第174話 二度目の船旅
出発して早々にフーゴ、そしてロウラ達に攻撃を仕掛けられたものの、その後の旅路は順調だった。
恐らく残りのアニマは、俺達がイェス大陸に渡った後に仕掛けてくるつもりなんだろう。
思い込みによって海が苦手なままのアニマが殆どだろうし、向こう側にしてみれば、ただでさえ人間と敵対している現状、シャパソ島に渡ってくること自体がそもそも効率が悪いんだ。
そう考えれば、向こうで陣を張って待つのは理に適っていると言える。
俺達はナイドを影山邸に預けると、エスビィポートから船に乗った。
預けるとは言っても、再びあの試練のような山登りに挑戦したワケじゃない。ナイドに命令して、影山邸まで走らせただけだ。よく訓練されたナイドたちは、それで確実に戻ってくれるらしい。
実際にナイドを訓練していたというジェットがそう言うのだから、信用していいだろう。
ルノードによる“シルクレイズの変”の影響が色濃く残っているエスビィポートは、以前とは大きく姿を変えていた。
街の周囲一体に避難民が押しかけており、大量の難民キャンプが張られていたんだ。そのせいで、前よりも街の規模が倍近くに広がったようにすら思えた。
その殆どは消滅させられた首都、シルクレイズに帰れなくなった者たちだろう。
物乞いの数も多い。戦争によって荒廃していく世界を見せつけられるようで、気分が悪くなる。
……これを引き起こしたのが、俺の創造主なんだ。
アニマに寄り過ぎるでもなく、人間を贔屓するでもなく、できるだけ中立的な視点でものを見ようとしてみても……やはり、ルノードの行いは考え無しだったと思う。
それとも、考えた結果がこれなのか?
そうだとすれば、やっぱり俺とは価値観が違う。
これだけ沢山の人間を不幸にする選択を取れるヤツは、もう人間じゃない。たとえ1000年前はただの人間、それも無理やりこの世界に引っ張って来られた、かわいそうな被害者だったとしてもだ。
そんな、大いに混乱しているエスビィポートに魔人が多く混じったパーティで訪れた訳だが、存外に手早く乗船することが出来た。
ダクトとツギヒトの繋がりがあることが大きかったな。持つべきものは、船乗りの知り合いか。
船の欄干に両肘をついて、夜の海を見下ろす。水平線の向こうに消えていく、シャパソ島の姿が寂しい。
もう遥か昔のことに思える、ヴァリアーからシャパソ島に向かっていた道中では……激しい吐き気に襲われていたっけな。
この半年間の間に何度となく魔王城裏手の港で行った訓練によって、今では海への苦手意識はほぼ克服できている。
ほんとにスパルタだったなァ、ダクトによる特訓の日々は……。
元々俺らアニマが抱えている弱点の殆どが“自らを吸血鬼だと思い込んでいるせいで生まれたもの”であるらしく、意識を切り替えていけば後から順応できるものが多い。
逆に、今も俺の隣でゲーゲー言っている人物の方は、戦いにおいては俺より遥かに頼りになるものの、元来の種族の特性を覆してのけることは難しいようだった。
金髪を無造作に後ろにかき上げた、吸血鬼の青年。クラウディオだ。
「大丈夫か?」
「ああ。……それはあまり、意味の無い質問だな。苦しくても、大丈夫だと答えるしかないだろう」
「そうかもな、ワリィ」
「いいさ。どうせ、陸に上がるまでの辛抱だ」
同じくマリアンネも、半年前の船旅では体調を崩していた。
彼や彼女をはじめとした吸血鬼は、伝承の通り流水や太陽の類を本当に苦手としている。それも、長時間そこに身を晒せば、時には生命の危機に陥るほどに。
人間からすれば恐怖の象徴であったり、時には憧れの対象ともなり得る強種族ではあるが、中々大きなデメリットも背負わされている。
「なァ、クラウディオ」
「…………?」
「あ、無理して毎回返事しなくていいからな。勝手に喋るから聴いててくればいい」
そんな彼らを見ていると、ふと思うことがあるんだ。
劫火という創造主が明かされ、人間界との全面戦争を始めたアニマ。今まさに世界の脅威となっているそれではあるが、ある意味では“どこから来て、何をするのか”が明確な、分かり易い連中ではあるんだよな。
そうなると、逆に。
「ルノードがアニマを生み出す時に参考にしたっていう……それ以前からこの世界に存在していたっていう、“鎮めの黒”。お前たち吸血鬼っていう種族は……一体どこから来たんだろうな。どうやって生まれたんだろう」
「……………………」
「龍が作り出した眷属である、アニマや氷竜と同系統の力。“創造する力”を持っている吸血鬼って種族は。……やっぱり、どこかの龍が生み出した存在なのか……?」
「俺達が、何かを隠しているとでも言いたいのか?」
顔色の悪いクラウディオが、横目でこちらを見て言う。別に怒らせたい訳じゃない俺は、ゆっくりと首を振った。
「いや、違うって。吸血鬼にシンがいないことは知ってるし、疑ってない。誰も護ってくれなかったから、お前らはあんなに苦しい生活を強いられているんだもんな。そうじゃなくてさ」
もう吐くものも無くなったのか? いや、元々船旅に備えて固形物をあまり摂取しないようにしていたというのはあるかもしれないが。
右腕を欄干にべったりとつけながら、気怠そうに身体をこちらに向けたクラウディオ。
「もし、この世界のどこかにお前たち吸血鬼をデザインした存在が今もいるってんなら。そいつの存在を明かして、話をしてみたいって……思わねェか?」
彼は咳をして「あー……」と呻いた後、星空を見上げた。
「……思うに決まっているだろう。なぜ他の種族には当たり前のように与えられる龍の庇護を、我々は受け取ることが出来ないのか。そう嘆いたことの無い吸血鬼なんて、いるものかよ」
そう言った彼は、自らを生み出した龍のことを憎たらしく思っているように見受けられた。そりゃ、言ってやりたいことの一つや二つ、あるだろうな。
「だったらよ。この戦いが終わって落ち着いたら。……その存在を探す旅にでも出てみねェか?」
ルヴェリスと話したんだ。各地の伝承を辿れば、吸血鬼の祖に関する手がかりが見つかる可能性が高いと。
そして、その吸血鬼の祖である存在は、ルヴェリスたちが龍になる以前から龍であっただろうことを考えれば……。
この世界の生き物を選定し、龍の位を授ける上位存在か、そうでなくともそれに近しい者である可能性が高いと。ルヴェリスはそう考えていた。
「俺と、お前でか?」
「イヤなのか? まァ、他にも何人も誘うつもりだけどさ。世界の秘密に迫ろうって旅だ。ロマンあるだろ?」
「はっ……別に嫌じゃないが。……お前、そうやって守れるかも分からない約束を、行く先々でしてるのか?」
「うっ」
守れるかも分からない、というのは勿論、現在進行形で起こっているこの戦争の途中で、俺が命を落とす可能性も十分にあるからという意味だろう。
そんなに沢山約束してきたっけか。……してきたような気もするな。
「この戦いが終わったら……って言葉を使うやつは、その戦いで死ぬ……って、よく言うんだろ」
クラウディオの言葉は人づてに聴いた、借りてきた言葉にも思える。あまり自分ではそういった物語に親しみが無いのかもしれない。
「分かってるよ。そういうのは死亡フラグって言うんだぜ」
逆に俺は詳しいからな。いつか自分で小説を書いてみたいとすら思っているくらいだ。まんがは……絵がからっきしだから難しいだろうけど。
「――じゃあ、忘れんなよ。この戦いが終わって、お互いに生きてたら。吸血鬼の創造主を探す旅に出よう。……ま、例えとんとん拍子にルノードに勝てたとしても、後のゴタゴタが収束するまでは長そうだけどな」
「劫火が倒れただけで終わりではないからな。アニマが存続できるよう、各国に話を付けなければならない。全てを含めれば、今年以内に終わるか怪しいところだと思うが」
「うへぇ、まだ今年は始まったばっかじゃねェかよ」
そうして、夜は明けていく。
水平線から徐々に、半年前まで足をつけていた大陸が姿を現す。
ロストアンゼルス港に着き、そこからアニマの里を目指して街を出れば……確実にアニマによる襲撃が待ち受けているだろう。
つかの間の休息は終わり。
――明日は再び、戦いになる。
【第10章】 了