表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
特別編 緋色のグロニクル前日譚「ペットのケンリ」
173/264

塀の向こう側の平和

特別編です。残念ながら未完の物語なので、気持ちよく完結することはありません。

本編で魔王ルヴェリスより語られた、「約1000年前の物語」にあたるものです。


「緋色のグロニクル」に繋がる物語であり、当初はこちらを先に書く予定だったのですが、グロニクルだけでも完結させることに苦戦している上、完結後も続編を継続していくつもりでいるので、無限に後回しになってしまいそうなこの過去作「ペットのケンリ」は、この際に放出しておこうと思った次第です。


既にネタバレしてしまっている物語ですし、軽い気持ちでお楽しみいただければ幸いです。



「うわぁっ! すごい! 本物の戦艦だ!」


「一生に一度かもしれないからな、よーく見ておけよ」


 ――なんの馬鹿騒ぎ、もといお祭り事だろうか……ユウは興味もないから気にもしないのだが。


 なぜこんなにも沸いているのか、理由は聞かされたような気もするが、ユウは覚えていない。


 小さな子供達の歓声、それ以上に大きな大人達の歓声や奇声。熱狂の波が押し寄せてくる。


 馬鹿みたい。照りつける日差しのせいか、むかむかする気持ちを隠せない。どうしてあんなにはしゃげるんだろう。ユウはそう“思い”ながら、黙々と歩を進めた。望むものではなくとも、半ば義務的な行為、それが()()だからだ。


 自らに与えられたちっぽけな自由と命を守るためにできること。それは考えるより先に受容することだったから。


 まるで自暴自棄のように、棒になろうとする足も無視して、歩き続ける。別に何かから逃げようというわけではないが、しいて言えば、この世界そのものから逃げ出したいのかもしれなかった。


 そんなユウの足音を止めさせるもの、後ろから追いすがる足音があった。


「ユウ。待ってくれ、もっとよく見ようよ! 君は絶対に後悔する! あれはもう二度と見れないものなんだよたぶん」


 興奮した様子で迫ってきたのは、大学生の兄。


 兄というのは、ユウにとってのではないが。


 ユウは本来の地声よりも低く、ずっと暗い調子で答える。


「……あんたが観ていたいなら、勝手にすればいい」


 ユウは再び歩き出す。


「……一人で。放し飼いでもいい。帰れるから……」


 その言葉に、兄は悲しそうな表情を一瞬浮かべたが、すぐに取り繕うように普段の笑顔に戻ると、


「いや、わかったよ、僕も一緒に帰る」


 ユウの後を歩き始めた。それきり会話は途切れる。少なくとも、兄にはユウに不用意に話しかけ続け、困らせようという意図はないらしかった。


 ――ユウを一人で歩かせるのは危険だ。


 兄がそう考えるのには理由があった。一つは、勿論この世界の情勢故だ。


 一応ユウには大きなキャスケット帽を被せているが、そんなものでごまかせる範囲は限られているだろう。


 あまり大っぴらにするべきではない身分というものもある。いい意味でも、悪い意味でも。


 そしてもう一つの理由は……ユウの外見がとても魅力的ということだ。この世界に来てから仏頂面を初めとしてネガティヴな表情しか見られていないが、大きな茶褐色の瞳、長いまつげ、線の細い顔、赤みがかったサラサラの長い髪に、華奢な肢体。通りを歩けば五割は振り返ろうかという美少女だった。


 その魅力と将来性を備えた中学3年生のユウを、兄が気に掛ける理由。それは決して下心ではない、と本人は信じている。憂いを帯びた表情に時折ハッとさせられることが無いでもないが。


 ――世の中の誰もがユウを面白がってそういう目で見ようとも、僕だけは真の味方でありたい。彼女の……()()()()の。


 元々人垣を避けるように歩いていた二人だが、今ようやく最後の人の砦を越えたところだった。きちんと整備された公園の芝生がよく見える。どんなに楽しいイベントでも、一部の心無い人によるポイ捨ては無くならないものだ。


 全てがわざと投げ捨てられたものだと決めつけてかかるのも横暴かもしれないが、放置され風に煽られたビニールシートや、紙屑、紙パック飲料などが目立った。


 文明の発達とともに道徳や倫理観が疎かになっていくのは、どの世界でも同じものなのか……。兄は思った。目の前を、掃除ロボットが駆け抜けていく。それは全長一メートルほど。円柱状の胴体をしていて、真下に取り付けられた4つのホイールで自在に走行する。小さな段差で機体が傾こうものなら、ぱかりと側面から出たアームで体を支える。そのままその腕でごみを拾い上げると、まるで呑み込むようにそのごみを持ったアームが円柱部に格納された。


 円柱の上には透明なガラスで覆われた半円がそのまま断面を下に接しており、まるで一昔前に流行った映画のロボットのようだ。そこからまるでソーラーパネルのような板が覘いている。ちかちかと赤く点滅する光がいくつもあり、それはどうやら周辺の地理情報と共に同型機の位置を示しているようだった。その気になれば道案内とかも買って出てくれるだろう、こいつは。この機体に収納できないほどの大きなごみを発見した場合は、更に大型の機体の援助を要請することで解決するのだろうと思う。勿論、その際に人間の許可を取ることはない。全自動だ。


 油断があるのだろう、先人が発明した利器のある当たり前の生活にあぐらをかいて、他人を思いやることを忘れ、自分勝手に生きていくのだ。


 この時代の人間は、当然の倫理観を忘れ、してはいけないことをしているのではないか?


 兄はそう思い、改めてあたりを見渡す。


 ――隣国レピアータとの和平条約締結。そう、ようやくなのだ。我が国パラトネチカは、長らく続いた戦争にようやく一区切りをつけることになった。まだこれから大変な変革の時代が来る。


 そんなこと、僕にだってわかりきってることなのに。この人たちはなんだってこうも浮かれていられるんだ?


 人々が浮かれる理由は多々ある。戦争が終わったことを単純に喜ぶ人間は多いだろう、しかし分析してみれば、自らの気持ちに整理をつけるため、または深い悲しみを乗り越えるため、払拭するため、騒げるうちに騒いでおこう。そんなものなのかもしれなかった。


 自分たちの世界もまだこれからって時なのに、自分たちの道楽を優先するなんて馬鹿げてる。ましてや、自分が気持ちよくなるために他者を虐げるなんて。一番残忍なのは、自覚がないことだ。兄はユウの後姿を見て、唇をかんだ。


 ――自分たちのしたことが、どれだけの不幸を、衝撃をユウに与えたかわかっていないんだ。そんないきがった、思い上がりの文明に、()()()と関わる資格なんてあるんだろうか……?


 何度も考えたことに、今日も結論なんて出るはずもなく、兄はもう一度、名残惜しそうに後ろを振り返った。


 周りと同じように、馬鹿みたいにはしゃぐのは嫌だ。何より、ユウに悪い。しかし、我が国の節目に、未来に少しだけ期待して。兄の視線の先には、「この記念すべき式典がほかでもないこの場所で開催されることが光栄でならない」とかなんとか言っている市長がいた。勿論その周りには大量のフラッシュをたくジャーナリスト達がいる訳だが、世界的に見れば“ここ”はそんなに重要じゃないだろう。


 全国の12ヶ所で、同じような式典が行われているのだから。


 そういえば、市長に挨拶をするのを忘れたな、そう思った兄の思考を、爆音が引き裂いた。驚いた兄は、蹴り上げた地面に躓きそうになった。いつの間にか芝生ではなく土を踏んでいたことに気づく。もはや公園の敷地内ではない。


 一足先に階段を上るユウから目を離し、音の発生源を見やる。


 空中に静止していた戦艦が、ついに出立するのだ。


 ――飛行戦艦シュタル・ネチカ。


 我がパラトネチカから和平の証として送られる、最大級の軍艦の一つ。最も、ごてごてした武器を積み込んだ戦艦なんかを送れるはずもないので、4つの主砲も砲門ごと分解して取り外され、側面の空間制圧射撃用である小銃窓も、今は無残に穴ぼこの山となっている。

 その一見してボロボロの船体を、むしろ誇るように見せつけ、穴をふさいだり隠したりして取り繕うことはせず、真正面から。きらびやかな装飾と、引き連れた飛行艦隊で華やかな出立を飾る。


 いわば穴だらけの船体は武器を全て捨てた証明として、この場での最大の美徳とされている訳だ。同時に、レピアータからも同様に武装解除戦艦が同数、明日にはこちらに届くはずだ。恐らく最大のエンターテイメントは空中で、シュタル・ネチカとルースレスエイリアがすれ違う瞬間で起こるだろう。


 シュタル・ネチカに乗れるのはほんの一握りの上級貴族だけだ。原則は。それに自分が乗れなかったことと、家族は今頃狂喜乱舞しているだろうことを思い、兄は少し憂鬱になった。


 戦艦同士の空中の邂逅。艦隊による空のダンス。きっと綺麗だろう。その平和の演出のために、相当な量の紙ふぶきやリボン、そして軍の新規約に引っかからないギリギリのラインの火薬、つまり輝かしい花火が積まれていることは想像に難くない。


 ……それに関しては後日、TVでいい映像が見れることに期待するしかない。兄は悔し涙を流さぬよう、最後にもう一度強く、網膜に去りゆくシュタル・ネチカを焼き付けた。


 ――さあ、僕にとっては日常が、ユウにとってはいつも通りの非日常が戻ってくる。お祭りは終わりだ。


 そうして、何よりも手強い世界との、倫理の戦争が始まる。



お読みいただきありがとうございます。


ユウの本名が一本槍優子、兄がレンドウ・アイン・ホドです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ