第173話 ビル……
焚火の隣に腰を下ろしていた俺に向けて、四肢を拘束されたままズリズリと這い寄って来る奇抜な髪の少女。
「あはー、こうして見ると目つきは悪いけど、ケッコーかっこいいカモ?」
怖すぎて、思わず立ち上がってしまったな。
「な、なんなんだお前。ビル……ギアスだっけ?」
動揺から、絶対に違う気がする名前を零してしまった。後ろに腰を引いた状態で、芋虫みたいになってる少女を見下ろす。
少女は大きな目を半目にして、しらっとした表情になった。
「イヤそんな場に出た時に相手モンスターのパワーを下げそうな名前じゃナイから。アタシはビルギッタ!」
白けたかと思いきや、またすぐさま明るくうるさい調子を取り戻したビルギッタと俺の間に、カーリーが割り込んだ。
「ちょっとあなた……そんなに近づかなくても話はできるでしょう」
「はれー? そういうアナタは誰ですかー?」
「私は……カーリー。ただのカーリーよ」
「ただのカーリーさんですかー。へっへっへ、アタシは由緒正しき家柄のビルギッタ・バーリです」
凄い勢いで自分の名前を何度も言うやつだな。どんだけ覚えて欲しいんだ。
「もしかして、レン兄の彼女さんですかー?」
「だったら……」
「あーん、見る目ないなぁー。アタシと付き合った方が指導者の座は近づくのにな~」
「……………………」
俺の位置からはカーリーの表情は見えないが、久しぶりに強烈な目力を披露しているだろうことは想像に難くない。再び目力コンテストを開催する時が来てしまったか。
たとえ怒ったとしても、さすがに満足に身動きの取れない状態の少女に手を出すことはないと思うが……険悪な雰囲気になっていくのを、わざわざ放っておく理由もない。
「おいフーゴ、何なんだよこのマセガキは! 俺の知り合いなのか!? 全く覚えてないんだが!」
「記憶を失った後のおめぇとは、交流は無かったと思うな。そいつが勝手におめぇを慕い続けてるだけっぽいか」
「古よりストーカー気質のガキってことか……」
またとんでもないヤツが現れたもんだな。リバイアに付きまとわれているレイスもこんな気分なんだろうか。
「アタシはいつかレン兄がアタシのことを思い出して、そっちから会いに来てくれると信じてたんだけどなー! アタシから接触しようとすると、お母さんも族長も嫌がるし!」
カーリーの身体の向こう側でペチャクチャ喋っているビルギッタだが、直接やり取りをしたいとはあまり思えず、俺は焚火の向かい側に腰を下ろしたフーゴの方を向き続けることにした。
「フーゴ、こいつはなにか? 随分と複雑な家庭環境の子らしいな?」
奇抜な髪色を見ていると、なんとなく察せられるものがある気はする。
毛先が黒で、根元が金色ってことは……。
「まぁな。ビルギッタはアニマと吸血鬼のハーフなんだ。地毛は金髪なんだが、時々黒に染め直してるからそんな感じになってる訳だ」
「ハーフ……」
前魔王ルヴェリスが言っていたな。アニマという種族は吸血鬼の情報を元に造られた種族であり、それ故に子をなすことができると。
それにしても、随分と金髪の部分が多いみたいだが。というか、殆ど毛先だけじゃねェか、黒いの。
「黒に染めるまでのスパン、長すぎじゃね?」
「今の里にゃあ、染料だって無限にある訳じゃねぇからな。分かってるだろ、その辺は」
フーゴの言葉に頷いて返す。そうだな、里にはいつもモノが不足していた。
「それに、長の意向で、なるたけビルギッタをはじめとしたハーフは表に出さないようにしていたからな」
「そりゃまた何で?」
「アニマの里は人間とも交流があった訳だからな。そこに金髪のやつもいることが人間に知られると、そこの、エルフの里ってことになってるトコに迷惑が掛かりかねないだろ。関係性を疑われちまう」
「ん? つまり、吸血鬼たちを心配してってことか」
「そういうことだ。長なりに、劫火様の庇護下に入る時に見捨てる形になっちまった吸血鬼に対して、できる限り配慮してやりたい気持ちがあるんだろう」
なるほど、ジジイが吸血鬼の里に配慮した結果、ハーフたちが割りを食ったと……。
いや、だけど、待てよ?
「――だったら、ハナからその髪色でも違和感が無い方に残った方が良かったんじゃねェか? 吸血鬼の里で……エルフとして暮らしてりゃ、もっと自由に伸び伸びと……」
しかし、フーゴはあきれ顔になった。
また俺なんかガキっぽいこと言っちゃいました?
「おめぇなぁ、ガキが自分の意思で居場所を選ばせてもらえる訳ねぇだろ。同盟が崩れ、アニマと吸血鬼が分かたれた時。基本的にハーフの子供たちの親権は、より家柄の良い方に持ってかれたんだよ。まぁ勿論、例外もあるが」
「ふーん……」
つまり、吸血鬼の里にもアニマとのハーフが何人かいたのか。全く気付かなかったけどな。
「要するに、髪の色はこんなんですケド、アタシは生粋のアニマ側でー、そしてレン兄の協力者にもなり得るってこと!」
何とか横を素通りして俺の方に来ようとしている芋虫少女の両肩をぐわしっと掴んで押しとどめつつ、カーリーが俺の方を見た。
「レンドウ、この子からはなんだかとてもイヤな感じがする。……見ていると、本代アーヴリルを思い出すの」
「――あァそれ、正直めちゃくちゃ分かる。間違いなく、関わりたくないタイプだな」
アーヴリルより更にタチが悪いところは、なんだか知らないが俺に対して好感を抱いており、付きまとおうとしてくるところだろう。
「結局、この後あなた方はどうされるおつもりなんですか?」
再びビルギッタの口を塞ぎつつ、レイスがフーゴに尋ねる。ムームー! とくぐもった声が聴こえてくる。
「あー、そうですねぇ……」
フーゴは顎を撫でながら、向こう側を見た。俺達がやって来た方向だ。
「とりあえずはゲイルをゆっくり休ませたいですし、そこの吸血鬼の里で厄介になろうかと」
「話を通す為に、僕たちも同行した方が良いでしょうか?」
「いやぁ、それには及びませんて。皆さんのお時間を取らせてしまっては、皆さんを妨害しているに等しくなってしまいますんで。それに、それこそこっちにはビルギッタがいますからね」
「……そいつがいるとどうなるってんだ?」
口を挟むと、フーゴはニヤッと笑った。
「言ったばっかだろ、こいつぁハーフだって。吸血鬼側だって、久しぶりにビルギッタとゆっくり話したいと考えるはずだ。快く迎えてくれるさ」
「はー、ガキにはそういう使い道もあるワケね……」
子供に対して、使い道と表現しちゃったよ。これで俺も悪い大人の仲間入りだろうか。
またムームーと抗議のうめき声が聴こえてくるが、最早誰も拘泥しなかった。慣れとは恐ろしいな。
そのまま焚火を囲み、フーゴのこれから先の立ち位置について質問したりしながら軽食を取った。
殆ど雪が積もってないとはいえ、2月の夜は怪我人には辛いだろう。ゲイルには念入りに毛布を巻き、改めて緋翼を分け与えておいた。
「そういえば、フーゴさんに……いや、レンドウになのかな? 質問があるんですけど」
茹でて戻した野菜を飲み込んで、唐突にレイスが切り出した。
「はい、なんでしょう?」
「俺もか」
「ええと……レンドウって、アニマの里の後継者候補で、貴族の血統……なんですよね。その割に苗字が無いのが不思議っていうか。ビルギッタさんには苗字があるみたいですし」
確かに、言われてみればそうだな?
そもそも、俺は苗字というものの存在すら知らなかったくらいだ。ナエジとか言ってた時代もあったっけ。
「ああ、それは……元々個体数が少なく名前被りもないアニマにとっちゃ、苗字は必要ないものなんですわ」
でも、ビルギッタにはそれがあるワケで。
「現在、アニマの里で苗字を持ってるっつぅことは……すなわち、吸血鬼とのハーフっちゅうことになりますね」
「……なるほど?」
レイスは神妙な面持ちで頷いたが、俺はまだイマイチ理解できている自信が無い。
アニマには苗字の概念が無く、吸血鬼にはある。アニマと吸血鬼が婚姻を結べば、アニマ側にも苗字が移る。
でも、ビルギッタ・バーリはよりいい家柄の方に……アニマ側に引き取られたワケで……バーリという苗字持ちの家より、アニマ側の方が更に家柄が良かったってことになるのか。
アニマは、苗字の有無に左右されずに家柄が決まっている……って理解でいいだろうか。
だけど、じゃあ逆に何で表されてるんだろうな。人間界であれば、多大な貢献をした人物には新たに爵位が授けられることもあるらしいが。いわゆる新興貴族というやつだ。
アニマの場合は……?
……そうか、もしかして。
ルノードが、家柄を証明するものとして……与える緋翼の量を調節していた……とかか?
それなら確かに、往来を歩くだけで権力の誇示にはなるだろう。
何せ、誰もが理解する。その人物が、自分が歯向かっても敵わない相手であることに。自分の緋翼が飲み込まれてしまう存在だということに。
なら、俺がここまで強力な緋翼を与えられ育ったのは……俺が族長シャラミドの孫だったからか。
……楽して強力な力を手に入れておいて、その力で里に反旗を翻そうというのだから、俺を恨めしく思ってる奴がいるのも不思議じゃないと思えてくるな。
姉であるロウラはその最たるものかもしれない。
――いや、近しい者こそがより深い失望を覚えるというなら、それこそ、両親や。
……クレアと再会するその時が、一番の試練になるかもしれないな。