化けの皮
◆???◆
「――こんな時間にどこへ行くんだい?」
「ッ!?」
ヴァリアー本館を壁伝いに、こそこそと移動している。そうとしか表現しようがない怪しい人物を、全身真っ黒の装束の、こちらも同等以上の怪しさを誇る人物が呼び止めた。
呼び止められた人物は最初こそ驚き固まりかけたものの、しばらくすると平静を取り戻した。
「……いやぁ~、散歩ですよ散歩。そういうあなたこそ……って」
呼び止められた人物の瞳が見開かれる。安心したように被っていたフードを脱ぐと、その赤毛が露わになった。
「あれっ、ヒガサさんだったんですか! もうっ、びっくりさせないでくださいよ~」
アンナは砕けた口調で以前のように話しかけるが、一方の闇に紛れていた人物――ヒガサは静かな態度を崩さない。
その眼が言っている。――安心するのはまだ早いよ、アンナ。
「こんな時間に散歩なんて、皆さんに心配かけるんじゃない?」
「てへへ。大丈夫ですよ、こっそり抜けだしてきて、こっそり戻りますから」
フゥ。ヒガサはため息をアンナにも聴こえるようについて、わざと相手にプレッシャーを与えようとしているかのようだ。アンナは一歩後ずさった。
「君は国の名前を背負ってここに来ているんでしょう? 見習いだとしても、いや、見習いだからこそ。振る舞いはちゃんとするべきじゃないかな」
反論を許さない正論に、アンナは俯く。「……そう、ですね」
「私も君を見つけた以上、ヴァリアーの隊員として責任が生まれてしまうんだ。君を皆さんの元まで送り届けないと」
その言葉に、アンナは取り乱す。
「いやっ、それは……!!」
ヒガサは黙って次の言葉を待つ。それは、何が来ても、それを打ち壊す準備をしてきている故だ。
「…………ダメです」
「どうして?」
「……………………」
「部屋に戻っても、お仲間さんは誰もいないから?」
「……!?」
雷に打たれたように、アンナは顔を上げて、ヒガサの顔を見つめた。
――なぜ、それを。
頭の中が混乱でいっぱいになる。――もし。もし、このヒガサという女が私の事情に精通しているとすれば、今まで自分が取ってきた行動にどれだけの不備があっただろうか。
「デルから来た技術者たちは皆、体調を崩しているんだよね」
「……どうしてそれを」
どうにかそれだけを絞り出す。完全にこの女にペースを握られている。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。笑えない状況だ。
「10人全員がってことらしいけど。アンナ、どうして君はその“全員”から漏れているのかな?」
「……………………」
「単刀直入に言うけど、君はデルの人間じゃないね?」
「…………」
――全然単刀直入じゃないよアンタ。散々こっちの逃げ道潰しておいてよくもまぁ。
「君は外から入ってきた人間じゃない。元からこの壁の中にいたんだ」
「…………」
何もせず無言でいる訳じゃない。覚悟を決める。
ブーツの安全装置を解除する。目の前の女を倒すための準備を。
「ヴァリアーの中に不穏分子がいることは分かっていたけど、まさか君みたいな子が……」
「――いやぁ、こっちこそ夢にも思いませんでしたよ」
覚悟を決めると、心に余裕が出てきて、私は反撃を始める。
「ヒガサさんがまさか、そんな高い地位の人だったなんて」
初めて会った時から、第一印象から本当は気に食わなかった。余裕ぶりやがって。大人ぶりやがって。今にして思えば、その情報通、ヴァリアーの特権階級のものだったということじゃないか。けっ。
ヒガサは、意外そうな顔をする。先ほどまでの消沈していた少女が、今や爛々と瞳を輝かせているのだから。
「ん、まあね……」
「でも、あなたが貴族だろうと王族だろうと」
――命がかかっている以上、止まれないんですよ。
最期まで言う必要は無い。言葉をそこで切って、私は行動に移る。
袖に仕込んでいた短刀を逆手に持ち、ヒガサに斬りかか、か、か。
――いつの間にか、私は地面に転がされていた。