第163話 その夜
――俺はこれから先、血を分けた家族たちであるアニマと戦うことになる。
そのことに関しての覚悟は、既に決めたはずだった。
だが、その先に……家族を殺す覚悟なんて、全くもって決めちゃいない。
むしろ、家族を殺さずに済む方法を。そればかりを、ずっと考えていた。
俺になら、きっとそれができると思っていた。
俺と仲間たちなら、絶対にそれができると思っていた。
だが、特に近しい人物であったはずの兄貴分に否定されたことで、多少なりとも決意が揺らいでいるのもまた、事実だった。
「きっと解ってくれると思ってたんだけどな……」
俺は、俺の中にある弱い部分を隠そうとはしなくなっていた。今日もこうして、仲間たちを集めて心情を吐露している。
「アニマの里で、よっぽど劫火の力に恐れをなしたのか。あのゲイルって奴は、格別に強いんだよな。だからこそ、劫火の圧倒的な力を理解しすぎちまった……みたいな感じか?」
俺達の居住地となっている宿、その食堂の窓際の壁に寄りかかりながら、腕組みをしたダクトが言った。
「僕が見てきた限りでは、ゲイル君は冷静だったよ。……覚悟が決まっていた、とも言えるかもしれないけど」
濡らした布でテーブルを拭きながら、レイスが言った。
「そもそも、お前とリバイアはどこでゲイルと会ったんだ?」
「あ、うん。エスビィポートから出て、影山邸に向かう途中でだよ。劫火さんから影山邸のことを聞いていたんだろうね。アラロマフ・ドールからの船に乗っていた僕とリバイアちゃんに目を付けて、同行させて欲しいって申し出てきたんだよ」
「それを易々と信じたのか?」
レイスらしいとも言えるが。段々とそうした状況に呆れなくなってきている俺もまた、毒されてきているのか。
「魔王城への使者の役目を担っていて、今回の謁見に関しては平和的に済ませる予定だっていう言葉に……嘘は感じなかったからね。実際はナインテイルさんを見て、凶行を決意してしまった訳だけど……」
「……逆に言うと……私たちが劫火を倒せる根拠さえ示せれば、こちら側についてくれるアニマもいるかもしれない? ……アニマ全体をこちらに引き込むことも、不可能ではない……?」
カーリーの言葉に、頷く。
「そうだな。ゲイルだって、俺やベルナタと戦いたいワケじゃないだろうし」
「ゲイルさんは、長のことを知らない、ですよね」
短く区切るように言ったのは、ナージアだ。
見れば、その顔は自信に満ちている。
「ルヴェリスさんも言っていました。長……氷竜アイルバトスなら、劫火の力に対して有利に出られるだろうと」
「そうだな。まずは氷竜に話を通しておく必要があるだろう。アニマがアラロマフ・ドールに進軍し、ヴァリアーに攻撃を仕掛けるまであと2週間……その日まで待っていていいはずがない」
アシュリーがテーブルにお茶を並べながら言った。
「ここからイェス大陸に渡り、アニマの里に到着するまで……どんくれぇ掛かるんだ?」
「長く見積もって、8日……くらいかしら」
ダクトの問いに答えたのは地味なエプロン姿のマリアンネだった。
エプロンは地味でも、本体が華美だから全く地味じゃないけどな。
「――出来たわ。自分の分は自分で盛って」
彼女の言葉に各自立ち上がり、列を作って料理を更に盛りつけていく。
俺はそれを食べる必要性を感じなかったため、椅子に座り続けることを選ぶ。
今日の朝にカーリーの血を貰ったばかりだから、しばらくは食事が必要無さそうなんだ。まぁ、今から大量に自然治癒する必要があるほどの怪我をすれば分からないが……。
「3日程度でここを発てる様、早めに準備を済ませようぜ。氷竜に協力を仰いで、装備を整えたら、出来るだけ早くアニマの里に向けて出発だ」
「道中でアニマからの妨害が無いとも思えない。戦闘に向かない者はここに残るべきだろう」
ダクトとアシュリーの人間組が纏めると、そろそろと手を挙げる人物がいた。
「あの~……それだと、僕はどちらにカウントされるんでしょうか……」
自信なさげに質問したのは、アンリだ。
「当然、連れてけねぇ。はっきり言うと、お前じゃ確実に死ぬ」
ぴしゃりとダクトが言い放つが、アンリにとっても半ば予想通りだったのか、「うう……」と言いつつも素直に引き下がった様子だ。
少年が聖レムリア十字騎士団の門を叩き、下級兵士と一緒になって訓練に励んでいることを知っている身としては、可哀そうだと思わなくもない。
だけど、戦いの基礎を学び始めてたった半年で、死地に送り込まれる方がよっぽど可哀そうというものだろう。命あっての物種だ。
「俺としては、リバイアも怪しい所だと思うんだが……」
「ダクトさんっ!? なっ、なんでですか!」
「いやなんでって……お前、防御力ゼロじゃん。攻撃力こそ高いけど、アニマの集団にかち合った時、お前を護り切れる自信がねぇ。一瞬で後ろに回り込まれて、首を斬られて終わりそうなんだよな、お前」
「んなっ……!」
リバイアは激昂し、なんとか自分の価値を証明しようとしているようだが……そもそも、価値が無いと言われている訳じゃないんだよな。
大切だから、失えないんだ。
「僕が行くことで、無理やりにでもリバイアちゃんがついてくるって言うのであれば……僕は残るよ」
渋面を作って、レイスが言った。俺にはそれが演技だと解った。
リバイアに身を引かせるために、苦渋の決断を下したフリをしているな。
「そんな、レイスさん……」
結局、リバイアもここに残るということで納得した。はずだ。さすがのリバイアも、レイスに迷惑を掛けたい訳じゃないだろうしな。
「その理論だと、私も行けないことになるのね」
「当ったりめぇだ。お姫様は城で大人しくしてるべきなんだよ」
料理が盛られた皿へと視線を落とし、ぽつりと呟いたマリアンネに対し、ダクトが畳み掛けるように言った。
容赦ないな。だけどまぁ、この女には前科があるからなァ……。魔王軍からこっそり抜け出して、ヴァリアーまでお忍びの旅に出たという前科が。
「エイリアを戦場にしないためには、エイリアとアニマの里の間、紛争地帯で戦いをはじめる必要があるだろう」
空のスプーンを振り回し、ダクトが講釈を垂れる。
「結局、戦いの大勢を決めるのは炎竜ルノードと氷竜アイルバトスだろう。両者が一対一でかち合えば、氷竜が勝つ。それを信じて、動くしかねぇわけだ」
戦いの結末が人任せ、もとい龍任せというのはなんとも情けない話な気もするが、生物としての格が違うからこその“龍”なのだから仕方ないか。
「俺達がするべきは、炎竜と戦う氷竜を邪魔させないことだ。それがアニマを倒すということなのか、懐柔するということなのかはまだ未定だけど」
「俺の勝手な言い分を言わせてもらえばだけど」
テーブルに乗せた両手を所在なさげに絡めながら、口を開く。
「俺は、同族を説得できると思ってる。思ってるし、頑張れる。もし戦うことになったとしても、無力化することに留めたいって、本気で思ってる。……だけど、」
それだけじゃ俺のエゴだ。そして、俺の気持ちを尊重してくれる仲間を、危険な目に合わせたい訳じゃない。
「――ここにいる皆のことも大切なんだ。俺の同族だからって、自分の身を危険に晒してまで手心を加える必要は無い。絶対に死ぬような怪我は負わないでくれ。手加減したせいで、アニマに殺されるなんてことだけは……避けてくれ」
「その結果、俺達がアニマを殺すことになっても……お前は許せるんだな?」
誤魔化しを許さないダクトの真剣な表情と言葉に貫かれ、背筋を刺されたような心地になる。
「……あァ。きっと受け入れる。みっともなく泣くかもしれねェけど、俺の陣営はこっちなんだ。……ここにいる仲間たちが、一番大切だから」
そう言葉にすると、自分の中で改めて覚悟が決まった気がする。
今日、ゲイルに会ったことで思い知らされたばかりだ。
俺は、俺の家族と戦うことになるんだ。
…………クレア。お前は今、どこで何をしているんだ?
きっと、俺の裏切りを知って、沢山泣いたんだろうな。
泣いてくれていたら、嬉しい。
たとえ2週間以内に、殺し合う関係になるとしても。
アニマの皆は、俺の家族だ。
「戦いの結末を決めるのは俺達じゃない、龍だ」という認識をしている主人公パーティ。非常に現実的でいいと思います。もちろん、皆自分にできることを精一杯やるつもりですからね。