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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第3章 吸血鬼登場編 -こんな日々が続くと思っていた-
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第48話 アドラスの憂慮と信頼

 ◆アドラス◆



 雷が、今一度世界を白く染める。浮き上がるシルエットは、もう既に多くない。


 暴れ馬改め、連中にナイドと呼ばれている怪物。黒の牢獄の周辺を荒らしまわるそれらのうち一匹に本代(もとしろ)ダクトが組みついた。背中に跨り、首を抱くようにしてナイフを滑らせる。喉笛を掻き切られたナイドは、断末魔も上げられぬまま倒れ伏す。仮に上げられたとしても、それは雨音にかき消されていたことだろう。


 またその隣では、大生(おおぶ)が大盾を構えたままナイドに突進していた。ぐわん、と音を立てそうな勢いでナイドの頭部に衝撃を与える。いい腕であり、質のいい盾でもあるようだ。


 大生に護られるように……いや、大部を盾にするようにと言った方が正しいか。平等院がちょこまかとせわしなく移動しながら、無理のない範囲で堅実に、隙間を抜くように獣に刃を突き立てる。それに黒き獣が激昂した時には、既に下手人の姿は掻き消えている。大生の大柄な体の影になった平等院がちらりと顔を覗かせ、舌を出している。果たしてその所作が獣相手に挑発の役割を発揮できるのかは謎だが、獣の注意がそちら向いている隙に、その背に立つはダクト。手慣れたものだ、先ほどと同様に、あっという間に獣を肉に変えてしまう。


 さすが、と言うべきだろう。寝食を共にする仲間たち。魔物対策班4番隊のチームワークに、私は満足気に笑みを浮かべる……までの余裕は残念ながら無い。


 ナイドだけに限って言うならば、駆逐はほぼ完了している。当初こそその外見の荒々しさ、恐ろしさに恐怖した隊員たちだったが、4番隊を初めとする勇敢な人間が手柄を上げ始めたことにより、味方の士気は上がりつつある。


 だが、それも全てここから先の展開に懸かっている。


 敵の主戦力。黒の牢獄のダミー部分を見回った後に出てきた、騎馬に乗っていたであろう者達。灰色の下地に、白いプレートを何枚も重ねた鎧を身にまとう人型の集団。


 それらは一斉に我々に襲い掛かるのではなく、むしろ優先すべき事柄は他にあるというかのように、この場をナイドに任せるとヴァリアー本館へと駆けて行った。


 しかし、一度は去ったその威圧的な気配が今また、この場に集結しつつあるのを感じていた。


 本館の中で、何らかの目的を果たしたというのか?


 この短時間に。まさか。何階まであると思っている。


 ならば、その“目的”が地上にあることを奴らが察した、とすればどうか。説明が付くような気がしなくもない。


 奴らの目的は、何か。薄々それに気づいていながらも、気づかないふりをしていたのか。この私が。こちらに背を向け逃げ出そうとしたナイドの首を、一太刀の元に分離させつつ、周囲に目を凝らす。


 ナイドの殲滅が完了すると、ステージ周りにいた“今回の相手と戦うべきではない実力”の隊員たちも集まってくる。


 安心しているのか。まだ事件は終わっていないというのに。


「ちょっと、通してください!」


 そんな人々の群れが、左右に割れる。見ると、紫の長髪と自慢の黒服は鮮血に濡れそぼり、息を切らしたヒガサが、隠すことなく鋭い刺剣を下げて現れた。そこからも、滴り落ちる血。その身を汚している殆どが、返り血であるらしい。


 珍しいな、そのような出で立ちは。


「あなたが武器を下げていると違和感がありますね」


 思ったことが口を突いて出てしまう。今は、そんなことを言っている場合ではないと、私自身が一番理解していなければならないのに。


 現れたヒガサは、それに対しての返答はせず、しかしふっと軽く笑って流して、すぐに本題に入る。さすがだ。余計な会話を続けないこともそうだが、この雨の中、私の呟きが聴こえていたのか。


「副局長、鎧の兵士の練度は桁違いです! 誰かを守りながら戦うのは、私には荷が重く!」


 だから連れてきたのだ、とばかりに背後に控えていた子供達を示す。集団の中から彼らを呼ぶ声があったようで、子供たちは喜び勇んでそちらへと合流した。


「……そして、奴らはピーアに異常な執着を見せました!」


 傍らにいたピーアを私の元へ突き出すヒガサ。気を利かせたつもりだろうか。すぐにそっぽを向いた彼女。いや、違うな。周囲を警戒してくれているのだ。


 それに感謝しつつ、私は少し屈みながら、俯いたピーアの肩に手をやって引き寄せる。


 その顔を確認する。正しくは、その瞳を。大衆の視線がある中でピーアとの距離を狭めることに抵抗はあったが、この際仕方ないだろう。


「ピーア、貴女は……」


 そして、確認した彼女の瞳の色は――――金色だった。


 思わず、眉間に皺が寄る。


 ――()()()()()()()


「……顛末を見届けるさ。それまで、しばらくこの身体は借りておく」


 その口からぽつりと漏れ出た声に脳内が怒りに支配されそうになるが、いけない。おくびにも出すな。いや、最悪少しくらい出してしまっても構わないのかもしれない。それでも、努力は怠るな。万が一にも、彼女を失うことにならぬよう。


「……奴らの狙いは、貴方なのですか」


 なら、お前がピーアの身体を使っている状況こそが、この苦しい現状を生み出していることに他ならないのではないか。そういう意味を込めて言ってやるが、奴の達観したような表情は揺るがない。


「この身体の命が懸かっていた方が、(ぬし)も本気が出せるというものだろう?」


 ――クソ野郎。


 果たして、私はその言葉をきちんと飲み込むことができただろうか。自信が無かった。強まる雨脚が、それを覆い隠してくれていると信じて。


「そうですね」


 淡白に返すと、背中を叩かれる。


「?」


 ヒガサだった。彼女はその腕を持ち上げ、ヴァリアー本館の3階、屋根を指さしていた。


 そこに何者かがいるらしい。言われてみれば、見づらいが確かに人影があるような気がする。その人物は、どうやってそこに上ったのか。鎧は纏っていない。卓越した身体能力の為せる技か。


 その人物に背後に揺れる、立ち上る影のようなものを認識し、怖気が走った。


「全員、黒の牢獄内部に避難しなさい!!」


 限界まで声を張り上げる。それでも、この雨の中、全体へ行き届くほどではない。


 聞き分けのいい隊員たちが、すぐさま「「撤退! 黒の牢獄へ逃げ込め!」」と命令を復唱しながら駆けだす。徐々に全体に命令が伝わっていくと、その場から迅速に“戦うべきではない者達”がいなくなる。ふらり、とその流れに乗ったピーアを見て、疑問に思いながらも安堵する。


 皆、ゆっくり雨宿りでもしていなさい。


 冗談めかしてそんなことを考えつつ、遠くの敵を見据える。


 ――あの揺らめく黒を従えた人物の正体は、恐らく吸血鬼だ。


 そう考えれば、ダクトを突如襲った弾丸にも説明がつく。


 何故ここに、などと意味のない思考に囚われている暇はない。現実に、吸血鬼はそこにいるのだ。ならばそれに対しどう対策を練るか。その点だけに集中するべきだ。


 しかし、あの吸血鬼は何故今すぐにこちらに仕掛けてこないのか。それを疑問に思っていると、どうやら奴は、手勢が集結するのを待っていたらしい。地上部分に、がしゃがしゃと(雨のせいで音は一切聴こえないが)鎧を着た兵士たちが現れる。それは、ヴァリアーの本館の影から。裏門の方角。まさか、そこから湧いて出たとでもいうのか。


 50を越えようかという軍勢が、武器を手に、こちらへと進軍を始めた。


「多すぎる……」呟いたのはヒガサだった。「――あんなには居なかった」


 確かに、黒の牢獄から出てきた鎧たち……それは私も確認していた。しかしそれは20にも満たない数だったはずだ。それが何人か削れたなら解るが、むしろ増えているとは。


「増援、かよ……!!」


 傍らに進み出てきたダクトが、ギリリと歯ぎしりをした。全ての隊員へ向けて退くように命令はしたが、彼が残ってくれているのは大変頼もしい。


 大生と平等院はどうしたのだろう。一瞬背後を見やると、黒の牢獄の入り口を数人の隊員たちが固めているのが目に入る。その即席警備隊の要となるのが(くだん)の二人だ。なるほど、自分たちの実力を正しく認識している様子。その警備隊の後ろから顔を覗かせ、心配そうな顔をしている人物もちらほらと見受けられる。その中で一人、好奇心をたたえた金色の瞳を覗かせる()()に辟易としつつ、正面に向き直る。


 ――なんとか、敵の首領を先に(ほふ)れれば……。


 届く筈も無い望みを(たずさ)えた視線で本館の屋根の上を睨むと、瞬間、白い光が爆ぜたような気がした。


「なんだっ!?」ダクトの叫び声。


 その場にいた誰しもが、雷か、と思ったはずだ。しかし、目を背けることは無く、皆一様にその発生源を見つめる。見つめられる。


 一瞬で鳴りを潜めたそれを放った人物……なのか、それは雨で滑る上に、薄く傾いた屋根の上で、バランスを取ることにも苦戦している様子だった。


 あまりにも頼りない。


 だが、誰しもが。


 その人物の正体を看破し――あの人なら、と望みを託せた。


「レイス……!!」


「レイス君……!」


 私は声には出さず、しかし心の中で、「そちらは任せます」と信頼を露わにすると、こちらに迫りくる軍勢の方へのみ意識を向ける。向けることができた。


 こちらはこちらの役割を全うするだけ。そう覚悟を決め、刀の柄に手を置いた。

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