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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第9章 魔王編 -博愛の魔王と暴虐の炎王-
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第152話 博愛の魔王

今回、かなり長めとなってます。

長らくお待たせしました、お話が大きく動く回です。


 先導する魔王が洞窟に足を踏み入れると、洞窟の壁に立てかけられている燭台に火が灯った。魔王の魔術なのか、それとも燭台の方に仕掛けがあるのか。


 洞窟はそれほど長く続いている訳では無く、30メートルも進むと開けた空間に出た。


 そこに待ち受けていたのは、…………あぁ、分かったぞ。これが竜門ってやつだな?


 俺より……デカいのは当たり前か。10メートルほどあるそれの表面には、4つの翼を持つ竜が彫り込まれている。


 正直、継ぎ目が見当たらないせいで扉の類には見えないんだけど……門って言うくらいだし、当然開くんだろ?


「これは……魔王さん、俺はこの扉に似たものを、以前にも見たことがあります」


 大生は魔王のことをさん付けで呼んだ。まぁ確かに、必ずしも様を付けなければならない訳でもないもんな。俺も必要に迫られた時はさん付けで呼ぶことにするか。


「ほう? ……この中で、君だけがかい?」


 魔王は大生の発言を受けて、竜門とやらに伸ばしかけていた腕を止め、興味深そうに振り返った。


「はい。俺がまだヴァリアーに来る以前。イーストシェイドで冒険者をしていた頃の話です」


「イーストシェイドの冒険者というと……、土神の塔の探索だろうか。地竜の竜門を見たのかな」


「そうです。俺の……敬愛する師匠に、地竜ガイアは憑依しました。理由は分かりませんが、地竜はエサイアス団長と共に行動しています」


「現在、サンスタード皇帝の腹心の部下となっている、≪防壁のエサイアス≫のことだね。つまり、帝国はガイアを手中に収めていると」


「恐らく、団長は最初から帝国のために冒険者ギルドを率いていたんだと思います。地竜ガイアを従えることこそが、帝国が冒険者ギルドを手厚く支援していた理由だった……」


「なるほど。……それにしても、驚いたね。まさかここまで世界の秘密に触れている者がいたとは。この先の話は、もしかすると君には退屈となるかもしれないね」


 大生は照れたように後ろ頭を掻いた。


「いえ、偶然そういう状況に居合わせたってだけで、解んないことだらけですよ。まぁ、これでようやく俺が本当のことを言ってたって、仲間たちに分かってもらえそうで安心してます」


 言いながら、大生はダクトの方を見たらしい。


 ダクトはバツが悪そうな顔をして(多分してるはずだ。包帯のせいで分かりにくいが)、


「……ドラゴンが出てきて人に憑りついただの、帝国の陰謀だの、そんなの心から信用しろって言われた方が難しくないか。俺が悪ぃのか? いや、間違ってたんだろうけど。ごめんけど」


 珍しく言い訳がましく言葉を並べるダクトが見れて新鮮だ。まぁ……確かに、日常で急にそんな話をされたとしたら、真面目に聴けるような内容ではないかもな。


 同じ四番隊として長らく行動を共にして信頼関係を築けていたなら、ちょっとくらい信じてあげても良かったんじゃねェかとも思うけど。ダクトがリアリスト過ぎたのだろうか。


「別に、怒っちゃいないさ。ただ、次から似たようなことがあったら信じてくれよ」


「ああ」


 大生とダクトの間に溝がある訳ではないみたいだな。


 二人の会話が終わったことを確認すると、魔王は竜門に手を当てた。


 数秒後、竜門が音を立てて開き始めた。地響きのような音と共に、奥側に。


「この扉は資格を持つ者が触れ、念じることでのみ開く仕掛けなんだ」


 その向こうに広がっていたのは……いや、そこまで広い空間という訳でも無いのか?


 天井から白い光に優しく照らされたその部屋は、円形をしている。壁や地面には何の装飾もなくただただなめらかで、地面は中央にむけてすり鉢状になっている。


 ド真ん中には直径5メートルほどの大穴が口を開けていて、その下がどうなっているのかは分からないが、落ちたら簡単には帰って来られ無さそうで怖いな……。


 などと考えていると、魔王が左手をそちらに向けてかざした。音も無く、暖色系の色がなだらかに移り変わる、半透明の階段のようなものが大穴に現れた。


 あれを降りていくんだな。


「さあ、行こうか」


 魔王城の入り口までは随分と上ったような気がするが、隠し通路に入ってからはひたすら下に降りていくんだな。


 この街の構造自体が、この空間を隠す為に造られたものである……なんて想像も、あながち間違ってなかったりしてな。


 光の階段は随分と長く続いている。大穴の下の空間も不思議と明るさは確保されているのだが、光源がどこなのかがいまいち分からない。


 この場所の壁が、天井が、床が、その全てが光を放っているのか?


 壁からは、大小さまざまな木の根のような、または触手のような硬質の何かがのたうつ様な形で生えている。場合によってはうねうねと動きそうだが、怖いからずっと止まっててくれていいぞ。


 あ。これ、この街を最初に遠くから見た時に見たやつと同じか。逆さ円錐の形をして地面に突き立っているこの街の、地盤から飛び出していたものたちだ。


 今はあの部分の内側にいるんだな。


 遥か下に見える地面は、到底柔らかそうな質感には見えない。もし足を踏み外したら……などと考えていると、「もし落ちてしまっても、私が魔法で拾い上げるから大丈夫だよ」と魔王が言った。


 …………心が読めるのか読めないのか、どっちなんだよ。読めてる訳じゃないんだろうけど。


 やがて全員が階段を降り切ると、魔王は空間の中央まで歩き、振り返った。


「ここからは非常に長い話になる。好きなように座ってくれて構わない。というか、どうか楽にしてほしい」


 ……そう言われても、いざ座ってみてから不敬だなんだと言われたらたまったもんじゃないんだが? という俺もしくは仲間たちの心を予想してか、


「ネル、ジェット。いつものようにしてみせてくれ」と魔王が言った。


「はーい!」「了解です」


 そりゃ、自分たちの親分だものな。お前らは気楽なもんだろうよ。快活な返事と共にシュピーネルは三角座りをし、ジェットは胡坐をかいた。


 胡坐が許されるなら、まぁ何でも大丈夫か……流石にだらしなく寝そべったりするするのはマズいだろうけど。幸いにも、そんな蛮勇を披露する者は誰一人としていなかった。


 俺達が各々の好きな姿勢になると、立っているのは魔王と近衛騎士長だけになった。近衛騎士長は魔王の傍らに黙して突っ立っている。


「では、話を始めよう。ニルドリルが何故ジェット達に命令し、ヴァリアーを襲撃させたのか」


 魔王が右手で虚空を指し示すと、橙色の光が浮かび上がり……それはカン字の形を成したようだ。『金竜』と書いてある。


 俺でも読める程度の文字だけど、なんでわざわざ書いてみせる必要があるのか。いや、宙に光で文字を書ける魔術を俺は使えないし、凄いな~って言って欲しいなら言うけども。


「ヴァリアーには、金竜の憑依体がいる。それを捕らえ、手中に収めることがニルドリルの……いや、ニルドリルの背後にいる、黒幕の目的だったんだろう」


 既に宙に浮かんでいる『金竜』の隣に、新たに『憑依体』という文字が浮かんだ。


 なんというか、魔王先生から講習を受けているみたいだな、これ。


「……と言っても、大生君以外の皆には訳が分からないだろうから、龍と憑依体の説明もしなければならないね」


 更に、『龍』という文字が浮かび上がった。文脈から察するに、これもリュウと読むんだろう。


 リュウ、リュウって何度も言ってるけど、竜とは別のカン字だったんだな。紛らわしいことこの上ねェ。


「ここは少し説明が難しいのだが……龍とは、“世界を構成する概念・属性を管理する権限を、上位存在より分譲(ぶんじょう)された者”を示す言葉なんだ」


 ……………………待ってくれ。すんなり理解できないのは、俺だけなのか?


 不安に思って周りを見れば、どうやら仲間たちも理解に苦しんでいる様子で、少し安心した。


 取り残されて、最も理解するのに手間取った奴には絶対なりたくねェ。ここからは全力で聴き、理解に努めようと心に誓った。


「ええと、質問いいですか?」


「どうぞ」


 手を挙げたのは貫太だった。魔王は質問が来たことを嬉しく思っているのか、顔を綻ばせた。顔色は悪いままだが。


「まだ全然理解が追い付いてないんですけど……その龍? っていう存在が世界にとって重要な役割を担っているとして、でも更に上位の存在からそれを任命されてるんですよね。……じゃあ、その上位の存在って……もしかして、それが神様なんですか?」


 清流の国ではメジャーらしい、実在するか分からないものを信仰する云々の話で出てきた、カミサマってやつか。


 貫太は本当にカミサマがいるのかを確かめたくて、その質問が抑えられなかったと。


 しかし、魔王は首を横に振った。


「それは分からない。龍は漠然と「自分たちより上位の存在が在り、この力はそこから与えられたものだ」という感覚を抱いているだけであって、上位の存在と会話したことがある訳では無いからね」


「まるで、自分のことのように仰いますね?」


「うむ」


 アルフレートの言葉を、魔王は肯定した。


「何を隠そう、私も龍の一人だからね」


 ……そう言われたところで、話が突飛過ぎて驚くに驚けないのが悲しいところだ。


 だって、そもそも魔王だぜ。


 俺なんかが逆立ちしても敵わない存在であることが当たり前の魔王が、生物としてどうだとか、世界の何かを担ってるとか言われても、なぁ。


「今の衰えた私では、龍の名に恥じないだけの力の証明ができないことが、口惜しくはあるのだが」


「逆に言えば……以前のあなたであれば、この世界に大きな影響を与えることができた……ということですよね?」


 レイスの質問だ。そんなこと言ったって、弱っても魔王だろ。森を焼き尽くしたり、山を吹き飛ばしたりくらいはできるんじゃないのか。……俺は魔王をなんだと思ってるんだ。


「別の大陸から、この街を地盤ごと切り離して宙に浮かべ、この島まで渡って来ることができた。それで納得してもらえるとありがたいのだが、どうだろう」


 ほら、めちゃくちゃ生産的な力の使い方してるじゃん。もうやだ、俺ってモノを壊す発想ばっかり先に出てくるじゃん。


「……間違いなく、それで納得できますね」


 もしかすると、暗黒大陸の街にいる魔法使いたちが全員で頑張れば、同じようなことができるんじゃないか? と思わなくもないが……。


 本当に魔王が一人でその偉業を成し遂げたというなら、確かにそれは魔人ヒトの枠組みでは語れない、格の違う生命体である証明になるだろう。


 っていうか何だよ、街を切り出して浮かべて、別の島まで持っていくって。


 地面を斬り裂く力も浮かべる力も、どっから湧いてきてんだよ。そんなん、何百回戦争をやり直したって人間側に勝ち目は無くないか?


 サンスタード帝国が今日まで魔王軍に滅ぼされずにいられているのは、ひたすらに魔王ルヴェリスの恩情によるものなんじゃないのか。


 いや、だからこそ魔王ルヴェリスは穏健派だってことなのかもしれないけど。


 なんていうか……よかったな、人類……。


「私は龍の中でも異例でね。私を知るものには“無形”と呼ばれている通り、特定の属性に寄った能力を持っていないんだ。龍は本来であれば、炎や水、雷、氷などを司り、操る力を持っているのだが……」


 魔王は自嘲気味な表情を浮かべた。


「私にはそのどれもが無くてね。一般に普及している魔術を、極端に大きくしたものが使える程度なんだ」


「いや、それだけ極端に大きくなってればもう十分でしょ」


 とはマリアンネの台詞だ。彼女は魔王に対しても普段通りの態度で話しかけた。別におかしくはないか。養女なんだよな。


 地盤を割るほどの力を持っておいて、「私は何にも持ってないから~」は通用しないよな。


 同格の連中と比べて見劣りする気がして自らを卑下したくなる、って気持ちは分からなくもないけど。


 魔王でもそういうのあるんだ……。


「まぁ、この世界には……元々は普通の生命であったにも関わらず、何者かによって後天的に大きな力を与えられる者がいる、と。そういう風に理解しておいてほしい。ナージア君には、その感覚が少し分かるかもしれないね」


 また急に話を振られることになり、ナージアはおどおどしながら口を開く。


「も、もしかしておれは、龍になったんですか?」


「いいや、まだだろうね。龍の権限は未だに氷竜アイルバトスにあるはずだ。しかし、ほぼほぼ選ばれかかっている。次に氷竜を統べるのは、君だろう」


「……………………」


 ナージアは伸し掛かってきた重圧にくらくらしたように、頭を押さえて目を閉じた。


 ここで、気になることがあるので手を挙げてみることにする。


「なんだい、レンドウ君?」


「その……龍とやらに選ばれたとして。龍ってのは、必ず氷竜とか地竜とかって……ドラゴンとしてこの世界に存在することになるんですか?」


 だとすると、いざ龍となったナージアは、建物に入るだけで苦労しそうだよな。


 という俺の疑問は、


「いや、それじゃ目の前の魔王様をどう説明するのつもりなの」


 というレイスの言葉に砕かれた。


「あ、それもそうか」


「そうだね。私を見て貰えば分かる通り、龍として選ばれたからと言って、必ずしもドラゴンの姿に変化するかというと、そんなことはないんだ」


 ははは、と魔王は朗らかに笑った。


「多くは強大な力を得て、それらしい姿に移り変わる。ドラゴンの姿になる者もいる。だけど、同時に変身能力も身につくからね。元の姿で過ごしている龍が多いと思うよ」


 ちなみに、私は例外で、魔物のような姿に変化することはないんだ、と付け加えた魔王。


 第二形態とかないのかよ。


 まぁ、勇者と戦う義務を背負っている訳でも、誰かの見世物になる為に生まれてきた訳でもないもんな。いらないのか、第二形態は。ロマンだと思うんだけど。


「ってことは、竜の姿をしていたアイルバトスさんがむしろ変わり者ってことか……?」


「それは違う。あの時の長は仲間を率いて食料を取りに出ていたからこそあの姿をしていただけで、普段は魔人の姿で暮らしている」


 俺の推論は、速攻でナージアによって否定された。


「次に、憑依体についてだね。龍は、それぞれに対応する竜門を持つ。私にとっては……この部屋がそうだね」


 魔王は、周囲にある木の根とも触手とも形容しがたいものを示した。


「これは、この世界の地下に流れる龍脈を吸い上げ、龍の力にするためのものでね。私は竜門の根と呼んでいる」


 根っこで良かったらしい。


 それにしても、龍脈を吸い上げる……か。


 脳裏に浮かんだのは、エイリアの地下に広がるアンダーリバーだった。あの、どこかに向かって流れていたエーテル流の行きつく先は……。


 そこに、金竜とやらが潜んでいるということなんだろうか。


「自分の竜門でしか力の補給ができない関係上、龍は遠出することを嫌う傾向がある。そこで彼らが常用しているのが、憑依の能力なんだ」


 魔王は俺たちの顔を見渡し、ある一点で一瞬視線を止めた。が、俺は考え込んでいたこともあって、魔王が誰を注視していたのかは見逃してしまった。


「肉体は竜門に残し、自らに所縁(ゆかり)のある生命の身体を間借りする。それを憑依と。憑依されている生命体のことを、憑依体と呼んでいるんだ」


 間借りする……ってことは、乗っ取る、とは少し違うのか?


 ニルドリルがヴァリアーを襲撃させたのは、金竜の憑依体を捕らえるためだと。先程魔王はそう言っていたな。


「……つまり、ヴァリアーにいる誰かが金竜の憑依体だったってこと……だよな」


 いや、俺とその人物に面識があったかは知らないけど。別にヴァリアーの全員と仲良くできてた訳じゃないしな。


「…………ピーアのことだろう」


「え?」


「いや……知らないならいい」


 アル、お前はどうしてそんなことを……と、その前に。


 ピーアって誰だっけ……。いや、多分面識はあるはずだ。どこかで聴いた名前だなとは思うんだけど……。


「それより、魔王様。この竜門の根……それに、この街の立地。もしかして、あなたは今……龍脈を吸い上げていないのでは?」


 アルフレートの質問だ。確かに、この部屋の竜門の根は、まるで死んだように固まっている。


「……よく解ったね、その通りだよ。私はこの一か月ほど……龍脈のエネルギーを摂取することをやめている。竜門の根を引き上げ、地下の龍脈に触れないようにしているんだ」


 一か月前。つまり、丁度ヴァリアーが襲撃された頃からか。


「その様子では……アルフレート君。君は、その理由まで思い至っているのではないかな?」


「……………………」


 魔王は、黙り込んだアルを責める様子では無かった。その話をそれ以上広げる気もまた無いらしかった。


「龍と憑依体についての軽い説明は済んだだろうか。次は、レンドウ君が話してくれた……私の腹心であったニルドリルを狂わせた妖刀について話そうか」


 妃逆離。一時は俺のことも洗脳した、最凶最悪の刀だ。


「彼を洗脳してのける魔法剣を創り出せる者など、この世界には一人しかいない。間違いなく私の同類……。龍の一人、“幻想(げんそう)”の仕業だろう」


「“幻想”……そう呼ばれている龍がニルドリルさんを洗脳したのは……魔王様を害する為でしょうか?」


 レイスの質問に、魔王は頷いた。


「そう見て間違いないだろう。私の体調が長らく優れないのも、“幻想”の呪いによるものだと推測しているよ」


「……だったら尚更、何故龍脈の摂取をやめているんだ」


 ぎょっとした。突如としてアルが、リーダーである立場をかなぐり捨てたような口調でそう呟いたからだ。


 その呟きには憤りすら滲んでいた。そして、この空間にいつ全員が聴き逃さない程度の音量を持っていた。


「貴様! 無礼であるぞ!」


「ザークニシュ。よい」


 近衛騎士長が激昂してアルに詰め寄ろうとしたが、すぐさま魔王が手で制した。


 言いたいことはありそうだが、近衛騎士長は素直に黙ると、一歩後ろに下がった。


 なんなんだよ、アル。いきなりキレないでくれよ。こっちの心臓が持たねェぞ。


「“幻想”の最終的な目的は不明だが、他の龍の命を狙ったり、この世界に争いを巻き起こそうとしている意思は感じるね。まぁ、これ以上は現状では考えても分からないから、どうしようもないのだが」


 魔王はアルの態度を気にしたそぶりもなく続けた。心が広いのか、それとも。


 ……アルが憤る理由に思い当たるフシがある……のか?


「魔王。お前はまさか……」


 黙り込んだかと思ったアルが、再び粗雑な口調で話し始めた。


「おいアル、いい加減に――」


 慌てて、仲間としても止めるべきだろうと思い、注意しようと口を開いたのだが。


 その燃えるような瞳を見て、思わず口を噤んでしまった。


「死ぬつもりなのか。魔王ルヴェリス」


 死ぬ気……だと。どういう意味だ。果たして魔王は……苦笑を浮かべていた。


「直球だね。……だけど、その通りだ。私は一か月前、意識を保ち続けるのが難しくなってきた頃から……自らが死ぬ算段を立てていた」


「……何故、そんなことを」


「理由はきっと、君の方が知っているのではないかな。ヴァリアーの上層部は、魔王に対し何を要求してくるようにと、君に伝えたのかな」


「……………………」


 黙り込んだアルフレートに代わり、顔色を青くしたレイスが口を開く。


「……魔王ルヴェリス様の命。ヴァリアーの局長が……サンスタード帝国が望む、和平条約の対価です」


「なっ……!!」


 驚愕は、ヴァリアー一行からも、ベルナタ勢からも上がっていた。いや、ほとんど阿鼻叫喚だった。


 燃え上がるような怒りを浮かべる者もいれば、元から察していたかのように、悲しみに包まれる者もいる。


 だけど、俺はそのどちらにも乗れない者だった。


 魔王が……今、目の前にいる魔王ルヴェリスに死ねと。ヴァリアーと……その背後に構える帝国は、そう言っているってのか。


 今回の騒動の責任を取り、首を差し出せと。そうすれば、魔人と仲良くしてやると。


 ……くそっ! どうしてそこに今まで気が回らなかったんだ!


 俺は人間たちの薄汚さを、よく解っていたはずなのに。


「いや、だけどさッ! 実際は魔王様は何も悪くねェじゃねェか! 悪いのはニルドリルで……そのニルドリルだって! “幻想”ってやつに洗脳されてただけなんだろッ!?」


 激昂したジェットの発言に、珍しく完全に同意してやれる。


 だけど、きっとそんな単純な話じゃないんだ。


「“幻想”を捕らえることは難しい。ニルドリルの身柄を人間に引き渡すことはしたくないし、何より、死んでしまった以上もう不可能じゃないか」


 魔王は、指を立てながら話していく。


「そして何より。サンスタード皇帝とヴァリアーの金竜は、私の首を取る機会をずっと窺っていた。この機会を逃すはずがない」


「だったら、突っぱねちまえばいい。何故帝国と和平条約を結ぶ前提で話が進んでいるんだ。……お前の命を犠牲にしてまで」


 アルフレートは立ち上がっていた。確かに、その激昂した口調のまんま、それでも座り続けてたらカッコつかないよな。……じゃなくて。


 お前、本当にどうした。大丈夫なのか。なんか不安なことでもあるのか? お前さえよければ、相談に乗るぜ?


「魔王様、もう我慢なりません!」


 近衛騎士長が激昂して、腰の長剣を鞘ごと引き抜いた。それでアルをブッ叩こうとしているんだろうが、鞘つきとは優しいな。


「私が、いいと言っているじゃないか」


 乾いた笑みを浮かべながら、魔王が右腕を振ると、近衛騎士長の腕と足を光の輪が縛った。近衛騎士長は床に転がって喚いている。


 いや、至って正常な反応だと思うけどな……。どう考えてもアルの態度はよろしくないだろ。


 むしろ、なんで魔王は我慢できるんだ?


「お前ほどの男が失われていいはずがない。例え人間の国々と和平を結ぶことが出来なくとも、お前が生きてさえいれば。……今まで通り、わざと戦争を膠着(こうちゃく)させ続けていけばいいだろう」


 やっぱり、魔王はわざと手加減して人間界とやり合ってたのか。


「それも、もう限界さ。龍脈の摂取の問題じゃない。……寿命なんだ。私は余りにも長い時を生きてしまった。もう(いく)ばくも無い。だからこそ、これはいい機会なんだ」


「いい機会、だと?」


 静かに、燃え上がるような怒りを滲ませて立つアルフレート。


 アルと魔王の会話には最早ついて行けそうにないが、それでも聴こうとする努力だけはやめてはいけないだろう。


「この命の、最後の使い方は……人間界との懸け橋になることだと。私はそう信じているよ」


「なら、せめて後継者を育てる努力をするべきだっただろうが。何故お前は、眷属を生み出さなかったんだ」


「……生み出さなかったんじゃない。生み出せなかったのさ。私には他の龍のような能力が無かった。だからこそ、私は……その寂しさを埋めるために、“名無しの種族”を集め、博愛の魔王になったんだ」


「これで人間界と和平を結べると。お前が満足して死んだその後に、本当にお前の民が幸せになると信じているのか?」


「ベルナタの民だけでは無理かもしれない。だからこそ、こうして君たちを招いた。レンドウ君を招いた。予期せぬことだったが、ナージア君にも出会えた。私が亡き後も、私の民とアイルバトスの民、そして――、」


 魔王は、マリアンネ、シュピーネル、ジェット、ステイルさん、そして床に転がっている近衛騎士長を慈しむように眺めた。


 それから、アルフレートをどこまでも真っすぐに見据えた。


「――君の民が力を合わせることができれば、きっと世界はより良い方向に向かえる。僕はそう信じているんだ。……(おさむ)君」


「……王子(おうじ)、俺は夢物語を拝聴するためにここまで出向いたワケじゃない」


 魔王は、アルのことをオサム君と呼んだ。どうしてだ?


 一方、アルは仕返しのように魔王をオウジと呼んだ。魔王なのに、王子? 未熟者だと言いたいのだろうか。


 ……まさか、この二人は以前からの知り合いだったのか?


 最初は全くそんな様子には見えなかったのに。


「まさか…………!!」


 そこで、マリアンネがハッとした様子で口に手を当てた。どうした? とそちらに視線を向けると。


「アルフレートさんは……憑依……体…………なの……!?」


 アルフレートが…………憑依体? それってつまり、さっきの話の……。だとすると。


 こいつの中に、もう一人いるってこと……か?


 それも、魔王ルヴェリスの同類が。同格が。


 いや、もしかするならば……格上が。


「……劫火(ごうか)様…………なんですか?」


 マリアンネの問いに、アルは答えなかった。だが、その背中から怒りを表すように噴出した、余りにも巨大な翼は。


 緋翼だ。漆黒の、燻るような翼の中に、時折熱を感じさせる赤いラインが走る。あれは火花だ。


 アルの茶髪が赤く発光し、肩を越える程まで伸び、波打っている。


 ――それを見て、雷に打たれたような衝撃を受けた。


 劫火様、だって?


「それじゃ…………あんたがアニマの…………俺の…………シン?」


 俺達とずっと一緒に行動していたアルフレートの中に。


 あんたは……ずっといたって言うのか。


 ずっと俺を見ていたのか。


 あんたは…………一体。


 思わず立ち上がっていた。だが、アルは……劫火はこちらを向かなかった。


「下がっていろ」


 ただ、そう言葉を放った。俺はそれに抗えなかった。


『従うんだ、レンドウ』


 劫火が身に着けているコートの内側からヴァギリがそう忠告してくれたようだが、ぶっちゃけそれが聴こえる以前に俺は後ずさっていたぞ。


「……そうだね、全員、下がった方がいいだろう」


 魔王がそう言ったかと思うと……俺達は皆、いつの間にか壁際に立って……もしくは座っていた。魔王の魔術か。


 待て、待てよ。もう一つ、大事なことがあるだろう。


「アル……アルは今、どういう状態なんだよ。劫火サマ……とやらよ、あんたは無理やりアルの意思を抑えつけて、その身体を動かしてんのか……?」


 だとしたら、俺にも考えがあるぞ。シンだろうが何だろうが、知ったこっちゃねェ。


()しておけ、レンドウ』


 止めないでくれ、ヴァギリ。


 右腕を勢いよく振り下ろす。そうして緋翼を纏わせ、ベアクロウを形作る。


 だが、劫火に向けて一歩踏み出そうとした時点で、俺の足は固まった。


 劫火は、ただこちらに一瞥をくれただけだった。


 それだけで、ベアクロウは消失した。それだけじゃない、俺の内部にあった緋翼のストックが、全て消失していた。


 突然の喪失感と脱力感に、俺は膝をついていた。心なしか、身体が冷えている気もする。動けない。顔を上げるだけで精一杯だ。


 くそっ……なんで……こんな……。


『考え無しだな君は! 翼の主に、その力で挑む者があるかっ! 全ての権限を没収される可能性もあるのだぞ!』


 重い思考で、ヴァギリの言葉の意味を考える。


 そう……か。俺はアツくなり過ぎていたか。


 炎の主……だかなんだかに、炎をぶつけてもどうにもなるはずが無いか。


 仲間たちも、劫火が発するプレッシャーによって一歩も動けなくなっているようだった。


 俺達はただただ、劫火と魔王の対話を見守ることしかできない。


「……修君。君は僕の夢物語に賛同できないと言ったね」


「あァ」


 魔王の一人称が、いつからか僕になっている。それが素のルヴェリスの口調なのだろうか。


「なら、君はどうするべきだと言うんだい?」


「和平など捨ててしまえ。今からでもいい、後進を育成し、現状を維持できるようにしろ。決して奴らに首を……遺体を差し出すな。これ以上、帝国とドールに餌をやるな!」


 サンスタード帝国とアラロマフ・ドールは、魔王ルヴェリスの遺体を欲している? 何のために?


 研究材料にでもするつもりか。


 いや……違うな。


 その時、俺の脳裏に浮かんだのは……ニルドリルの語った言葉だった。


 “力を求める者の中では、最早常識と化してきているのだよ”。


 そうか…………魔王の遺体を()()()、その力を奪おうと考えているんだな!?


 手加減をしていなければ、早々に人間界など滅ぼしてのけているはずの、魔王ルヴェリス。


 その力を、人間勢力が手に入れたらどうなる?


 分かり切っている。行きつく先は…………魔人の全滅だ。


 ダメだ。それだけは絶対に。


 だが、そうなると……劫火の意見に同意するってことか?


 いや……それも違う。まだ劫火の考えの全てを聞いた訳では無いけど、こいつはどうにも過激すぎるきらいがある。


「だけど、修君。君は「現状を維持しろ」と言うけれど。それは……嘘だよね」


「……………………」


「僕が死んだあと、君は何食わぬ顔で帝国を。人間を滅ぼすつもりじゃないか」


「……………………」


 劫火の沈黙は、肯定の意だろう。魔王は悲し気に目を伏せた。


「どうして僕らはいつも、争うことしかできないんだろうね……」


「……それだけは、分かり切っている。力を持ってしまったからだ。誰からも恐れられてしまう、死を望まれるほどの力をな」


 それは俺を初めとして、この世界で人間とやり取りしていれば多くの魔人が抱く考えかもしれない。


 だけど、きっと格が違うんだよな。一つの組織や、街の話じゃない。この二人は、ワールド全体を基準に会話しているんだ。


「今、この腐りきった人間界と手を結ぶことはするな。少なくとも、サンスタード帝国とアラロマフ・ドールの()を全員殺し尽くしてから。話はそれからだ」


「僕がそれに同意することは絶対にない」


 劫火もそうだが、魔王も頑なだった。譲れない一線を確認して、両者は。


「なら、力を示してみろ。この(おれ)を。“劫火”を納得させられるだけの力を」


「……君が勝つと、どうなるのかな」


「魔王軍の幹部連中から数人見繕って帝国に差し出せ。それが突っぱねられたら、全面戦争だ。……その時は、己も力を貸してやる」


「僕が勝った場合は……?」


「……お前が好きに決めろ。どうせ、己が勝つ」


「なら、僕が勝った時は……人間界に攻撃を仕掛けるまで、一年待ってほしい。その間に、ベルナタと人間界の関係は改善しているはずだから」


 策はいくつかあるのかもしれない。だが、それでも楽観的すぎるように俺でも感じてしまう。そんな魔王の夢物語に、劫火は改めて顔を歪めた。


 だが、自らが出した条件が、相手にとっては許せないものであることも承知の上だからこそ。


 劫火はもう、苦言を呈すことは無かった。


 ……二人の交渉は決裂し、次なるステージに進みつつあった。


「――条件は決まった。なら、さっさと終わらせるぞ」


 自らの勝利を疑わない、自信に満ち溢れた劫火の姿を見て。


 床に這いつくばっている状態だと言うのに、不思議な高揚感を抱いてしまっている俺は、どこかおかしくなってしまっているのだろうか。



お読みいただきありがとうございます。


龍と憑依体の説明こそできましたが、劫火様がキレ散らかしてしまった関係で、世界の成り立ちなどの話ができていません。それに関しては、また状況が落ち着いてから再開しようと思います。

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