第62話 レンドウコドモウラヤマシイ
公園って、誰が作ったんだろう……。
雨も上がり太陽が顔をのぞかせ(俺は傘に隠れ)、気温が高まってきた。はぁ。気分は高まんねェ…………時刻は昼前。俺はまた、そんなどうでもいいことを考えていた。
無統治王国って国の中で、いちいち一つ一つの言葉を常識の枠組みに当てはめる意味は薄い。
いや、公園っていうくらいだし、そりゃあ国が造ったんだろうけどさ。
だけど、どうして首都から離れた辺境にこそ、若い番号の公園があるのか。それだけは本当に解せない。
無統治王国国立第一公園。こっちは確か、通称……建国記念公園だったか。あっち(俺がやられたほう)は平和記念公園。中央に鎮座する巨大なレリーフ。それは両者に共通するものであるが、それに刻まれた内容がそれぞれの通称になっているらしい。この国のどこら辺に記念すべき平和があるのか教えてもらってもいいか?
他にはブランコやシーソー、小さい子供が登ったり潜ったり滑り降りたりできるアスレチックコースみたいなやつがあったり。ああ、似たような遊具に向けてダクトを激突させたことがあったっけ。あれが俺の全盛期だった。恐らく、もう二度と同じようにダクトを手玉に取ることはできない。できるビジョンが浮かばない。
その公園に隣接するようにそれはあった。いや、ずっと目に入ってたけどな。でかい建物だし。
「ほら、着いたぞ、学校」
それは、周囲一帯を占めるボロ小屋とは一線を画した、しかし図書館やヴァリアーのような堅牢な古代文明の遺産ほどではない、“現代の技術で頑張って建てました”感のある建物だった。
均等な大きさになるように削った石を、細かい石とか砂とか何かそんなのを混ぜ合わせてできた粘性のある物体で押し固めた……確かそんな感じだった気がする。集合住宅が十個あっても敵わないんじゃないかという規模のそれは、薄い赤色をしていた。使ってる素材がそういうものなんだろう。
このご時世、全体に渡って同じ色、つまり同じ素材で作り終えるだけの建材を用意するって、中々に凄い努力だよな。金掛かってそう。つーか、学校ってのは質、つまりその性能こそが大事なのであって、外観はどうでもいいんじゃねェのかとか思わないでもないが……。造った奴が満足してるなら、俺からは何も言うことは無いけど。
念願の学校に到着したというのに、イスラは壁に取り付いて頬ずりしたりはしなかった。うん、そこまでするわけないよな。でも、それにしたって意外だな。
「あれ? もっと狂喜乱舞しないのかよ」
不思議に思って尋ねてみると、
「…………念願の学校をこの目で見れて、自らの内に湧き上がる喜びに驚愕を隠せずにいる……」
そう、何かの支えなくしては真っすぐに立つこともできないといった様子で、イスラは傍らに生えている木の幹に手をついていた。小さい虫とかいっぱいいそうだけど、そういうのは気にならないのか、お嬢様?
「ご丁寧に心情のご説明をどうも。せっかく来たからには、中まで見ていきたいんじゃねェの?」
お前には満足してもらわないと困る。それで家に帰るか~って気分になってもらわないと。唯でさえ行方不明者を発見後、送り届ける前にこうして好き勝手連れまわしている状態だ。……イスラに帰りたくないとゴネられるとか、あまつさえ逃げられるとかになったら最悪だ。最悪以上だ。
ていうか、今もイスラの事を探しているんだよな、他の隊員たちは。くそ、こんなことに時間を使いすぎてたら、無駄にエイリアを探して回っている他の隊員たちにどんどん恨まれるじゃないか。俺に携帯端末さえ渡されていれば、ヴァリアーに連絡できたのに。
さすがにエイリアの外まで探しに行くような奴はいないよな……?
ん……待てよ。イスラを探しているのはヴァリアーだけではなかったような。もしかしてこのままいくと、…………他の組織の連中からも恨まれる!?
うげっ、それだけは絶対に避けなければ!!
内心かなり焦っている俺にイスラは、
「うん、でも、いきなり押しかけていいのかな……迷惑じゃないかな……」
とか、妙に相手を配慮しすぎた発言をしなさった。おい、その配慮をどうして俺にはしてくれないんだ。両手の人差し指を合わせちゃって、なんだそのポーズ。恥ずかしがり屋かよ。やっぱ恥じらいっていいね~とか言っていたいけど、状況が状況だ。
「それは大丈夫だと思いますよ」
そんな時、横から声が聞こえた。学校を見上げていた俺たちに浴びせられた声の発生源は……公園の中だった。
見れば、公園を突っ切る様に走ってきたのか、少し息を荒げた少年がいる。よく見る水色の短髪。目はきりっとしているが、全体で見るとどこか頼りなさげな印象を与える。つか、見覚えあんぞ。
イスラは木の陰に潜伏したが、別に警戒が必要な相手じゃない。
「およ、宝竜貫太じゃん」
「どうしてフルネームで呼ぶんスか……≪グロニクル≫さん」
そういうお前だって、随分と他人行儀な呼び方するじゃねェか。
「レンドウでいいっつったろ」
言うと、貫太は後ろ頭を掻いた。嫌なのかよ。吸血鬼はお嫌いですか、そうですか。
「いや、コードネームで呼ばないと気を悪くされる方もいますし、つい癖で。努力はしてみますけど」
是非。そうしてくれ。……んで。
「大丈夫ってのは?」
問うと、貫太は頷いて、
「学校は今日も見学自由です。清廉潔白がウリなので、ここで行われている授業風景はいつでも公開しっぱなしなんですよ。ああ、勿論毎日ずっと見学してたら不審すぎるんでつまみ出されるでしょうけど」
最後に注釈を入れるのも忘れない。ちぇっ、俺が考えてた悪だくみってすぐ人にバレるな。まぁそれには触れずにいよう。しれっとね。しれっと。
「なるほど、じゃあ入ろうぜ、イスラ」
うん……、と、何か他の事を考えているような上の空な様子の彼女に、違和感。
「今度はどうした?」
「グロニクル…………緋色のグロニクル? もしかして……“ヴァリアーの紅き鬼”?」
そこで、彼女が気にしているのが何か、遅ればせながら気づいた。
巷ではそんな呼ばれ方してんのか、俺……。いや、巷というか、イスラが軟禁同然の生活を送っているというなら、貴族の社交場で、か?
「……知ってんのかよ」
突然現れたというだけでどう見ても唯の人間である貫太から隠れるような奴だ。相手が吸血鬼だと知れば、どういった対応を見せるか……。
俺が胸に刻まれる傷を少しでも抑えようと心の準備をしているのを裏腹に、イスラは後ずさるようなことは無かった。じゃあ貫太ん時はなんだったんだよって気もするけど。貫太は何か言いたそうな顔で、しかし俺たちの邪魔をしない様に気を付けているのか。お口チャックだ。
「でも確か、地面に着くかというほどの長い髪をした人物って話だったけど……」
そりゃ、信じがたいよな。目の前にいる人物が吸血鬼だと信じられなくて、「そうではない」ということにしたいのか。そういう理由探しなのか。
そういうことなら別に、勘違いしてくれたままでもいいんだろうけど。どうしてこの口は、正体を教えることを憚らないのだろう。チャック。ちょっとお前のチャック貸してくれ貫太。
「ああ、それについてはとてもじゃないが今この場では語りつくせないような深い事情があってな。敵と戦ってる最中に斬られたんだよ、髪の毛」
「一瞬で語り終わってるし!」
我慢しきれなかったのか、貫太がツッコミを入れてきた。
「そういうこと……」
イスラは静かに納得したようだ。
いや、別に冗談で言ったわけじゃなくて、結構エピソード性があるというか、長い話になるだろうなと思いながら言ったんだよ。でも実際に言ってみたら一瞬だったわ。
――あのカニ野郎。
魔王軍の連中を纏めていた一角。ついぞ捕らえ損ねた強敵。
ジェットと呼ばれていた少年。
全体は黄緑色の髪をしているが、左の前髪から頭頂部にかけてはそれを覆いこむように金色が入っている。メッシュってやつか。ハイセンスだったな。相当、髪の毛に拘りがあると見えた。いや、種族知らんし、地毛の可能性もあるのか。褒め過ぎたわ。……どうでもいいわ!
あいつの異形と化した左腕、ハーミルピアスを5倍にでも膨らませたかのような針に後頭部を貫かれるところだった俺。レイスが引っ張ってくれたおかげで、なんとか命は助かった訳だが……。気付いた時は愕然としたね。
――まさか後ろ髪が無残にも消え去っていたなんて。
その後、本格的に夏が来るからと、周りの熱烈な勧めがあって、他の部分の髪も切ることになったのだが……それはまた、別の話。
「イスラは…………俺が吸血鬼だって知っても、怖がらないんだな」
「普通に怖がってるけど。特に吸血鬼だからどうってことは。外の世界で出会う道のものは、どれも同じくらい怖いし、興味ある」
「さいですか……」
淡々と喋られると、なんだか拍子抜けしちまうな。
こういう人間もいるってことなんだな。うんうんと頷いていると、貫太が「そろそろいいっスかね」とばかりにチャックを全開にするっぽい構え。喋る前の構えってなんだ。
「えーっと、ずっと気になってたんスけど、レンドウさん」
「ああ?」
微妙に自信なさげに曲げられた腕の先、貫太が指さすは……イスラ。指をさされたことによってか、イスラは貫太を睨みつけた。貫太は「うっ」と仰け反った。やっぱそうだよな、このガキ怖いよなあ!
「その、レンドウさんがイスラって呼んでる方なんですけど……」
そうだよな。そりゃあ、気になるよな。というか、気づいてるのか。
……外見的特徴そのままだもんな。
「その人が、今皆で探してる人物ですよね?」
呆れが含まれるニュアンスだった。それはどう意味なのか。や、大方、俺が遊んでると思ったんだろ。間違いねェからなァんも言えねー。
「よく解ってるじゃないか、凄いぞ」
言うと、貫太はがっくりと肩を落とした。褒めてやったのにな。
子供は褒められて伸びるのが正しい姿だと思うぜ。あぁ、俺も褒めまくられて育ちたかった……。
「何か考えがあってのことだと信じたいですね……。とりあえず、連絡だけは入れとかないと」
言いながら、懐から取り出した携帯端末を操作しだす貫太に、目を丸くすることしかできない。
「は? お前なんで…………ケイタイ、持ってんだ。ただの平隊員だろ?」
「えー、あー……。副局長様から持たされてて。この学校に通ってる隊員は、古い型のものですけど、皆持ってるんですよ」
過・保・護! アドラス・過保護!
何か子供に甘くない? あの冷徹メガネ。
するとなんだ、貫太をはじめとした……ポピュラーお子様三人衆は全員ケイタイ持ちかよォ!
「俺も学校入ろうかしら……」口調が変になっちゃうくらいケイタイ欲しいらしい、俺。
しみじみと呟いた言葉に、貫太は若干引いているようだ。
「よし、『見つけました』、と一斉送信……。一応言っておきますけど、レンドウさんの年齢からだと……あ、いや、そもそも吸血鬼ですから」
「なんだそれ、差別反対だぞ俺は」
冗談交じりに、笑みを浮かべつつ言ってやるが、貫太は不思議と真剣だった。
「いや、区別ですよ。例えば、リバイアを思い浮かべてみてください」
「わざわざ思い浮かべんの……?」思い出してください、とかじゃなくて?
水色の長い髪。それを垂らしてる日もあれば、サイドで纏めていることもある少女。ちんちくりん、という表現がしっくりくる。まぁ、子供らしくていんじゃね。俺はナイスバディの方が好きだけど。だってナイスだからな。
真ん丸で大きな瞳、種族は知らないが、光り輝いた髪から放たれる“魔法”の威力はピカイチだ。ビリビリ来るぜ。こんなところか。ちょっと想像しすぎか? キモいかな……。いやでも、それも全て貫太のせいだから! そう思えば、俺だけは俺自身をキモいと思わずにいられるのだ(と言い聞かせている時点で……)。
「どうしてリバイアが、レイスさんからこっそり勉強を教えてもらってると思います?」
あれ、こっそりだったのか。
「そんなの、レイスと二人っきりでお勉強会したいからに決まってんだろ。好きなんだから」
二人で秘密の勉強会、ってね。好き合っていないのが問題だが……。
言うと、貫太はこめかみを抑えていた。頭でも痛くなったか。
いや、少し照れているようだ。
好きとか嫌いとか……嫌いはいらねェか。そういう話がしれっとできる年齢ではないか。俺も別に、プロフェッショナルじゃないけど。
「ええっとですね。ヴァリアーの方針として、認められてないんスよ。魔人に勉学とか、武術を修練させること」
「ああ、なるほど」
言われて納得する。俺がダクトでも師にしてみろ。世界を滅ぼす悪魔が誕生するぞ。真面目に指導してくれればだが。
や、さっきの理論でいけば、秘密裏に教えてもらうことはイイのか。イイというか、なんというか。
何事にも抜け穴っつーのはあるもんだ。
「とにかく、連絡はしたんで、あと20分もすれば皆集まってきますよ」
「ああ。その20分の間に、見学済ませろってことだな。急ぐぞ、イスラ」
言うと、イスラは20分しかないんかい!! とばかりに背筋を伸ばした。
「ん!」
色々と言いたいことはあるんだろうけど、全部飲みこんでの一文字! 立派だ。
すると、貫太はふるふると首を振っていた。なんだよ、……どれについての否定だ。
「違いますよ、レンドウさん。その20分の間に、言い訳を考えてって意味です」
「言い訳?」
「はい……」
貫太は仕方なかったんです、といった風に、申し訳なさそうに言うのだが、俺にはそもそも何を申し訳なく思うのかが分からな…………いや、分かった、分かりました。
ヴァリアーの隊員たちに、少なくともケイタイを持ってる連中に、イスラを見つけましたと連絡したんだよな。
それで皆ここに集まって、「どうして遊んでんだァ……レンドウゥゥ!?」って言うってことでしょ。
何かイイ言い訳を……。
うーん。
……………………えっと。
――――20分しかないんかいッ!!