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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第5章 魔王編 -吸血鬼と夏の遠征-
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第76話 Jとの決着

 ◆レンドウ◆



 右腕から、いや、左腕からもだ。血液が零れ落ちていくのを感じる。


 バティストに切り裂かれた。素手でだぞ。何度でも言うが、常軌を逸してる。


 せっかくカーリーから託された力が、流れていく。このままじゃ、また……何もできない弱い俺に。


 ――――弱気になるな、レンドウ!


 俺の強いところを、見たい。そう言ってくれた、少女がいるだろう!!


 背中から立ち上らせた緋翼を、竜巻をイメージしつつ、前方に躍らせる。それも、同時に二つだ。


 そして、それに追従するように、俺自身を三つ目の竜巻とする。波状攻撃。


 バティストが振りかざした右の(かいな)――まるで抜き身の刀だ――に、俺もまた、黒く変色させたそれを重ねる。


 奴は腕全体を(うすぎぬ)のような黒い手袋で覆っている。黒ばっかだな。黒と黒の衝突。


 自分ばかりが能力に頼っていて、若干不公平感を覚えなくも無いが、そんなことを気にしていたら……俺は永遠にバティストと釣り合えないままだ。ハンデでも、種族の優位性でも、タイプ的に効果が抜群だろうと4倍ダメージだろうと、俺は何が何でも勝つんだ。


 緋翼が、ずぶりとバティストの右腕を侵食する。音など発生しようも無い攻防。だが、俺の頭の中はガンガン鳴ってる。


 ――――罪悪感なんて、後で好きなだけ感じればいい。どうぞご自由に、押し潰されてやればいい。


 だから、今だけは。


 お互いの右腕が連結されたような状態になって、距離が固定される。


 バティストの左手が、俺の顔面を射抜きにかかる。首を限界まで傾けてそれを回避する。右側面の髪の毛が心配される。はらり。ハラハラする。


 これ以上量を減らすわけには……アシメ野郎にされる訳にはいかない……。


 右手の連結を解いて、離れる。


 その際に、俺の右腕を覆っていた緋翼をそのまま全部、奴の右腕に置いてきた。


 そして、一度はバティストが躱し、通り過ぎたと思われた竜巻が――バラまいていた緋翼が――持ち主の俺目がけて、還ってくる。


 それは威力こそ持たない、唯の砂粒のような粒子の塊だが、


 ――バティストにはそれが解らない。


 横目で背後より迫るそれを確認したのか、それとも気配で分かるものなのか。とにかく、バティストはそれを大げさに避けることを余儀なくされる。横っ飛びだ。……それで避けきれちまうってのが、また凄いけどな。


 強風にあおられて吹き付けられる雪の粒を、避けられようもねェだろ、普通。規格外。


 しかし、着地とともに奴は僅かだが体勢を崩した。着地した先が、水の中だったからだ。二本の足で立ってしまえば、それほど深くはない場所だったが(子供たちも遊ぶ公園なのだろうし、当然か)。


 滑りやすくなっていたのか? なら、運は俺に向いている。その失態を取り戻すべく地面に着こうとした右腕もまた、緋翼に覆われて思うように動かないらしい。右利きなのか? ……裏目に出たな。


「……ッザ ァァァ アア  ァア ァ アッッ!!」


 途切れ途切れの雄たけび。そして俺もゾンビになる……かってンだよちくしょう喉痛ェ。叫びながらの跳躍。頭上で構えた肉厚の緋刃――そのまま、大剣だ――――を、バティスト目がけて。


 振り


   下、


 ろ、


   し タ。


 タ?


 ナ、んだ。この倦、怠……感ハ?


 声が枯れテキたけド……こレだけ練り上げた力ダ。剣は元々打撃武器だなんて声もあるくら、いだ。これを叩きつけられては、唯で済むまイ。いや、これの本質は剣じゃなクて霞だがな、はハ。


 け……着。けッちゃコ、だ。


 ――――ザッパアア!!


 と、水しぶきの音が耳を(つんざ)いて、瞬間、脳みそが。


 体をぶるりと震わせて、俺は“帰ってきた”と感じた。


 ……おい待て、ちょっと、おかしくなってなかったか、俺。


 まだ、くらくらするけど。力の使い過ぎ……?


 水しぶきの音が立った時、思わず舌打ちをしていた。


 どうして俺は、舌打ちをしたんだ……? 回らない頭で、理由を考える。ああ、そうだ、当たっ……ていない、かった。それはつまり、攻撃が外れたってこ、とだ。


 つまり、――ああぁ、そうだよ…………反……撃が、来る!!


「シッ!」


 闇を切り裂くように、鋭く呼気を放った対敵。


 しかしそれは、本来であればこの男には必要のないはずのものだ。


 確実に、動きが鈍くなってきているんだ、こいつも……。


 バティストの……当初に比べれば“緩慢”と言ってもいいほどになったその拳を、躱す。


 躱す、躱して、躱す。それだけで、この男の体力を削ぎ落すことができる。そのはずなのだが。


 その間隙を縫って、反撃を加えることを、試みてしまう。しまう、と言っても、ちゃんと成功するのだが。


「……ベア……ク、ロウ……!!」


 強く意識しないと。発声によってイメージを固める手伝いをしてやらなければ、緋翼を固形化させることすら困難だった。


 ……またしても、体から何かが抜けていくような感覚。これが、命を削るってことか……? 脳みそが働かなくなりそうだ。


 だが、その疲労感を越えた先に、未来を。俺は掴み取る。


「がはっ……」


 喀血(かっけつ)し、下半身を水につけたまま石造りの通路に背中を預けた対敵。


 静かな…………決着だった。


 ……くうっ。


 水の不快感を気にしている余裕さえない。蹲って、頭を押さえる。


 俺……さっきほどおかしくはなってない、よな。


 あれは、なんだったんだ。一度に緋翼を練りすぎたのが悪かったのか。


 …………よし、痛みが引いてきたな。


 自分の体がいきなり崩れ落ちそうで、怖かった。慎重に体を起こす。


 そして、仰向けに倒れたバティストを見て…………俺は自らの行動理由を(かえり)みる。


 ――どうして俺は……バティストの望むまま、正面から戦ったのだろうか。


 正々堂々と、こいつとの戦いに決着をつけたかったから?


 いや違う。


 俺はそんなことに拘泥しない。


 なら、こいつのことを好きになったからか?


 ……いや、それも…………少し違う。


 本代・J・バティストは、敵と正面から打ち合うことに拘りを持っているようだった。自らに比肩する実力の持ち主を求めての行動か、一見して制約にすら見える、徒手空拳で。


 小細工を用いず。己を曲げず。相手の“魔法”に身一つで向かっていく。


 そんな心意気に触れて、俺は、少しだけ…………興味が湧いたのかもしれなかった。ああ、そうだ。興味。それが一番しっくりくる。好きとか嫌いとかじゃなくて、その前の段階。俺はこの男をどう思っていいのか分からなくて、それで……答えを出したかったんだな。


 その時、俺は微かなうめき声を聴く。なんと、まさか。


 この男、バティスト、まだ起きてるのか。


 いや、起き上がる力はもうないのか。思わず、ほっと息を漏らす。嘘、「ボブァ」って感じだった。ボブァっと息を漏らす。んな綺麗な吐息出せるほど、体力余ってねェって……。


 バティストは無言で、右手を空へと伸ばしていた。それはまるで、「まだ終わっちゃいねえ」。そういう、俺に向けてのメッセージのようにも見えて。


 だが、やがて、その手からも力が抜け落ち…………本代・J・バティストは、意識を手放した。



 * * *



 気絶したバティストを水から引っ張り上げ、休憩所のベンチに寝かせて、それから……カーリーの元へ戻ろうとした……その俺の背中に。


「レ~ンドウ君っ?お優しいこってねぇ~」


 そんな、ふざけた様な調子の声が掛けられた――、


 ――――は、え!?


 ズシャア、と音を立てて、即座に振り返って構える。具体的には、左手と左足を後ろに、右手を前方に――つまり斜めに立って――、即座に攻撃に対応できるよう、防御の姿勢。


 俺の人生で、今日ここで、こんなふざけた喋り方をする人物は、一人しか存在しない。


「…………!!」


 本代……なんだったっけ・アーヴリル!!


 声にならなかった。出したかったけど、とっさに力が入らなかった。


 いや、「なんだったっけアーヴリル」と口に出していたら、いい気分はされなかっただろうが。


 ちくしょう、何で今更、この女が。


 ……今からこいつと戦いになってみろ。一撃でやられる自信があるぞ。いらねェよそんな自信。


「やいや、そんなに警戒せんでもよかよー? 戦いの終わり、その結果を確認したかっただけやから、んネっ」


 言いながら、両腕を背中に回して、(しな)を作って見せた女。


 ……いや、信用できるかよ。「ま、あの様子じゃほっといても大丈夫っぽいの」とか、仮にも仲間に対して血も涙もない、こんなヤツ。


「……ゾンビどもはいいのかよ。バティストはまだしも、あの雑魚どもは……介護が必要なんじゃねェのか」


 ケタ、ケタケタケタケタ。俺の発言がスイッチになったのか。ぐるりと首を回して、決して俺に口元を見せない角度で嗤い声を上げる女。


「ゾ、ゾンビ、ゾンビと申すか……うしゃしゃ! 言い得て妙じゃなぁ!」


「ツボってんじゃねェよ。あの兵士の様子、おかしかっただろが。「ウゴェアア」とかしか喋れてなかっただろが」


「……くひひ。あれは、本代に仕える隠密部隊……つまり貴族のはしくれ共じゃなぁ。ま、ウチに半年しごかれれば、ひひっ。皆自ずとああなろうて」


 笑いを堪えるのに苦労するといった様子で、恐ろしいことを口にしやがる。


「貴族社会、怖ッ……」とは素直な感想だ。


 そこで、飽きたのか。ピタリと嗤いを止め、こちらを見て――いつまでも構えを解かずにいる俺を見て――、アーヴリルは嘆息した。


「……はへぇ、信用ないの~。んじゃあ、もうええわ。ウチの目的は果たせたし…………」


 にこり。


「また合う日まで、さいなら」


 言うが早いか、奴は振り返って、公園の出口へと消えていく。何なんだ、あの女。振り返り際にウインクしていったぞ。気味悪すぎる。ああ、あと、俺としては一生会いたくねェぞ。それを口に出してしまえばまた突っかかられそうで……。口を噤んだ。


 ……目的ってなんだ。いつから戦いを見物していた。


 全く気配に気付けなかったが、まさか、ずっとどこかに隠れていたというのか……。


 ずっと?


 ……何もせずに、大人しく?


 そんなことがあり得るか。


「ッ!! カーリー!!」


 その可能性に思い至るや否や、俺はずぶ濡れの身体を引きずって、滑り台の遊具までひた走る。


「…………ほっ」


 そして、すぐに安堵する。カーリーの姿は、変わらずにそこにあった。近づいて、頬を、顎を包むように手を当ててみる。きちんと、生命の脈動が感じられる。


 よかった……。


 首元の傷跡を見る。乙女の体だ、これを残したくはない。急いで宿に戻って、医療班に預けたかった。


 ようやく、だ。ようやく帰れる。


 カーリーの身体をおぶって、宿に向けて歩みを進める。


 道行く先、街灯は全て灯っていた。まるで、さっきまでの出来事など、無かったかのように。そんな筈、ある訳無いのに。


 ただ、人っ子一人いないという事実のみが、異常事態を表し続けていた。


 …………いや、こんな夜更けに、子供が出歩いててたまるか。と自らにツッコミを入れたが、思えば俺達も子供だった。


 レイスにこっ酷く怒られるだろうなあ。「そんなに怪我して!」「しかも、びしょ濡れ!」「顔が怖い!」ただの悪口みたいなのが脳内再生されたんだけど、なんだ。レイスはそんなこと言わねェ。たぶん。


 今まで、鬱陶しく思っていたお小言だというのに。今はそれすら待ち遠しい。


 一刻も早く、日常に回帰したかった……………………。



 * * *



 ……こうして、レンドウ少年の苦労の夜は――戦いの夜は――、ようやく終わりを告げる。


 だが、あくまで終わったのは、少年にとっての夜だけであった。


 この陰謀渦巻く街は、まだ血を喰らい足りないというかのように、宵闇を深めていく。


 深めていく、深めていく――――。



【第5章】 了


ふふ、可愛い戦闘描写だなぁ……と、自分で投稿しながら思います。


pixivに投稿しているものでは、このあと既にバトル展開を3回ほど書き終えていますが、書く度に自分の成長を実感しています。あぁ、はやく皆様に最新部分のバトルをお届けしたい(n回目)

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