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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
特別編 緋色のグロニクル前日譚「ペットのケンリ」
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妖怪パルクール男


1.



 ユウは現在、高速で移動している。


 はやい。はやすぎる。びゅんびゅんと視界に映る景色が変わっていく。


 移り変わる景色は、青々とした雲一つない快晴の空から照りつける太陽によって照らされる、人気のない市場だ。時間が朝早いからか今は人が少ないが、誰もいないという訳ではない。商品を並べ始めている働き者たちもちらほらと見受けられるが、あいにく作業の進み具合は芳しくなさそうだ。というより、皆揃いも揃って上を見上げている。上というか、こっちを。ユウを見上げている。


 どうやら住民たちの驚愕の視線を一手に引きつけてしまっているらしい。ユウの顔が果たして何の影響によるものか、赤く染まる。その足は地面についていなかった。というかユウ一人であれば住民の視線を独り占めしながら高速で建物の上を縦横無尽にパルクールできないだろう。


 ――見られてるよ。めっちゃ見られてる。見られまくってる。


 ユウを空中に留めているのは、若い男。というか、少年。幼い顔立ちから人さらいの類には見えないが、類まれなる身体能力で建物から建物へと飛び移って移動していく。ユウを抱えながら、だ。


 もちろん、人間一人を抱えながらのパルクールに限度はある訳で、時折「つかまって!」とユウに注意を促し、ユウを抱える手を一旦離し――そう、実は今ユウはお姫様だっこされている状態なのだ――掴めそうなでっぱりや看板に手を伸ばして、それを掴んで強引に自分とユウを引っ張り上げる。そうやって住居の屋根を渡っていく。すさまじい技術だ(技術という名の筋力だろうか?)。


「ひゃうっ」


 とにかく、ユウとしては不本意ながら少年の首に手を回して強くしがみ付かざるを得なかったり(しなければ落下してしまう)、衝撃に思わず声を漏らしたりしてしまう訳で。


 ――死にたい、死んでもいいと思っていたけれど、やっぱり体は生きたいって思ってるんだなぁ。


 人間として大切なことを思い出せたような気がした。


 だからと言ってこの少年に感謝の念を抱くつもりなど毛頭ないが。


「ずっとつかまってて! 危ないから!」


 いますぐ離せやクソガキがコラ。とユウは思ったが、舌を噛んでしまいそうなので何も言えないし、リアクションもしたくないので……要するに無視した。のだが、少年はどうやらそれを肯定と受け取ったらしい。


「もう少しで降ろしてあげられるから、ガマンして! スパートかけるね!」爽やかな笑顔で言った。


 ――かけんでいい!


 ――っていうか、そもそも、なんでこんなことになったんだっけ……。


 ユウが思い出すのは、兄と共に外出した時のこと……。



2.


 野良。それは俗称らしい。飼い主を持たない地球人の。いや、兄の話によると、正しくは外来人の、ということだ。ユウの住んでいた惑星以外にも、少ないながら拉致の被害に遭っている星があるらしい。


 ――まるで野良猫とか野良犬みたいに言うんだ。ひどい話。わかってたけど。


「その野良の集まりは近くにあるの?」


 出かける際にまともな格好に着替えた兄に尋ねるユウ。彼女自身はノノリスの服を着ている。許可はとっていない。ユウのことが嫌いなノノリスは怒るだろうが、それは発覚した時の話だ。ノノリスは現在、ホド夫妻と共に隣国にいる。


 兄がいいと言っているんだし、今はこれで構わないだろう。問題は、年下のはずのノノリスの服がユウにぴったりだということだけだ。


「うん。“野良”にも多種多様な暮らし方があるんだけど、僕が関わりを持ってるのは一つだけ。市場の裏路地にあるんだ」


 ふーん。気のない返事をしたユウは、緊張していた。


 ――ついに、一か月ぶりに、まともな人間に会うんだよね……。


 ユウにとっての人間とは、もちろんユウにとっての地球人のことだ。


 ――いっぱいいるのかな。どんな人達かな。仲良くできるかな。できるよね、同じ地球人なら。


 緊張して考えこむユウを横目に、兄がいつものように心を開かせようと優しく声をかけ続ける。


 ユウが家を離れるのはまだまだ異例のことなので、目は離せない。兄は改めて気をつけよう、と決意した、その時。


「あら! アーちゃん、おはよう」


 ご近所さんからの挨拶だった。おばあちゃんだ。アーちゃんというのは、兄のことか。ユウはさっと顔を伏せたが、その対応は果たしてどうなんだ。


 案の定、おばあちゃんはユウの奇行に首をかしげた。


「あ、おはようございます! どうも、ロサベルさん」


 兄がそれに答えると、ロサベルはにっこり笑って、


「そちらのお嬢ちゃんは?」


 と尋ねてきた。


 まぁそうなるよな、しかし、うぐぐ。兄の反応はそんなところだった。視線をユウの頭部に持っていく。ユウには外出時には無用なトラブルを避けるために帽子の着用を義務づけていたが、近所のおばあちゃんにまで必死になって身の上を隠す必要はあるだろうか?


 兄は、ロサベルの顔を直視できないまま、ユウの身の上を正直に明かした。


 ロサベルの顔を見ることができなかったのは、その後にどんな反応をするのか見たくなかったからだ。


「――ペットだって分かると、皆がみんなああいう反応するの?」


 ロサベルと別れてから、ユウが自分の頭を押さえながら言った。落ち着かない様子だ。それはそうだ、ユウの心臓はバクバクいっていた。宇宙人と触れ合うなど。


 ――まさか猫可愛がりされるとは……。


「さすがにそれは、ロサベルさんだったからだと思うけどね」


 兄は少しホッとした様子だった。兄としては、ロサベルがペットだと知ったユウを見るからに見下すような態度になり、何よりそれにユウがショックを受けることを恐れていたのだが、気のいいご近所さんに対し、それはさすがに警戒しすぎだったようだ。


 もっとも、破顔して思い切り可愛がる相手のことを、対等な人間としてみているとは言えないだろうが。良くも悪くも、()()()()()()()()()()()()()()()と言えるだろう。これが現実だ。ユウを人間だと見なせるのは、それこそ同類だけだ。


 ユウは撫でまわされた頭が気になるのか、帽子を脱いで頭をわしゃわしゃしていた。あんまり人前で帽子を取らないで、と言いたかったがさっきの今で兄も少し油断していた。ちょっとくらい帽子を外していても問題はないかもしれない。猫可愛がりされるくらいなら、トラブルとは言えないだろうし。ユウは可愛いから逆に安全ということなのかも。


 本当に油断していた。


 兄は少し足を止めて、“野良”へのお土産にしようと、朝早くから屋台の準備をしていた顔なじみのオヤジに声をかけて、食糧を調達していた。


「……ユウ?」


 いなくなるなんて、考えもしなかった。振り返ると、いつの間にかユウはいなかった。


 見ると、足元に帽子だけが落ちていた。ユウに渡したキャスケットだ。


 少し遠くで、ユウの声が聞こえた気がした。切羽詰まった甲高い声。


「――ユウ!?」


 慌ててあたりを見渡すが、もう声の発生源を突き止めることはできそうにない。朝の市場は静かに戻ってしまった。


 まずいな。とりあえず、冷静にならないと。兄はたぶん、冷静になりきれていない頭でそう思った。だから、声の聴こえたと思った方向に走り出した。足元を見ていなかった。


「きゃあっ」


 どんっ。


 兄は小柄な人物にぶつかってしまった。


 失態だ。僕の過失だ。


「ごめんなさい、急いでて。……って、君は……」


 ぶつかったのは、見覚えのある少女だった。


 頭にタオルをターバンを巻くように固定したその出で立ちから察するに、彼女の正体は……。


「こっちこそごめんなさい! 今あなたのお連れさんを連れ去ったのは……わたしの友達なの!」



改めて昔の自分が書いたものを読んでいる訳ですが……なんというか、あざとい!

ユウを可愛く書こうと頑張っているのが伝わってきました。

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