断章 ◇無形の言葉◇
――遠い昔話でもしようか。もしかしたら、古臭すぎるこれを、君は信じられないかもしれないが。
「いいわ、聴きたい。聴かせて」
オーケーオーケー。そんなにがっつかれると語り手冥利にに尽きるが、どうか落ち着いてくれたまえ。語り部は逃げないからね。
「……いや、結構頻繁に体調不良になるじゃない」
……そんな顔しないでくれ。いや、悪かった。調子に乗ってしまった。認めよう。恐らく、いや確実に。君が私から話を聴きたいという気持ちよりも、私が君に話を聴いてもらいたいという気持ちの方が勝っている。この時間はどちらかというと私のためだ。
……コホン。では、始めるね。
かつて、≪純人≫と呼ばれる人間たちがいた。それは人種とか国籍とか、そういうものとは一線を画した……世界から生まれた者たち。そういうものを純と称しているんだ。私たちは。
「私たちというのは……シン同士の間で、ということ?」
そうだね。私たちがシンなんて呼ばれるようになる前の時代、世界は純人で溢れていた。世界の理が捻じ曲がり始めたのは、それこそ私たちのような紛い物ではなく、本物の神のいたずらだったのか……。
とある星に突如として現れた人物。言わば原始の能力者をきっかけとして、沢山の人間の人生が狂い始めた。彼……便宜上彼と呼ぼう。彼に悪意は無かったが……環境が悪かった。彼の周りにいた人物は、例外なく彼を利用しようと企んだ。
彼の能力は、生物の複製。いわば、クローン体を作ることだった。遺伝子を操りながら、物理法則など軽く無視するその力は、主に奴隷産業に使われることになった。
何世代もかけて確立していくべきテクノロジーをその“超能力”でこじあけて、その世界は技術と共に育っていくべき倫理の発展すら待つことなく、禁忌に手を染め続けた。
「クローンに、奴隷産業……。でも、それじゃあその世界の人たちは、自分と全く同じ顔をした人が奴隷として扱われるのを良しとしたということ?」
――いや、それは無かった。それこそがこの話のもっとも恐ろしい、人間の愚かしさを表した部分なんだけどね。
彼らは自らのクローン体を作ろうとは決してしなかった。それこそが彼らの倫理観にようるものだとしたら、本当に吐き気がこみあげてくる。彼らが不幸にするのは、いつだって関係ない他人だった。
――他の惑星からね、引っ張ってきたんだよ。
自分たちとよく似た外見の、同じ感情を持った宇宙人達を。
「……突然他の星とか言われても荒唐無稽すぎて」
ああ、今となってはロストテクノロジーだけど、昔は金持ちなら案外簡単に他の星に行けたんだよ。
――とにかく、それを実行していた奴らからしてみれば、自分たちの星の人間には危害を加えず、他の星の下等生物の、それもクローン体を相手にする行為。自分たちが悪いことをしていないと思い込むには充分な数の言い訳を手に入れていたんだね。
「そんなのおかしいわ。そのクローン体って、言ってみれば本人と全く同じ存在な訳でしょ?」
本人の細胞から、一から同じ生物と成っていく訳でもなかったんだ。原理なんて説明不可能な魔法の力で、“そのままの姿で”、“元となった人間の記憶を持って”産まれる。
いや、違うな。そこに“出現する”んだ。
――少なくとも、“僕”はそうだった。
「それじゃあ、もっと酷いじゃない! 同じ人間にしていい所業じゃないわ」
そうだね。奴らは……私たちを人間だなんて思っちゃいなかった。
ははは。彼らが奴隷産業を始めた時、自らを正当化するためにこぞって使い始めた言葉は、本当に滑稽だったよ。
彼らは、とっても耳触りのいい言葉を見つけてしまったんだ。
――ペット、飼ってみませんか……?ってね。