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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第3章 吸血鬼登場編 -こんな日々が続くと思っていた-
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第51話 戦いの果てに

 ◆レイス◆



「レンドウ君、ストップ……うッ!」


 彼を背後から捕まえようとしたヒガサさんが、後ろ蹴りによって吹き飛ばされる。


「レンドウ、自分が何をしているか解ってる!? 落ち着いて!」


 思わず唇を噛んでしまう。叫びつつ、レンドウの正面に回って行く手を阻もうとしてみるけど、瞬時に押しのけられ、地面に転がる。ビチャァ。うわっぺっ。


「……君は暴力の化身に成りたいわけじゃなかったろ!?」


 顔を上げつつ、怒鳴る。しかし、それとは同時に心は冷静に状況を分析していた。


 ヒガサさんも僕も僅か一手であしらわれた訳だけれど、全くと言っていいほどダメージを受けていない。


 もしかしなくても、今のレンドウにも、理性は僅かながら残っているのかも……。


 ――そこまで考えた時、絶叫が響き渡る。


「ヒィィ! こっちに来るなぁぁぁぁっ!!」


 後ろ向きに這いながら絶叫する鎧の兵士。レンドウが兵士に向けてひどく前傾姿勢で走り寄り、漆黒に染まった右手をその兜へめり込ませる――――刹那。


「――ぬん!」


 横から飛び出してきた大盾がそれを弾いた。


 敵対する者を守った形となる大生(おおぶ)だが、その顔に迷いはない。取るべき行動は決めているらしい。


 ありがとう……! 心の中で礼を言ってから両手に意識を集中し、白い力を溜め始める。


 ――この力でレンドウの緋翼をかき消しさえできれば、あの夜みたいにレンドウを気絶させられるんじゃないか。


 レンドウは邪魔だとばかりに大生に蹴りを入れるが、大生の大盾はびくともしない。むしろ、レンドウの右足のほうが大きな衝撃を受けたのではないだろうか。


 そこへ背後から首根っこを掴もうと手を伸ばす平等院……、いや、それは悪手じゃないかな……? そう思った次の瞬間には、平等院は鳩尾(みぞおち)を抑えて蹲る結果となった。


 だけど、時間は稼いでもらった。


 ――あとは、僕がこの光をぶつけるだけ――「やめとけレイスっ!」――っ!?



 合わせた両手から光を迸らせようとした時だった。いや、殆どもう迸っていた。幾条かの光の線があたりを照らしていた。


 僕は後ろから抱きつくように押し倒された。べちゃり。再び顔面から抜かるんだ地面へ。もう少し地面がおいしければいいんだけど、そうもいかないね。


「で、誰……? 説明して……」


 起き上がりながら問いかけると、


「俺だよ。レンドウを気絶させるのはまだやめとけ」


 金髪をかき上げる少年。ダクト君が、ヴァリアーの方向を指さしていた。


「ヤベーのが来てる」


 そちらを見れば……え? 誰もいなくない?


「って、いねぇし! あいつ、はやっ……くね!?」


 どうやら、その人物は目まぐるしく移動していたらしい。今やレンドウに飛びかかっているその人物は……。


「あれ、バンテージの人……? 包帯解けてるけど」


 答えをもたらしたのは、近くによってきたヒガサさんだった。


「派手な頭してんな」とはダクトの感想だ。


 新たに戦場に現れたその人物は、確かに派手な頭髪をしている。全体的には黄緑色で、ところどころ金色に輝く、いわゆるメッシュというやつらしい。って、そんなのどうでもいいって。もっと凄いところあるでしょ。


「いや、あの腕、腕が。カニ」


 それしか言葉にならないのが口惜しいけど、


「カニだな」「……っぽいね」


 二人は頷いてくれた。両者ともに、適切な言葉が思いつかない様子だ。バンテージ改めメッシュ君の両手を、どう表現すればいいのか。


 ――あんなヒトが存在するのか。


 右手は肘の先から真っ二つに裂けたように変形し、しかし自らの血など流すことはなく、巨大なハサミのような体を成している。ハサミといっても、道具としてのハサミではなく、捕食者としての(かいな)だ。


 左手は、もはや肘など存在しない。肘の当たりに節というべき球状のふくれがあり、そこから飛び出している腕そのものといった太さの槍は、見るものを畏怖させる。ヒガサさんが持ってる針より一回りも二回りも、いや、十回りは大きいよ。怖いよ。


「せめて、レンドウにはあいつを倒してから気絶して欲しいもんだ」


 ダクト君が無責任に言うが、実際のところ、僕もそう思ってしまう。いや、勿論できるだけのことはしたいけど。僕の力ではレンドウのみを無力化してしまい、強大な敵が野放しになる可能性が高い。今は大人しく見守るべきだろう。


「私たちは雑兵を倒していこう。混乱の最中なら、やりやすいよ」


 いや、鎧の兵士たちって雑兵って言えるほど弱くないよ? まぁ、確かにあなたたち二人は別格ですけど……。


 とにかく、ヒガサさんの提案にダクト君は頷き、走り出す。


 戦場に流れ出してしまった血を、少しでも少なく済ませるために。


 えっと、僕も?


「あいつをいざというときに止めるのはお前なんだから、しっかり見ててくれよ!」


 そっか。そうだね。


 ダクト君に頷きを返して、レンドウとメッシュ君に向き直る。


 ――その戦闘は、圧巻だった。


 あの日の僕とレンドウの戦闘は、児戯にすら思える……。


 あの夜、黒の牢獄から脱獄しかけたレンドウは、既にボロボロの状態だった。飲まず食わず、連戦に次ぐ連戦。だからこそ、僕たちは辛くも勝利を収めることができた訳で。


 対して、今現在。


 万全の状態である吸血鬼に対して、一歩も引かずに戦闘を繰り広げるあの少年は……一体何者だというのか。


 ヒトとは、あんな風に進化できるものなのか。


 ――ヒト。魔人などと称される、頂上の力を振るう者たち。そのルーツは大体の場合定かではない。


 勿論、エルフやドワーフや……それこそ吸血鬼のように、古くからその存在が伝わる不変の存在もいるが。しかし殆どのヒトは“棲みついた環境に適応する姿かたちに変化する”、という性質を持つ。


 ……ならばこそ、不思議だ。あの変形能力はどこに身をやつせば生まれるというのだろう。


「キハハハッ!!」


 メッシュ少年が楽しそうに、狂気染みた笑みを浮かべてレンドウに飛びかかり、その左腕を振り下ろす。彼の腕があの大きさまで変形したもの、ということは質量は大したことないのかな? なんて考えかけたけど、そこはほら、そんなうまくいかないよね。もう魔法って言葉で全部解決していいんじゃないかな(諦め)。レンドウがお得意の“横にずれる”を披露すると、メッシュ少年の左腕は地面を深く陥没させた。恐ろしい。相当なエネルギー量に見える。


 レンドウの“横にずれ”て回避する技、いつも思うんだけどかなりギリギリのスレスレで最低限だけしか避けないから、見てるこっちがハラハラドキドキっていうね。あれ、怖くないのかな。


 少なくとも、今のレンドウは恐怖とか感じなさそうだけど。怒りに支配されているのか。そう考えると、国立平和記念公園で幼馴染を傷つけられて怒り狂った時に似ているのか。


 ――いや、あの時よりもずっと大きな怒りに見えるのは、僕だけだろうか?


 それが何を意味するのか考える暇は与えられず、今度はレンドウが攻勢に出るのを、固唾を呑んで見守るしかない。


 メッシュ少年の腕を潜り抜けるように懐に潜り込んだレンドウが、少年の襟元を掴む。相手を逃がさない構えだ。そのまま頭突きでも繰り出そうとしたのか、それは解らない。少年が後ろに引いて、レンドウの手元には服の破片だけが残った。


 が、少年の体が後ろに傾いているその時点で、レンドウは超反応を披露。そのまま体当たりを仕掛けた。


 拘束が抜けられるというなら、一撃一撃をしっかり当てていく。……そういうこと?


 激昂した状態で即座にそれだけの戦法を組み立てられているというなら、やはり戦いは才能なのか。本能なのだろうか。


「がはッ……」


 跳ね飛ばされた少年のがふらつきながらも横に回転しようとする身体を必死に抑えようと掛かっているところに、レンドウの飛び蹴りが炸裂する。


 なるほど、一撃一撃が重くて、それを受けた相手が朦朧としている間に次なる攻撃を叩き込めれば、それはもはや手元で拘束していることと変わらないのかもしれない。


 今度こそ地面にのされた少年。一瞬、気絶したか、もう終わってくれと期待を賭けるけど、そう上手くはいかない。手元に力を集めかけて、再び開放。まだその時じゃなかった。深呼吸だ。


 少年はばっと立ち上がる。その眼はカッと開かれ、いまだ終わりの時は遠いと見える。その瞳に次に映るは、漆黒の世界。


 昼間なのに。そう混乱しそうな状況にあって、メッシュ少年の応対は素早い。それが自らを包もうとする敵の放った闇だと察するや否や、その場から飛び上がる。闇は飛沫となって、少年のいた場所に突き刺さった。


 少年が飛び上がって進む方向は、正面。逃亡ではない。仕掛けに行ったのだ。


 レンドウはそれを迎え撃つように、自らの両手に緋翼を練り上げて、瞬時に双剣を形作る。


 本来、戦闘中に飛び上がるのは愚行だとされている。何故なら、逃げ場のない空中に自らを追いやることになるからだ。


 まぁ、今回のメッシュ少年は相手の攻撃を避けるために仕方なく跳躍したのはもちろんあると思うんだけど。それにしても、少年は楽しそうに戦う。それは自らが絶対不利なこの瞬間においても、揺らぐことはない。


 既にお互いの身内が削られている、血で血を洗う戦場だというのに、どうして……?


 着地点を狩ろうと走り込むレンドウが振るう刃、その緋翼にぶつかったのは、少年の両腕、そのどちらでもなかった。


 足だ。正確には、彼の靴。


 レンドウの双剣がどの程度の強度なのかはわからないけど、少なくとも自信満々に振るっているあれが、手を振っただけでかすむような煙であるはずがない。


 人体など容易く両断できるかもしれない、と警戒してしかるべきだと思うのだけれど、少年は迷いなくそれを踏みつけて更に跳躍。レンドウの背後に転がるように受け身を取りながら着地する。


「ダクト君みたいなことしてる……!!」


 もしや、靴にも何か仕込まれているのか。


 靴底からも生体兵器みたいなトゲトゲとか生えてこないだろうね。まさかね。


 レンドウは即座に振り返り、まるでジグザグに移動しているだけのように見えた。しかし、剣戟の音が響いた。ギリリ、と空間が軋むような音。それを、剣戟と呼べるものかは怪しいけれど。きっと、僕には捉えられないところで、何かがかち合ったのだ。


 二人はまるで踊るように、二人だけの世界に浸るように、火花を散らしながら、泥を跳ねさせる。……あの火花、なにを理由に散っているのだろう。金属同士がこすれる要素が思いつかないんだけど。


 少年はどこまでも楽しそうに、レンドウは……なんだろう。一心不乱に打ち合う攻防に、僅かに差し込む間。それは、雲間から降りる一条の光が原因か、はたまた理由など存在しないのか。


 永遠に続くものは存在しない。それを証明するかのように、拮抗しているかに見えた戦況に変化が訪れる。先にリズムを崩したのは、少年の方だった。


 膝をついた少年に、無感情とも言える動きで緋翼を振り下ろすレンドウ。


 まんまと。観戦者である僕も、リズムを崩したと疑っていなかったけど。


 ――崩されていたのか。


 レンドウの右手の剣は少年の左の肩口を抉った、が、そこで止まる。


 にやりと。


「お次はこれだァァッッ!≪グローツラング≫ッッ!!」


 笑んだメッシュ少年が纏っていた、千切れかけたマントが、包帯が風に舞う。その下に露わになる革のようなベルトも、今のレンドウの攻撃によるものか、破壊されてその場に転がった。


 瞬間、空間が歪んだ。少年の背後で黒や紫や青や緑の光が裂けたかと思うと、()()()()()()()()()。それは直径5メートルにも及ぼうかという大きさで、そこに腕でも突っ込んでみたい気にはなれない。なんだか、得体のしれない世界に繋がっていて、二度と帰ってこれなさそう。


 グロー……なに?


「離れろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」


 それが副局長アドラスの絶叫だと気付いたのは、あの宙に開いた穴から逃げるために走り出してからだった。でも、わざわざ言われなくてもあれがあんまりいいものじゃないのは解る。というか、全身の毛が震える。


 僕の種族としての本能が、自分ではどうにもならないものが飛び出してくると確信していた。いや、自分のルーツ知らないけど。あたりを見渡してみれば、どの人間もそう相違ない。ダクト君とヒガサさんでさえ、そちらを警戒して戦場から引き払った様子だった。


 ズズ、と何か……とても大きなものが這いずるような音が聞こえる。


「皆さん、こっちへ!」


 黒の牢獄の方へ戦場に出ていた隊員を誘導する副局長。それに従いながら穴のほうを見れば、黒い、鎧のような鱗を持つ巨体が蠢いているのが露わになってきた。


「蛇……?」


 メッシュ少年が呼び出した……んだよね。めちゃめちゃ格闘戦してたのに、その実態は召喚士だったってこと? というか、あれって召喚……でいいんだよね。異界から戦闘生物を呼び出す、魔法使いの中でも圧倒的な異端。


 僕の疑問を読んだかのように、「あれは彼の力ではない」副局長が呟く。


 続きは掠れるような声だった。その顔は険しい。


「何者かが彼に与えた加護。いや……呪いの類か。あれほどの怪物を使役できる術師は――――そうか、」


 副局長にしては珍しい。動揺しているのか、熱に浮かされたように言葉を紡ぎ続ける。


「――ニルドリル。魔王軍の軍師か……」


 そこには聞き漏らせない単語が。


 思わず副局長に詰め寄ろうとするけど、僕より先にダクト君が口を開く。戻ってきたんだ。呼ばれて戻ってダクト君。


「この襲撃って、魔王軍のだったのか?」


 副局長は頷く。


「私はあれに比類する召喚術を見たことがあります。……いえ、逆に、魔王軍意外にこれだけの戦力を外征させられる敵対組織があるとは思いたくないものですね」


 その言葉に僕も、ダクト君も、その場に顔を出していた全ての隊員が重々しく頷いた。


 ……でも、それならどうして魔王軍が?


 いや、確かに敵対はしている。治安維持組織ヴァリアーと魔王軍はもうかれこれ3年以上、各地で断続的に戦闘を繰り広げてきた。


 魔王軍は『魔人に対する差別の撤廃』を掲げている。いずれは世界全土を支配圏に置く心づもりらしい。


 暴力を押し出した交渉を手段にする魔王軍に対し、ヴァリアーはサンスタード帝国を初めとするイェス大陸の各国と緩いながらも協力体制を敷いて、魔王軍を彼らの本土……暗黒大陸へと追い返してきた歴史がある。


 それは別に、この大陸の人々が魔人への差別を“どうでもいいこと”としている訳ではないと思う。僕だって、そんなものは無くなってほしい。できれば。


 それでも、彼らのやり方は血を流しすぎる。


 ――敵も味方も皆死に絶えたような世界で、戦いの果てに、一体何を見るつもりなんだ、君は。


 顔も知らない、お偉い魔王とやらへ憤る。


 宙に開いた異界への穴から、いよいよ出きった様子の巨大な蛇。全長30メートルは超えているだろう。異界への穴は消えていくが、巨体を包む薄く光るオーラのようなものは消えない。それは異界の穴と同じ色をしていて、グローなんとかがどんな外見をしているのかがハッキリとしない。ただ、そのシルエットから異様に大きな頭部は蛇そのもののようにツルツルした円状ではないこと。そして唾液を滴らせていることから、口を薄く空けていることは解る。


 人間ほどの大きさもある舌を外気に触れさせ、周囲の状況を飲み込んでいるのか。


 いや、違う。あれは唾液じゃない。地面に滴る液体が、倒れ伏す鎧の兵士に触れたと思いきや、湯気を上げ始める。


 吐き気がする。


 牙を持たない、丸のみを主とするタイプの蛇にそもそも唾液は必要ない。ならば、あれは溶解液を直接吐き掛けるための機構が備わっているためだと認識しておいた方がいい。強烈すぎるでしょう……。


「これはもうヴァリアーも一巻の終わりかぁ?」


 少しも諦めてはいない口ぶりで、ダクト君が言った。場を温めようというのだろう。


「そういうわけにもいかないでしょう。……守るべきものがあります。最後まで戦いましょう」


 副局長がそう結論付ける。


 そうだ。僕らはまだ負けちゃいない。……負けられない。


 巨大な舌が口内に引っ込むと同時に、ヂルルル、と不気味な音が轟いた。

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