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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第10章 斜陽編 -アニマと冬の開戦-
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第167話 月夜の開戦


 ――手に入れたばかりの魔法剣を試す機会は、新たな任務を開始して早々に訪れることとなった。


 鉱山を抜け、断崖を見上げながら森を進み、あと一時間ほどで街道に出られるかといったあたりだった。


「――止まってくれ!!」


 前方に同族の気配を感じて、俺は叫んだ。


 皆が即座に手綱を引き、自らが駆るナイドに停止を促した。


 だが、俺の警告が果たして必要だったかは分からない。


 壁沿いには木々が無く、その人物は月明かりを受けてぼんやりと浮かび上がっていたからだ。


 特別に目立つ出で立ちでも無いが、かといって闇に隠れようという意思も感じない。むしろ、それが不可解だった。


 気配を隠す様子が無かったことも、だ。


「……俺が行ってみる」


 俺はナイドを降りて、その人物に向けて数歩、足を進める。彼我の距離は10メートル程まで縮まった。


 黒い薄手のコートを身に纏い、アニマ特有の黒髪を……額に白い布を巻くことで逆立てている。齢50頃といった、薄い髭面の大男……見知った顔だ。


「――よぉ、元気してたか、レン坊!!」


 向こうからの第一声は、心臓までビリビリと響いてくるような大声だった。


 木々が揺れる音に、羽音。男の声に驚いた鳥たちが飛び立ったんだ。


 俺はその声を受け、嬉しいような困惑したような気持ちになったが、とりあえずこちらも大きく口を開け、


「フーゴのオッサンかよ! なんでこんなとこにいやがんだ!」


 と、返した。


 すると、フーゴはニヤリと笑った。 


「それは勿論、おめぇたちを妨害するために決まってんだろぉが! 我らが里へは行かせん!」


 率直な返答だ。俺の説得になど耳を貸しはしないだろうと思わせる、淀みの無い言葉だった。


 いや、むしろ説得される側なのは俺か。間違いなく、里にとっては裏切者なのだから。


「レンドウ、その人とは……?」


 カーリーが言ったんだ。フーゴの快活な言葉を受け、彼が突然攻撃を仕掛けてくるような人物では無いと判断したのか。ナイドから降りた仲間たちが、ゆっくりと俺の周りに集まってきていた。


「どうもどうも、レン坊のお友達の皆さんかな。オレはアニマの里の牧童で、フーゴってもんだ! ……お、おめぇは……クラウディオか!?」


「…………あぁ」


「でっかくなったなぁ!」


「…………」


 そうか、面識はあって当たり前だよな。俺の後ろに立つクラウディオに気づいたフーゴが明るく語り掛けるが、クラウディオの返事はぶっきらぼうだった。


 かつて、吸血鬼を見捨てて劫火の庇護を求めることを選択した大人のアニマたちに対して、吸血鬼の若者は複雑な想いを抱いている。


「ボクドー……ってなんですか?」


「牛とか、羊の世話をしてる人ってことだと思うよ」


 ナージアが小声で周囲に質問し、レイスが答えていた。


「衣服になる羊はまだ分かるけど、俺達にとって大した食料にもならない牛を育ててるのは、無駄が多いと俺は思ってたけどな」


 誰にともなく呟くと、遠くでフーゴが指を振った。


「わかってねぇなぁレン坊。効率の問題じゃあねぇんだよ。家畜を飼うってなぁ……古い時代から、我らがご先祖様から受け継いできた技術だ。それを絶やす訳にゃあいかねぇ」


 そう語るオッサンの声は、これから戦うことになるはずだというのに、どこまでも落ち着いていた。


 …………勝利を確信している故の余裕、か?


「それによ。いいもんだぜ。自分たちが他者の命をいただいて生きてるってことを実感できるからな」


「……そいつァ意外だな。里の連中は皆、獣や人間に感謝なんてしてねェと思ってたよ」


 少なくとも、俺はそうだった。里の大人が“採ってきた”という人間の血液を摂取する際、感謝の念を抱いたことなんて無かった。


「まぁ、それに関してはオレがちっとばかし特殊かもしんねぇなぁ」


「フーゴ。そんなどうでもいい話を延々とするために、ここを通せんぼしてたのかよ?」


「待てって坊主。もうちーっと付き合えよ。こっからが本題だ」


「……なんだよ」


 腕組みをしたフーゴ。どうやら、今までの会話はただの道楽という訳では無く、本題に入るための導入だったらしい。


「……里の連中の一部が、こっそりと……周辺地域にいる人間を捕らえて回ってる動きがあんだ」


「なッ……」


 驚いたのは俺だけでは無かった。仲間たち……特に人間であるアシュリーは一歩前に踏み出した。ダクトも思うところがあるだろう。


 だが、冷静な俺の仲間たちは聞き手であることをやめなかった。


 俺よりできた奴らで助かる。


「率直に言うとな、オレぁ結構。迷ってんだ。……劫火様のお考えは過激だ。そう思ってるやつぁオレ以外にもいる。ゆくゆくは人間を全て滅ぼしちまおうなんてな」


 迷ってる……だと?


「まぁ、本当の本当に全ての人間を滅ぼすつもりなのかもわからねぇ。腐った政治をする人間の王どもを殺し尽くした後、劫火様に恭順する姿勢を示した者たちに新たな国を興させるのか……それとも、劫火様の国に人間を住まわせるのか。それとも……人間を家畜として扱うつもりなのか」


 人間を家畜として扱う、だと?


 そんなこと、許せるはずがない。


「今、里に人間を攫ってきてる派閥の連中は……少しは人間を残すべきだと考えてる……とは思う。だが、どっちかってぇと……家畜にすることを考えてるみてぇでな」


 フーゴの他にも劫火に賛同しきれないアニマがいるなら、そいつらを説得して仲間に引き入れることもできるだろうか?


 ……いや、とにかく今は、話を聴こう。


「オレはそれが気にくわねぇんだよ。どうにも、気持ちがよくねぇ。自分たちと同じように考えて、自分たちと同じような外見をしてる連中を、家畜と同列に扱うことがなぁ」


「……フーゴ」


 そこまで関りがあった訳じゃない。俺は里の連中と積極的に交流していた訳じゃないしな。


 ただ、里にとっての一般市民であるこの男が、まるでレイスのような考えを抱けていることが、嬉しかった。


「そう考えてくれてるなら、こっちとしては願ったりかなったりだ。こっちについてくれよ!」


「……いや、事はそう単純じゃねぇだろう? じゃあよ、レン坊。逆にオレがそっちについたとしたら、どうなるってんだ。オレはおめぇと一緒に同族と戦い、おめぇと一緒に劫火様を殺すのか?」


「…………」


 確かに、そう言われると言葉に詰まる。


 実際に劫火を殺すのはアイルバトスさんの予定だけどな、とは情けなさ過ぎて言える雰囲気じゃないな。


「……俺は、誰一人里の連中を殺す気はねェよ。全員……戦いになったら気絶させるくらいはするかもしれねェけど、最終的には説得してやる。この先、アニマという種族が生き残っていくためには、劫火サマを倒して、世界に対して詫びる必要がある。そう考えてるよ」


「劫火様の首を、ねぇ。仮にあの方を倒すことが出来たとして、それだけで人間がオレたちを赦すとは……どうにも思えねぇがなぁ」


 なんだそれ。それじゃ話が堂々巡りしているだけじゃないか。


「なんなんだよ、フーゴ。あれもイヤだけど、これもイヤだって。大人とは思えねェことしか言ってねェぞ、さっきから……」


「大人だから、さ」


 そう言ったフーゴの声は、酷く落ち着いていて。


 当初のうるさいくらいだった調子が鳴りを潜めたそれは、急激に俺を不安にさせた。


「大人だから、思っていることを全て打ち明けておきたかったんだ。オレの考えを聴いて、おめぇにも考えて欲しかったからだ」


 フーゴは腕組みを解くと、それぞれの手を腰に持っていった。


「大人だから、イヤなこともできるんだ」


 ……それを見て、俺はようやく悟った。


 ――フーゴは、俺と戦わないための選択肢を探していた訳では無かったのだ。


「……結局、こうなるのかよ」


 自分の悩みを、俺に共有して欲しかっただけだ。


 ……チッ、精神が不安定なオッサンとかモテねーぞ。


 俺もまた左腰の鞘から、魔剣を引き抜いた。それに緋翼を纏わせることは……まだ、しない。手の内はできるだけ隠しておくもんだ。


「レン坊。劫火様の命令通り、オレぁお前を倒す! そんでその後、里での人間の扱いがまともなものになるよう尽力する! ――それがオレという大人の、生き様だ!」


 自分という一人のアニマの生き方を、よく見ておけ。そういうことなのだろう。


 この世界を生きる、悩める生物の一体として。一足先に自らが為すべきことを見出したフーゴは、俺にその背中を見せようとしたのだ。


 ……背中というか、真正面から相対しているワケだが。


「――だが、もう一つ、我慢なんねぇことがある! ――レン坊、相手は俺だけじゃねぇッ! 伏兵が6人いるぞッ!!」


 敵対することを宣言し、双剣を抜いたフーゴ。彼の得物は曲剣……ではない。二振りの長剣だ。


 それよりも、問題はその口から飛び出た言葉だ。


 敵の言葉だというのに、なんと爽快なのだろう。伏兵がいるだと。しかも、数まで教えてくれるなんて。


 フーゴによる密告は、恐らく伏兵にとっても意外だったのだろう、突如として現れた6つの気配は、明らかに狼狽していた。


 しかし、木々の隙間から飛び出してきたそれらはすぐに、仲間たちの間へ滑り込むように――、


「――おめぇたちの馬が狙いだッ! 足を潰して、予定通りに里まで行かせねぇつもりなんだッ!!」


「そ、そんなことまで教えてくれるんすか……」


 動揺から、思わすヘンテコな丁寧語が飛び出してしまった。


 レイスが、ダクトが、アシュリーが、クラウディオが武器を抜き。


 カーリーとジェットが構えを取り。


 ナージアの身体が発光し、竜の姿へと変貌していく。


 俺達を降ろした後、壁の近くで待機していたナイドたちへ迫る黒い影たち。


 その行き先を妨害するように、俺は左手をそちらへ向け、全力で緋翼の奔流を放った。黒い影たちは、たまらず飛び退る。


 ……そうだよな。俺の緋翼は、連中が最も警戒する攻撃だろう。なにせ、自らの緋翼がそれに触れると、吸収されてしまうのだ。


 自らが力を失うだけに留まらず、敵である俺が強化される。……考えれば考える程、ズルい力だと思う。


 だからって、手加減してやったりするもんかよ。


 少しだけ悪いとは思うが、全力で叩き潰す……!


 機先を制した俺の一撃に続いて、仲間たちがアニマへと打ちかかる。


 ――そこを、待っていたのか。


「――これで、」


 右腕を掴まれた。反射的に手首を振ろうとするも、相手の身体に短剣は届かない。


 そのまま、身体ごと持ち上げられ――――振り回されて……いるのか!


「――気持ちよく戦えるってモンだぜぇっ!! レン坊ォォオオッッ!!」


 投げ飛ばされるのかと思いきや、瞬時に制動し、世界が逆に回転し始める。腕が千切れるかと思う衝撃が、全身へ伝播する。


 話すべきことを話し、心残りが無くなったフーゴ。


「――カッ――」


 その全力の拳を腹に受けて、俺の身体は容易く吹き飛んだ。


「――がっ――ぶっ――――ゴッ――――」


 森の中へと侵入した俺の身体は、1本、2本と木々を突き破り、3本目にひびを入れてようやく止まった。


「が、はっ……ハァッ――」


 だが、どうする。どうなる。こんなに強かったのか。あのオッサンが。フーゴが。


 いや、行けるはずだ。思考は出来ている。ヴァギリを通じて、傷を塞ぐ術も、痛みを抑える術も学んだ。


 向こうには満足に使えない、緋翼の使用がこちらには許されているんだ。


「こんぐれェで……泣き言いってら……んねェ、っての……ッ!」


 必死に立ち上がろうとする俺の眼前に、何者かのブーツの爪先が見えた。


 蹴り上げられるかと思い、反射的に身を引きかけるも、後ろは大木だ。下がることはできない。だが、痛みはやってこなかった。


「ほら、早く立てレン坊。そんなモンじゃねぇだろう!?」


 ――もしかすると、俺は思い違いをしていたのかもしれないな。


 血を吐き散らしながら、地面に手を吐いて立ち上がる。


 その様子を一歩引いた位置でまじまじと観察してくるフーゴを見て、俺は「悪魔とはこういう姿をしているのかもしれないな」と思った。


「……最悪にシュミがワリィ戦いかたしてんぞ、オッサン」


「何とでも言え。……オレを越えてみせろ。期待を裏切るなよ、レン坊」


 俺の為だと、そう思ってるのかもしれないけどな。


 フーゴのそれは、誠実とは少し違う気がした。


 己にも通したいモノがあるはずなのに。それへの最短ルートを選ばず、相対する敵の正義を試そうとする。


 何度でも俺が立ち上がるのを待ち、それを打ち倒す。


 自らの正義と敵の正義をぶつけ合い、どちらかが折れるまで削り合いを続けようとしている。


 その結果、どちらかが壊れようとも。


 ――間違いなく、狂人の類だ。


 嫌いじゃねェ。嫌いじゃねェよ。


 嫌いじゃねェけど……まともじゃねェ。


 どうぞ、お好きなよォに……舐めプとも言える戦い方で、せいぜい俺を試し続けていろ。


「絶ッッ対に…………最後に立ってんのは……、俺だ!!」


 ――立ち上がり、倒すべき相手を見据えた俺の左腰にフーゴの回し蹴りが入り、まるで爆発したような音が木々を揺らした。



ついに、アニマという種族との総力戦がスタートしました。


新キャラのフーゴですが、一見マトモそうに見えて狂っている、というのが作者好みです。

悪人という訳ではないのですが、普通の人間なら避けるような苦労に自ら飛び込んだり、自分が耐えられる苦労であれば他人にも強いるため、苦手な方は多いかも。悪く言えば、自分勝手な体育会系ですね。

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