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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第11章 斜陽編 -暗闇も絶望も照らし焦がせ恒星-
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第178話 漆黒の人物を


 黒く塗りつぶされた人物が、振り抜いた刀を引き戻す。


 高速の一撃に畏怖を覚えていた俺は、反応が遅れてしまった。


 ――抜刀術は、鞘から引き抜いた際の摩擦を利用し、高温の刃で万物を斬り裂く。


 だけじゃないな。間違いなくアニマである眼前の人物は、種族の特性までを抜刀術に落とし込んだ戦術を組み立ててきている。


 あの刀……いや、鞘はもしかすると……。


 漆黒の人物が二度目の抜刀術を披露する。再度俺の胴を薙ぐように繰り出されるその一撃は、急所を狙うことよりも、“当てること”に拘った攻撃だ。


 頭や足を狙うことはダメージや移動阻害としては優秀だが、避けられる可能性も上がる。


 当たれば間違いなく超級のダメージを与えることができる灼熱の刃を、最も回避が難しい身体の中心に向けて放つ。それがこいつの拘りか。


 長剣と化したレンディアナで防げるか……いや、短剣本来が中にある部分でなら可能かもしれないが、緋翼によって伸びた部分では防ぎきれないかもしれない。


 そして、もし防ぎきれなかった場合、待っているのは確実な死だ。試す価値はない。


 俺は全力で後ろに跳んだ。そして、着地と同時に再び前に踏み出す!


 漆黒の人物の抜刀術が俺の腹を掠め、皮膚が焼け焦げる音と、酷い匂いがする。


 あの刀か、それか鞘の内側には特殊な加工が施されているのだろう。


 抜刀術を使う際に鞘走らせた刀身が、火を起こしやすくなるように造られている。


 それによって刀身の温度が更に高まるだけではない。身の丈ほどもある炎が踊り、四方に散る。


 違う、その炎は俺に向けて飛び掛かってくるはずだったのだろう。咄嗟に俺がそれを睨みつけながら「拡散しろ」と念じていなければ。


 とにかく、抜刀術による一撃も、それに付随して起こった炎も凌ぐことができた。なら、大事なのはここからだ。


 勢いよく距離を詰め、レンディアナを振りかぶる。


 抜刀術の欠点は、その一撃に重きを置き過ぎているが故に、それを凌がれた後がキツいってところだろ……!


 思い切り振り切られた状態の刀を見るに、それは随分と長い。質はいいだろうが、俺に掛かれば折れない強度だとも思えない。


 薄く造られた刀ってのは、斬れ味こそ鋭いものの、剣に比べれば横からの衝撃にはずっと弱いはずだ。


 お前はその刀で防御することはできない……!


 そう確信しつつ振り下ろしたレンディアナ……それを防いだのは、左手に持っていた鞘か!?


「――ザラァァッ!!」


 両手でレンディアナを持ち直し、力で押し切ろうとする。左手一本で俺の押し込みには耐えきれまい。


 相手は右手の刀で俺を攻撃しようとはしなかった。大して勢いのついていない状態でそれをすれば、俺の膝によって刀を砕かれてしまうかもしれない、と。そう考えたのか。そうだな、俺もそうしてやるつもりだったさ。


 漆黒の人物は身体を時計回りに回転させるようにして、俺の質量をいなそうとした。


 そうはさせるかと即座に相手の顔にレンディアナを突き立てようとするが、相手の方が速かった。


 鍔迫り合い(こちらの剣と相手の鞘がぶつかっている状態をそう呼べるのかは謎だが)になっていた鞘の末端で、俺の側頭部を殴ったんだ。


 その動きに気づけた俺は、頭の位置をできるだけ固定し、相手から目を離さないことに尽力した。


 だが、俺を殴った状態の鞘に向けて、後ろに下げた右手を差し入れ……奴の刀が、再び鞘に完全に収納されてしまった。


 ――まずい。隙を見せれば、再び必殺の一撃が放たれる。


 このままこいつに行動させる訳にはいかない。その一心で、左手を突き出して緋翼を吹き付ける。願わくば、相手の身体を包むそれが俺より低位の緋翼であってくれ。


 認識阻害の魔法であれば、この方法では解除できないだろう。


 相手が俺をレンドウだと知っているなら、緋翼で自分の身を包む意味は無い。だからこそ、苦肉の策。効くかどうかも分からない、賭けのようなものであったが……。


 相手が俺をレンドウだと知らなければ。


 漆黒の人物の漆黒が剥がれ落ち、その緋翼は俺へと吸収されていく。その途端、流れ込んできた一種の情報のようなものが、俺に既視感を抱かせた。


 今更ながら気付いたが、その人物は全身が緋翼に覆われていた訳では無く、顔だけは例の黒い仮面で覆っていたらしい。


 黒騎士だ。黒騎士の誰もがロウラのように、戦闘前に名を名乗る訳ではないらしい。


 だが……たった今取り込んだ緋翼から感じた懐かしさと、その後ろで括られた、灰色の長髪を見れば。


 俺は、その人物が誰なのか……分かってしまった。


 すらりとした長身を覆う肌着のみを着用しているその姿は、正直目のやり場に困る。動きやすさを重視した紺色のパンツスタイルでも、多くの男性は好感を抱いてしまうだろう。


 温和ながらも強い意志を秘めた目を持つ――今は仮面によって隠れているが――里でも大人気だった美女じゃないか。確か、年齢はゲイルの一つ上くらいだったはずだ。


「……セリカ」


挿絵(By みてみん)


 あんたも黒仮面の一員になっていたなんてな。


 いや別に、コミュ障を極めていた()()()とは当然、それほど面識がある人物ではないけれど。きっと、()()()とは関りがあったはずの人物。


 俺がどんな感情を抱いていようが、戦闘中の相手に「待った」が効かないことくらい、勿論分かっていた。


 俺は明確な隙を見せてしまっていた。セリカは自身の姿が露わにされたことに驚いた様子もなく、流れるような動作で腰を捻るように、鞘を左腰に沿わせた。


 まさか、全身を覆っていた緋翼を俺に奪われることまで想定していたのか?


 俺が露わになったあんたの姿を見て、少なからず躊躇いを覚えるだろうと。


 そこまで織り込み済みだというなら、あんたはとんだ悪女だぜ。


 回避は間に合わない。そう直感した俺は、後退はせずに、左手を後ろに引いた。


 そして、全身を緋翼で包む。


 さっきまでのあんたと同じような出で立ちになっただろ。


 ――さぁ、霞を斬る感覚を味わいやがれ!


 と、心中で荒々しく叫んだものの、全身に汗が噴き出していたのが現実だ。


 俺にもできるはずだ。そう祈りながら挑戦した“先行する治癒”の上を、セリカの抜刀術が駆け抜けた。


 痛みはない。体内に硬いものが潜り、通り抜けていったような不思議な感覚だ。今までの人生で一度も味わったことのない感覚ゆえに、気持ち悪く感じる。だが、ゲイルはこれを多用していた。死ぬことはないだろう。


 刃が体内に留まり続け、“先行する治癒”が解除されてしまえば、想像するのも嫌なくらい強烈な痛みを受けることは間違いない。


 だがセリカの抜刀術に限れば……全力の斬撃が通り過ぎていくだけに過ぎない。むしろ、この技が最も効果的となる相手だと言ってもいい。


「――同族殺しには……向いてねェ技だったなァ!!」


 厳密には、この叫びの内容は相応しくないか。“先行する治癒”を使うことができる極一部のアニマや吸血鬼だけもんな、抜刀術の相性が悪いのは。でも、かっこつけて叫んだ手前、今更引っ込みはつかないので訂正をしようとは思わない。


 叫びながら、後ろに下げていた左手を振り上げていた。全霊を込めて伸ばし、硬質化させたレンディアナが。


 ――振り終わりの刀を捕らえ、根元からブチ折った。


 そのまま右手を鞘に伸ばし、奪おうと試みるが……セリカは既に後退していた。刀が砕かれるという確信を、かなり早いタイミングで抱いていたようだ。


 後ろ向きに跳躍を繰り返し……逃げるつもりか!


「腕を上げたわね……」


 ――それが本日耳にした、最初で最後の彼女からの言葉となった。


「……別に褒められてもな」


 あの速度で距離を取られては、この程度の音量では恐らく届いていないだろう。だけど、それでいい。


 実は褒められて素直に喜んでしまった部分もある俺の声を、セリカお姉さんに聴かれなくて良かった。


 そんなことよりも、親父だ。背後を振り返れば、無人となった断崖が広がっている。


 何者か……恐らくはクラウディオが身を守る時に黒翼を展開したのと同じ様な感じで、緋翼の塊を纏いながら体当たりを仕掛けてきたアニマ。その一撃によって、親父は崖下まで落とされたのか。


 あの親父に限って、落下程度で命を落とすとは思っていない。必ず対処したはずだ。だが、未だに戻ってくる様子が無いということは、今も崖下で戦闘を続けている可能性が高い。


 俺も後を追うべく、崖に向けて走りながら滑空用の翼を生成…………した時だった。


 月明かりを遮るように、何かが上空に舞っていた。


 瞬間、警戒し、生成したばかりの翼をいつでも防御に回せるように心構えをしつつ、俺はそちらを睨んだ。


「……………………ッ!?」


 ――そして、絶句した。


 心臓が早鐘を打っている。


 月の光を受け、そこに浮かび上がったシルエットは。


 ……人ではなく、ドラゴンとしか思えない形だったから。


「……………………ルノー、ド…………?」



基本的にレンドウ君はお姉さん属性に弱いんですよね。

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