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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第5章 魔王編 -吸血鬼と夏の遠征-
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第73話 俺の味方でいてくれるなら

いつもありがとうございます。

繰り返しになりますが、他サイトで連載していたものを軽く手直ししつつ投稿してます。


最初の方はやっぱり文章的にもストーリー的にも拙いな~と自分でも思うんですが、ここら辺からはかなりレベルが上がっているように思います。読み返してて面白いですもん(自画自賛)

 どれほどの時間が過ぎ、どれほどの距離を走っただろうか。


 行く先々でゾンビに遭遇し、また神出鬼没な通せんぼ専、アーヴリル女史の威圧もあって、俺たちは望むべき方向へと向かえないまま、闇雲に走り回る結果となった。いや、走り回らされたのか。


 たどり着いた公園に足を踏み入れながら、そんなことを思った。


 無統治王国国立水田(すいでん)公園。広いところだ。奥には水場も見えるが、入口から広がる広大な砂の地面は、まさしく決闘に相応しい。いや決闘に相応しい公園ってなんだよ。


 砂場の中央に聳える塔は、俗にいう滑り台ってやつだな……中に入ることもできるだろうが、いかんせん小さい。子供用なのだから、当たり前か……。


「……あの陰まで……」


 絞り出すように声を発して、後ろのカーリーを促す。彼女は、思いつめたような顔をしていた。当然か……。


 俺たちはいつからか、足を止めてしまっていた。……このままではいけない。見つかってしまう。


「うん……」


 塔の裏側にたどり着くと、俺たち揃って、崩れ落ちるように座り込んだ。


「はぁ、はぁ。これから、どうすりゃいいんだ……」


 ずっと、考えていたことだ。それが、弱音として、外側へと漏れてしまう。ちくしょう、こんなんじゃ駄目だって、分かっているのに。


「でも…………さっき、レンドウ」


「え?」


「さっき、レンドウ……馬乗りになられた時、ゾンビの事、殴ってた。蹴ってもいた……」


「……マジか。…………あ、マジだ」


 やっちまってたのか。いや、不殺……もとい不殴りの誓いなんて立てちゃいないが。なんでだ? 覚悟完了してたからか……?


「あなたが戦えるなら、希望は見えてくる……でしょ?」


「いやァ、どうだかな……」


 相手を攻撃するときに力が抜けるようになって暫く経つが、それを発症した感覚も、逆に今治ったという感覚も無い。何にも確証が持てない。


 ティス曰く、人間を殺めてしまったことに起因する、心意的なものだろうとのことだが。


 それが一時的にせよ復調に向かって――まともに攻撃できるようになって――いるとしても、だ。


 こちらの攻撃を物ともしていないバティストに加え、実力が未知数なアーヴリル。……いや、言葉は正しく使うべきだ。あれしきの攻防で、バティストのことを分かった気になっていたら、多分一生、逆立ちしたって勝てない。


 ――両者ともに、未知数だ。


 それでも、こんなところで終わってたまるか。それに、俺が諦めた時、それは俺一人だけの終わりではないんだ……。


 闇に紛れたい俺たちをあざ笑うかのように、今更になって雲に走る切れ間。そこから覗いてくるのは、発光する球状の天体。


「くそっ、満月が近いな」


 思わず、いや、意識的に、だ。月から逃げるように、地面を睨みつける。


「……月が苦手なの?」


 吸血鬼なのに? そう言いたげな声が聴こえてくるが、俺はそちらを見ない。


「いや、種族的には愛称はいい、ただ……」


「ただ……?」


「……満月が近づくってことは、吸血鬼の……吸血欲求が高まるってことなんだ」


 言いつつ、横目でちらりとカーリーを盗み見る。


「……やっぱ、気持ち悪いと思うよな、普通……」


 俺自身、身近な人をそういう目で……食料としてなんて見たくなかった。


 だから人間社会に合わせて、昼に活動して夜は無理やり眠る……昼夜逆転生活を送るのは、好都合ではあったのだ。


「ううん」


「……え?」


 しかし、カーリーはゆっくりと、首を横に振っていた。


「種族の在りようなんて、恨んでもしょうがないでしょ。それも含めて、レンドウなんだと……思う」


「さ、さいですか」


 短く返事をして、しかしそれでは足りないと感じた俺は。


「ありがとな……」そう、付け加えた。


「……うん」


 嬉しいには嬉しいが、悠長に心躍らせていられる場合でもない。絶望的な状況に変わりはない。俺たちの仲が深まろうが深まるまいが、圧倒的な暴力は、全てを叩き潰すだろう。


 生ぬるい風が吹き抜けて、俺は身をぶるりと震わせた。どうしてだ。寒い訳じゃないのに。まさか、第六感。敵が近づいているのを、どこかで感じたのか……。


「あっ!」


 その時だった。カーリーが声を上げて、そしてすぐに自分の口を押えたのは。うん、そうだな。今は大きな音をたてるべきじゃない。自分で気づいているなら、わざわざ叱責する必要もないだろう。


「何か思いついたのか?」


 訊くと、カーリーはこちらを見て、頷いた。


「その…………」


 なんだ、そんなに言いづらいことなのか。


 それでも、それがこの先の未来に繋がることなのだとしたら。


「言ってくれ」


「……うん、その、えっとね?」


 すぅ、はぁ。カーリー、深呼吸してんのか。


 全く想像つかないんだけど。なんか怖くなってきた。


「レンドウ……が、……の…………」


「……………………」


 よく聴こえないんですけど。言いこそしなかったが、少し呆れた様な目を向けてしまった自覚はある。カーリーはそれに焦ったように、自らを抱くように上体を曲げながら、叫ぶように、


「私の血を……………………吸って」殆どは空気が抜けていくだけで、音量は大したことなかった、けど。


 暫く、彼女が何を言ったのか理解できなくて、理解した後も、それが誤解なんじゃないか、聴き間違いなんじゃないかと自らの頭を繰り返し疑った。それほどの衝撃。


「…………」


「…………」


 お互いに、無言。


 今、あなたはどんな気持ちでいるの。……何かの詩かよ。


 木々のざわめき、微かに聞こえた夜鳥の鳴き声に、俺は正気を取り戻した。


「…………え、吸血願望? おま、誰に何を頼んでんだよ」


 いつもの癖で憎まれ口を叩いてしまう。すると、カーリーはムッとした顔で、


「吸血鬼に吸血してって言ってる」


「そいつァ……………………普通、だな?」


 うん、そうでしょ、と首を縦に振ったカーリー。でも、そんな。


「私、レンドウが吸血鬼としての全力を発揮してるの、見た記憶がないんだけど……。その力があれば、あいつらを倒せない?」


 そうか、吸血。うん、吸血。


 ……そういえば、あったなァ。心からそう思ってしまった自分に、愕然とした。



 ――――俺、吸血鬼だったじゃねェか。



 なんだ、人間に囲まれて生活するうちに、自らの種族すら忘れていたのか。いや、普段から人間を区別した言葉を使っていたような気もするから……じゃあお前誰だよって感じだったな。人間でも吸血鬼でも無かったのかよ。んなワケあるか。


「……わからん。あ、いや、決して悲観的になった訳じゃなくてな?」


 悲しげに目を伏せるカーリーに、両手を振って弁解する。


「俺、ぶっちゃけこの世界で、自分がどれ程の強さなのかよくわからなくなってきてんだよ。だから、そういう意味では……」


 顔を上げて、月を見上げる。そう、俺は本来、この淡い光の下で生きていくはずだった命。


 カーリーを見て、笑いかけてやる。


「勝てるかもしれねェ。全部ひっくるめて、未知数だ」


「……なら、やってみて。レンドウの強いところ、見たい」


「や、でも」


「……いいから。いいよ」


 言いながらカーリーは、首元のボタンを二つ外して、肩口を引っ張って首元を、その白い肌を露わにする。


「…………エェ……?」


 そこに噛みつけってことかよ。腕とかじゃなくて? ああ、吸血鬼のイメージって、そうか。後ろから首に向かってガブー!! みたいなかんじ?


 ごくり。


 ……それを獲物だと即座に認識し、生唾を飲み込む種としての本能に辟易としながらも、俺は壁に背中を預けてしゃがみ込んだカーリーに向かって、正面に移動する。


「そ、それじゃあ……」


 カーリーは何も言わなかった。はやく済ませてくれ、そういうことか。無言で目を閉じて、首を晒すように頭を右側に傾けた彼女。その両肩に、俺は手を置いて。


 ――――ちくしょういいのかこんなこと!?


 初めてだぞ。いや、ほんとのほんとに初めて俺が血をすすったのは、そりゃあ里にいるときに大人が捕ってきてくれた獲物、それも輸血パックに入ったものだったが……ああ、そうか。道理で。ああやって綺麗にパックされてた訳だ。あれは人間たちを殺して奪っていた血じゃなかったんだな。人間たちから提供されていた、和平の証だったんだな。


 いや、話が逸れた。とにかく、俺は獣でもない、こうやって誰かに直接牙を突き立てて吸血するのは、生まれて初めてなんだ……よな。あっ違う、レイスがいた……あいつのことはどうでもいいだろ! 腕だったし!


 ……そもそも、こうやって余計なことを考えることも、そもそも全てどうでもいいのだ。俺は、その時を怯えて、逃げているだけなのだから。


 ――――本当に笑っちまう。呆れるくらい、ヘタレな奴だ。


 こんな時、完全無欠の満月であれば、都合よく理性を失って、気恥ずかしさなんて感じる必要も無くなったのかもしれないけど。


 いや。


 責任を持って、責任を感じろ。ちゃんと全てを見るんだ。


 …………よし、それじゃあ…………やるぞ。


 そうして……俺は……………………彼女の首元に噛みついた。


「――――っ」


 声を上げることこそ堪えたようだったが、カーリーの体が一瞬、跳ねかけた。それを申し訳ないと思いつつ押さえつけて、俺はそれを始める。


 ごめん。本当にごめん。


 気持ち悪い。彼女がどれだけ擁護してくれても、自分が汚い生き物に思えてしょうがない。


 なんで俺にはダクトみたいな自力も、レイスみたいな秘められた力も無いんだろう。


 借り物の力で粋がることしかできない、どうしようもないクズだ。


 それでも、頑張ってみると決めたんだ。


 ――――できるだけ、さっさと済ますから。


 これから成さねばならない勝利を、掴み取るために。


 俺は覚悟を決めた。



 ◆本代・J・バティスト◆



「アーヴリル、お前……俺をも妨害してるんじゃないだろうな」


「勘違いやろなぁ。たまたまおまんが、彼奴らが逃げ去った後、遅れてきとるだけじゃあ」


「相変わらず、薄気味悪い喋り方だな」


「……………………」


 ケタケタケタケタ。無言だったアーヴリルだが、懐から扇子を取り出しながら勢いよく広げ、それで口元を隠す……すると、途端に不気味な笑い声のようなものが聴こえ始めるのだ。


 一体、あの扇子の後ろで、どんな口の形をしているというのだ。おおよそ、人間の口が発する音とは考えにいのだが。


「フーッ。……言え。お前は何を企んでいる」


「企むだなんて、人聞き悪いわぁ」


 こいつは悪だくみを否定するが、その否定の言葉をはいそうですかと信じていれば、命がいくらあっても足りない。


 事実、こいつの気まぐれで、何人もの部下を失っている俺からしてみれば。


 こいつの戯言など、馬耳東風(ばじとうふう)。全て流してしまうべきなのだ。そうして残った、悪魔的な才能。それを上手く利用して、俺の目的の近道とする。


「邪魔立てしようと言うならば……」


 構えを取ってやると、アーヴリルはひとっ跳びで距離を取り、ふるふると頭を振って、「嫌やわぁ、ウチ、あんさんとやり合う気はこれっぽっちもないんやで?」言いつつ、目の前にはほぼ透明で、常人には目視することも難しい……蜘蛛の巣状の何かが展開されている。


 ――――はっ。口ではどうとでも言えるな。


 今だって、俺が本当に攻撃を仕掛けていれば。


 全力で俺を殺し返さんと、鋼糸(こうし)を張り巡らせていた癖に……この女、しゃあしゃあと。


 だが、この女は俺の実力を恐れている。俺が殺気を当ててやれば、身を引くだろうという確信があった。


「なら、大人しくしていることだ。手が滑れば、お前の元まで死が届きかねん」


 そうして、目を細めたアーヴリルが横に避けると……俺の靴が、砂の地面を鳴らした。

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