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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第1章 吸血鬼登場編 -吸血鬼と出会いの春-
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第17話 外出、道路

「あれ?レンドウそれ……」


 5分ほどしてようやく戻ってきたレイスは、俺が手にしている漆黒の日傘を見て目を丸くした。5分というのは、ヒガサと別れてからという意味だ。つまるところ、レイスは合計して20分以上も俺を野放しにしていたことになる。いや、リバイアはいたけどさ。


「ヒガサさんに会ったんだね。僕が走り回った意味はなんだったの」


 がっくりと項垂れるレイス。


 知らねェよ。勝手にどっか行ったあげく落ち込むとか。むしろ待たされた方の身になれよ。


「策に溺れたな。結果的に、お前どこにもいかねェ方が早く解決してたぞ」


「その、鎖の方は?」


 鎖。レイスが指さしたのは、俺の右手に付けられた腕輪から伸びる鎖だ。それほど重く感じない。

 危険人物である俺に対する人間側の措置の一つらしいが、1メートルほどあるそれの先端の輪っかが、今はベンチの足を挟んで錠で閉ざされている。勿論、さっきまで鎖はどこにも繋がれてなかった。


 ああ、ほんと、いつの間にって感じだった。


「趣味かな」


「いや自分で繋ぐワケねェだろ!」


 腕輪も鎖も、俺にとっては大した重さではないからこそ、気づけなかったのかもしれない。


「さすがに二人きりだと危ないかなと思って、こっそり繋いでおきました」


 ベンチに浅く座っていたリバイアが、ふふんと上体を反らして得意げに言った。腕まで組んじゃって。


「いたっ」反りすぎて後頭部をベンチの背もたれに激突させた。ドジだな。


 レイスはそんなリバイアを仕方ないな、という視線で見やった。


「もう少し信用しても大丈夫だと思うけどね。もう……というか、元々吸血鬼さん方とは敵対して無かったってことが分かった訳だし」


「レイスさんがそう仰るなら、信用できるように頑張ります。あ、レンドウさんも、私に信用されるよう頑張ってください!」


「あ、あァ……」


 どういう論法だよ。というかお前ら吸血鬼舐め過ぎじゃないのか?


 内心で呆れつつ、まぁこいつらはヴァリアー内でも例外中の例外だから……と心を落ち着ける。平常心、平常心。


 平常心、ダイジ。


「……さて、と。レイスさんが戻ってきたので、私行きますね」


 リバイアがベンチから立ち上がる。


「今日も研究所?」


「はい、本当はすぐに行かなきゃいけなかったんですけど……」何か続けたい気持ちがあったように見えたが、彼女はそこで言葉を切った。「いえ、ではとにかくこれで!」


 リバイアは早足で去っていく。


 その背に、「悪いことしたな……」とレイスが呟いた。気になるじゃねェか。


「何がだ?」


 レイスはどこまで言っていいものか、と少し悩んだようだったが、結局話すことにしたようだ。


 そうだそうだ、信用云々言った手前、俺に対して隠し事せず話すべきだぞ。


「リバイアちゃんの身体を研究する時間が決められてるんだよ。それに遅れて行ったら、単純に研究員からの印象はよくないでしょ?」


 遅れていくと、針をわざといつもより痛く刺されたりするとか、そういう類の話か。いや、針刺すのか知らんけど。


「そりゃ、遅れないに越したことはないよな。そういえば、その実験台になるやつ、俺にもあるんだよな」


 言うと、レイスはムッとした様子で「実験台って言い方は良くないよ」と言った。


 堅苦しい奴だな。


「――あるだろうね。それがヴァリアーにいられる条件だし」


「そう、か」その時間のことを考えると、憂鬱だな。


「まあまあ、暗いことは考えないで、ほら、楽しいショッピングに行こうよ!」


 だからそれ楽しみにしてるのはお前だろが!


 レイスは屈むと、コートの首元のファスナーを少し下げて、胸元から、首から吊るされている四角いカードのようなもの――恐らく隊員証――を取り出した。それをベンチの足に回されている輪っかの錠に軽くあてたのか。


 ガシャッ。俺はどうやらベンチという重荷から解放されたらしい。


「ど、どうやったんだ」


 鍵は凸凹した棒を差し込んで回して開けるもの、という固定概念があったんだが、こんなのまるで魔法じゃねェか。


「秘密」慌てた様子の俺を楽しむように、レイスは薄く笑った。


「何の機能なんだ」


 電気か。電気を利用したやつなのか。


「ひーみーつ」


 く、くやしい。


 ――レイスに先導されて、俺は渋々人間の街を回ることになってしまった。


 ……実は、言うほど嫌でもなかったりする。人間に全く興味が無いわけではないからだ。異国の地で好奇心を捨てられるほど悟りを開いていないというか。とは言っても、ヴァリアーの敷地内を見て回った程度で、人間を理解した気になるのは危険だとも思うけどな。


 ヴァリアー基地を囲む高い塀。その唯一の出入り口である門をくぐると、見慣れない景色が視界一面に飛び込んできた。当たり前なんだけども。日傘のお蔭で痛くない程度には目も頭も落ち着いているし、あんまり空を見ようとしなければ大丈夫かな。


 ……この門を越えたくて、脱獄、頑張ったんだよな。無理だったけど。


 あと別に、人間の街を見て回りたいとかは思ってなかったし。


 門番である隊員は、俺たちに声をかけることはなかったが、目に見えて狼狽していた。「うわ、吸血鬼だ! 更にうわ! レイスだ!」って感じに見えた。


 そそくさと頭を下げるその様子。恐れられているのは俺だけではないらしいな。


 レイスは隊員たちの反応を気にした風でもなく、得意げに先導する。


「商店街までしばらく歩くよ!」


「遠いのか?」


 と俺が問うと、レイスは苦笑しながら「少し」と返した。何時間くらい付き合わせるつもりなんだ、こいつ。


「まぁ、住宅街を歩くだけになるけど、色々話しながらならすぐだよ」


「色々ってなんだ、色々って」


「うーん……たとえば、何か訊きたいことないの?」


 歩きながら、後ろをチラリと振り返ってみる。門は既に20メートルほど後ろで、既に“住宅街”とやらに足を踏み入れていることになるのだろう、ヴァリアーの壁、その本当にすぐ周りは閑散としているものの、整備された道を一つ隔てたここからは、既に石造りの街並みが広がっていた。


「なんでこんなヴァリアーのすぐ近くに人間たちは住んでんだ?」


 レイスはさっそく質問されたことが嬉しいようだ。俺が喋り出した途端にっこり笑ったが、質問の内容には首をかしげた。


「それは、安全だからでしょ」いかにも当たり前、というような調子で返してくる。


「ヴァリアーは戦いまくる組織じゃないのか。周辺で争いが絶えないんじゃ……」


「や、それはまるっきり逆だよ? ヴァリアーの敷地内にわざわざ敵を引っ張ってきて戦う訳じゃないし、普通は」普通、という言葉の語調が強かった。次に何を言うかは大体予想できた。「脱獄騒ぎなんか起きないし」


 はいはい、俺が悪うござんしたね。


 なに、俺が罪悪感に押しつぶされるかどうかでも計ってんのか? ふん、スルーしてくれるわ。


「そもそも、ここらへんに住んでる人たちはヴァリアーのお蔭で安全だと思ってるからさ、望んでここに住んでるんだよ」


「ほぉ。ここに住んでる奴らは非戦闘員なのか?」


「非戦闘員とか以前に、ヴァリアーの隊員じゃないよ」


 ん?


 どういうことだ? 目で続きを促す。


「ヴァリアーの隊員とその関係者は基地の中に住める権利を有しているし、基本的に皆そこに住むよ」


「じゃあ、なんだ。ここらに住んでいる人間は……ヴァリアーのお零れにあずかって安全を手に入れたい奴らってことか」


 レイスは俺の粗雑な言葉遣いを訂正するのを諦めはじめたらしく、


「……言い方は悪いけどそういうことになるかな。無統治王国(むとうちおうこく)が恐ろしい政治体制なのにも関わらず、なんとか平和を保っていられるのは、ヴァリアーを初めとするギルドのお蔭だしね。そうしたギルドの殆どがヴァリアーを手本に運営してるし、ここに所属できるってのはかなり名誉なことだと思うよ」


 恐ろしい政治体制って。()()()()()の間違いだろ。


 野生の世界よりずっと、人間の本質は汚い。


 そういえば、ギルドってなんだ? と思ったが、まぁ後でいいか。


 皆目見当もつかないってほどじゃない。ギルド。組織……とかそんなかんじだろ?


 聞いたことあるぜ、傭兵ギルドとか、冒険者ギルドとか、盗賊ギルドとかな。


 ヴァリアーは傭兵ギルドみたいなものか。


 それとも……金で雇われずとも魔物と戦い、人助けを行うのなら、もはや傭兵ではないのか。


 ボランティアギルドと言うべきか? いや、なんかダサすぎないか。


「ヴァリアーの前だけ、いやに整備された道だったな」


 道を区切るように引かれた白い線が印象的だった。それも、一本の太線を縦に対岸まで渡らせるのではなく、何本もの横線を等間隔に並べ、白と黒のコントラストを楽しむかのようなキテレツなデザインだった。


 その様子に俺は“未来”っぽいな、という印象を持ったんだが、幸いと言うべきかその後すぐに俺の常識で対応可能な道へとすぐに切り替わった。踏んだら怪我をするようなもの、馬車を引くのに邪魔なものを最低限どかして、砂を撒いて平らに寝せた、よくある道だ。


 靴の裏がすぐにジャシジャシしてきた。水たまりで洗いたくなるな。幸い、近日の大雨の影響で水たまりは探せばすぐに見つかる。


「ああ、あの道は道路って言ってね、外国の様式を取り入れたがった人がうちにいたんだよ」


「ドーロ、ねェ。外国ってどこだ?」


 訊いたはいいが、多分答えられても俺は絶対分からないと思う。


「デルっていう……工業が発達した国だよ。そこで開発された、馬がいなくても何人も乗せて移動できる≪自動車≫っていう乗り物があるんだ」


 全く分からない。ドーロ、デル、ジドウシャ。知らない単語を並べられるとごっちゃになってくるぜ。それでも一応、こっちから尋ねた手前、覚える努力はしないといけないよな。


「馬がいなくても人を乗せて動く、か。やっぱ電気とか使ってんのか」


 俺の頭の中に、蜘蛛のように多くの脚を持つ平べったく巨大な機械生物が這い進み、その背中に背負われた掘っ建て小屋のイメージが浮かんだ。中では人間が荷物を床に置いてくつろいでいる。ひでェイメージだな。


 間違ってるに違いないからレイスには伝えずにおこう。というか自分のイメージに突っ込むのもどうかと思うのだが、どうやって進行方向とか決めるんだよ。馬だったら馬とコミュニケーションをとればいいだけだが、機械には命令できないだろ。


「自信ないけど、多分そうなんじゃないかな」


 なんだよ。俺よりは詳しいみたいだが、結局こいつもいまいち電気については知らないんじゃないのか。


「んじゃアあのドーロってやつはジドウシャの規格にあった道ってことか」


「そうなるね。自動車の足がかなり弱くて、綺麗に整った道路じゃないとすぐに壊れちゃうんだって」


 雑魚かよ。


 俺の頭の中で大蜘蛛の脚が全て潰れて、小屋の中の人間が慌てふためいている。どうしたらいいんだこれーとか言ってる。


「馬なら荒れた道も行けるのにな」


 中々全て上手くはいかないってことか。馬より沢山の人が乗れるんだか知らんが、それを動かせる範囲であるドーロをまず整備しなきゃいけないんじゃ、手間に見合うのか疑問だな。


「ドーロの上にあった白い線は?」


「それは僕も分からないや。確かデルの道路にはもっといろんな記号とか文字が書いてあって、皆でその道路に書いてあるルールを読みながら互いにぶつからないように移動するんだとか」


「その国じゃ、ジドウシャってやつを皆持ってるのかよ」


「いや、ある程度お金持ってる人だけだったかな」


 なるほどな。いや、いまいち分かってないかもしれない。


 まぁ、他の国のことよりもまずはこの国の文化を覚えることが先決なんだろうけどな……得てして吸血鬼という生き物は、テスト前日になると全然違うことを考えたりしたくなる生き物なのだ。この国に慣れなきゃいけない慣れなきゃいけないって思い続け思わされ続けていると、なぜか他の国の事情を覚えたくなったりしてしまうもんなんだ。特に、その勉強している内容が将来役に立つと思えないものなら、尚更だ。あと部屋の掃除もしたくなるぞ。


「そうだ、レンドウって自分の住んでた地域の場所も詳しく知らないんでしょ?」


「ああ」


 成人するまでは大人の付き添いなしで里を出ないことがルールだった。


 誰も俺たちに外出許可を不用意に与えなかったし、俺自身、自分の好奇心が爆発するのを恐れて、望んで絶ってきたんだ……外界の情報を。


 手に入れた情報の殆どが、大人たちの検閲を通過した、人間の書いた書物によるものだった。


 漫画だとか小説だとか、そういった芸術文化は大変好みだが、それだって大人が選んで与えてきたものだから、恐らく情報規制に近いものはあっただろう。


 その証拠に、現実をそっくりそのまま舞台にしたような作品は読んだ覚えがない。だから、俺は世界地図を見たことが無い。要するに異世界モノばかり読んできた吸血鬼ということだ。


「じゃあ後で、地図を描いてあげるよ」


 そのレイスの申し出にどう返すか、俺は少し迷った。いや、少しどころではなかったかもしれない。


 正直、自分がマジメちゃんだとか不良だとか、そんなことを自問したことはなかった。


 俺は、俺自身が成人する前に外の知識に触れることに……ためらいを感じているのか?


 ……いや、例えそうだとしても、この環境に身を置いている以上、もはや吸血鬼の里のルールに縛られて……自らを縛り続けて生きることは困難だろう。


 なら、少しくらい楽しむくらいでいいのかもしれない。知りたいことを貪欲に掻っ食らって、人間社会に対応してやろうじゃないか。


「ああ、頼む」


「うん、任せて」


 なんだか、吹っ切れたような気がするぜ。


「なあ、レイス」


「何?」


「本屋に行ってみることは可能か?」


 え、とレイスはぽかんと口を開けた。


「な、なんだよ」


 ぶんぶんと首を振ると、レイスはごまかすように言った。


「なんでもない!オッケー、行こう行こう!」妙に嬉しそうだった。


 まぁ、もう分かってきてはいるんだ。こいつが悪い奴じゃないってことは。


 大方、俺が人間の文化に興味を示したように見えて、嬉しいんだろう。人間じゃないくせに人間サイドに立っちゃって。


 言ってないから知らなくていいんだけど、前から人間の文化に全く触れたことがないわけじゃないんだっつの。


 ――だからって、別に人間を認めたワケじゃないんだからな。


レンドウからツンデレの気配が。ファンタジー世界で生まれ、人間が書いたファンタジー系ライトノベルを読み漁って育った主人公って、珍しいでしょうか。……どういう気持ちで設定したんだい、高校生の時の私よ。


ちなみに私は中学時代からラノベの虫でした。十文字青先生の「薔薇のマリア」が人生で一番好きな作品で、私が薔薇マリを読み始めた当時は10巻が発売した辺りだったと記憶しています。年齢がバレそうですね。

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