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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第3章 吸血鬼登場編 -こんな日々が続くと思っていた-
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第35話 ヴァ……

 まぁ、アレだ、魔人ってそう簡単には変われない。でも、問題点が見えてきたなら、それに気づけなかった頃よりは幾分かマシだろう。俺が苦手な人間、イコール悪い人間じゃないのかもしれない。


 ――これからは、より気を付けていくことができる。


 そんなことを考えながら、改めて人間達の流れを見る。ダクトは俺たちから離れ、ステージ脇にたむろする友人達と何やらわいわいやっている。「俺ぜってぇ勝つから」とか大言壮語を吐いている。いや、あながち大言壮語でもないのか。奴は本気で実現するつもりなのだろう。


 で、何に勝つの? アドラスか? まさか副局長の戦闘指南って、副局長を皆でボコボコにする催しじゃないだろ。それだったら俺だって参加したいぞ。


 ま、大方試合形式で隊員同士を競わせて、副局長がアドバイスしたりするんだろう。


 それにしても、ダクトはかなりの人気者なのか。チャラチャラしてるのに。囲いから「楽しみにしてるよ!」などと声を掛けられ、充実した表情を浮かべている。そんなダクトが次に向かったのは、輪から少し離れた場所にぽつんと立っている、桃色の髪をした少女のところだ。その子が、一番反応が気になる相手なのかなー。何を言ったのか知らないが、「うっさいバカ!」などと罵倒されている。なにあれ。青春?


 分けて欲しい。


「始まるみたいだね」


 ヒガサの声に、頷いて返す。人だかりからざわつきが急に失われる。それは中心で、この群れの最上位に君臨するアイツが話し始めたからだ。


「では皆さん、時間なので始めましょうか」


 アドラスがそう切り出すと、隊員たちは一斉に動き出す。統率がとれた動き、とは言わないが……きびきびとした速度でステージ両脇に、半数ずつに分かれて整列していく。その場から動かないものも一定数いる。50人くらいか。そういう連中は参加しないのだろう。見る専ってやつだな。


 よくもまぁキッチリと半数に分かれられるもんだなァ。と思ったが、いや、「やべっ」とか言って慌てて反対側に回る奴もいた。あれだろ、同じ側にいる者同士は戦いたくても戦えないんだろ。逆に言えば、戦いたくない相手と同じ側に行きたいってやつもいるのかもしれない。


 特にトーナメント形式に定められているようには見えないが、ちゃんとまんべんなく全員参加できる日程になってるんだろうか。めっちゃ時間管理アバウトそうなイベントだ。


 俺から見て右の入場口から先陣切ってステージ上に足を踏み入れるは、本代ダクト。両手を上げて周囲に手を振っている。


 はぁ、気合入ってますね。こういう何百人もの衆人環視の中、真っ先に行動できる奴ってほんと色んな意味で尊敬するわ。周りから歓声が上がる。多分、この手のイベントではいつも目立ってるんだろうなアイツ。


 向かって左から入場した相手の少年なんてほら、後ろから押されて「や、嫌々参加することになっちゃったよーまいったなー」って雰囲気バリバリ。はやくも負けた時の保険を掛け始めているみたいじゃないか。いや、ダクトみたいな天才に負けても恥じることは無いんじゃねーの。思いっきりぶつかって砕けてきたら? なんて、外野の俺の心中をそいつが推し量ることは絶対にないわけで。


 周りの空気は存外に悪くない。多分、恒例のイベントだし、負けた人を悪しざまに扱うようなことにはならないと、観客の皆も解っているんだろうな。そういう、明るいノリに包まれていた。


 普段、俺の前ではお堅い人といったイメージが強い副局長だが、一応民衆の心情を鑑みているのか、そういった配慮が垣間見られる。両者、構えて……ファイッ! みたいな切迫させる合図もないらしい。


 あ、両者揃った? 準備おっけー? んじゃ、はじめよっか。的なノリ。軽っ。


 アドラスが何か口を開きながら手を上げる。二人はそれを確認すると、向かい合ってペコリと会釈をし合い、はやくもダクトが相手に歩み寄っていく。それも、腕を構えて。


 ――あ、もう始まってるのね。


 相手の少年の方はどうしたらいいのか逡巡する様子は見せたものの、曲がりなりにもトップバッターとしての矜持があるのか後退することは無く、腰を少し屈めて踏ん張ったような姿勢でダクトを待ち受ける。


 頑張れー負けるなー等の声援が飛び交い始めるが、なんか中身がない言葉に聴こえてしまうのは、きっと俺の悪い癖だ。言ってる本人たちは本当に『頑張ってほしい』『負けないでほしい』と思っていて、それでもそれ以上の言葉が出てこないだけなのだ。いや、良く考えてみればそれも当然。勝負事の最中に観客席から小説の朗読クラスの長話なんてされようものなら、集中とかあったもんじゃないから。


「両方とも、素手……」


 カーリーが呟いた。そうだな。


「さらに言えば両者ともに拳構えてるな」


 ダクトは拳以外も使える全身凶器野郎だけど。むしろ俺はあいつの拳を使った攻撃のみまだ見たことないっていうか。


「最初は武器ナシ部門なんだ。後半からは、木の武器シリーズがご登場するよ」


 ヒガサがダクトから目を離さずに言った。木の武器シリーズとは……。木刀の存在は分かるけど。木の槍とか木の盾とか、色々と種類があるんだろうか。


 そういえばヒガサとダクト、たまに一緒にいるよな。結構関わりあるのか。だからこそあいつと俺が仲良くできるか気にかけていたんだろうか。


 ステージ上では、以外にも拮抗した、息もつかせぬ攻防が……というよりあれはダクトが手加減しているのだろう。一瞬で勝負がついてしまっては、アドバイスもしようがない。何、ダクトに一瞬でのされた少年にアドラスはなんて声かけんの。「まずは一発、避けられるようになってから来ましょう」とかいうワケ。俺だったら泣く自信あるぞ。という訳で、あれは必用な手加減だろう。


「――! ……!!」


 珍しくアドラスが大声を上げて指導しているようだ。それもそうか、大声じゃないととてもじゃないが観客の熱気に負けて、声がかき消されてしまうだろうし。


 1分ほどダクトと少年が跳びまわったところで、ストップがかかる。アドラスが何事か話はじめ、観客も静かにふんふんとその言葉に耳を傾ける。そしてそれが終わると両者は握手をして、次の参加者に交代する。


 時間はあっという間に過ぎていくもので、様々な年齢、性別の参加者が入り乱れて実力を競い合った。


 老若男女を問わずと言えども、やはり成人を迎えていないような若者が目立つ。それはそもそもこの戦乱の国において、老人の数があまりにも少ないことに起因するのだろう。


 “絶対平和”を謳う≪清流の国≫辺りなら、老人と呼べる年齢の人間も安心して暮らしていけるんだろうが。でも、そこまで考えると、わざわざこんな危険な国で暮らしてるやつらの方がむしろクレイジーな気がしてきたぞ。でもきっと、皆否応なしにここで生活してるんだろうから、変えようもないのだろうけど。犯した罪から逃げてきた結果とか、複雑な家庭の事情とか、そもそもこの国で生まれてしまって出ていく手段が無いとか。皆いろいろあんだろうな。


 にしても、目を見張るシーンが無くて、ちっとばかし退屈してきたぜ。


 しょっぱなのダクトを見てて思ったけど、相手のことを考えればこそ、実力を出し切らない者も多いのかもしれない。その証拠に、俺が「あいつ強すぎる……空気読めなさすぎる……まるで俺のようだ」と思う相手は特にいなかった。


 奇をてらった様な珍妙な戦法で相手を手玉にとろうとするような輩もいない。というか、そういうヘンテコな戦術は相手を混乱させる以前に、まず自らに牙を剥くものだ。衆人環視の真っただ中、自ら物笑いのタネになりにいくに等しい。


 そういう意味では、生まれ持っての特殊能力に戦闘の比重を置きがちな、ヒガサの言うところの魔法使いは、確かに参加しない方がいいのかもしれない。人間達のパーティーに割り行って魔法を見せびらかすなど、わざわざ嫌われに行くようなものだ。


 ざっざっ、と地面を蹴る音が聞こえたかと思うと、傍らに薄い笑みを貼り付けた茶髪がいた。


「よう、レンドウ。退屈してんな」


「おう?」


 見てわかるものなのか。≪歩く辞書≫は俺を手招きして、早くも後ろを向いてしまう。どうやらついて来いということらしい。何か用があるんだろう。決して好ましいと思える相手ではないが、先ほど決意を新たにしたばかりだ。相手から交流を望まんと言うならば、それに答えるもやぶさかではない。


 はたと何かに気付いたように、≪歩く辞書≫が立ち止まる。後ろを振り返ると、俺の背後に控えていて、今まさに壁から背中を離したヒガサに向けて言葉を発する。


「あー、ヴァ……、」そこで言葉に詰まったように、というか詰まらせたんだ。自分の口をパッと抑えた≪歩く辞書≫。


 ヴァってなんぞや。


「わたし、ヴァじゃなくてヒガサね」静謐(せいひつ)さと、僅かな冷たさを感じさせる声。


 ああ、と≪歩く辞書≫は手をポンと打って、「ヒガサ、お前は付いて来なくていい」と言った。別に突き放すような言い方ではなかった。ただ、事実を告げただけというか。


 額面通りに受け取るのも、無知が過ぎるというものかもしれないが。恐らく「来なくていい」、というよりは「来ないでね」、というニュアンスだ。


 ヒガサはもう少し詳しい理由がないと納得できないようで、


「私が、今日のレンドウ君の監視役なんだけど」と反抗する。


 ≪歩く辞書≫は小さくため息をつくと(おっとお得意のため息による煽りがきましたよーっ!)、


「その職務は少しの間俺が引き継ぐからいい。ご苦労だった。お前は≪黒バニー≫でも見てろ」


 そのカーリーに監視は付けなくていいってことにしたの、あんただって聞いた気がするけどな。というか、≪歩く辞書≫はヒガサより権力があるっぽい雰囲気。そしてヒガサは妙につっかかる。もしかしてこの二人、仲悪い?


 俺のせいか?……俺を巡って争わないで!!


 そんな冗談が聴こえた訳ではなかろうが、二人は言葉の刃を収める。


「……そういうことなら」


 表情は釈然としないものだが、一応ヒガサから折れた形だ。あーうー、もう俺のこと諦めてしまうの姉さん。


 でも、よく考えると≪歩く辞書≫の方は特にヒガサを嫌っているという訳ではないのかもしれない。だって、そもそも誰に対してもこんな感じだろ。となると、感情を露わにしていて珍しいと思えるのは、むしろヒガサお姉さんの方だ。


「よし、行くぞレンドウ」


 ヒガサの様子が気になりつつも、俺は流れのままに≪歩く辞書≫についていく。そうするしかない、というか。


 ヴァリアー本館の裏手まで回るらしい。何、人間界の中等教育の子供たちの間で流行るという所謂“呼び出し”ってやつ? 脅されるか、告白されなきゃいけないんだっけ。


「≪歩く辞書≫、ヒガサになんか恨まれてんのか」


 俺の前を行く≪歩く辞書≫は振り返らずに、「まあ、前にちょっといじり過ぎて」と返した。へぇ、やり過ぎた時に自覚はしてるのか。


 ヴァリアー本館裏は、近くでイベントが行われていることもあり、当然のように無人だった。だからこそこいつはここまで俺を引っ張ってきたんだろうが。


 金網を編んだようなゴミ箱に向かってポケットから取り出した紙屑を放り込むと、≪歩く辞書≫は薄汚れたベンチに腰掛けた。いや、そのベンチ廃棄品なんじゃねーの。座った瞬間崩れ落ちたら笑えるな。


 幸いにもそうはならず、服が汚れるのも構わず口を開く≪歩く辞書≫。


「まず、あれだ、レンドウ」


 そういえばこいつ、いつからか俺のことをちゃんと呼ぶようになったな。前は赤髪なんてテキトーに呼んできてたのに。何か意識の変化でもあるんかね、こんな奴でも。


 だからか、≪歩く辞書≫が最初に持ち掛けてきた話も、呼び方についてだった。


「いちいちコードネームで呼ぶ必要はない。長いだろうしな。アルと呼ぶことを許可する」


 はい? 何を言っているか分からず、日陰に座るそいつの表情を読もうとするが、生憎と無表情。


 だけどな、なんとなく解っちゃうこともあるんだぜ。その無表情も、何かの感情を隠すために張り付けたものなんだろ。お得意の薄ら笑いが消えてるのがその証拠。つまり、「呼ぶことを許可する」は「そう呼んでくれないと機嫌悪くしちゃうんだからね!」ってことっしょ。


 ――どうしてそうなったのか皆目見当もつかないが、もしかしたら俺はこいつに好かれているのかもしれない。


「アル? ……ってのが、お前の本名なのか」


 訊くと、小さく「まぁお前なら問題ないか」と前置きしてから「……アルフレート」とそいつは言った。別に変な名前だとは思わないし、何故名乗ることに抵抗があるのか理解できなかった。でも、ここでは本名を明かすってのは結構重大なことなのかもしれない。


「アルフレート、ね。せっかく教えてもらったけど、それで普段呼んだらマズいんだろ?」


 俺が≪歩く辞書≫を名前で呼ばない理由を探していると、


「いや、アルなら問題ない」


 と言われ、内心冷や汗を垂らす。名前の略称で呼ぶとか、仲良しみたいに思われちゃうだろが。


 まぁそれも人間関係を円滑に進める為と思えば仕方ないのか?


「じゃあ、アル……」


 呼んでみるが、何とも変な気持ちになる。こいつより先に名前を知りたかった相手がいるんだけど、俺の人生どこかで間違えてないか。


「ああ」


 こいつが満足そうだから、まぁいいってことにしてやるか。


 ああ、実際はアルフレートの略称としてのアルだが、周りからは≪歩く辞書≫の頭のアルに聴こえるって寸法か。憎らしいくらいロジカルだなクソ。遅まきながら理解した。


 まず、という前置きの割には、アルが話したかったのは殆どがその呼び名のことだったらしく、対して意味ないだろという世間話をしばらくした後、解散ということになった。解散っつっても、戻る場所は同じなんだけど。


 ヒガサの元に戻ると、アルの方はステージへと向かっていく。ヒガサは俺に近寄って、耳元で喋る。「何の話されたの? カツアゲとかされなかった?」耳がくすぐったいです。


「されてねーよ。うーん、まぁなんだろう」結局、何だったのだろう。名前を教えられた……名前を、


「告白されたのかなァ……」と冗談交じりに呟くと、お姉さんはドン引いていた。あちゃ、冗談も通じないほどにアルのことが嫌いなのか。


「本当におかしい人だったんだ……」とか言ってるし。二人の溝は結構深いらしい。


 それから、俺が喉を潤しているところでステージにいきなりレイスが入場したりしたせいで口内のものを吹き出したり、その相手が半ば無理やり盤上に上がらされたと思わしきイオナだったり、見ていて退屈しない時間を過ごせたと言えるだろう。


 ――思ったことが一つある。やはり、こういう余興というものは自分の知らない奴らがやっていても、全く盛り上がれないのである。


 それはつまり、自分の知り合いが出ていれば楽しめる、ということでもある。こりゃ、もっと友達を増やすしかないな。


 そうすれば、毎日がもっと楽しくなるハズなんだ。

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