、目的変わってきてねェか……?
いや、待て。
……変わっていないかもしれないな。
「ダクト、本代家、見に行きたい……と思うか?」
訊くと、ダクトは闇の淵に立たされたような顔で、きょとんと、と言ってもいい。そんな無力感を漂わせながら。
「どうなんだろう……自分では、よくわかんねぇ」
「……だったら、俺が決めてやる」
ダクトの顔を真正面から見つめる。相手はぼんやりとしかこちらを見ていないから、そんなに意味ない? そんなことない、と思う。少なくとも、俺の発言に、俺が自信を持たなければ。
伝わるものも伝わらなくなるだろ。
「お前、誰がどう見ても、めちゃめちゃ気にしてるッての。どんな入り組んだ事情だろうと、自分の家がピンチだってんだ。今日から二度と眠れなそうな顔しやがって……分かんねェはずあるか! どう考えても、行くべきだろ、そんなの。お前は本代なんだ。言ってみりゃ、主人公なんだから」
背中をぶっ叩きはしなかった。今のダクトは、それで折れてしまいそうな気がしたから。珍しいこともあるもんだ。年頃の男子、年下の男子相応に見える今のダクトに、ここぞとばかりに兄貴面か、俺。
人生経験なんて、俺の方がしてないだろうに。
「……うん、うんうん。それがいいよ。ただ、全員ではいかない方がいいかもね」
レイスがいつも通り、臆さずに自分の意見を、同意を露わにする。すると、他の人たちも自分の意見を言いやすくなる。
「俺は残ろう」アルが即断する。それが冷たさ故のものでないことは、もう解ってる。「船着き場で待つ。魔王軍も、俺と共に行動してもらう」
「承知いたしました」フェリスが了承し、ジェノ、ツインテイルが黙って頷いた。
あくまでも目的は、一等航海士に会って、連れ帰ること。他は全てオマケなのかも知れない。
それでも、ダクトの心の安定くらい、ついでにもぎ取って戻って来てやろうじゃねェか。
俺は意識的に口元を吊り上げた。この笑いが途絶えぬよう、やりきってやる。
――もしかすると、それは昨日のバティストに影響されたものなのかもしれない。
鏡が無いから、比べたわけじゃないんだけども。
倒した相手の要素を取り込む。それもまた、一興だろ……?
昨日の夜死闘を繰り広げ、ようやくの決着を迎えた相手。
それに次の日すぐさま会いに行く展開って、面白くないですか?