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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第5章 魔王編 -吸血鬼と夏の遠征-
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第71話 「J」

 ウウ エォ アァ アァ ア アラ ラァ アガガ ア ラ――。


 ――どういう鳴き声だよ。


 いや、絶対違うけど、何かに似てるぞ。絶対違うし、言ったら怒られるだろうけど、何かの音楽に似てる。あー、アレだ。ラッパー?どっかのラッパーの歌詞みたい……ラッパーの方々ごめんなさい。


「……ゾ……………………ゾン…………ビ?」


 俺の体に隠れるようにしがみついたカーリーが、そう言うのも無理はないだろう。


 俺だって、最初に思いついたのはそれだったさ。だが、明りの下でまじまじとこいつの顔を見たわけでもないし、早々に決めつけるのもな。


「というか、本物のゾンビを見たことがないから、どうやって確証を得たらいいのか解らん……」


「か、噛まれた人もゾンビになる……」


「いや、それ俺とお前で試すわけにもいかんだろ!?」


 震え声に即座にツッコミを入れつつ、これからどう行動をとるべきか考える。


 ゾンビ。またの名を歩く死体(リビングデッド)。伝承を思い出そう。太陽を弱点としているというところは俺たち吸血鬼と同じだが、それだって俺と同じようにガマンできるレベルの苦手でしかないかもしれない。


 俗に死霊使いとか死霊術士って呼ばれる連中が、死体に呪いを掛けることで生まれるんだよな。


 確かに、伝承によっては“ゾンビに噛まれたものもゾンビになる”なんてのもあるが……。


「“吸血鬼に噛まれたものもまた、吸血鬼になる”くらい信用ならねェと俺は思ってたんだ、ぜッ!!」


 力を集め、腕を振り払って緋翼を拡散させる。正面にいたゾンビ――正しくは暫定ゾンビ――に、纏わりつくように、だ。


「ウグァァァァアアアアッ!!」


 腕を振り回しながらそれに対抗しようとするゾンビだったが、その動きはもはや緩慢だ。


 よし、なんとかなる、か?


 ――早計だった。いや、忘れちゃいないさ。気配は一つじゃなかった。


 ダンッ、ダンッ。いくつもの着地音、俺たちを取り囲むようにゾンビどもが姿を現す。


「どうしよう、レンドウ……!!」


 服、引っ張りすぎだぞ。


「どっかしら、包囲網破るしかねェだろうな」


 と、そこまで考えた時。


「何だ、妙ちきりんな技を使うな。だが、気にすることは無い」


 向かいに面した建物の上から、降りずに命令を下す偉そうな声。あん、死霊術士サマの御登場かよ?


「おいお前ら、命令通りにさっさとやれ。……全く、実に妙な連中だ」


 見上げると、そいつは建物の上にいるお陰で、下にいるゾンビどもよりはまだ光源に恵まれていると言える。分厚い雲の向こうにある月明り。そんな頼りない、人間にとっては無いにも等しい光源だが、この俺の目をもってすれば。


 そいつは、浅黒い肌をしているのか……アドラスとどっちが上だろうな。長身、裾の方がボロボロのシルエット。そういうデザインの服?明るい色らしい髪をサラリと揺らして……首を傾げやがったのか。腹立つ動作しやがって。初対面だろ、第一印象は大事なんだぞ。そういう砕けた所作はもっと親しくなってからにしろよ。もうこれは決別しかないっすわ。


「ウ ルグ ァアイ!!」


 変な叫び声だなー。


 それより、あの偉そうな奴はゾンビ共に話しかけていた。発破をかけた、というか。それはつまり、ゾンビどもにはそれを聞き入れる理性があるってことか。なら、やっぱゾンビとかじゃなくて人間なのかよ。ゾンビもどきか。


 ゾンビもどきってなんだ。自分で考えといておかしいだろ。ゾンビになりそこなった人間かよ。……別にそれでいいじゃねーか!


「レンドウ、後ろからゾンビ!」


 でも訂正がめんどいからゾンビでいいや。カーリーもそう言ってるし。


「いや、できれば後ろは頼みたいんだけど!」


 言いながら後ろの姫君ごとくるりと反転、ポジション交代。


 伸ばされた腕をすんでのところで躱し、それを掴んで、相手の勢いをいただいてそのままゾンビの群れに突っ込ませてやる。カーリーの手を引いて、そのまま小規模な雪崩のようになったゾンビを踏みつけて進む。


 向かう先は、小さな路地だ。ええい、この際どこに繋がってるかは置いておこう。何処へでもいい、こいつらが待ち構えてい無さそうな、アンダーグランドな道ならどれでも。


 路地に飛び込むと、延々と続く細長い道が現れる。まあ、路地ってそういうもんだな。無数の民家が軒を連ねていて、横道も無限大だ。とりあえず、手近な横道に入り込んでみる。


 が、突如として体が引っ張られる感覚。


「ひぎゃあっ!」カーリーの悲鳴!女の子してるなオイ!


 見れば、俺が手を引くカーリー、その反対側、つまり右手が、さっきまでいた路地から伸びてきている手に掴まれているではないか!


「囚われのお姫サマになるのは勘弁してくれ!」


 言いながら反転、勢いよくそのカーリーを拘束する腕を蹴り上げよう……と……し…………て。


 ――駄目だ、力が……入らない!!


 足が思うように上がらず、その腕を放させることができなかった。ぬっ、とゾンビが現れて、もう片方の腕をも伸ばしてくる。カーリーをがしりと捕まえる気か。くそっ。


「カーリーすまん! 俺にできることならなんでもするから、こればっかりは自分で対処してくれっ!!」


 俺が泣き叫ぶように言うと、負けじとカーリーも叫んだ。


「こういう怖いの苦手な、の~~~~っっっ!!!!!」


 ガッツン!!


 叫びながら、左手をゾンビの額に当てたかと思えば、強烈な頭突きをもお見舞いした。ゾンビは後ろ向きに倒れた。


「……できるじゃねェか」


 ってか、左手を額に当てた時点で、相手の意識を奪い取る“魔法”が発動してたんじゃねェの? 頭突きは必要だったのかという疑問が沸き起こる。


「ほ、ほんとに無理なの!」


 ……いや、できてたよね? ほんとに無理とは。


 や、まあそれは今はいいだろう。


「次が来る前に、早く!」


 今度はカーリーの背中を押して、先に走らせる。


「どっちに行けば……!?」


「何処でもいい! 寧ろ好き勝手走り回るくらいの方がいいかもしれねェ!」


 俺たちは土地勘がないが、だからこそ、追っ手を混乱させられるかもしれない。迷いなく走り続けるのがポイントだっ。


 タタタタ。タタタタ。俺たちの足音にまじって、段々と大きくなるそれに後ろをチラ見すると……うおっ。足早っ。俊足のゾンビって、あんまり聞かねェぞ。ゾンビってのは緩慢であるもんだ。そうあるべきだ。


 あのノロノロ向かってくる気持ち悪さが、程よく嫌悪感を抱かせるんだよな……って今までの俺は思っていたけれど。


 訂正。びゅんびゅん動くゾンビの方が100倍キモいわ。今度俺がホラー小説を書くことがあるとすれば(無いな)、ゾンビはびゅんびゅん駆け回ることだろう。その意外性とたるや、大ヒット間違いなしだ。だってマジでキモいんだもの。問題は、それを俺の文章力では伝えられないだろうこと、今この状況を俺が乗り切れるか不明なこと……だッ!!


 飛び上がって、空中回し蹴りをそいつにお見舞い……できないんだってば、何回同じこと試したら学習するんだよ、俺……。ただ飛び上がって落下するだけという滑稽な姿を晒した俺に、そいつが肉薄する。


 でも、仕方がないだろう。カーリーだけに無理を言って戦わせるわけにもいくまい。俺だって、努力しないと……いけないんだ!


 そいつのパンチを、キックを躱し……無理だ。全部喰らった。衝撃に体を仰け反らせながら、右手に緋翼を練り上げて棒状にする。剣と言ってもいいだろう。


 しかし、これ自体の殺傷能力は低い。これは相手の魔法的力だったり、生命力だったりを喰う、侵食するためのジワジワ系の力だ。あとは敵の攻撃から身を護る優秀な緩衝材というか。


 だが、例え千切れても容易に再生できる、そして何より俺自身が“相手への致命傷足り得ない”、そう確信できるこれならば――――!!


 そう、バスタオルを振り回しているみたいな感覚だ。ギャグマンガでいうツッコミ、友達へのチョップみたいなものだ。


「気兼ねなく振り回せるってことなンだよッ」


 こっからは一転、攻勢だゴラァ!!


 左足を強く踏み込み、相手の首元にびしりと緋翼の剣――名付けて緋刃――を打ち付ける。「グゴッ」痛みに喘ぐそいつに足払いを掛けて、左手を支点に緋翼を放射状にまき散らし、そいつの足元を拘束。地面ごとベッタベタに張り付けてやる!


 それが終わると、俺はすぐさま逃走を再開する。


 問題は、同時に展開できる緋翼の量には限りがあるってことだ。


 空中に霧散したように見えても、暫くすればそれは持ち主の体へと還っている。便利な力ではあるが、それはつまり。


 最初に大通りで奴らを拘束するのに使った緋翼は、今頃もう効力を失っているだろうってことだ。


 くそ、全盛期の力が仕えれば、まだこんなものじゃないんだが……。考えても詮無きことだ。そう思ってかぶりを振る。そう、それより、カーリー。カーリーはどこだ……?


 確か、こっちに消えたハズだ。もう一度狭い横道に入ると、向こうで彼女が手を振っていた。俺がいる小道――正しくは家と家の間――を抜けた先。そこは広い空間になっているらしい。


「悪い、待たせた」


 言うと、カーリーはこんな時だってのに、


「ううん、今来たとこ」


 ネタに走りやがったな。


「絶対違うだろ」


「……言ってみたかった」


 お前さんや、さっきまでゾンビィに怯えてませんでしたっけかね?したっけかね? 


「そんなことより、レンドウ、ここ」


「おう」


 カーリーが指さした先には、階段があった。螺旋状に繋がったそれを上れば、どこに行けるかなんて、言うまでもないだろ。


「ここから登ろう」


「空中通路か……!」


 悪くないチョイスだ。あの推定死霊術士こそ降りて来なかったが、ゾンビ共は上にはいないと考えてもいいんじゃないか? なら、少しでも見晴らしのいいところから、宿を目指すってのも悪くない作戦だ。


 いっそ、道に困ったら適当に飛び移って、屋根伝いに進んでもいいしな。


「そうか、来るときは地上の大通りを馬鹿正直に進んでたから、宮殿の前を通ったけど……」


 カーリーが俺の発言の発言を引き継ぐ。


「うん。空中通路を使えば、直線距離で宿まで行ける。と思う」


「でかした! 最高だカーリー!」


 言いながら、再びカーリーの手を引いて走り始める。つい手をとってしまったが、後ろをついていくよりも、やっぱりこっちのが俺の性に合ってるみてェだ。ついでに、彼女の頭を撫でることだけは我慢したから、許してくれ。誰に許されたいんだ?


 階段を上り切ると、さっきまで走っていた細い路地とは大違いだ。充分な幅を持った、ロストアンゼルス自慢の空中通路。なるほど、下からじゃ見えなかったものが沢山あるな。第一に、床の装飾が綺麗だ。波打つような線が幾条にも走っている。


 こりゃ是非とも昼間か、夜間ならライトアップしてもらった状態で見たいもんだ。


「っと、向こうの方は街灯、ついてるな」


 停電現象はどうやら、アクア・ストリートに限ったものらしい。何らかの思惑が絡んでいるように思えるな。


 いや、「どう考えてもゾンビ共の勢力が仕組んだことだろうな」そうに決まってる。


「うん……」


 そうして、空中通路という抜け穴を見つけた俺たちは、難なくゾンビ共の頭上を通過……そうは問屋が卸さなかった。


 真っすぐに伸びる空中通路。もう暫く進めば、他の空中通路と交差する場所にたどり着けたのだが……その真ん中に、その男はいた。


「降りなくて正解だったようだな」


 キザったらしい仕草。腕をプラプラと降って、まるで蒸し暑い夜を揶揄するようだった。それは俺も同意だ。息が上がってきて、暑いったらありゃしねェ。


「俺自らが働く必要があるとは、面倒ではあるが……」


「面倒なら、さぼってくれても構わねェけどな?」


 足を止め、カーリーを庇うように一歩だけ前に出る、こういうところで男を見せるんだ! 他でもない、俺自身にな。そうやって、自信をつけていくもんなんだよ、男ってのはなァ。


 俺の提案に、男が乗るはずも無く。


「そうはいかない。この街にある不穏分子は、全て取り除く。――俺の命に代えても、だ――、」


 ……ちっ。


「まァ、そうなるよなァァッッ!!」


 そいつに向けて、走り出そうとした俺は、再び右手に漆黒のバスタオルを生成しようとして――、


「――――この、本代・J・バティストの名に懸けて」


 ――――その口上と、途轍もないプレッシャーを受けるや否や、カーリーの手を取って、一目散に空中通路から飛び降りていた。


 せっかくの近道を失うことになるとか、またしてもゾンビ共の階層に逆戻りだとか、そんなことはちっともそれを躊躇させる理由にならなかった。


「え、え、え? ……えーーーーーーーーーー~~~~~~~~~~ッッッ!?!?!?」


 俺の突然の変わり身に、カーリーの疑問符付きの絶叫が夜の街に轟く。近所迷惑だ。


 あの、さ……、


「し、仕方ねェだろォーー!?」


 うっ、舌を噛みそうだ。背中から緋翼を展開して落下速度と方向をコントロールしながら、俺は思わず、ぶるりと震えていた。


 解らないのか。この覇気に、本代という名前。嫌な予感しかしないんだよ。


 俺の本能が、直感が、経験が、その全てが『勝てない』と言っていた。こんなこと、はじめてだ。レンドウはじめて。


 それを、無謀を知ったと喜べばいいのか、臆病になったと嘆けばいいのか。その答えは、いまだ出ない。二者択一。迫られた二つの選択肢、その両方の結果を知ることはできないのだから。


 忘れてたぜ……この街がッ、本代家の総本山だってことを…………!!


本代・J・バティストも一瞬だけ第3章で顔見せしていたような気がしますね。

わざわざ読み返しにいくほどのことでもないと思いますけど。

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