第151話 上に立つ者の義務
「私は、魔王ルヴェリス。“無形”……と。同類からは、そう呼ばれる者だ」
無形と呼ばれている? 同類? どういう意味だろう。
疑問は浮かぶが、今の俺に発言権は無いだろう。無言でアルフレートの右肩をじっと見つめる。
「隊のリーダーを務めている、アルフレートと申します。それから、仲間のレイス、本代ダクト、大生、レンドウ――、」
アルフレートは自分の名前を名乗った後に振り返り、仲間たちを指しながら名前を列挙していく。
階級や序列というものは特に関係なく、端から順番に紹介しているだけのようだ。
そもそもこのパーティで序列とか気にしたことないけどな……なんとなくアルとレイスは上なんだろうと思うが。
アルフレートが全員の名前を言い終えると、魔王は頷いた。
「ふむ。実に様々な種族が入り乱れているね。皆、仲良くできているかい?」
「……それは……どうでしょう?」
魔王の質問に、アルはどう答えたものか微妙な顔つきで、斜め後ろの俺の方を見た。俺に喋れってことか?
「悪くはないんじゃねェの」
乱雑な口調が出てしまったが、魔王に対する直接の発言ではないから、大丈夫だよな。
「アルフレート君に、レンドウ君。以前君たちを見かけたのは、もう10年以上前になるだろうか」
急に自分の名前を出されるとドキッとするな。
だが、見かけた、という表現であれば……記憶を失う前の俺は、別に魔王とお喋りに興じたりしたことは無いってことか。
「そうですね、あなたが【翼同盟】の町を訪れた際ですので……11年前、でしょうか」
俺が記憶を失うよりも前の話。もうそんなの、俺が生まれる前の話と言っても過言じゃないんだよな。
「特に、レンドウ君は不思議に思っていたことだろうね。何故自分が、魔王に呼びつけられたのかと」
……本当にそうだよ! とは勿論言えないが。
そうなんだ、今回の遠征は、マリアンネがお忍びでヴァリアーにやってきたことから始まった。
一か月前のジェットら魔王軍による襲撃は魔王の本意では無かったことを説明したいと。そのために魔王城まで出向いて欲しいと。
そして、その際に俺を連れてきて欲しいと。
俺を、というよりは、あの日にジェットと激闘を繰り広げた吸血鬼を、という指定だったそうだが。
「……最初は、俺を吸血鬼の……正しくはアニマでしたけど。貴族のレンドウだと知って、それで呼んだんだと思ってました」
これぐらいの口調なら許されるだろう。緊張して声が出なかったらどうしようかと思ったが、声は震えもしなかった。魔王の声が与えてくる、不思議な安心感のせいだろうか。
「でも、違うんですよね。マリアンネは俺を知り合いのレンドウだとは認識していなかった。あなたが望んだのは、ジェットと戦った吸血鬼を呼ぶこと……?」
ジェットの報告を聴いた時点で、俺の正体がアニマだと。魔王がそこまで気づけた可能性もあるのだろうか?
「それとも、ジェットと戦った相手が俺……レンドウだという確信が、あなたにだけはあったんですか?」
魔王は、ゆっくりと首を横に振った。
「……ただ一人帰還したジェットは、私に全てを話してくれた。ニルドリルの指令を受け、ヴァリアーを襲撃したこと。その結果として、自分以外の帰還は叶わず、多くが捕虜となったこと。そして――、」
魔王の視線と俺の視線が、真っすぐにぶつかった。他人と目を合わせるのは苦手なはずなんだけど……何故なんだろう。
「強大な翼の力を持つ少年と戦ったこと。それがレンドウ君だという確信こそ無かったが、“ヴァリアーの紅き鬼”だろうとはすぐに思い至った」
うぐ、そう言えば、俺の通り名は一部では有名なんだっけか。まさか魔王軍にまで届いているとは予想外だが……。
「翼の力を持つ者は、世界にとって大きな意味を持つ。君をここへ呼んで色々と質問させてもらい、こちらからも教えられることがあれば……と思っていたのだが」
魔王の瞳を見ていると、何かを思い出せそうな……そんな感覚がある。
「……まさかもう一人のアニマと、氷竜の後継者まで揃うとは。全く、今日は凄い日だ」
発言を受けて、アルとナージアの様子が気になった。アルは平気そうな顔をしているが、ナージアは俺の方を見て、「え、おれ?」という表情で自分の顔を指さした。適当に頷いておいてやる。
「翼の力が、世界にとって大きな意味を持つとは……?」
いつまで俺が喋っていていいんだろう。どこかでアルに代わってもらった方がいいんだろうか、などと考えながらの質問だ。
訊けるところは、訊けるうちにだな。
「それについては……後ほどまとめて伝えることにしよう。先に、ヴァリアーが襲撃された際の状況や被害のほどを、君たちの方からも改めて説明して欲しい。それから、今回の旅路で何が起こったのかも」
剣氷坑道では狙ったようなタイミングで俺達の危機を予知し、レイスを寄こしたという話だけど……。魔王ルヴェリスは、離れた場所まで全てを見通せる訳では無いんだな。
いや、そりゃそうだとは思うんだけど。どこまでも見通せるなら、そもそもニルドリルの暴走を許すはずがないもんな。
「では、私の方から……」
アルフレートはヴァリアーが襲撃された日の状況と、それによる被害について、淡々と話していった。
悔しさや憎しみといった感情を感じさせない声色で、怪我人と死者が数として処理されていく。
その中に、イオナやガンザも含まれているというのに。
……いや、それを今魔王にぶつけたところで、良い未来に繋がらないことは容易に想像できる。
努めて冷静なアルの態度は、上に立つ者の義務なのかもしれないな。俺もいつか、その境地に到達することはあるのだろうか。
俺がアニマの里の指導者になる未来はもう無さそうな気もするから、どうでもいいか。
「ここから先は、何か訂正するべき箇所があれば、お前たちも発言してくれ」
後ろを振り返ったアルは、俺達が頷いたことを確認してから、今度はこの一週間の出来事を説明していく。
ロストアンゼルスの夜、俺が本代家の連中とやり合った件については話さないらしい。まぁ、確かに魔王にとっては関係のない話だ。
エスビィポートでの騒動について話し、影山邸に立ち寄ったこと、ミッドレーヴェルに到着したところまで話し終えると、アルは振り返って俺を見た。
「レンドウ、ここからはお前が話すべきだ」
「俺が?」
3時間ほど前に仲間内で情報共有したとはいえ、やはり当事者の口から話すべきだということか。
まぁ、さっき話したばかりだしな。そう苦労せずに説明できると思う。
だけど、どこまでが話すべき事柄で、どこからが言わない方がいいことなのかの判断が難しいな。そういう意味では、アルに話して欲しかったんだけど……。
などと考えていると、
「何も隠す必要はない。ありのままをお伝えすればいい」
俺の心を読んだようにアルが補足してくれた。
……アルフレートは魔王を完全に信頼しているのだろうか?
それとも、何かを隠したり、謀ったりしていることがバレて怒りを買うことこそが最も危険で、それを回避するためには最初から全てを明かした方がいい、そういうことだろうか?
何にせよ、俺はアルを信じるだけだ。
「同行者の一人に、アザゼル・インザースという男がいまして――、」
アザゼルを手助けするために仲間たちと別れてから、剣氷坑道でニルドリルを撃破し、アイルバトスさん達によってこの地に運んでもらうまで。
「――で、この街から離れた場所で降ろしてもらったんです。アイスバトスさんはその際、『君たちは魔王よりこの世界の秘密を知らされるだろう』と仰っていました」
覚えている限りのことを話したつもりだ。
「……どうもありがとう。しばらく、長く起きていられる時間も無かったからね。ようやく、今この世界に起きていることを把握できた気がするよ」
魔王はそう言うと玉座から立ち上がり、数歩前に出た。すると、何らかの魔術によるものなのか、玉座が……いや、それが乗っている床ごとだ。
先程まで魔王が踏みしめていた床が、後ろへスライドしていく。
「これは……」
「ありていに言えば、隠し通路だね。まぁ、もしこの先に勝手に入られたとして、特に困ることはないのだが……」
俺の零した呟きを、魔王は拾ってくれた。凄い気さくな人だな。
「ここから先は、私が話す側だね」
現れたのは下り階段だった。パッと見で100段はありそうな緩やかに続くそれの先に、真っ暗な洞窟が口を開けている。
「まずは君たちも気になっていただろう、ニルドリルがなぜジェット達にヴァリアーを襲撃させたのか、について……といきたいところなんだけど。この奥に場所を移そうか」
さぁ立ち上がって、という魔王の仕草を受けて、俺達は腰を上げた。
「世界の成り立ちについても話すことになる。竜門の先の方が、都合がいいからね」
前を歩く魔王の言葉が、俺には丸きり理解できなかったけど。
後ろで大生が「ここで竜門……か」と呟いていたことを、俺は聞き漏らさなかった。




