第158話 シルクレイズの変
新章であり、新編です。
◆レンドウ◆
――俺は、魔王に付くことにした。
劫火とアニマが人間界を滅ぼそうとするなら……それを阻む立場になろうと。
端的に言えばそうなるのだろうが、俺を取り巻く環境も、世界もまた複雑な訳で。
正しく言い直すなら、ヴァリアーとの契約を保持したまま、外部隊員として魔王軍に協力していく。そういう立場になった。
ヴァリアーを含めたアラロマフ・ドールを支配しているという金竜ドールに直接会った訳じゃないから、心からヴァリアーに忠誠を誓えているかといえば、そういう訳でもないんだが。
少なくとも、ヴァリアーには大切な仲間達がいる。できれば敵対したくない組織だ。
金竜の人柄を知りたいという気持ちはあったが、まずは魔王軍の人々と交友を深めることを優先した。
それに何より、魔王ルヴェリスに残された時間が少なかったから。
魔王が自刃するより前に、少しでも彼の知識を継承したかった。
当然、そう考えたのは俺だけじゃなかった。あらゆる魔人が魔王の元を訪れ、知識を求め、別れを惜しんだ。
それでも魔王は……少し、俺のことを特別扱いしてくれていた部分があって、沢山の時間を作ってくれた。
沢山……と言っても、あの魔王と劫火がぶつかり合った日から……彼が死ぬまでの一か月あまりの話だったが。
――しかし、あの日から状況は随分と変わってしまった。
……俺達がエスビィポートを後にした、わずか3日後のことだったそうだ。
丁度、俺がニルドリルと戦っていた頃だったのだろうか。
ランス、平等院、ジェノの3人が、アロンデイテル政府によって処刑されていたことが明らかになった。
ニルドリルによるエスビィポート襲撃の責を問われたのだと。
3人は怪我をした身体のままアロンデイテルの首都であるシルクレイズまで連行され、満足に弁明すらさせてはもらえず、翌日には処刑が執行されたのだという。
更に、魔王城から遣わされていた、エスビィポート襲撃の黒幕がニルドリルだったと伝えた使者2人すらも、アロンデイテル政府は処刑したらしい。
……俺はアロンデイテルという国に詳しくない。貿易国家という名前と、シャパソ島一の規模の港である、エスビィポートを通り抜けた程度だけだ。
だが、戦火に包まれたあの街の混乱を少しでも抑える為、善意であの場に残ったランス達を殺した……など。
到底信頼に足る国家ではないと。そう考えざるを得ない。
俺達がそのことを知らされ、驚愕と怒りに拳を握りしめたことは言うまでもない。
恥ずかしながら即座に荷物を纏めて、エスビィポートまで殴り込みに行こうとすらしたさ。
だけど、陸路では剣氷坑道が崩落したままで通り抜けられない。魔王城裏手の港からの海路では、俺自身が船旅に耐えられない。
空を飛んでいくのはそう簡単ではない。それに、海路だろうと空路だろうと、誰かの協力が必要不可欠だった。
周囲の人間は、暴走しかけた俺を止める側だった。
勿論、苦しい気持ちだったのはお互い様だろう。俺だけが怒りに身を焦がしていた訳では無かった。
全員が血の涙を流しながら、無益な報復を堪えようとしていた。
――俺達の怒りを代弁するように。劫火がアロンデイテルを攻撃したという報せが入ったのは、その翌日の昼のことだった。
首都シルクレイズは、わずか一夜にして壊滅した。
エスビィポートが軽く2つは入るほどの大都市であったらしいそれは、城壁から何まで粉々に砕かれ、石畳が溶けたような有様で。
……王族から民草まで、一人残らず死に絶えたそうだ。
シルクレイズが攻撃されている場面を直接見て、生き残った者はいない。
ただ、イェス大陸より海を渡ってシャパソ島まで侵入し、シルクレイズ方面へと飛び去った、巨大な赤いドラゴンの目撃情報と。
シルクレイズを中心に、焼き尽くされた森林地帯があるだけだった。
それでも、人々はまことしやかに噂した。
――人類を滅ぼそうとする、新たなる魔王が現れたのだと。
その“焦土の魔王”が、これから始まる世界侵略の手始めに、見せしめとしてシルクレイズを滅ぼしたのだと。
……一部は合っているだろうところが、実に頭の痛い話だね、と。我らが“博愛の魔王”である魔王ルヴェリスは嘆息した。
つい先日、決闘の上で決められた約束事であったはずなのに。
魔王ルヴェリスのやり方で人間界との和平が為せるのかどうか、劫火は一年間静観することになったはずなのに。
……それでも、劫火は耐えられなかったのだろう。
――さすがは俺の……アニマのシンだよ。シンまで直情的で考え無しとか、どんだけ救いが無いんだ。
いや、シンがああいう人間だったからこそ、俺のようなアニマが生まれたのだろうか。
だとすれば、余計にやり切れない話だ。
俺には、俺の暴走を思いとどまらせてくれる仲間たちがいた。
だけど、劫火にはそれが無かったんだ。あいつの行動を止めようとする者が、アニマには居なかった。いや、本当はいたかもしれない。それでも、あいつは止まらなかった。止まれなかった。
強大な力を持つ故なのか? それとも、長い年月を掛けて降り積もった、人間への怒りのせいなのか?
それは分からないが、とにかく劫火は人間への戦争を始めてしまった。
現状では、シルクレイズを滅ぼして以降、劫火やアニマが人間の国に攻撃を仕掛けたことは無い。
だが、魔王の見立てでは、「一度攻撃を開始した以上、劫火が一年間も次なる行動を起こさないはずがないだろう」とのことだ。
魔王との約束を反故にしてでも、劫火は人類を叩くことを決めてしまった。
目に見えて気落ちしつつも、魔王ルヴェリスは全てを諦めたりはしていなかった。
配下の者たちに知識を引き継がせ、自分の死後も魔王軍が機能できるよう計らった。
人間界と交渉し、話し合いの場を設けようとした。ヴァリアー襲撃やエスビィポート襲撃を初めとする騒動の真実をしたため、各国に親書を送った。
――それでも、残念ながら今の人間界には受け入れられなかった。
人間たちは、焦土の魔王とされる赤いドラゴンと、魔王ルヴェリスの関係を疑っていた。
そんな彼らにとって、ルヴェリスの言葉は到底信用できるものでは無くなってしまっていた。
魔王の目から見ても、こうなってしまってはもう、自らの首を帝国に差し出す事は危険だと、判断を変えざるを得なくなったらしい。
既に地竜ガイアを保有し、更に魔王ルヴェリスの遺体を手に入れもすれば、帝国はそれを元に恐ろしい研究に手を出しかねない。完成したそれを持って、魔人を完全に滅ぼそうとしかねない、と。魔王はそう考え直したらしい。
どうもルヴェリスが友好的な関係を築きたいのは人類全体であって、その中でサンスタード帝国は優先度が低いというか、むしろ要注意な相手……目の上のたんこぶといった雰囲気だ。
結局魔王は自刃することなく、10月の5日にその長きに渡る生涯を終えた。
沢山の魔人達に囲まれた、上等な最期だったと。……そう、手放しで喜べるような情勢では、決して無かった。
「どうか、全ての種族が手を取り合える未来を……諦めないでほしい。劫火を、恨まないで欲しい」
魔王は生前、繰り返しそう皆に伝えていた。最期の時もまた、そうだった。
…………だけど、俺はどうしてもそれに納得できない。
ランス達を処刑したアロンデイテル政府も。それに激昂し、人間界へ戦争を仕掛けやがった劫火……炎竜ルノードも。
両者に対する怒りが、ずっと俺の中をぐるぐる回っている。
それは熱を持ち、俺を内側から焼き焦がそうとする。
あいつがアニマのシンだとか、そんなことはもう知ったこっちゃない。
アルフレートに憑依していたからこそ、アルフレートの仲間の死に、より強く怒りを覚えてしまったのかもしれない。魔王はそう推察していた。
――だけど、そんなことが良い訳になるか?
人間の街を、国を滅ぼして。
魔王との約束を反故にして、人間と魔人の和平の道を邪魔して。
一つの種族を統べる王なんだろ?
一時の感情に身を任せて、自分が気持ちよくなるために大量虐殺に手を染めやがって。
魔王ルヴェリスが、どんなに悲しい気持ちになったか。
むしろ俺よりもお前の方が、ずっと分かってるはずじゃなかったのか。
「…………許されないぞ、ルノード」
こうして、俺と劫火の道は分かたれた。
――世界に混乱をもたらした“焦土の魔王”。それを打ち倒す為の、俺と仲間たちの物語が幕を開けた。
お読みいただきありがとうございます。
随分と暗い回になってしまいました。
語り部であるレンドウ君にとってはもうしばらく過去の出来事となっているため、一応は落ち着いた文章になっているのがポイントです。「!」が無かったんじゃないかな。