第157話 世界を知って、俺は
魔王編、最終話です。
◆ルヴェリス◆
――まずは“劫火”。炎竜ルノード。
全ての龍の中で最も武力に秀でたと言われる、≪暴虐の炎王≫の異名を持つ男だ。
炎と熱を操る力を持っている。
彼の目的は、増長した人間を叩くことと、アニマを繁栄させること。
かつては魔人を憎み、人間側に立っていた彼だけど……現在は自らの眷属である、アニマのために生きることを決めているようだね。
むしろ、際限なく力を求める余りアニマを喰うまでに至った人間のことを、魔人以上に嫌悪しているようにも見える。
勿論、アニマや吸血鬼などの力を持った生物の力を取り込もう……なんてほとんどの人間は考えちゃいないし、そもそもそんなことを思いつくはずもない。
したがって彼が滅ぼそうとしているのは、積極的に龍の力を利用し、世界を掌握しようとしている者たちに限られる。
彼が狙いを定めているのは、主にサンスタード帝国と、無統治王国アラロマフ・ドールの指導者たちだ。
両国の王を滅ぼした後は、アニマの国を発展させるために生きていくつもりなのだろうと思う。
拠点としているのは、どこの国にも属さない紛争地帯にある、アニマの里。
彼と敵対することになった場合は、単体でも強力な種族であるアニマ達までも、同時に相手取ることになってしまうだろう。
――次に、“黄金”。金竜ドール。
彼こそが無統治王国とされるアラロマフ・ドールを影で操る存在であり、同時にヴァリアーという組織を作った人物でもある。
何の属性かと言われれば難しいところだが、彼のみが生み出せる特殊なエネルギーを使用する。
これから、ルノードが戦おうとしている相手だね。
“放置”という政策を取っていると、そういうことになってはいるが……あの国に不思議と保たれている治安に、どこからか生産され、流通している通貨。
間違いなく、ドールがあの国を支配していると言っていいだろう。
彼も歴代の金竜から外れることなく人間に与し、発展させることを目的としている。
現在は人間の中でも最も力を持った国、サンスタード帝国と密接な関りを持っているようだね。
果たしてサンスタード皇帝オールドマンとドールが対等なのか、それともオールドマンが命令する立場にあるのか……それは分からない。
ただ一つ言えることは、ドールこそがヴァリアーを創った人物であり、レンドウ君を内部に引き入れたこともまた、ドールが承諾したからこそ実現したということだ。
ドールがレンドウ君に何をさせようとしていたのかは分からないが……。
現在ドールは、エイリアの地下に隠れ潜み、自身が産み出す唯一無二のエネルギーによってのみ動く、兵器の開発を進めているようだ。
金竜と戦うことになった場合は、8年前の戦争とは比較にならない数の金鎧兵と戦うことを強いられるだろう。
生命を持たない土人形のようなものだが……その膂力は凄まじい。勿論、未だ見せたことの無い新兵器を出してくる可能性も考慮するべきだ。
金竜は直接的な戦闘能力に秀でている訳では無いが、無尽蔵のエネルギーから生み出される兵士たちが、それを支えているという訳だね。
……ここまでの二人が、これから君たちに大きく関わることになるだろう龍たちだ。
――次に、“大地”。地竜ガイア。
大地の流れを操れる、古代文明の遺跡を幾つも生み出した龍だ。
彼女の目的は……今はどうなのだろうね。きっと、今でも人間と魔人が手を取り合って生きていく世の中を目指しているだろうとは思うのだが。
あいにく、彼女を取り巻く環境が未知数だ。
テンペストの攻撃により極限まで弱った状態で、更に傷ついた憑依体を手に入れたところで……どの程度の力を発揮できるのか。
また、彼女を連れ帰った者がサンスタード帝国の者だということも気にかかる。
最悪の事態として……サンスタード帝国によって、半強制的に能力を行使させられている状況も有りうると思う。
私に余裕があれば、彼女の無事を確認し、必要があれば解放してあげたいところではあったが……。
これに関しては、次の世代に託すことになってしまうかもしれないね。
現在の居場所については、憶測でしか語ることができない。帝都にいる可能性は高いだろうが……。
彼女は争いを好まない性格だったから、龍としてどれほどの力を秘めているのかも明らかでない。
――次に、“災害”。災害竜テンペスト。
彼女は……前述した通り、魔人を強く憎んでいる龍だ。
現在では親魔人派の龍……つまり、私と牽制しあっているような状態で、かつてほど破壊工作に明け暮れてはいないけど……油断していい相手でないことは確かだね。
現在の地図では北東に位置する、“嵐の海域”の中で暮らしている。
かつて、強い怒りによって能力のリミッターが外れたのか、ルノードに次いで強力な力を誇っている。
天候を操って大雨を降らせたり、雷雲を呼び寄せたり、竜巻を発生させたり。一体何の属性を司っているのか疑問に思わせるほど、様々な能力を行使できる龍なんだ。
ガイアが為すすべなく敗北したところを見ても、並の龍では一対一で争っても勝ち目は薄いだろう。
ただ、私と同じく休むことなく活動し続けているため、もしかすると……命の刻限は近いのかもしれない。
だが、それは決して朗報ではないのかもしれないということを、念頭に置いておいて欲しい。
彼女の死後、彼女の眷属や……次なる災害竜だけでは、外と中の世界を隔てる壁である“嵐の海域”が維持できない可能性がある。それは彼女が“嵐の海域”を留守にした際に、明らかに壁が薄くなっていることからも分かることだ。
今、外の世界がどういう情勢にあるかは不明だが……、外界に生きる地球人たちは、閉じたこの世界に対し、どのような感情を抱いているのか。
果たして友好的な関係を築けるのか、それとも……外の世界とも戦うことになってしまうのか。
私としてはむしろ、このまま中と外の世界は断絶されたままの方がいいのかもしれないとも思うんだ。
勿論、物事に永遠は無い。いつか“嵐の海域”が消えた時のことを想定し、何らかの対策をしておくべきだとは思うのだが……。
何より優先すべきは、どうしても中の世界のことから……となってしまうね。
私にとってテンペストは決して味方では無いが、今はもう少し頑張っていて欲しいと思う、不思議な相手なんだ。
……話を戻そうか。
――次に、氷竜アイルバトス。
彼は200年ほど前に龍になった魔人で、劫火や黄金といった呼ばれ方は存在しない。
1000年前の騒動に関係していない人物であり、どこの勢力に与するでもなく、自分の眷属と共に穏やかに暮らしているよ。
一度会った君たちは知っているかもしれないが、氷の属性を司る龍だ。
このシャパソ島にある山脈で、冬の間に降り積もった雪を利用し、その冷気を維持することで、少ないエネルギー消費で氷の世界を一年中維持している。
彼の存在と能力によって、あの山々は剣氷山脈と呼ばれるようになった訳だね。
どこの勢力にも属していないとは言ったけど、実際は吸血鬼と協力して暮らしている上、現在も人間界からの直接攻撃を避けるために、私たちがこの場所に城を構えることを許してくれている。
どちらかと言えば、ベルナタの味方であることは間違いないだろう。
龍としての力は、原初の龍たちに比べれば数段劣る。
が、ルノードとその眷属に対しては、属性の相性によって有利に立てる……と、私は見ているよ。
炎によって氷が溶かされると考えると、一見不利に思えるかもしれないが……それはお互い様だ。劫火やアニマもまた、冷気を苦手としているからね。
そして、先ほどの私とルノードの戦いで、君たちも見ただろう?
能力を完全に使いこなした劫火とその眷属は、周囲の熱を奪うことが可能になる。
それだけでも脅威となりえるが、彼曰くそれは攻撃ですらない。あの“青い炎”を吐き出す為の、予備動作でしかないのだ。
その点、そもそも奪われる熱をほとんど持たず、冷気によって反撃できる氷竜。
それが最近――失礼、200年余りを最近と表現するのは無理があるね――戦乱の世の中に一石を投じるように現出したことから鑑みるに。
氷竜は、世界を管理する上位存在が、劫火に対抗する存在として力を与えた龍なのではないか、と。私はそう考えずにはいられないよ。
……もっとも、今日までアイルバトスとルノードが刃を交えたことは無いのだけれどね。
――次に、龍たちからは“幻想”と呼ばれている存在がいる。名前は……残念ながら分からない。
私に呪いを掛けた上に、邪悪な魔法剣を創り出し、ニルドリルを操った存在。
この世界に混乱をもたらすことを目的としているかのような、謎多き存在だ。
その動きから推察するに、サンスタード帝国などの人間勢力に味方している訳でもないようだが。
うむ……可能であれば、いつか誰かに打ち倒して欲しいものだなと。そう考えているよ。
……残念ながら私は、彼または彼女にはやられっぱなしのまま、生涯を終えることになりそうだからね。
これからの世界に大きく関わってくるだろう龍は、こんなところだろうか。
他にも……例えば300年前にアラロマフ・ドールにて、英雄ゴットフリートと戦った海竜レメテシアを初めとして、あまり表立って活動していないために私が認知していない龍も、まだ何人かいるとは思う。
――うん? 私かい?
……ふむ、気になるというなら、一応解説しておこうか。
私は“無形”と呼ばれる、魔王ルヴェリス。
龍としての能力が定まっておらず、それ故に何の竜でもない。魔王という称号が無ければ、ただのルヴェリスでしかない。
自分の眷属を創り出す能力すらもっていなかった私は、その寂しさを埋めるために“名無しの種族”を集め、同胞としたんだ。
魔人の立場を向上させるために、時には人間とぶつかりながら、今日まで生きてきた。
人間たちに存在が周知され、魔王と呼ばれるようになったのは、50年ほど前からだろうか。
人間界における魔王の定義は、「魔の眷属を率いる、単体でも世界を脅かす程の力を持った存在」といった感じでね、私の前にも一人の魔王がいたことがある。
といっても、その魔王は今話したばかりの海竜レメテシアであり、現在魔王軍と呼ばれているベルナタ……ベルナティエル魔国連合とは何の関りも持たない。
本来、1000年前に私たちのまとめ役であったユウ……一本槍優子とレンドウ・アイン・ホドの遺志を継ぐように。
私が魔人を導き、また金竜が人間を導いて。両者の間で争いが起きないよう、尽力していければ良かったのだがね……。
――我々はいつも、一枚岩になることができなかった。
各々の思惑がぶつかり合い……こんなにも混沌とした世界しか、君たちには残すことができなかった。
……すまなかった。消え行く者の代表として、君たちに詫びたい。
そして、1000年竜たちが皆、寿命を迎えたその後にでもいい。
――君たちが、幸せな世界を実現してくれることを祈っているよ。
◆レンドウ◆
「――もちろん、私もこのままただで死ぬつもりは無いさ。この先の世界へ、できるだけの対策を残してから逝くつもりだ」
魔王の口調には、力が満ちていた。自分の死を目前にして、むしろより活き活きとしているかのような。
――それに比べて、俺はどうなんだ。
覚悟ができているのか? ……何のだ?
何に覚悟を決めればいいのかを、俺はきちんと認識できているか。
「ルノードは、レンドウ君がどのような選択をしても構わないと言っていたね。……私もまた、そう思う。どの勢力に付くも、付かないも、君が決めるべきことだ」
――金竜と人間に味方して、劫火やアニマと戦うのか。
……それを選んだ先の未来では、ベルナタとも戦うことになるのだろうか?
いや、それとも、差し当たってはアニマによるサンスタード帝国とアラロマフ・ドールの襲撃を止めることに留め、自分がアニマの指導者の座を奪い取る……とか。
そうすれば、アニマの民が傷つかず、またアニマが人間を傷つけないように、俺の裁量で決められる。……そんな未来を掴みとることも、可能だろうか?
……あの劫火の戦闘能力を見てしまった後では、どうにも無謀に思えてならないが。
――はたまた、魔王軍に味方し、人間と戦う道を選ぶのか。
……その場合は、劫火は「共に戦ってやる」と言っていた。
アニマとベルナタで力を合わせて、サンスタード帝国とアラロマフ・ドールの王族を殺害する。
俺たちを創り出した創造主、劫火の意見に同意することが最善なのだろうか?
……別に、全ての人間を殺し尽くすワケじゃねェ。
悪いヤツだ。悪いヤツを殺すだけなんだ。
その道ならば、劫火ともベルナタとも手を取り合っていける。俺にとってはある意味魅力的な選択肢かもしれない。
……だけど! 俺には人間の仲間もいるんだぞ。
――楽な方に逃げようとするな。
皆の気持ちはどうなる。
ヴァリアーはどうなるんだ。
――それに、当の魔王ルヴェリスは、劫火と手を組んで人間に攻撃することを嫌がっていたじゃないか。
それを賭けて、劫火と決闘に望むほどに、だ。
…………仲間たちの視線を感じる。俺は試されている。
違う、この世界に生きる者はみな、いつでも誰かに見られて、何かを試されているんだ。
こいつは自分の仲間に相応しいのか。こいつの力がいつか自分に向けられる日は来るのか。そいつが悪事に手を染めた際、自分は止めることができるか。
そいつの行動に……真はあるのか。
――劫火か。アニマか。
――魔王か。ベルナタか。
――金竜か。ヴァリアーか。
――それとも。
「……………………俺は――――、」
【第9章】 了
お読みいただきありがとうございます。
Pixivに掲載していた頃から、4年近く書いてきたこの魔王編をついに終えることになり、感無量です。
「緋色のグロニクル」は吸血鬼登場編、魔王編と続いてきて、次で最終編となります。最後までお付き合いいただければ幸いです。




