第155話 そして魔王は、世界を語る
世界の真実が明らかになります。お楽しみください。
◆ルヴェリス◆
――この世界、≪ワールド≫は、かつて魔人のみが存在する惑星だった。
その頃から種全体の外見が似通った民族である“名有りの種族”はいたが、殆どは“名無しの種族”であり、また、それが当たり前のことだった。
その世界では、名無しであることは何ら問題とされていなかった。誰もが千差万別で、個性を持ち、隣人と違う存在であることを受け入れていた。
――そして彼らは……自分たちのことを“人間”と呼んでいた。
だが……今から約1000年前。恐らくは星を管理する側である上位の存在が、ある生命体に龍の権限を与えた。
その龍……原初の能力者は、現在のアラロマフ・ドールを統べる者。同類からは“黄金”と呼ばれる、金竜ドールの祖先となる。
何故彼が上位の存在に選ばれたのか、その強大な力を与えられたのかは謎だが……とにかく、彼は力を得た。
そして、まだどうしようもなく幼く、周囲の大人に利用される立場にあった。
金竜の持つ能力は、物質の錬成。
龍脈そのものではないのだが、それに準ずる高エネルギー体を創り出すことができ、魔人の……つまり、その時代の人間たちの産業に革命を起こした。
複雑な機構の物体や、全く新しいものを創造することは難しく、また制限もあった。
そこで科学者たちが目を付けたのは、物体の複製だった。
その場にあるものを金竜が見、触れて、その物体をそっくりそのまま複製することに限れば、少ないエネルギー消費で行うことが出来ると判明したためだ。
金竜の能力の行使には少なからず消耗があったが、あらゆるものを――それは有機物に限らなかった――食べさせることでそれを補填した。
科学者たちの際限無き探求心により金竜の食費がかさみ、惑星の資源が尽きることを危惧する声もあった。
それならばと、科学者たちは金竜の能力の使い方を宇宙開発へと傾けた。
他の惑星から、資源を回収しようと考えたんだね。
――それこそが、人間にとっての悪夢の始まりだった。
ワールドの人間たちは、その星を見つけてしまった。
遠く離れた場所にある……青く広大で、生命に満ち溢れた惑星を。
その星の名前は、≪地球≫といった。
この惑星と同じ大きさで、気候も似ていて……しかしマナに満ちていない、魔法の存在しない惑星だった。
地球には、魔法が使えないことを除いて、ワールドの人類とほぼ変わらない性質を持つヒトが住んでいた。
そこに住む人間たちを、ワールドに持ち帰ろうと考えたのは……まぁ、そういう欲求があったからこそ科学者になっていたんだろうと思う。
当時のワールドは落ち着いていて、決して倫理観の崩壊した世界では無かった。
勿論、他の惑星に住む知的生命体を攫って来ることなど、許可が下りる筈も無かった。人道にもとるとしてね。
だが、それでも最終的には科学者たちが国際条約の抜け穴を通ったのか。
確かに言えることは、ついぞ科学者たちは地球の人類を直接攫うことはできなかったが、彼らの複写体を創りはしたということだ。
地球の人類は、宇宙人が自分たちに接触していたことに最後まで気づかなかったらしい。
具体的にどうやって地球人の生体情報を回収したのかは分からないが……恐らくは金竜本人ではなく、金竜が生み出した器に金竜自身が憑依して、地球に向かったのだろう。
その後の世界は酷かったなんてものじゃない。
地球人の複写体……分かり易く、クローン体といった方がいいだろうか。だが、そうすると少し勘違いを生みそうだな。
生物の細胞から無性生殖的に新たな命を1から生み出すことが、一般的なクローン体のイメージだろうと思う。
だが、金竜の複製は、全てがそのままなのだ。成長度合いも、記憶も、全てをそっくりそのまま複製する。逆に言えば、そうとしかできなかった。
それこそが、複製された地球人たちにとっての悲劇だったんだ。
本人の認識としては、突然別な惑星に拉致されてしまった状態になる訳だからね。
ここからは、大分ショッキングな話になる。心して聞いて欲しいのだが……。
研究者たちは主に、当時の魔人たちの美的感覚で「美しい」と感じた地球人たちの生体情報を持ち帰っていたんだ。
そしてその美しさが力を発揮したのは、ペット産業だった。
といっても、今この時代を生きる君たちにとっては、ペットというのはそれほど一般的ではないかもしれないね。
その時代は平和で、誰もが物に不自由することが無かった。それ故に、多くの家が愛玩動物を飼育していたんだ。
――そこに新規参入したのが、地球人だったという話。
貴族の間では、いかに地球人を美しく飾り立て、芸を覚えさせるかを競い合う風潮すらあった。
……正直、ここについてはあまり多くを語る気分にはなれないんだ。申し訳ないけどね。
どの時代でもペットには付き物だが、飼育の放棄や脱走なども多々あった。そうして集まった地球人たちが身を寄せ合い、ワールド人に復讐を企てる動きも生まれた。
一応ワールド人の名誉のために言っておくと、ワールド人が地球人を殺処分したことはない、とされているよ。
食料をはじめとする資源には十分に余裕があったおかげで、放棄された地球人たちの受け皿となる施設を運営することは難しくなかったためだ。
勿論、脱走した後も一生魔人に対して心を許すことが出来ず、餓死や事故死を迎える地球人も少なからずいたのだが……。
――復讐を誓った地球人たちにとって更に追い打ちとなってしまったのが、「自分たちは複製品であり、地球では本物の自分が何ら変わりなく暮らしている」という真実だった。
それによって、彼らは帰る場所を失ってしまった訳だからね。殆どの地球人が絶望して、戦うことをやめてしまった。
それでも復讐をやめない者もいた。ワールド人を闇討ちし、殺すことだけが生きる意味になった者もいた。
地球人がペットにされるようになってから3年後くらいまでは、そんな血塗られた出来事の繰り返しだった。
だが、やがてとある貴族が立ち上がり、地球人をペットにすることに異議を唱えたんだ。
ホド家というんだけどね。そのホド家もまた、かつて地球人をペットにしていた。
そのペットであった地球人、一本槍優子と共に、放棄された地球人や、ゴミ溜めの中で暮らしていた地球人と交流して。
――レンドウ・アイン・ホドという名前の青年は、彼らを解放しなければならないと考えたんだ。
静粛に。……いや、どうしようも無く混乱を招きそうだから一応付け加えておこうか。
このレンドウ・アイン・ホドという人物に、レンドウ君との関りは特に無いはずだ……と私は思うよ。
話を戻そう。最終的にそれは可決され、晴れて地球人たちは人権を手にした訳だけど……。
それでもまだ、怒りを抑えられなかった者たちがいた。
人権が保障されたからといって、元の世界に帰れる訳でも、幸せが約束された訳でも無かったからね。
ある日、金竜に掴みかかり、噛みついて、その血肉を喰らった少女。
ゴミ溜めの中でも突出して存在感を放っていた、≪人喰い≫と呼ばれた少女だ。
金竜の血肉という特別な物質を摂取したことでその存在に何らかの変化が生じたのか……それとも、再びの上位存在による気まぐれかは分からない。
ただ、その少女はその日、龍となった。
――ワールド人……魔人に対し無限の憎しみを燃やす龍。災害竜テンペストが誕生した日だった。私たちの間では“災害”が通り名になっているね。風竜ではなく災害竜などと呼ばれているのは……これは一旦省くことにしよう。
その場にあった建造物を吹き飛ばし、巨大なドラゴンの姿へと……まぁ、成りたてでは今ほどのサイズでは無かったけれど、彼女は変異した。
突然降って湧いた力に混乱しつつも、彼女は金竜と、周囲の魔人を殺そうとした。いや、実際、何人もの魔人がその一撃で命を落とした。
それを止めたのは、一本槍優子……慣れないから、ユウと呼ばせてもらうね。それを止めたのはユウだった。
彼女も金竜の同意のもとに、彼の血を摂取した。結果として、ユウはドラゴンの姿になることは無かったが……それでも、大きな力を手にしたことは確かだった。
その場に居合わせたユウの仲間の地球人たちは、二人の様子を見て、自分たちもテンペストに対抗するため、次々と金竜の血を口にした。
その結果、そのうちからもう二人が、龍に名を連ねることとなった。
片方が、1000年後の現在も地球人とワールド人の融和を目指し、両者の力のバランスを調整しようとしている龍……“大地”と呼ばれる、地竜ガイアだ。大生君が関りを持ったのは彼女だね。
そしてもう一人は、私だった。
目的としてはガイアと近しいのだが……現在は明確に魔人側に立っている、というのが大きな差異だろうか。
今の人間界を滅ぼそうなどとは毛頭考えてはいないが、“名無しの種族”たちの立場を復権させるためには、人間と戦うことも厭わない。“無形”と呼ばれる、魔王ルヴェリス。
他の者たちのようにドラゴンなどの姿になることができなかった、出来損ないの龍というわけさ。
…………え? いや、慰めは必要ないよ?
確かに私は弱いけど、その分驕らず、弱者の目線で物事を考えることができたから。私の欠点は、同時に長所でもあったはずだと信じているよ。
……いや……ううむ。そうだな、マリィ。……確かに君の言う通りだ。
認めよう、少しだけ気にしているよ。
コホン。
そうして、同種の力を得た私たちに阻まれ、テンペストは金竜を殺害することに失敗した。
だが、そこまできて諦める彼女でも無かった。彼女は変異した自らの血を、彼女の信奉者たちに飲ませた。
そうすることで、自分も軍隊を用意できればと思ったんだろう。だが、彼女の血では一人を除いて力に目覚めることは無かった。より純度の高い……金竜本人のものであれば、また違ったのかもしれないが。
その時に龍となった少年こそが、あの“劫火”だ。炎竜ルノード。
……地球人だった頃の名前を、一本槍修二という。
そう、ユウの弟なんだ。……二人は姉弟で対立してしまっていたことになるね。
え? ああ、そうだね。確かに先ほどの邂逅では、私は彼のことを修君と呼んでいたね。
まぁ、それに関してはいいじゃないか。私が彼をそう呼んでいただけということで。
……いや申し訳ない、あまりそこには触れないであげて欲しい。彼の名誉に関わることなんだ。私から勝手に明かす訳にはいかない。どうしても気になるのであれば、いつか本人に訊いてみてくれ。
そうそう、劫火が私のことを王子と呼んでいたのを聴いていたと思うけど……それは私の本名なんだ。
田中王子。それが人間だった時の私の名だ。……まぁ、少々以上に名前負けしていたのだけどね……。
――テンペストとルノード……つまり劫火は、世界中のワールド人を殺し尽くそうとし、ワールド人たちは大陸西部へと追い込まれた。
テンペストは仕上げとして“嵐の海域”を作り上げ、ワールド人たちが二度と大陸西部から出られないようにした。
龍としての力の扱い方に慣れ、己の眷属を創り出してからは、それはより強固なものとなっていった。
“嵐の海域”はその日から本日まで続いているものだから、君たちもよく知っていることだろう。
あの向こうでは魔人が排斥され、地球人たちのものとなった世界が今も存続している。
こちら側に残された者や、何かの事故でこちら側に漂流してしまった者たち。彼らが語るレピアータ国も、≪レピアータ大陸≫の存在も、全て真実だ。
――かつてこの星に元々住んでいた人間は魔人だった。だが……結果として、地球人が人間へと成り代わった。
長い戦いの末、地球人は人間という立場を勝ち取った。
……いや、取り戻したんだ。などと言っては、地球人贔屓に聴こえてしまうだろうか?
皆の知る通り、本来のワールド人は現在、魔人と呼ばれるようになった訳だね。
その後、度重なるユウらの説得や、首魁であったテンペストが“嵐の海域”の維持に手いっぱいになったこともあり、ルノードの破壊衝動も収まった。
血塗られた歴史こそあれ、大陸西部のこの場所を世界の全てとして、改めて人間と魔人が共に暮らす世の中が回り始めたんだ。
――そうして、900年以上もの間。
各地で小競り合いや紛争などを起こしつつも、嵐の壁に囲まれたまま、この世界は今日まで存続し続けた。
あぁ、今の部分までだと、まるで人間だけが龍の力に目覚めていったように思うかもしれないが、そんなことはないよ。
金竜の血肉を摂取し、一度に4人もの人間が龍になった時期が異常だっただけなんだ。
その後の900年あまりの間に、魔人や高度な知性を持つ生き物が何人も龍の力に目覚めた。
それらは金竜と接触した訳でもないから、何らかの理由で上位存在が役割を与えたのだろうと推察しているよ。
例えば、氷竜アイルバトスもそうだね。彼も元は魔人だ。
……龍という存在には固有の能力もあるけど、共通するものもいくつかあってね。
――まず、自らの眷属を創り出すことができる。
……これに関しては、いきなり私だけが持たない能力なので、また少しだけ劣等感に苛まれそうではあるのだが……。
ルノードが生み出したアニマや、アイルバトスが生み出した氷竜たちがこれにあたる。
金竜の複製能力に似ている部分が合って、全く何もないところに新しい生命を創出するのは難しいらしい。
大体は、既存の生物を観察し、触れ、それを模倣しつつ自分の因子を混ぜることになる。
何を隠そう、ルノードがアニマを創る際に参考にした生物が吸血鬼なんだ。
だからこそ吸血鬼とアニマは似通い、子を成すことができるんだ。他の龍の眷属に比べてアニマが高い再生能力を誇るのも、吸血鬼がモチーフになっていることが理由だろうと思われる。
一方、アイルバトスが氷竜を創る際に参考にした生物は、飛竜だ。
その関係で、氷竜の民は成長すると竜の姿に変異できるようになる、という訳だね。
恐らく、アイルバトスはドラゴンになってしまった自分と同じ仲間を創って、寂しさを埋めたかったんだと思う。……まぁ、私も似たような気持ちがあるからね。なんとなく解るんだ。
――次に、休眠する能力。
龍は生命機能を極限まで停止させて、好きなだけ眠りにつくことが出来る。あぁ、何かあればすぐに目覚めることも可能だ。
私はその能力を使うことなく、約1000年間ずっと起きていた訳だが……いや、呪いを掛けられたせいで体調を崩して寝込んでいた期間は、まぁ寝ていたことになるのかもしれないけどね。
自分の寿命がもうあと僅かしかないと感じたのは、もしかしたら私が初めての龍かもしれないね。
テンペストあたりも大分起き続けていそうだから、もしかすると終わりが近いかもしれないとは思うが。
とにかく、この“休眠する能力”は、決して無限では無かった、寿命を節約するためのものだったのだろうと思う。
ルノードは、休眠中であっても里のアニマたちを守り続ける結界魔術の開発に成功していたらしい。
休眠中故に細かい調節が出来ず、同族以外が侵入すると半自動的に攻撃してしまう機構になってしまったそうだが。
……そのせいで、アニマの里は長年の同盟相手であった、吸血鬼を見捨てる選択を取ることになってしまった、と…………悲しい話だ。
――最後に、翼の力の管理。
自らに対応する属性の力を世界を滅ぼせる規模で振るえるだけでなく、自らの眷属や、素質を持つ相手に分け与え、力を行使する権限を授けられる。
いわば、自分が上位存在より与えられし世界を構成する力の一部を、更に誰かに分け与えるというものだ。
アニマは物心つく頃に、その例外なくルノードから緋翼の使用権限を祝福として授けられる。それは殆どの場合、自衛や傷の治療のために発現する受動的な力に留まるが……。
レンドウ君を見れば分かる様に、才能を開花させた者は緋翼の最大許容量が多く、また、自らの体内で緋翼を生成する力を持つようだ。
これは、他の龍の眷属でも同じことだろう。アイルバトスの場合は、全ての眷属に力を与えている訳ではないとのことだがね。
心配性の劫火は、自分が寝てる間に眷属が傷つけられることを嫌ったんだろう。厳しい規則で外界との接触を断ち続けていることも、彼の過保護ぶりを窺わせるというか、なんというか。
あんまり言い過ぎると怒られそうだから、やめようか。
――1000年前の出来事と、今の世界の成り立ちについてはこんな感じだね。
じゃあ次はそれを踏まえた上で、今の世界の勢力図について見ていこうか。
私……魔王ルヴェリスや、炎竜ルノードがどこに所属しているのか。金竜ドールの目的に……地竜ガイアについても話しておくべきだろうか。
そうなると、ガイアと関りを持ったという、大生君の話も聞かせて欲しいかもしれないな……。
お読みいただきありがとうございます。設定集って感じの回でした。
各勢力それぞれが別な目的のために行動している、という相当複雑な物語になってしまったので、この回は何度も読み返していただく必要があるかもしれませんね。
ずっと温めていた世界観をようやく公開することが出来たので、作者としては最高の気分です。正直、第二章あたりでこういうのは明かしておくべきだったような気もしますが……。