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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第10章 斜陽編 -アニマと冬の開戦-
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第160話 見知った気配

投稿を再開していきます。



「そんなに硬くなる必要はないぞ。わらわなぞ、周囲の手を借りてようやく、魔王としての務めを果たせるか否かというところの、若輩者でしかないのじゃからな」


 自らの胸の中央を、右手の指先を揃えた状態で差しつつ、魔王ナインテイルが言った。


「いや、それでもあなたがベルナタのトップなのは変わらないですからね。こっちとしても、礼を欠くことは避けたい訳ですよ。人間の代表として」


 そう答えるダクトの声色は平常通りであり、恐れや不安など微塵も感じさせない。


 まぁ、確かに暫定魔王ナインテイルは、先代の魔王ルヴェリスが纏っていた情報圧のようなものが薄い。


 強大な力を保有していることは間違いないのだろうが……先代とはスケールが違う。


 とは言っても、もしのもし、やり合うことになったとしたら。例え本代ダクトであっても為すすべなく敗北する……はずだよな?


 自分をどうにでもできてしまう力を持つ者が目の前にいるというのに、平常心を保てるというのは凄まじいメンタルだ。俺もその精神力が欲しい。


 俺が何かをやらかしさえしなければ、魔王が俺を攻撃することなんてあり得ないとは分かっているけれど。それでも、肩に力が入るのは抑えようがない。


 ほら、階段の遥か上でも、門番たちが予期せぬ魔王の来襲に震えているぞ。あの震えはもしかすると俺が感じているような畏怖ではなく、憧れの存在が目の前にいることに対する感動かもしれないが。


「魔王サマ、こんなところで油売ってて大丈夫なんですか?」


 大切な執務に穴を開けていいのかよ、地味に休憩長くないか、いやそもそも雪を魔法で溶かすことは休憩になるのか? 余計に疲れない? という内容を簡潔に、だが丁寧な言葉で質問したつもりだ。


 ベルナタ……ベルナティエル魔国連合は一枚岩ではない。人間界と同じく、様々な思想を抱く魔人達が集まり、国を興した。


 外界の脅威に対応するため、自国で争いをしている場合ではないと連合国を成立させて100年余り。それでも結局、大きく分けて人間との融和派、敵対派が対立する構造になってしまっているらしい。


 そんな連合国のトップに立った魔王ルヴェリスは融和派を率いて、人間界に近い場所にこの拠点を構えた。


 敵対派に対しては「万が一人間界から攻撃されることがあるとしても、本国よりも先にここが標的になるから安心してください」と説明して、だ。


 あの人は自らを盾にすることで、ベルナタ本国と人間界の双方を護り続けてきたんだ。


 その魔王ルヴェリス亡き後……完璧に彼の代わりになることは難しいとしてもだ。少しでも平和な世の中を実現できるよう邁進(まいしん)することが、新たなる指導者には求められるだろう。


 能力で劣っていればこそ、信頼に足る姿勢を示さなければ下の者は付いて来ないのではないか。


 ま、俺なんかが口を出していい話じゃないのかもしれないし、魔王の機嫌を損ねるのは怖いので、あまり突っ込んだことは言えないが。


 俺自身が出来ないことを、相手に求めるのもなんだか……勝手だと思うしな。


 魔王ナインテイルは腰に手を当てて、得意げな顔をした。


「わらわの仲間は優秀で、それでいて寛容じゃからの。……そもそも、誰もやりたがらなかった魔王の椅子に座ったのは、やつらに泣いて頼まれたからじゃ。わらわの自由な時間は保障されておる」


 執務に関してはザークニシュとステイルにわらわとほぼ同格の権限を授けておるしな、と付け加えた魔王。


 ザークニシュと言えば、かつて魔王ルヴェリスの近衛騎士長を務めていた男だ。ルヴェリスの死後も彼への忠誠は消えることなく、現魔王の補佐を立派に勤め上げている。


 ステイルとは、ナインテイルと同じ妖狐の隠密であるフォックステイルさんのことだ。シュピーネルの兄でもある男だが、彼もまた、魔王の補佐役に抜擢される程の能力を持ち合わせているんだな。


 それでも、結局最後に舵を取るのはこのナインテイルという女な訳で。


 ……まぁ、そりゃあの立派な先代魔王の後釜になんて、誰も好き好んでなりたがらないよな。普通だったらプレッシャーに圧し潰されそうだ。


 この飄々とした人物が選ばれた理由は、周囲がそれを欲したからかもしれないな。


 安定した精神状態で、魔王の椅子に座れる人物を。


 周囲の人間たちがそれを望み、納得しているというのであれば、俺が苦言を呈する必要は無いのだろう。


「……それじゃあ、今日はずっとオフなんですか?」


「ま、何事も起きなければ……夜までは何の予定もないことになってはおった…………がのぅ」


 そう答えたナインテイルの口調は、まるでそうなるはずがないと言っているようで。


 不思議に思い、遠くを見据える彼女の視線を追えば……遥か遠く、再び開通した剣氷坑道の方面で、何やら動く点がある。


 あれは……2頭のナイドと、それに乗る人物だ。


 前を行く栗毛色のナイドの上に白い髪を見つけ、レイスだと直感した。そのナイドは俺の愛馬であるチャパで、レイスの後ろにはリバイアがしがみ付いているのだろう。


 だとすると、もう一頭のナイドには誰が乗っているのだろう。パッと見ではそのナイドの名前が出てこない。影山邸などから一時的に借り受けた個体だろうか?


 その背に乗る人物も、ここからでは判別できない。顔を、いや、全身を隠すようにフード付きの長いマントを着用しているのか。


 黒すぎる程黒い出で立ちは、ともすれば黒仮面のアニマたちを連想させるが……まさかな。


 そう思いながら、段々と大きくなる人影を眺め続けて。俺は愕然とした。


 ――この気配は……知っている気配だ。


 だけど、まさか、そんな。


「…………まさか…………」


「…………どうしたの、レンドウ?」


 震える俺を見かねてか、カーリーが心配そうに問いかけてくる。しかし、それも殆ど耳に入っていなかった。


 魔王軍じゃない。ヴァリアーでもない。もっと長く親しんだ気配だ。


 思わず、左手で胸元を掻きむしるように強く握りしめていた。


 やがて、俺達の手前で足を止めたナイドから俺を見下ろした黄玉の瞳は。


 嫉妬してしまうくらいに端正な顔立ち。真ん中で分けた長い黒髪は。飾り気のない眼鏡は。


 俺へと向けた視線の温度と、肌がひりつく程に感じる緋翼の気配以外は、全てが……俺が見知った人物そのものだった。


「……………………ゲイル」


「……………………」


 ようやくそう零した俺には何も言うことなく、彼はナイドから降り立ち、ナインテイルたちの方へと向き直った。


「――皆さま、はじめまして。私はアニマの里より使者として参りました、ゲイルと申します」


 そう、挨拶と共に頭を下げたのだった。


「カーリーさんっ!」


 水色の髪の少女――リバイアが元気よくカーリーに飛びつき、彼女もまた両手を広げて迎え入れていた。


「……おかえりっ、リバイア」


 その光景を微笑ましく見守る余裕など、今の俺には無かった。


「ただいま、レンドウ。……大丈夫?」


「……あァ……」


 心配そうに俺の背中に手を当てたレイスにも、上手く返事を返すことが出来ない。


 まるで俺をいないもののように扱う、幼馴染の背中を見つめることしかできなかった。


 心臓は、早鐘のように打っている。


 ――世界がひっくり返っても、俺に魔王は務まらないだろうな。


 場違いにも、そんなことを思った。



レンドウの語りや、夢の中にのみ登場していたゲイル。レンドウの兄貴分が、ついに登場しました。

いや、ここまで本当に長かった。

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