第166話 あっちぃ鍛冶場
「へぇ~、鍛冶屋さんってこんな感じだったんですね」
鉄筋に、防水加工を施されたシートを被せることで簡易的な屋根が造られている。雨や雪を避けるのにも、日差しを防ぐ意味でもそれは有効だ。
風通しのいい場所に作られた休憩所に座りながら、リバイアが言ったんだ。
「そういや、お前はここに来るのは初めてだったか」
確かに、普通に生活していれば来る必要のない場所かもしれないな。
ここは道具を作る場所であって、渡す場所じゃない。わざわざこの場所に足を運ぶのは、何かしらオーダーメイドの依頼をしたい者だけだろう。
「一応訂正しておくと、ここは鍛冶屋じゃなくて鍛冶場だね。この街にはお店が無いから」
「あ、そうでしたね」
レイスの細かな発言に、リバイアは嫌な顔一つせずににっこり笑んだ。
俺が同じことを言ってたら「いちいちうるさいですね!」とか言われてそうだな、などと考えつつ、鍜治場の奥を眺める。
溶けた金属によってオレンジ色に照らされた火事場の内部からは、際限なく熱気が流れ出てくる。
入り口のドアが開け放たれているとはいえ、中に立ち入ればすぐにでも出たくなることは請け合いだ。
客人の為に、こうして鍜治場の外に休憩所が設けられているのは非常にありがたい。
冬も真っ盛りではあるが、晴天の昼間であることに加え前方より強烈な熱気が吹き付けてきているため、寒くはない。ちゃんと着込んでるしな。
むしろ、顔は熱いまである。だけど、上着を開けば今度は寒くなるだろうし、難しい塩梅だ。
隣に座っているカーリーは、種族柄体温が高くなりやすいのか、コートの前を開いていた。そうすると逆に汗が冷えて凍えそうなもんだけど、一向に閉める様子はない。
「……完成したから受け取りにきたはずなのに、結構待たされてるね」
そう言うと、カーリーはふーっと長く息を吐いた。そうして、再び口から息を吸う。
彼女は兎の特徴を持った亜人だが、これに関してはなんとなく犬っぽいな、と思う。
犬科の生き物は体温を下げるためにせわしなく口での呼吸を繰り返すというが、これはそれに近いものだろうか。
……なんか、エロいな。
「まァ、完成した魔法剣の仕様について説明できる制作者が多忙なんじゃ、仕方ないよな」
鍜治場の内部に目をやれば、ダクトがうろちょろしているのが見える。
俺を監視するという名目で本代家から送り込まれてきたというのに、自由なもんだよな。俺そっちのけだもん。
鍛冶師たちが溶かした金属を型に流し込む様子を、すぐ近くで見物しているダクト。
根本的に、俺とは違うよな。なんというか、自分の知らないものに対しての好奇心が強いというか、知らない人に対してもグイグイ行くというか。
本代の人間ってやつはみんなそうだったのだろうか? だからこそ大きな力を手にし、繁栄を遂げたのだろうか。
まぁ、最後は同族であるアーヴリルによって滅ぼされてしまった訳だが……いや、滅亡したというのは失礼か。今もバティストとダクトが再興を頑張っているんだもんな。
あらゆる分野に対して貪欲な少年は……今日は鍛冶師の働きを観察し、何かを得ようとしているんだろう。
ああいう活力に満ちたやつが、いつか世界を動かす側になるんだろうなァ……。
と、そういう俺も、他ならぬアニマという種族の族長の座を簒奪しようと考えているワケで。
同族と戦い、力を証明して族長の座に無理やり就いたところで、こんな無知でどうしようもなくガキの俺に、皆が付いてきてくれるかは不安で仕方ないんだが……。
――ちっ、悩んでも仕方ねェよ。なるようになりやがれ。
などと考えていると、鍜治場の奥の扉が開いて、一人の亜人が姿を現した。
男性だ。下は作業用ズボンで、上は半裸と言ってもいいような、ベストを羽織っただけの状態。
オレンジ色に照らされて分かりづらいが……黒系の鱗に身を包んだ、リザードマン……か? いや、違うかもしれない。
リザードマンというと、立って歩いているトカゲ、という印象が強い。それに比べれば、彼は随分と人間のような顔立ちをしている。
丁度、アンダーリバーで会ったカーリーと、その弟分たちみたいな差だ。あの弟分のオオカミ君たちは、カーリーとは違って人間っぽくない顔をしていた。
今現れた亜人は、露わになっている肌の一部……手で言うなら甲の側を鱗が覆っている、トカゲ混じり人といった風だ。頬の一部も鱗に覆われている。
肌と鱗の境目ってどうなってるんだろうな? 爬虫類と哺乳類が交じり合ったようなヒトを見ると、いつもほんのり疑問に思ってるんだ。
身近な知り合いにそういった人物がいないから、訊く機会は無いんだけどな。
「待ちきれないって様子だねぃ! あんさんがレンドウ殿だね。ほらよっ!」
どうやら、気のいいおっちゃんといった感じの人物らしいそのトカゲ混じり人は、鞘に納められた短剣を放り投げた。
投げちゃうんだ、自分の作品。……自分のだからいいのか。
戦いを得意とする人物であれば、当然キャッチできるだろう。そう確信しているような雰囲気だ。
「……いや、そいつはレンドウじゃねェけどな」
そう言いつつも、面白いから別に急いで訂正しようとは思わなかった。くくっ。
俺だったら万に一つは受け取り損ねていたかもしれないが、あいつに限っては万に一つもそれは無い。
右手一本で悠々と短剣の持ち手を掴み取ると、ダクトは困ったように笑んだ。
「――悪ぃなおっちゃん、俺はレンドウじゃねぇよ。レンドウはあっち」
鞘に納めたままの短剣で俺を指したダクト。
「あれまぁ! どうもどうも……皆さん、熱いのはお嫌いで?」
「まァ……そうっすね」
壁に掛けられていたコートを羽織り、こちらに歩いてきたトカゲ混じり人のおっちゃんの問いに対し、俺達は苦笑しつつ頷いた。
「それでは皆さん、初めましてですね。あっしはジレイゴールといいやす。今はこの工房で魔法剣の技術を教えとりますが……最近まで各地を放浪していた、流れの鍛冶屋です」
それは知っている。俺達がベルナティエル城下町で暮らすようになった時は、このジレイゴールというヒトはこの街にはいなかったんだ。
数か月前、「魔法剣を造れるという、凄腕の鍛冶師がやって来たらしい」という話を聞いて、俺からステイルさんに頼んだんだ。
決戦に備えて、俺にも魔法剣を一本用意して欲しいと。
武器の性能に頼るというのも情けない話だが、用意できるものは全て用意しておきたい。
事前準備まで含めて、“全力で挑む”ということだと思うから。相手に対して武器性能の差で勝とうが、勝ちは勝ちだ。
負けるより、よっぽどいいだろ。
俺はヴァギリという魔法剣の手助けを受け、ギリギリでニルドリルと渡り合えた。
一度あの経験をしてしまうと、もう「その辺に落ちてる武器を使えばいいだろ」とは思えなくなった。
自分用にチューンされた武器を手にすれば、確実にもっと強くなれるはずだ。
最も、俺自らここに足を運んで事細かな仕様をオーダーした訳では無い。俺が金を払ってる訳でも無いしな。
魔王の側近であるステイルさんからの発注で、元々吸血鬼の為に製造されるはずだった魔法剣の枠を、一つ俺に譲ってもらった形になる。
吸血鬼の為に造られた魔法剣は、黒翼を取り込み、その力とする。
別種とはいえ翼の力を扱える俺なら、問題なく扱えるはずだ、とはステイルさんも太鼓判を押してくれていた。
俺からの注文は、「短剣にして欲しい」ということだけ。当然、ヴァギリを振るっていた感覚で扱いたかったからだ。
勿論、実際に問題なく緋翼を通し、羽のように軽い長剣として振るうことが可能なのかどうかは、今から試してみないことには何とも言えないワケで……結構、ドキドキするな。
「よろしくお願いします、ジレイゴールさん。俺がレンドウです。今回は……わざわざありがとうございます」
「いえ、魔法剣は最初の扱いが難しいですからね。立ち会うのは当然ってなもんで。まずは持ってみてください」
人好きのする笑みを浮かべ、ささ、と両手を前に出すジレイゴール。
「ほらよ」
「あァ……」
ダクトから短剣を受け取り、右手で鞘からゆっくりと引き抜いた。
――おはよう。気分はどうだ? よろしく頼むぜ、相棒。
数十秒後、俺は首を捻っていた。
――あ、なんだ、もしかして魔法剣って、全部が全部喋る訳じゃないのか。
「あちゃ、それを期待されてましたかね。しかし、レンドウ殿、コイツだってあっしが造った立派な魔法剣。そこいらの魔法剣には無い特徴を備えてますよ」
魔法剣ってそこいらにゴロゴロしてるのか?
「レンドウ殿は、先代の魔王様のように翼の力を使えますよね」
「あァ……はい。使えます」
「なら、それによってこの剣に語り掛けることで、コミュニケーションが取れるはずです。誰があなたの味方で、誰が敵なのか。レンドウ殿の認識を反映して、この剣も対処してくれます。味方には魔法の力を分け与え、万が一敵の手に渡った場合は、敵の手の中で大暴れしてくれることでしょう」
それは……凄いな。凄すぎる。
相手に自分の武器を奪われる、という普段なら最悪なはずの状況を、むしろ相手の意表を突く必殺のタイミングに変えられるかもしれないじゃないか。
「ジレイゴールさん、本当にありがとうございます」
「いえいえ、今回の協力によって、魔王様から褒美を賜ることになってますんで。別に慈善事業って訳じゃあないんで、気にせんでくだせぇ」
と、そんなこんなで俺は魔法剣を手に入れた。
恵まれた出自に、特別な力。それに価値ある武器まで渡されて、これで何も成せなかったら笑いもんだぜ。
皆の期待を、絶対に無駄にしたりしない。確かな決意を胸に、俺は短剣を握りしめた。
――そうして、翌日。
俺は決戦の地へ向けて出立した。