第73話 俺の味方でいてくれるなら
いつもありがとうございます。
繰り返しになりますが、他サイトで連載していたものを軽く手直ししつつ投稿してます。
最初の方はやっぱり文章的にもストーリー的にも拙いな~と自分でも思うんですが、ここら辺からはかなりレベルが上がっているように思います。読み返してて面白いですもん(自画自賛)
どれほどの時間が過ぎ、どれほどの距離を走っただろうか。
行く先々でゾンビに遭遇し、また神出鬼没な通せんぼ専、アーヴリル女史の威圧もあって、俺たちは望むべき方向へと向かえないまま、闇雲に走り回る結果となった。いや、走り回らされたのか。
たどり着いた公園に足を踏み入れながら、そんなことを思った。
無統治王国国立水田公園。広いところだ。奥には水場も見えるが、入口から広がる広大な砂の地面は、まさしく決闘に相応しい。いや決闘に相応しい公園ってなんだよ。
砂場の中央に聳える塔は、俗にいう滑り台ってやつだな……中に入ることもできるだろうが、いかんせん小さい。子供用なのだから、当たり前か……。
「……あの陰まで……」
絞り出すように声を発して、後ろのカーリーを促す。彼女は、思いつめたような顔をしていた。当然か……。
俺たちはいつからか、足を止めてしまっていた。……このままではいけない。見つかってしまう。
「うん……」
塔の裏側にたどり着くと、俺たち揃って、崩れ落ちるように座り込んだ。
「はぁ、はぁ。これから、どうすりゃいいんだ……」
ずっと、考えていたことだ。それが、弱音として、外側へと漏れてしまう。ちくしょう、こんなんじゃ駄目だって、分かっているのに。
「でも…………さっき、レンドウ」
「え?」
「さっき、レンドウ……馬乗りになられた時、ゾンビの事、殴ってた。蹴ってもいた……」
「……マジか。…………あ、マジだ」
やっちまってたのか。いや、不殺……もとい不殴りの誓いなんて立てちゃいないが。なんでだ? 覚悟完了してたからか……?
「あなたが戦えるなら、希望は見えてくる……でしょ?」
「いやァ、どうだかな……」
相手を攻撃するときに力が抜けるようになって暫く経つが、それを発症した感覚も、逆に今治ったという感覚も無い。何にも確証が持てない。
ティス曰く、人間を殺めてしまったことに起因する、心意的なものだろうとのことだが。
それが一時的にせよ復調に向かって――まともに攻撃できるようになって――いるとしても、だ。
こちらの攻撃を物ともしていないバティストに加え、実力が未知数なアーヴリル。……いや、言葉は正しく使うべきだ。あれしきの攻防で、バティストのことを分かった気になっていたら、多分一生、逆立ちしたって勝てない。
――両者ともに、未知数だ。
それでも、こんなところで終わってたまるか。それに、俺が諦めた時、それは俺一人だけの終わりではないんだ……。
闇に紛れたい俺たちをあざ笑うかのように、今更になって雲に走る切れ間。そこから覗いてくるのは、発光する球状の天体。
「くそっ、満月が近いな」
思わず、いや、意識的に、だ。月から逃げるように、地面を睨みつける。
「……月が苦手なの?」
吸血鬼なのに? そう言いたげな声が聴こえてくるが、俺はそちらを見ない。
「いや、種族的には愛称はいい、ただ……」
「ただ……?」
「……満月が近づくってことは、吸血鬼の……吸血欲求が高まるってことなんだ」
言いつつ、横目でちらりとカーリーを盗み見る。
「……やっぱ、気持ち悪いと思うよな、普通……」
俺自身、身近な人をそういう目で……食料としてなんて見たくなかった。
だから人間社会に合わせて、昼に活動して夜は無理やり眠る……昼夜逆転生活を送るのは、好都合ではあったのだ。
「ううん」
「……え?」
しかし、カーリーはゆっくりと、首を横に振っていた。
「種族の在りようなんて、恨んでもしょうがないでしょ。それも含めて、レンドウなんだと……思う」
「さ、さいですか」
短く返事をして、しかしそれでは足りないと感じた俺は。
「ありがとな……」そう、付け加えた。
「……うん」
嬉しいには嬉しいが、悠長に心躍らせていられる場合でもない。絶望的な状況に変わりはない。俺たちの仲が深まろうが深まるまいが、圧倒的な暴力は、全てを叩き潰すだろう。
生ぬるい風が吹き抜けて、俺は身をぶるりと震わせた。どうしてだ。寒い訳じゃないのに。まさか、第六感。敵が近づいているのを、どこかで感じたのか……。
「あっ!」
その時だった。カーリーが声を上げて、そしてすぐに自分の口を押えたのは。うん、そうだな。今は大きな音をたてるべきじゃない。自分で気づいているなら、わざわざ叱責する必要もないだろう。
「何か思いついたのか?」
訊くと、カーリーはこちらを見て、頷いた。
「その…………」
なんだ、そんなに言いづらいことなのか。
それでも、それがこの先の未来に繋がることなのだとしたら。
「言ってくれ」
「……うん、その、えっとね?」
すぅ、はぁ。カーリー、深呼吸してんのか。
全く想像つかないんだけど。なんか怖くなってきた。
「レンドウ……が、……の…………」
「……………………」
よく聴こえないんですけど。言いこそしなかったが、少し呆れた様な目を向けてしまった自覚はある。カーリーはそれに焦ったように、自らを抱くように上体を曲げながら、叫ぶように、
「私の血を……………………吸って」殆どは空気が抜けていくだけで、音量は大したことなかった、けど。
暫く、彼女が何を言ったのか理解できなくて、理解した後も、それが誤解なんじゃないか、聴き間違いなんじゃないかと自らの頭を繰り返し疑った。それほどの衝撃。
「…………」
「…………」
お互いに、無言。
今、あなたはどんな気持ちでいるの。……何かの詩かよ。
木々のざわめき、微かに聞こえた夜鳥の鳴き声に、俺は正気を取り戻した。
「…………え、吸血願望? おま、誰に何を頼んでんだよ」
いつもの癖で憎まれ口を叩いてしまう。すると、カーリーはムッとした顔で、
「吸血鬼に吸血してって言ってる」
「そいつァ……………………普通、だな?」
うん、そうでしょ、と首を縦に振ったカーリー。でも、そんな。
「私、レンドウが吸血鬼としての全力を発揮してるの、見た記憶がないんだけど……。その力があれば、あいつらを倒せない?」
そうか、吸血。うん、吸血。
……そういえば、あったなァ。心からそう思ってしまった自分に、愕然とした。
――――俺、吸血鬼だったじゃねェか。
なんだ、人間に囲まれて生活するうちに、自らの種族すら忘れていたのか。いや、普段から人間を区別した言葉を使っていたような気もするから……じゃあお前誰だよって感じだったな。人間でも吸血鬼でも無かったのかよ。んなワケあるか。
「……わからん。あ、いや、決して悲観的になった訳じゃなくてな?」
悲しげに目を伏せるカーリーに、両手を振って弁解する。
「俺、ぶっちゃけこの世界で、自分がどれ程の強さなのかよくわからなくなってきてんだよ。だから、そういう意味では……」
顔を上げて、月を見上げる。そう、俺は本来、この淡い光の下で生きていくはずだった命。
カーリーを見て、笑いかけてやる。
「勝てるかもしれねェ。全部ひっくるめて、未知数だ」
「……なら、やってみて。レンドウの強いところ、見たい」
「や、でも」
「……いいから。いいよ」
言いながらカーリーは、首元のボタンを二つ外して、肩口を引っ張って首元を、その白い肌を露わにする。
「…………エェ……?」
そこに噛みつけってことかよ。腕とかじゃなくて? ああ、吸血鬼のイメージって、そうか。後ろから首に向かってガブー!! みたいなかんじ?
ごくり。
……それを獲物だと即座に認識し、生唾を飲み込む種としての本能に辟易としながらも、俺は壁に背中を預けてしゃがみ込んだカーリーに向かって、正面に移動する。
「そ、それじゃあ……」
カーリーは何も言わなかった。はやく済ませてくれ、そういうことか。無言で目を閉じて、首を晒すように頭を右側に傾けた彼女。その両肩に、俺は手を置いて。
――――ちくしょういいのかこんなこと!?
初めてだぞ。いや、ほんとのほんとに初めて俺が血をすすったのは、そりゃあ里にいるときに大人が捕ってきてくれた獲物、それも輸血パックに入ったものだったが……ああ、そうか。道理で。ああやって綺麗にパックされてた訳だ。あれは人間たちを殺して奪っていた血じゃなかったんだな。人間たちから提供されていた、和平の証だったんだな。
いや、話が逸れた。とにかく、俺は獣でもない、こうやって誰かに直接牙を突き立てて吸血するのは、生まれて初めてなんだ……よな。あっ違う、レイスがいた……あいつのことはどうでもいいだろ! 腕だったし!
……そもそも、こうやって余計なことを考えることも、そもそも全てどうでもいいのだ。俺は、その時を怯えて、逃げているだけなのだから。
――――本当に笑っちまう。呆れるくらい、ヘタレな奴だ。
こんな時、完全無欠の満月であれば、都合よく理性を失って、気恥ずかしさなんて感じる必要も無くなったのかもしれないけど。
いや。
責任を持って、責任を感じろ。ちゃんと全てを見るんだ。
…………よし、それじゃあ…………やるぞ。
そうして……俺は……………………彼女の首元に噛みついた。
「――――っ」
声を上げることこそ堪えたようだったが、カーリーの体が一瞬、跳ねかけた。それを申し訳ないと思いつつ押さえつけて、俺はそれを始める。
ごめん。本当にごめん。
気持ち悪い。彼女がどれだけ擁護してくれても、自分が汚い生き物に思えてしょうがない。
なんで俺にはダクトみたいな自力も、レイスみたいな秘められた力も無いんだろう。
借り物の力で粋がることしかできない、どうしようもないクズだ。
それでも、頑張ってみると決めたんだ。
――――できるだけ、さっさと済ますから。
これから成さねばならない勝利を、掴み取るために。
俺は覚悟を決めた。
◆本代・J・バティスト◆
「アーヴリル、お前……俺をも妨害してるんじゃないだろうな」
「勘違いやろなぁ。たまたまおまんが、彼奴らが逃げ去った後、遅れてきとるだけじゃあ」
「相変わらず、薄気味悪い喋り方だな」
「……………………」
ケタケタケタケタ。無言だったアーヴリルだが、懐から扇子を取り出しながら勢いよく広げ、それで口元を隠す……すると、途端に不気味な笑い声のようなものが聴こえ始めるのだ。
一体、あの扇子の後ろで、どんな口の形をしているというのだ。おおよそ、人間の口が発する音とは考えにいのだが。
「フーッ。……言え。お前は何を企んでいる」
「企むだなんて、人聞き悪いわぁ」
こいつは悪だくみを否定するが、その否定の言葉をはいそうですかと信じていれば、命がいくらあっても足りない。
事実、こいつの気まぐれで、何人もの部下を失っている俺からしてみれば。
こいつの戯言など、馬耳東風。全て流してしまうべきなのだ。そうして残った、悪魔的な才能。それを上手く利用して、俺の目的の近道とする。
「邪魔立てしようと言うならば……」
構えを取ってやると、アーヴリルはひとっ跳びで距離を取り、ふるふると頭を振って、「嫌やわぁ、ウチ、あんさんとやり合う気はこれっぽっちもないんやで?」言いつつ、目の前にはほぼ透明で、常人には目視することも難しい……蜘蛛の巣状の何かが展開されている。
――――はっ。口ではどうとでも言えるな。
今だって、俺が本当に攻撃を仕掛けていれば。
全力で俺を殺し返さんと、鋼糸を張り巡らせていた癖に……この女、しゃあしゃあと。
だが、この女は俺の実力を恐れている。俺が殺気を当ててやれば、身を引くだろうという確信があった。
「なら、大人しくしていることだ。手が滑れば、お前の元まで死が届きかねん」
そうして、目を細めたアーヴリルが横に避けると……俺の靴が、砂の地面を鳴らした。