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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第5章 魔王編 -吸血鬼と夏の遠征-
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第72話 「L」

「おいおい、つれないじゃねえか」


 頭上から降ってくる声に、一層の警戒。しかし、物理的な攻撃は生じなかった。


 本代・J・バティストは、自らが空中通路を離れてまで、俺たちを追撃するつもりはないのか。


 命に代えてもとか言ってなかったか? とは、言わないでおこう。やる気出されても困る。


 だが、本代。


 そう、本代なのだ。


 アラロマフ・ドールお抱えの名門貴族、本代家の現兵士を相手に、客観的に見て俺はどこまでやれるだろうか……?


 駄目だ、とてもじゃないが勝てるとは思えない。普通に考えて、あのダクトより強いってことだろ。なら、三十六計逃げるに如かず。


 ……相手の正体が分かったところで、別な疑問も湧き上がってくる。


 それは、どうしてバティストが俺たちを襲うのか、という疑問だ。


「おい、バティストとやら!」


「レンドウ、何を……?」


 頭上を走る通路の上の、どこら辺に奴がいるのかは分からないが、とりあえず大声を上げてやる。聴こえていないはずはないだろう。


 カーリーが驚いたように俺を見たが、片手で制する。説明は、ちょっとだけ待ってくれ。


「俺にはお前に攻撃される理由が無いはずだ! どうして襲ってくる!」


 多分、こっちが宿の方向だったはず。向こうから漏れてくる明りを頼りに走ろう。それは恐らく街灯の無事なエリア、つまり一般人がいることに期待できるフレア・ストリートのはずだから。


 考えを巡らせている間にも、横道から飛び出してきたゾンビを一体、緋翼で雁字搦めにして……、


 次の瞬間だった。


 その倒れ込んだゾンビの陰から、人影が――バティストが――飛び出してきた、のか。


 まともに防御も取らせてくれなかった。


「が――――――――ッ」


 民家の壁に背中から強烈に叩き付けられる。反射の働きか、緋翼が後ろから展開されていて、それがクッションの役割を果たしたのか。意識は持っていかれなかったぞ。ただ、それはあくまで後ろ側の話。


 正面から打撃を受けた腹が、ビリビリする。


「話しかけられたから、話しやすい距離まで来たまでだ」


「それ……ならッ。こウげきすル…………必要ねェ、だろが」


 暗闇からこちらへと真っすぐ、躊躇する様子もなく闊歩する長身。その前に、彼女が腕を広げて立ちはだかった。


 その瞬間、俺の心中に去来した感情は、なんなのか。


 カーリー、駄目だ、やめてくれ…………!!


「もう、傷……傷つかないでくれ」


 俺を庇って、お前が傷つくのは、もう御免なんだ。


 だが、俺にとっては幸運なことに、バティストは、何故かそのカーリーに遮られたように、足を止めていた。この男がその気になれば、一息にこの場を蹂躙することもできるだろうに。


「あー、俺がお前たちを襲う理由、だったか。そいつぁな……」


 耳を掻いているのか。体ごと斜めに傾いたそのシルエットは、余裕綽々といった風体だった。


「単純に、怪しかったからだよ。馬車3台も街に引き連れてきといて、警戒されない訳ないだろう。怪しい集団がいるって報告を受けたから、俺自ら確認してやろうと来てみれば……ビンゴ」


「何が、ビンゴだ。この……」何も思いつかねェ。この○○野郎! って罵ってやりたかったのに。


「……清廉潔白だぞ、俺たちは」


「はあ? そんな“黒い力”振り回しといて、潔白もクソもあるか」


 色で善悪判断してんのかよ。能力の。


「大人しく討伐数にカウントされろ、腐れ吸血鬼」


 ――バレている。絶望的にもほどがある。くそっ、自分たちの組織名を告げさえすれば、こいつが止まるかもなんて考えは甘すぎたか。つか、討伐数ってなんだよ。吸血鬼の相手くらい慣れてる、とかはマジでやめてくれよ。


 ……俺の種族が割れて、その上で攻撃を仕掛けられている以上、和解はもう、不可能なのか。


 だが、そうだとしても。


 大人しく討伐などされてなるものか。目の前で俺を庇おうとする少女を、傷つけさせてなるものか。


 クソッ!! 何か、何かないのか。何でもいい、何かこいつに一矢報いるだけの手立てを。


 俺が起き上がる為の力を足腰に入れるのと、バティストが動き出すのは同時だった。――同時じゃ、マズい! 間に合わない、カーリーを、守、


「も、本代ダクトっ!」


「……………………あ?」


 藁にも縋る思いだった。


 自分は何を言っているんだ。本代ダクト。


 いや、だからなんだって? いやほんと、全くだよ。だから何なんだよ。「俺たちには本代ダクト先輩の後ろ盾があるんだぜ、だから手出ししない方が身のためなんだぜベイベー」……ってか? どんだけ小者だよ俺、三下にも程があるだろそれ。


 だが、カーリーに伸ばされたバティストの手は、止まっていた。カーリーの背後に蹲っている(少なくとも、まだそう思われているだろう)俺に向けてバティストは。


「その名前がどうしたってんだ。どうしてお前みたいなのの口からあれの名前が……」


 そこでバティストは言葉を切ると、断ち切るようにかぶりを振って、


「いや、いい。何も言うな、訊かん。じゃあな」


 結局、長くは続かなかった。


 じゃあな、じゃねェよ。それ俺たちをこの世からおさらばさせる気だろ。


 ――ああ、そうだった。敵対している奴の話を長々と聞くやつは馬鹿だ。そう言っていたな。他ならぬ本代ダクトが。


『本来、戦いってのは予定調和なんだよ。その戦いに至るまでにした準備期間、戦いの始まり方……つまり不意打ちとか、そういうのだな。その時点で、戦いの決着ってのはもうほぼほぼ決まってんだ。なのに、勝負は時の運とか言われちまうのには、理由がある』


 忘れもしない、ダクトの戦術講座。その中でも、これは心構え編におけるものだ。ま、あいつの言ったことを忘れずに覚えていられるからと言って、それを即座に実践、結果に反映できるかって言ったらそれはまた別の話なんだけど。


『相手の話に耳を傾ける、だな。これが一番まずい。負けたいなら止めはしないけどな。わざわざ相手にこっちを動揺させるチャンスを与えてるみてぇなモンだよ。あん? それの対処法? ……俺だったら、そうだな。相手が喋るまでは誘って、口を開いた瞬間をぶっ叩く、とか』


 その教えは、もしかするとダクトが本代家で受けたものなのだろうか。


 ダクトとこの男の間に共通する部分を感じつつ、俺はカーリーに向けて今度こそ掴みかかったバティストを見る。


 だが、充分、だ。


 俺の体はもう起き上がっていた。


 カーリーは僅かに身を引いて腕を取られまいとするが、その動きでは通用しない。バティストに腕を取られた瞬間、カーリーの体がぐわん、と動かされかける。それはまるで、これから暴力的な回転運動が始まるのを予測させるものであったが。


 その前に、カーリーの体の横を回り込むように、緋翼を展開。左右からバティストを襲わせる!!


「ちっ」


 自らの足をいとも簡単に地面から離した力に驚いているカーリー……その腕を悔しそうに放し、バティストは緋翼を振り払う、がそれは悪手なんだよなァッ!!


「……なんだと……?」


 確かに霞のように見えたかもしれない。だが、それは俺の手元を離れて尚、俺の制御下にあるんだぜ……?


 勿論、距離が離れれば離れるほど感覚は薄くなるし、制御の難しさも飛躍的に増していく。だけど、今は細かな調整はいらない。俺は全力で緋翼に命じた。


 固まれ、と。


 そして、バティストの手が、足が服が、緋翼によって緩く連結され始め、動きが緩慢になる。


 よし、こいつは……別に吸血鬼の生態に精通しているワケじゃねェ!!


 この機を逃してなるものか。


「カーリー、頼む!」


「……えっ!?」


 叫びながら、彼女の傍らを走り抜け、バティストに肉薄した俺は……。


 ――――躊躇うな。敢然(かんぜん)たれ。


 …………鬼であれ。


 いくぜ、ダクト流殺法。


 それは、相手に一撃を加えた直後、相手がそれに怯んだ隙に次の攻撃をもう加えている、相手の隙を強引に作り出す技だ。いや、別にダクトに限らず、誰でもそれを目指してはいるんだろうけど、中々思うようには自分の流れって巡ってこないもんなんだ。


 勿論、吸血鬼である俺はヴァリアーにおいて、いかなる人物に師事することも禁じられている。だけど、俺は数々の戦いを経て強者(つわもの)どもが強者たる所以(ゆえん)を知った。そういうことなのだと思う。


「がァアアァアァアアァァアァァァァァアァァァアッ!!」


 咆哮しつつ、右手に出現させた剣を一閃。「ラァッッ!!」そして返しの一閃。「ゼアァァッ!!」「――――ッ!?このッ――――」バティストの声も埋もれるほど、俺は大口を開けて叫んでいた。「シィィィィッ!!」左手にも緋翼を練り上げ、バティストの周囲を踊り歩くように、斬る、斬る、斬って、斬りまくった。「斬るッッッ!!!!!」止めにと、身体全体を左向きにねじる様にして力を溜め、両手の剣を重ね合わせて、そのまま後ろまで振り切った。


 俺の手に、もはや緋翼の一片も残らない。


 全ての、今の俺に生成できるだけの緋翼が、この場にあるのだ。


 斬る、その気合の元、漆黒の剣を振り回したが、それはバティストを両断するものではなかった。だとしたら、相手を過剰に傷つけることを恐れる臆病者の俺はまた、力を失って立ち竦んでいただろう。


 だからこその戦法。相手の動きを阻害することに全能力を、全神経を集中させた。


 決して止めにはなり得ない攻撃。ここまでは、ただの運任せと根性論だった。だが、幸運は継起(けいき)する。


 俺にとって、何よりの幸運。


 ――それは、ここに、この場所に! 彼女がいることだ!!


「ウオォォォッッ!!」


 地面に縫い止められたバティストへ背後より掴みかかり、影の束縛から逃れようと持ち上げられかけたその両の腕を拘束する。腰を屈めて、羽交い絞めにする形だ。


 そうして、カーリーを見ると、彼女は頷いて、走り出した。


 既に俺の意志は伝わっていたらしい。


 彼女の右腕が、バティストの頭部へと伸ばされる。


 バティストはそれに何らかの“魔法”が宿っていることを察したのか察していないのか、とにかく身をよじって、緋翼による拘束から脱しようと暴れる。


 そうはさせるか。お前を後ろから押さえている、この状況。再び緋翼に触れたことによって、精密な操作が可能になってんだよ。一度は固まり、しかしバティストの驚異的な力によって引き剥がされかかっていたそれに、再び指向性を持たせて吸着させにかかる。


「――――てめえらっ、俺を……っ」


 そして、カーリーの手が、バティストの額に当てられた。


 やった。


 その瞬間、勝利を確信した。


 俺自身、何度もその力にはやられてるから、分かンだよ。


 どうしようもないまでに一撃で相手の意識を刈り取る、その魔法。


「――――大人しく、綺麗な景色の夢でも見てやがれ」


 にやりと笑い、バティストを拘束していた手を緩めた瞬間――――――――、


「てめえがな」


 意識が持っていかれそうになった。俺がか。俺だ。


 ――視界が回転する。


 まずい、と思っ……た。それで首を持ち上げたのがよかったのか。背中から地面に叩き付けられたが、頭は無事だ。真横から俺に飛びついてきたのか。タックルされたのか。俺に馬乗りになっているのはゾンビ。


「邪魔だ!」


 そいつの顔面を殴り、たまらず怯んで後ろに下がりかけたそいつに蹴りをお見舞い、素早く後退しながら立ち上がる。ゾンビの癖に、ちゃんと怯むのな。いや、もうこれ、正体はゾンビじゃないだけか……?


 そんなことを考えている場合じゃないだろ、あいつだ。バティスト。


 奴が拘束されていたほうを見れば……ふぅ、ビビった、あいつに攻撃された訳じゃない、ゾンビにふっ飛ばされたってのは分かってたことだけど。あいつが平気で喋ってたもんだから、てっきりバティストがもう緋翼による拘束から抜け出して、暴れまわってるのかと内心かなりビビってた。よかった。


「いや、でもおかしいだろ……!!」


 誰に文句を言えばいいのか解らないが、おかしいだろう。俺は確かにあいつにカーリーの手が触れるところを。いや、見れてはいないけど。あいつ自身の頭の陰になって、その手が触れたのか、それとも数センチまで近づいた程度だったのかは定かではないけど。


「……そんな。私、ちゃんと使った!!」


 だが、カーリーの叫び声が聞こえて、確信する。彼女の手は、しっかりとバティストの頭部に触れていたのだ。


 だったら……クソッ、何で眠ってないんだよ!?


 茫然とする俺とカーリー。そこに、唯一人、着実に緋翼を引き剥がしながら。「はっ。ははっ」無感情に笑うその男。


「お二人さん、惜しかったみたいだな。いや、何をされたのかも解らないんだが、推察することはできる。大方、」


 バキ。一際大きな緋翼の塊が砕け、大気中に霧散した。


「――俺の意識を一瞬で奪い取る、そんな素敵な“魔法”の力があった筈なんだろうな?」


 あった、はず。そこに強めのアクセントを置いた。弱者をいたぶるように。


 ピシピシ。奴の右腕がついに、緋翼の拘束を脱した。


「由来まで語ろうとは思わないが……まあ、そうだな。簡単に言えば、俺に精神干渉系の攻撃は効かない。以上だ」


 絶望的な、一言。


 ピッ、ピッピッピ……奴の解放された右腕が宙に不思議な軌跡を描いたかと思うと、ぶわっ。そう表現してもいい勢いで、固まっていたはずの緋翼が大量に舞い上がった。


 ――もう、完全に拘束から脱するまで、時間が無い。


 何なんだ、こいつは。ヴァリアーの剣豪、魔王軍の一個師団をたった一人で壊滅させたといわれる副局長アドラスでさえ、初めて見た緋翼には対応できなかったというのに。


 あのダクトですら、緋翼を過剰に警戒し、一発も受けないことに拘っていたというのに。


「カーリー!!」


 俺は、思わず叫び声を上げていた。


 俺の声に含まれる悲痛な色を、察してくれたのだろうか。すぐにこちらに走り寄ってきた彼女の手を引いて、俺はフレア・ストリート目がけて走り出す。


 もう、プライドもへったくれもない。レイス、ダクト、頼れる仲間達の姿が脳裏には浮かんでいた。その二人がいれば、この怪物に勝てるという保証はどこにもない。それでも、俺の心の拠り所足り得る、信頼できる強者を求めた……かった。


 求めたかった。


 街灯の明りを背に、多数の人影。それを、一瞬でも援軍、ないしは一般人だと思った自分が恨めしい。


 そんなに都合よくいくもんか。


 俺の甘えを打ち砕くように、立ちはだかるは大量のゾンビ。いや、妙なうめき声をあげるバティストの率いる兵隊。


 こうなったらもう、この兵隊の壁を強行突破するか――、そう飛び出しかける、が。


「ちなみに、その先頭におわすお方は、本代アーヴリルさんだが」


 なん――だって――ッ?


 背後より響いた、死を宣告するかのような言葉に、足を止め……きれず、たたらを踏んだ。


「ただいまご紹介に与りましたわぁ、本代・L・アーヴリルでございます。以後、お見知りおきを~」


 闇夜に揺れる、その髪は……街灯より漏れてくる光を受けて尚、漆黒。長い黒髪の女か。大人びた声に、底冷えするような冷気を纏っている。一片の優しさも期待してはいけない。そう思わされた。


 ……ここに来て、もう一人の本代、だと…………!?


 その名前の真ん中に入ってるあるふぁべっとは何なんだよ、なんていうどうでもいい疑問はすぐに霧散した。


 強行突破なんて、できる訳がない。ただの兵隊共の壁であれば、まだ挑戦する価値はあった。


 だが、それを率いる、二人目の本代。それが多くの場合筋力に劣る女性だからと言って、全く持って油断ならない。俺は戦える女性の存在を嫌というほど知っている。


「ッ! レンドウッ!!」


 服が強く引っ張られる。分かってる。いつまでもぼうっと突っ立っていたら。


 ()()()()


 踵を返し、今や上半身までは自由になり、腰まで持ち上げかけたバティストの横を通過する。


 憎々しげに口を開いたそれは、しかし、俺たちへのものではなかった。


「おい、やる気ねえのかよ」


「ウチが命じられたんは、バティ。おまんが遅いから見てきぃと、それだけや。やられ姿、とくと見学させてもらうで」


 後ろから、心底楽しそうな、横目でこちらを馬鹿にしながら発したような声が聴こえてきても、俺は決して振り返らなかった。そんな余裕は無かった。


「……ちっ、サービス精神のない奴だ」


 振り返りたいとかいう、欲求すら湧き起らなかった。


 ケタケタ、ケタケタケタケタ。


 その女の(わら)い声が、どこまでもついてくるようで。


 ただただ、この悪魔的な状況から逃げ去りたかった。


 それが、宿から再び遠ざかる結果になろうとも。

なんかまた変な人が出てきました。

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