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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第10章 斜陽編 -アニマと冬の開戦-
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第165話 帰路と水色

日常回です。



 ジェットと共に宿に向けて戻る途中で、俺は往来を歩く、見知った顔を見つけた。


 水色の長い髪を揺らした、小柄な少女だ。


「……リバイア?」


「あっ、レンドウさん。ジェットさんも」


 もう日も傾いている頃合いに、無力(攻撃力だけはあるか……)な少女が一人で出歩いているというのはいかがなものだろう。


 もっとも、この城下町にいるのは前魔王ルヴェリスが連れてきた信頼のおける魔人達なはずで、リバイアに害をなす存在にはならないのだろうが。


 だが、ニルドリルという前例もある。いかに魔王に深く忠誠を誓った人物であっても、謎めいた龍であるという“幻想”とやらに操られてしまえば、敵に回ることもあるだろう。


 それに、これからアニマとの戦争が始まるのだ。いや、もう既に始まっていると言ってもいいかもしれない。


 この街の中にアニマ側からのスパイが入り込んでいないという保証は無いし、気を緩めていい瞬間などもう訪れないのだ。


 と、視線に込めた俺の考えに気づいたのか、小言を嫌うようにリバイアは「うへぇ」という顔をした。分かってるんならいいんだけどさ。いや、良くはないだろ。一人で歩くなアホ。


「戻るとこなら、一緒に行くぞ」


「ノル……さんの家への訪問は終わったんですか?」


「ノルドクヴィスト家な。無事に……って言っていいのか分からないけど、終わったよ」


 後ろでジェットが頷いた。あれで良かったのか分からないけど、俺のことを嫌っていたジェットがいいというのなら、きっと良かったんだ。


 宿に向けての歩みを再開しつつ、俺とジェットはリバイアの様子を観察していた。


「その手に抱えた荷物はなンだ?」


 ジェットが指し示した場所、リバイアの両腕には、それぞれ丸められた布のようなものや、木で編まれた箱がある。


「これは旅支度ですね。私やアンリさんの――、」


 というリバイアの言葉は聞き捨てならないだろう?


「――なっ……お前、まさかこっそりついて来るつもりじゃないだろうな!?」


 問い詰めると、リバイアは慌てて首をブンブンと左右に振った。


「違いますよっ! アニマの里には行きませんって! ……行きませんけど、ヴァリアーには行きます!」


 なんだってヴァリアーに? 先週まで居たばかりだろう……と思いかけるが、まぁ、単純に考えれば……。


「俺達がアニマの里へ向かったことを、ヴァリアー側に報告するやつも必要か」


「それに、ヴァリアーにいれば……レンドウさん達が帰ってきたときに、真っ先に迎えてあげられるじゃないですか」


 なるほどな。レイスさん達が、の間違いだろ? と思ったが、まぁいいか。


「でも、どうやって行くんだ? それこそ、陸路じゃアニマの連中に襲撃される可能性があるだろ」


 俺達は馬鹿正直に陸路と海路を使ってアニマの里を目指す。それには当然アニマによる妨害、襲撃が予想されるが……果たして、アニマの里の保有する全ての戦力が、俺達に向けてのみ差し向けられるだろうか?


 アニマの里を護る者たちだったり、アニマの里へ出発する第一陣を襲撃する者たちだったり、第二陣がいないか見張る者たちがいたり、城下町の動向を見張り続ける者たちがいるかもしれない。


 例えリバイア達が後から出発したとしても、安全が保障されている訳じゃないだろ。


 だが、リバイアは妙に自信あり気な表情を浮かべていた。


「わたしたちは、レンドウさんたちより一週間遅れで出発する、アイルバトスさんに乗せてもらって移動するんですよ」


 ……ははぁ、それでか。


 氷竜アイルバトス。氷を司る龍である彼は、今回の戦いの結果を左右する存在だ。そんな彼に送り届けて貰えるということであれば、それは安心だろう。


 俺達は、“焦土の魔王”ルノードと“博愛の魔王”ルヴェリスという二人の龍の戦いをこの目で見たのだから。それに肩を並べる存在であるアイルバトスさんなら、龍以外のあらゆるものを撥ね退けられるだろうという確信が持てる。


 それより、気になる部分は他にある。


「俺達より一週間遅れて出発するってのは、どういうことなんだ?」


「龍同士の戦いですからね。ギリギリまで、龍脈から……竜門から、でしたっけ? 力を蓄えてから出発したい、とのことらしいです。一週間遅れでも、丁度レンドウさんたちと同じ頃合いにアニマの里に向かえるはずだって」


 ――ヒュウッ、さすがはドラゴンだな。


 ここからヴァリアーまで……そして里まで、一日も掛けずにひとっ飛びって訳かよ。


 だがそれは同時に、敵であるルノードもまた、ドラゴンの姿を取れば一日と経たずにこの場に現れ、あの“青い炎”を吐き散らかせるということでもあり……それを考えると、背筋が寒くなる。


 ……実際、アロンデイテルの首都、シルクレイズが滅びたのは一夜の出来事だったそうだしな。


 この世界というものは、案外唐突に終わりを告げてもおかしくない、薄氷の上に存在するものだったらしい。


 あと13日後までの間は、ヴァリアーへ攻撃を仕掛けないというルノードの言葉を信じるしかないというのは、どうにももどかしい。


 だが、明後日には出発し、10日後には戦いを仕掛けている予定だ。だから、ヴァリアーが……エイリアが戦場になることはない。


「そうか、龍は竜門からしか力を蓄えられないってルヴェリスさんが言ってたもんな……」


 だがそれは、逆に言うと……。


「炎竜ルノードもまた、今度は完全に力を取り戻した状態になってるってことだな」


 ジェットの言う通りだった。


 半年前、炎竜ルノードが魔王ルヴェリスとの決闘に敗れたのは、あらかじめルノードの方がより消耗していたことに起因するのだと、魔王はそう語っていた。


 だとすれば、かつて全ての竜の中で最も強大な力を振るったという炎竜ルノードの、それも完全体が相手となる。


 魔王曰く生まれたばかりであるというアイルバトスさんが、果たして太刀打ちできるのか……そんな不安もある。


 だが、そこに関しては信じるしかない。アイルバトスさんと、彼ならルノードにも勝てるはずだと語った、魔王ルヴェリスのことを。


「アイルバトスさんに乗せてもらってヴァリアーに行くのは、誰と誰なんだ?」


「わたしと、アンリさん、マリアンネさんとお付きの方々、あと戦える氷竜のかたたちもご一緒するみたいです」


 マリアンネのやつも行くのかよ。まぁ、前にもヴァリアーには行ってる訳だし、いいのか。


 ベルナタと人間界の和睦の為には、確かに姫自ら顔を出した方が良い場面もあるだろうが……。いや、養父であった魔王ルヴェリスから代替わりした今、厳密に言うなら今のマリアンネは姫ではないのか?


 そして、お付きの方々、という言い方から察するに……そこにシュピーネルはいないのだろう。


 ジェットを見れば、悲し気に目を伏せていた。


「……そうか、氷竜にはルノードやアニマとの戦いに耐えうる人材が結構いるのか」


 実際、アイルバトスさんに初めて会った際、まだ吸血鬼の里の内部で暴れているかもしれないグローツラングを止める為に突入していった氷竜たちの姿は雄大で、勇敢だった。


 特別に若いというナージアも、あれだけ頼りになる訳だからな。例え翼の力で劣っているとしても、より経験を積んだ氷竜の戦士たちは、頼もしい力になるだろう。


 もしかすると、彼らなら龍ではないとはいえ、ルノードにも多少のダメージを与えられるのかもしれないしな。


「そういえば、吸血鬼の人達はどうすんだろう」


 ヴィクターさんは……里を離れたがらないとしても、クラウディオさんクラスの戦士がついてきてくれたら、頼もしいことこの上ないけどな。


「それに関してはわたしは分からないです。でも、もしかしたら来てくれるかもしれないですね……」


 リバイアは顎に左手を当てようとして、脇に挟んでいた布束が邪魔だったらしい。その様子を見た俺が右手を伸ばすと、にっこり笑んで脇を開いた。


 俺は布束を受け取ると、身体を傾けて左手も差し出す。「よこせ、箱の方も持ってやる」という仕草だったのだが、小さく首を振って制された。


 自分の仕事を完全に失うのも、嫌なものなのかもしれない。リバイアは両手で籠を持ち直した。両手で、身体の前で持ち手を握るやつ……所謂女の子持ちだな。


「――ありがとうございます。騎士団の方から、各地の友好的な部族には便りを送っているらしいです。吸血鬼さんたちも、この戦いに加わるかどうか、今も相談してる最中かもしれませんね」 


「吸血鬼、かァ。吸血鬼といえば、マリアンネの妹……アウルムは今頃どうしてんだろな」


 マリアンネ同様、今は姫でもなくなったということなら……もうこれ以上の災難に見舞われることも無く、平和に暮らせていると良いが……難しいか。


 結局、依然として吸血鬼最後の純血であることに変わりはなく、吸血鬼にとってのウィークポイントではあり続ける。


 吸血鬼に害をなそうとする人物が現れた場合、真っ先に狙われるのがフェリス姉妹であることは想像に難くない。


 全く、純血だからなんだってんだってハナシだよな。それを大切に守ろうとする種族の方も、それを弱点として突こうとする攻撃側も。


 純血だろうがそうじゃなかろうが、一人の命には変わりねェだろうが。……と、紛れもないアニマの純血である俺が言っても、恐らく何にも変わらないのだろう。


 などと考えていると、ジェットが居心地の悪そうな顔をしていることに気づいた。


「どうした?」


「いや……うー、あー……」


 歩きながら目を閉じ、何かを逡巡するように、だが決意したように目を開いたジェット。


 いや、言いたくないことは別に無理して言わなくてもいいと思うけどな?


「――引け目を……感じてンだよな。フェリスの妹に対して。あの時、オレはあいつを見捨てて、ニルドリルを殺すことを優先したから」


 ……そういうことか。


「だけど、そのお前の思い切りの良い行動のおかげで、今まで味方への被害が抑えられてきたんじゃねェのか。いや、思い切りが良すぎて失敗を重ねちまうことには注意するべきだと思うが」


 カーリーの左耳をちぎったり……イオナを殺したり、な。


 そこまで考えて、しかりもう以前のような強い怒りを覚えることはなかった。


 ――こいつが頑張らなければ、俺はこいつの仲間をもっと沢山殺していたかもしれない。そういうことなんだろうと思う。


 敵味方関係なく、あの場に死んでいい、死んだ方が良い人間なんて誰一人としていなかった。だが、双方がぶつかった末に、双方に死人が出た。それだけだ。誰を恨むべくもない。


「……だと、いいけどな」


 迷わずに行動しているように見えて、こいつも意外と……いや、違うか。


 その場では迷わずに行動するからこそ、その後で反省するようにしているのかもしれない。次の戦いでも、迷わずに行動できるように。


 ……ふぅむ、俺も以前の戦いを定期的に思い出し、行動の最適化を図るべきかもしれないな……。


 そんなことを考えていると、いつの間にか宿のある大通りに出ていた。


 宿の正面を見れば、白い髪の人物が手を振っている。


「レイスさん!」


 リバイアが嬉しそうな声をあげ、ぱたぱたと走り寄っていく。


「おかえり」


 リバイアに笑いかけるレイスに向けて、「レイス!」と声を掛ける。


「なに? ――って、うわっ」


 手に持っていた布束を、放り投げてやっただけだ。レイスはあわあわしながらもなんとかそれをキャッチすると、少し怒ったような声色で言う。


「レンドウ、手紙が届いてたよ! 手紙って言うか、凄く短い伝言みたいなものだけど!」


「ふーん、誰がなんて?」


 ここまでは平静そのものだった俺だが、


「なんとか完成したから明日取りに来て欲しいってさ! ……魔法剣!」


 というレイスの発言を聴いて、冷静でいられなくなったのは……仕方ないだろ?


 男なら解ってもらえるはずだ。


 ――だって、魔法剣……だぜ?



日常回とは言いましたが、これから先の戦いについて必要な情報の開示はされていますね。でも、今までの殺伐としてたり、世界の秘密が明かされてたり、ヒューマンドラマを繰り広げていた回に比べれば……やっぱり日常回だな、と書いてて思いました。


ほのぼのとした第一章あたりを書いていた頃が、なんだか無性に懐かしいです。

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