第68話 人見知りバニー
メイル・ストーン監視塔。ヴァリアーから南へ、首都ロストアンゼルスへ向かう道中にそれはある。
――いや、しかしまあ、留守番とか言い渡されて置いてけぼりのぼっちマンにならずに済んだだけ、まだマシなのかもな?
理由は想像もつかないが、アドラスとフェリス・マリアンネの間では、俺が魔王城へ向かうメンバーの中核を担うことは決定事項のようだったし。魔王サマとやらが、どこで俺の存在を知ったのかが謎すぎるが。「人間界で生活する吸血鬼」って、暗黒大陸(だっけ?)まで噂になるほどのもんだったのか。
――せっかくだ。この際、この世界、全部見てやるよ。しゃぶり尽してやる。もう、何からも目を反らしたりしないもんね。
決意を新たに、馬車の窓から頭を突き出す。ってぐああ!! 途端に目を焼かれる。当たり前だ。目を反らしたりしない宣言したけど、太陽は別だ。
窓枠から日傘を突き出すわけにもいくまいし、ここは……片手を犠牲にするより他にない。右手を目の上に持ってきて、少しでも世界を見るべく頑張った。結果、停車中の馬車の周囲には誰もいないって事実が再確認できた。ちっ。
「……皆、遅いね」
向かい側に腰かけたカーリーが、暑苦しい馬車内に耐え切れないという風にフードとマントを畳みながら言った。それ、着てんの一枚だけになってるけど、俺に対しての警戒とか無いのか。
「そうだな」
部隊の指揮を預かるアルフレートとレイス達がメイル・ストーン村の村長に挨拶するためにこの二頭立て馬車を降りてから、早20分。
馬車三台に渡る兵力を、悪戯に見せびらかしながら素通りすることは許されないらしい……原則として。道中にある村や町の責任者に挨拶しながら旅をするのが、社会における一般常識なんだと。そのルールが守られてこそ、人々は安心して暮らすことができる。
確かにこういう村って、いつも山賊とかの襲撃に怯えながら暮らしてんだろうな。だからこそあそこに聳える塔にも、傭兵どもが駐屯してるんだろう。あれが多分傭兵だよな。荒くれ共の集まりなんだろうな。関わるの怖いなァ。
ダクトの話じゃ首都には傭兵ギルドの本拠地があるらしいし、その手の人間と関わる可能性がグングン上昇中ってワケだ。心の準備はしておくべきだろうな。
「退屈すぎて、外出たくなってきた、かも……」
ちらりとこちらを見ながらの、カーリーの発言だ。
さすがに、この馬車を無人にするわけにはいかんだろ。とは、わざわざ言う必要はないだろう。そんなこと、カーリーだって分かってる。
「いや、暑いって。死ぬって。なんかしてェことあんのか」
「私は……レ、レンドウと、なら……買い物とか、行きたい……けど」
……お、おう? なんだ、そういう風に思ってくれてるのか。
素直に嬉しい。意外に俺、友達いるのかも。
「この村じゃショッピングって感じでもねェからなァ。首都に着いてから、一緒にどっか買い物行くか」
「うん……」
顔を窓の外に向けながら、口元を緩めているカーリーをあんまり眺め続けるのも悪いかと思い、もう一度忌々しい外の景色でも見てみようと振り返れば――、
したり顔のアルがそこにはいた。
「うお……!?」
なんだその顔は、と俺が驚いて身を引きつつ、これから悪態の一つでも言ってやろうかとした頃、アルフレートはそれ以上の奇行を見せる。
「仲睦まじいな、さすがおれ……いぎぎぎ!!」
俺とカーリーの会話を茶化そうとしたのだろうが、その口に人差し指を突っ込んで、強引に形を歪めた。自分で引っ張るって、何がしたいんだ。まるで勝手に動いた自分の口を、無理やり黙らせようとしたかのようだった。いや、喋るの止める方法ってそんな複雑なプロセス必要だっけ。
「なん、マジで何なのアルフ……どうしたし」
混乱しすぎて、皆の前では言わないでくれと念押しされている、略さない呼び方をしかけちまった。それに対して文句を言われるかと思えば。
手の平を前に突き出して、俺に向けて「いや、何も言うな。お互いに今のは無かったことにしよう」とでも言いたげだ。
「挨拶は済んだ。さっさと出発しよう。夜になる前にロスに着きたいからな」
「あ、ああ……」
ロス、っつーのは無統治王国アラロマフ・ドール首都、ロストアンゼルスの略称だな。
後方の馬車へも出発する旨を伝えに行くのだろう。俺から離れていくアルは、独り言に忙しいらしい。何を言っているのだろうかと軽く耳を澄ませてみれば、「勝手に喋るな」とか「心構えくらいさせろ」だの、よくわからん。
なに、あいつの人を馬鹿にしちゃうセリフは全て、あいつの中にあるもう一つの人格のせいなんだ~とかそういう設定きちゃう? それはいかんな、責任転嫁というものだぜそいつァ。
「私、やっぱりあの人すっごい苦手……」
顔を怒りか、いや、羞恥かな……に染めながら、カーリーがダウナー調で言った。
「でも、すっごい嫌い、って言わなくなっただけお前も丸くなったよな」
「それはたぶん――――、」
「二人とも、お待たせ!」
そこでレイスがにょきっと生えてくるように現れて、カーリーは口を噤んだ。レイスは頭に疑問符を浮かべながら、どうぞ? といった顔でカーリーを見つめたけど、どうやら彼女はもう喋る気は無いようだった。
「てめごら」
「いたっ」
なんとなくむしゃくしゃして、軽くレイスの頭にチョップした。後ろから「レイスさんに何してるんですか」というリバイアの声が聞こえてきたけど、怖いからそっちは見なくていいや。や、どうせそこまで怒ってないっしょ。
――そうか、カーリーってレイスの前でも黙っちまうのか。
というか、多人数に囲まれると、自分なんかに発言権があるのだろうかって思っちゃうタイプなのか。
さて、どうしたもんかな……。