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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第10章 斜陽編 -アニマと冬の開戦-
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第161話 勝手な失望


「……ようこそいらっしゃった、アニマの使者殿」


 呆然としている俺をよそに、ナインテイルは両手を挙げてゲイルを歓迎するそぶりを見せた。


「このような場所では足場も悪い。どうぞ街の中へお入りくだされ」


 歓迎しているそぶりだが、内心はどうなんだ……と考える間もなく、自ら街へ立ち入ることを勧める現魔王に、その場にいた殆どの者が驚きを浮かべた。


「それには及びません。私を街に入れては、無用な混乱を招くだけでしょう」


 そして、真っ先にそれに対し異を唱えたのは、他ならぬゲイル自身だった。


「それに……私は、友好的な使者ではないのですから。失礼とは存じますが……どうか、現在の魔王様をこちらへ御呼び頂ければ幸いです。当然、こちらは武装解除致します」


 友好的な使者ではない?


 それは……どういう意味だ。まさか、この場で宣戦布告をし、魔国領の人間に斬りかかるとでもいうつもりか。


 そう思い、回らなかった頭がようやく回転し始め、足に力が入る。


 だが、武装を解除するだと?


 ゲイルが腰に帯びているのは、俺もよく知る二振りの曲剣だった。


 片方は深く反り返った重い剣で、もう片方は半月のような刃を持つ、相手の防御をすり抜けるための剣だ。


 獣ではなく、人間を相手にするための武器たちだ。双剣ではあるが、里にいたころにゲイルが使っていた得物じゃない。


 ……親父が使っていたものにそっくりなんだ。


 成人を迎えた後、ゲイルは…………人間と戦うことを想定し、訓練された…………のか?


 それより、ゲイルは魔王を所望した。だが、その魔王と言えば……既に目の前にいるワケで。


「わらわが魔王じゃが」


 誰が言うでもなく、ナインテイル自らが、あっさりとその立場を明かした。


 ゲイルはぎょっと目を剥いた後、自然と自らの手が双剣へと伸びていたことに気づいたようだ。


「あなたが……魔王……!? ……しかし、それでは……………………」


 ……凄いな。ナインテイルの力の強大さに気づけない筈がないだろうに。ゲイルの身体は気圧(けお)されることなく、反射的に脅威に立ち向かおうとした。


 慌てて武装を解除するでもなく、双剣の柄のあたりを彷徨うゲイルの手に、俺は不穏な空気を感じた。


 何を考えているんだ、ゲイル?


 ナインテイルは、そんなゲイルの様子を見て、ふぅと息をついた。


「…………のう、使者殿。もしかするとぬしは、もしも今ここで、わらわの首を獲れたなら……そう考えてはおらぬか?」


 なん……だと……!?


 あのゲイルが、そんな邪な考えを抱く筈がないだろ!


 そう言いたかったが、口は動かない。


 それに、ゲイル自身も、まるで刹那の自分の思考に驚いたように、硬直しているようだった。


「残念ながら、それは無駄じゃ、無駄。自身の命を犠牲にしてわらわなぞを殺したところで、すぐに次の者が魔王の椅子に座るだけじゃ。わらわと先代魔王ルヴェリスとでは、価値がまるで違う」


 ――嘘だ、と思った。


 彼女は確かな実力に加え、いつでも飄々としていられるその胆力を買われ、魔王に推薦されたのだろうから。


 魔王と言う立場の重責に耐えうるものが、そう何人もいるとは思えない。


 だが、思っただけだ。そんなことを口に出せるのは、ゲイルの凶行を後押ししたいヤツだけだろう。


 ここにはそんなヤツはいない。


 だが、ゲイルの考えは俺などには想像も及ばないところにあるのだろうか?


「それでも……あなたと次席の間には、明確な差異があるかもしれない。摘んでみる価値は、十分にある」


 そう言って、ゲイルはついに、双剣の柄に手を掛けた。


「――――気でも狂ったのか、お前ッ!!」


 叫びながら、ナインテイルの前に身を滑り込ませ、ゲイルの目を真正面から見据える。


 この感情は怒りだろうか? わからない。だけど、こうしなければならないと思った。


「さっきから黙って聴いてりゃ! 友好的じゃないだの、摘み取るだの……! 誰が、誰をどうするって!?」


 魔王ナインテイルを護る必要があるなんて、ちっとも思っちゃいない。


 ただ、幼馴染の目に余る自殺願望を、止めなくてはならないと思っただけだ。


「――その眼鏡は飾りかよ!? それともその目が底抜けに節穴なのか!? お前一人で魔王に勝てるワケねぇだろが! それに、周囲に俺達がいるのが見えるだろ!? この中に誰一人雑魚なんかいねェって、そんなことも感じ取れねェのかよ!?」


 実際、ゲイルの視力は悪くない。最後に別れた時と変わっていなければ、その眼鏡は飾りのはずだった。いや、今はそんなことでもいい訳で。


「――だが、それでも。あの男を相手取るよりは幾分マシだ」


 俺をまっすぐに見つめ返し、言葉を放ったゲイル。その言葉に淀みは無く、一切の(たばか)りを感じさせない。


 あの男……?


 少し考えて、分かった。


 劫火の……炎竜ルノードのことだ。


「里に戻ったルノードに……脅されてんのか? 自分に従い、共に反抗する人間や魔王軍と戦えって。従わなければ……殺すって?」


 ゲイルは顔を振り払った。伊達眼鏡が吹き飛び、湿った枯れ草に埋もれて見えなくなる。


「そこまでじゃない。命を握られている訳では。だが……我ら、アニマという種族が存続の危機にあることは確かだ」


 ゲイルは俺の背後を……ナインテイルの顔を見たようだった。


「劫火が戦を始めた以上、もう人間も止まれないだろう。アニマという種族が存在を許されることは、未来永劫無い。ならば……我らが生き残るためには、多少不本意であったとしても。劫火と共に人間の文明を滅ぼし、家畜として扱う他に道はないだろう、と。……随分と乱暴な言葉ばかりになって申し訳ありません。ですが、本日お伝えに上がったのは、こういう用です」


 双剣を抜き放ち、身体の前で交差するように構えたゲイル。


「なるほど、なるほど。ぬしの言い分はよく分かった」


 俺の額を冷や汗が流れる。


 今一番俺が恐れていることは……怒り狂った魔王によって、ゲイルが跡形も無く消されてしまうことだ。


 ナインテイルの沸点は分からないが、今までのゲイルの発言を聴けば、むしろ普通の人間なら怒って当然だろう。


 悪いが、俺達の明日の為に死んでくれ、と。そう言っているも同じだ。


 誰がそんな要件を受け入れる?


「ぬしは血も涙もない凶戦士ではないようだ。……この旅路の最中、ずっと迷っておったな? 劫火に従うべきか、反旗を翻すべきか」


「……………………」


「そして、それはわらわの姿を見て、一方に傾いた」


「…………その通りです」


 背後から、悲し気な気配がした気がするのは、きっと気のせいじゃない。


「わらわが、劫火に比べて余りにも力で劣ったために。一見しただけでは、魔王ということにも気づけなんだな……」


 同じ炎の力を持つ者だからか。


 俺がナインテイルに対して感じるように、ナインテイルもまた、炎竜ルノードに対して劣等感を抱いているということなのだろうか。


「劫火様は、今から丁度二週間後。3月の4日に、アニマの里よりヴァリアーへと進軍を開始します。このことを魔王殿……あなたに伝えることを以て、人類への宣戦布告とするそうです」


「わざわざこの島まで宣戦布告をしにくるとはの。人間界へは……?」


「……劫火様は、同族が減ることを極端に嫌います。アラロマフ・ドールへと使者を送れば、その者が帰ることはないだろう、とのお考えで」


 そう考え至るのは、仕方のないことだろう。


 国家こそ違えど、劫火の憑依体であるアルフレートの仲間は……人間たちによって処刑されたのだから。


「ベルナタの方から代わりに伝えろということか……全く、われらとて人間界と友好的な関係を築けてはいないというのに」


「……お手数をお掛けします」


「…………で? 劫火は同族の死を極端に嫌うと言うたが」


 そこで、急激に周囲の温度が上昇したように感じた。


「ならば、ここでのぬしの行動は独断によるものか? この状況を招いて、劫火を悲しませることなく帰れると思うてか?」


 声色こそ先程と変わらないが、周囲の温度を上昇させているのは間違いなくナインテイルなのだろう。


 後ろ髪が焼け焦げるようだ。魔王は怒っている。


「仰る通り、私の独断です。私が命じられたのは、宣戦布告を伝えることのみ。その後は、大人しく帰還する手筈でした」


 それでも、ゲイルは引かない。


「その際、魔王の実力如何によっては、そちら側に寝返ることも視野に入れていました。……だが、駄目だ」


 ゲイルの中にも、底知れない怒りが燻っているようで。


 それはナインテイルに向けてというよりも、まるでこの世界の……この時代の状勢に対するもののようだった。


「あなたでは、劫火には勝てない。この場の全員を以てしても、劫火を止められない。黒仮面のアニマにも、恐らく」


 黒仮面のアニマ……だと?


「それは、あの青髪たち……俺と戦った奴らのことか?」


 思わず問いかけると、ゲイルは頷いた。


「そうだ。黒仮面のアニマたちは……里の外の世界を生き抜いてきた、エリートだ。劫火が目覚めてから、彼の手足として任務を遂行している」


 劫火の手足として……? だが、青髪のアニマは、ニルドリルの自殺を止めなかった。


 ルノードは、魔王ルヴェリスを死なせたくなかったはずだ。なら、むしろニルドリルを生きたまま捕らえ、魔王城へ引っ張っていくことが最前のはずだが……。


 黒仮面のアニマたちは、いつでもルノードを連絡が取れる訳では無く……独自に考えて行動することを許されている? それが裏目に出たのが……半年前の件、なのか?


「して、わらわたちでは劫火に決して届かないと確信したぬしが、剣を抜いた理由はなんじゃ」


 背後でナインテイルが構える気配はない。彼女は、剣を抜いたゲイルのことを脅威として認識していない。


 さすがはというか、余裕の態度だ。怒りこそ感じるが。


「例え劫火に劣るとはいえ、ぬしでは手が届く相手では無いと。それに気づけないほどの人物ではあるまい。レンドウ君の既知なのだろう?」


 そうだ、ゲイルがそれに気づけない筈がない。


 こんなのは、殆ど自殺だ…………。


「私は、私の命より大切なものを知っているだけです。例えこの場で殺されるとしても。必ず半数は道連れにしてみせる。魔王様、あなたのことも」


「……よう、言うた」


 その瞬間、背後で膨れ上がった炎熱に、思わずそちらへと顔を半分傾けてしまった。


 魔王ナインテイルの右手が掲げられ、そこから炎の柱が屹立していた。それをそのまま叩きつければ、この場にいる全員が巻き添えを喰らいそうに見えるが……さすがにそこまで怒りに我を忘れているとは思えない(思いたくない)ので、きっと凝縮して、確実にゲイルだけに当てようとするだろう。


 ゲイルは当然、ただでそれにやられるつもりはなく、善戦するつもりなのだろうが……どうやって生き延びるつもりだ。


 分からない。その手立てが分からないなら……とりあえず、差し当たって今の俺がするべきは……こうだろう。


 掲げられたナインテイルの右手の軌道を妨害するように右へと一歩踏み出しつつ、両手に緋翼の剣を……緋刃を練り上げる。


 そうして、他の誰よりも先に、俺の左手でゲイルに向けて剣を振り下ろす!


 ――これしかない。


 身勝手にも、ゲイルの命を救いたいのなら。


 誰にも有無を言わせずに、この俺の手で勝利を収めてやればいい。そうだろ……!?


 ゲイルの右の剣が俺の左の剣とかち合う。力比べをするつもりなど毛頭ない。むしろ、時間がないんだ。


 一刻も早く、この場所から移動したい。


「ざらァッッ!!」


 右足でゲイルの腹を思い切り蹴飛ばし、距離を取らせる。5メートルほど後退したゲイルへとすぐさま肉薄し、両手を重ねるようにして緋翼を思い切り叩きつつける。


「オアァァァァァァッッ!!」


 消耗度合いなど気にしない。とにかく大質量の緋翼で、ゲイルがそれを受けきることを躊躇するほどの威力を叩きつける。そうして、更に後退を余儀なくさせる。


 ――これで、よし。少しはナインテイルから離れることができたはずだ。


 だが、それで気を抜いている暇は無い。


 早くゲイルを倒さないと。無力化する……拘束するよりも、意識を奪うのが手取り早いだろう。


 双剣を目の前で交差させたゲイルの構えには、隙が無い、それこそ、防御を許さないほどの強力な攻撃を繰り返すくらいしか、俺には突破する方法が無い。少なくとも、すぐには思いつかない。


 だが、それではすぐにガス欠に陥ってしまうか……!?


「――手を貸すぜ」


 その時、俺の隣に立ったのは……ダクトだった。


「――助かるけど、業を煮やした魔王の攻撃に巻き込まれても、俺を恨むなよ」


 早口でそう忠告してやると、


「いや、むしろ魔王は人間界からの客人であるこの本代に傷を負わせることを恐れていると言ってもいい。俺があのアニマに張り付いてれば、魔王は手出しできねぇはずだ」


 ダクトも早口でまくしたてた。今が切迫した状況であることはダクトも感じているようで、言い終わるや否や、すぐさまゲイルに向けて飛び掛かった。


 ……そうか、確かに、そうかもしれない。


 本代ダクトを巻き込む可能性のある攻撃を、ナインテイルは絶対に選ばないだろう。


「……ありがとう」


 そう零した俺の目の前で、宙に浮かぶダクトが、両手で握った黒銀のナイフを、交差したゲイルの双剣に打ち付けた。


 一般的に宙に身を投げるのは愚かだとされているが、それはダクトには当てはまらない。


 なぜなら、あいつは戦闘の天才で、空中で態勢を自在に変えられる……そういう場面でしか、そもそも跳躍しないからだ。


 ダクトは身体を丸めて、自分の身体を回転する刃に見立てていた。ゲイルの両足が土へと軽く沈み込み、ダクトは地面から垂直になるように身体をぴんと伸ばした。


 ゲイルの双剣とかち合った黒銀のナイフを起点に、逆立ちをしているかのようにも、一瞬だけ見えた。


 だが、次の瞬間には既にゲイルの背後に着地する態勢になっている。背中を向けた形で着地するはずのダクトの背中を狙って、ゲイルは振り返りざまに右の剣を放ったのだろうが……何故かダクトはすでに向き直っている。


 違う、空中で身体を捻じっていたのだ。そもそもダクトは、こちらを向くように着地していた。


 そうして、身体ごと振り返ろうとしたゲイルの動きを右手の黒銀のナイフで完全に止め、その顔に左手で掬った泥をお見舞いした。


「魔国領の土の味はどうだ? 俺は食ったこと無ぇからわからねぇんだよな」


「――そもそも、食べ比べるだけの経験はない」


 泥が地面に落ちる。顔の周辺を護るように展開していた緋翼を体内へと撤収させつつ、ゲイルはそう吐き捨てた。


 それが、互いに選りすぐりの才を持つ、ゲイルとダクトのはじめての会話だった。



魔王ナインテイルは冷静なキャラクターとして書いていく予定でしたが、登場して早々にゲイルによって無理やり怒らせられてしまう状況に。いや、これナインテイル一切悪くないって。

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