表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第9章 魔王編 -博愛の魔王と暴虐の炎王-
164/264

第149話 剣氷坑道での出来事

情報共有フェイズ、今回で終わりです。



「それで、剣氷坑道に到着して……アンリに出迎えられたんだ」


 そう言いながら、くすんだ金髪の少年の方へ左手を向けて、皆の注目を促した。


「どうも、はじめまして……の方が多いですね。アンリエル・クラルティと申します」


 少し日に焼けてしまった今の俺よりも色白な少年は、照れたように頬を染めつつも、きちんとした言葉遣いで自己紹介をやってのけた。


 俺より年下なのに丁寧語を使いこなしているせいで、なんだか劣等感を感じてしまうな。


 まぁ、真っすぐすぎるくらい真っすぐな性格をしているボーイだから、悪感情は抱きようがないんだけど。


「ああ、よろしく頼む」


 ヴァリアーを代表するようにアルがそう応じたので、俺は主題に戻っても大丈夫だと判断した。


 というか、アンリは殆どのアルフレート組と初対面だったんだな? まぁ、アル組は挨拶も手短に吸血鬼の里を後にしたらしいから、そういうこともあるか。


 ……剣氷坑道の内部ではナイドを走らせることはできないし、俺達はナイドから降り、結局そのまま現地人たちに預かってもらうことにしたんだ。


 結局、ここでの戦いが終わった後だって、坑道が崩壊していて通れなかった訳だしな。


「それに関しては、アルフレートさんの仕業ッスね」


「洞窟を崩壊させたのがってことか?」


 貫太の言葉に質問すると、彼は頷いた。


「俺は熱を操れるからな。氷を溶かすなど造作もない」


 とはアルの弁だ。


 そりゃあ、そうだろう。だってアニマなんだもんな?


 俺ができることは、こいつにもできると考えていいんだろう。


 そういえば、ヴァリアー襲撃事件でグローツラングと戦っていた時……。そうか、あの時はアルが俺の緋翼に力を注いでくれていたんだな。


「……俺達の隊のことは置いといて、レンドウ側の話を聞く時間だと言っただろう」


 そこまで怒った様子でもないが、アルの叱責を受けて貫太はしゅんとしてしまった。


 俺もしゅんとするべきなのか? いいや、さっさと続きを話すべきだろう。


 これはもうわざわざ言うことでもないだろうけど、吸血鬼の里は、そこの子供たちに対して情報統制を図っている集落で、対外的には≪エルフの里≫とされているんだよな。


 自らをエルフと名乗り、子供たちには心からそう信じさせておいたほうが、人間たちからの待遇は間違いなくいいし。


 中には里の用心棒として、吸血鬼であることを明かして生活している人物もいたな。


 そのうちの一人、クラウディオって男の気に障ることを言っちまって、少しトラブルになったけど。ああ、これも解決したから安心してくれ。


 里の中でも「坑道が崩壊しているらしい」って情報が錯綜しててさ。何人かでそれを確認しに行ってるらしいから、とりあえずその人たちが戻ってくるまで、族長さんと話しながら待つことになったんだ。


 吸血鬼の族長、ヴィクター・スフレイベルさん。さすがに皆もこの人にくらいは会ってるはずだから、わざわざ説明するまでもないよな。


 ヴィクターさんからアニマと吸血鬼が昔共に暮らしていた時のことや、今は壁ができてしまっていることとか。


 あと、魔王軍にとっても吸血鬼は扱いづらい存在だってこととか、8年前の戦争の話とか。


 そんな話をしていたら、突如として外から叫び声が聴こえてきたんだよな。だから、俺達は慌てて外へ駆けつけたんだ。


 外には人だかりができていて、その中心にいたのがこいつ……ナージアだったんだよ。


 空白があるとはいえ、一応隣に座っていることになるナージアを指し示す。


「……おれがナージアです。氷竜やってます」


「氷竜やってますって言い回しはよくわかんねェけど、まぁ竜人? みたいな存在なんだ」


 少し緊張してるみたいだな?


 あの時は強張っていたが、普段は温和そうな顔つきをしている、灰色の髪を後ろで結った少年。


 額に小さな氷のような角が二本生えていることと、健康的な肌の表面に膜のようなものが張っているのが光の反射によってチラつくこと以外は、至って普通のヒトって感じ。


 まさかこいつがドラゴンの姿に変化できるなんて、一見しただけで見抜ける奴はいないだろう。


「ドラゴンに? ふーん……」


 現に、ダクトもそんな話は聞いたことも無いという反応をした。……もしかして、ドラゴンの姿になったナージアと手合わせしてみたいとか考えてないよな?


 ナージアは、アル達がニルドリルに襲撃されていた場面を遠巻きに目撃していたらしいんだ。


 だからこそ、それに気づいたニルドリルに口封じされるところだった。


 とっさの機転により、エーテル流に身を投げることで死んだと思わせて逃亡した……とのことだけど、あのエーテル流に身を投げても大丈夫だなんて、氷竜の氷バリア? 的な魔法は凄まじいな。


 いや、完全に無事だった訳では無く、傷を負っていたって話だったか。


 とにかく、俺達はナージアがそこにいたおかげで、ニルドリルの不意打ちを防ぐことができたんだ。


 ニルドリルの幻術、潜伏の魔法は、既に奴を認知していたナージアには効かなくなっていた。


 だからこそ、吸血鬼の里に侵入していたニルドリルを見つけて、ナージアは警鐘を鳴らすことが出来た。


 ナージアの言葉を受けたことで、俺達にもニルドリルの姿はすぐに見えるようになった。誰か一人でも見破ることができ、それを周囲に伝えられれば、全員が術から解かれる。


 幻術って、基本的にそういうもんなんだな?


 ニルドリルは突然自分の幻術が破られたってのに、まるで慌てた様子が無かった。


 俺がニルドリルの悪行をヴィクターさんに伝えると、ニルドリルはそれを否定してきた。それでもヴィクターさんは俺たちの方を信じてくれて、全ての門を閉ざしてニルドリルの逃げ場を奪ったんだ。


 だが、その前から……ニルドリルはそうなることを全て予期して、入念な策を練ってきていた。


 信じられるか? 俺達一行と、数百人は暮らしているだろう吸血鬼たち。その全てを同時に相手取ることになろうと、勝てる算段を立てていたんだ。


 実際、間違いなくあいつは最凶の相手だった。


 ニルドリルはヴィクターさんに向けて「その見通す眼を貰う」と宣言して、斬りかかってきた。


 魔法の類を容易く斬り裂く妖刀、妃逆離(ひげきり)。先端から光弾を発射するとかいう新技も披露してきやがった。


 最初はヴィクターさんが“異常な治癒力で敵の攻撃を無効化し、その隙に反撃する”っていう戦い方で相手をしてたんだ。


 ニルドリルは致命の一撃を貰う瞬間に配下である四つ手のリザードマンと入れ替わる魔法や、お得意の召喚術で紫の霧を纏った白いトカゲの怪物、マジムを使役してきた。


 そのマジムが現れた時の不意打ちによって、ヴィクターさんは戦闘不能にされたんだ。


 ジェットがニルドリルに挑みかかってくれていたから、俺はマジムと相対した。


 魔法剣ヴァギリの助言もあって、いつも通り緋翼の武器を作って、それを町の中央にあったエーテル流に浸すことで、今までにない攻撃力を手に入れたんだ。


 ドラゴンクロウと名付けたそれなら、霧を払い、確かにマジムにダメージを与えることはできていた。


 だけど、俺はあまりにもマジムの発する霧を吸い込み過ぎていた。それが毒の類だと気づいたころには、もう身体の内部にダメージが蓄積していたんだ。


 更にニルドリルは、切り札だというそれを見せつけてきた。


 ……特にマリアンネ、落ち着いて聞いてくれよ。……無理だと思うけど。無理だと思うけど努力はしてくれよ。


 怪訝な顔をする彼女を前に、胃が痛くなる思いをしながら続ける。


 ニルドリルが腕を振ると、今までそこにいなかった人物が宙に浮いて現れたんだ。つまりはまぁ、人質だな。


 磔にされたような格好のその少女は……ふーっ。


「フェリス・アウルムって名前のお姫様で、そこにいるマリアンネの実の妹だったんだ」


「なっ……!」


 仲間たちの多くが驚き、マリアンネに至っては驚きのあまり逆に言葉を失っているようなので、「いや、落ち着いてくれ。助けられたから。ちゃんと無事だから」と言って黙ってもらう。


 俺も勿論驚いたし、疑ったさ。だけど、周囲の吸血鬼の反応を見る限り、間違いなく本物の人質で、本物の脅しだと思った。


 このままじゃどんな要求を呑まされるか分かったもんじゃないし、後手に回ったそこに勝機はない。


 俺とジェットは同時に飛び出していた。だけど、両者ともに失敗した。


 俺はマジムによって吹き飛ばされて、民家の壁を突き破って、大変グロテスクな姿になって転がっていたらしい。


 ヴァギリが俺の緋翼を操って、左手にへばり付いてくれていたのが幸いだった。


 俺に意識が戻る前から、傷の治療を始めてくれていたみたいなんだけど……残念ながら、体内の残存エネルギーが足りないみたいだったんだ。


 そこに現れたのがベニーで、再び俺に契約を迫ったんだ。傷を治して欲しければ、眷属になれって。


 そこまで聴いて、マリアンネは「なんだか嫌な予感がする」という表情になった。


 ……俺は承諾した。外で、次の瞬間にも仲間が殺されるかもしれない。そう思ったら、もう何を捨てても構わないと思ったんだよ。悪いか。


「悪いわよ。そんな契約をしなければ治療をしてあげないだなんて、ベニーさんは……」


 あれ、そっちに行くのか。マリアンネはベニーを睨みつけていた。ベニーは素知らぬ顔で天井を見上げていたが、自分に視線が向けられていることに気づくと、真正面からマリアンネの視線を受け止めた。


「あたしは何にも悪いことはしてないから。だって、実際問題あの時のレンドウは死にかけも死にかけだったし。眷属への力の受け渡しを可能にするのが、一番手っ取り早かったのよ」


「……そうなんだよ。ベニーの言う“ブースト”は凄まじかった。スゲー助かったんだよ。話を続けるぜ」


 爆発的な治癒力を得て、俺は民家を飛び出した。


 そこで、マジムによって食い散らかされていた吸血鬼さんたちの死体を食って、緋翼のストックも回復させた。


 ……わかってるさ。それがどれだけ死者を冒涜する行為なのかくらい。でも、どれだけの誹りを受けたっていい。


 この場で一刻も早くニルドリルを殺すことが、生きている仲間の為だと思ったから……。


 前方に跳躍して、背中からは爆発するように緋翼を噴出させ、その勢いのままマジムの背中を駆け抜けて真っ二つにしたんだ。


 そのあとすぐ、ヴァギリに頼んで全ての力のリミッターを一時的に外してもらった。


 一気に決める。今の自分ならそれが可能だと思ったから。それでも、駄目だったんだけどな。


 だけど、ここで俺はようやく気付けたんだ。いや、その時はまだ確証は無かったんだけど。


 俺の背後も背後、遠くでこっちを窺っていたベニーの存在に気づいて攻撃を仕掛けたニルドリルに、どうしようもなく違和感を覚えたんだ。


 そこで、つい悪態が口をついて出たんだよな。「お前、人の心でも読めんのかよ?」って。


 それでニルドリルが動揺したことに、俺自身が一番驚いたかもしれない。


 動揺とも言えないような、微かな重心のブレではあったけど、剣を通じてそれが伝わってきて、俺の疑念は深まった。


 ヴァギリの素早い対応も良かったな。『ニルドリルが本当にこちらの心を読むのだとすれば、レンドウの意思ではなく我が緋翼を振るった方が良いかもしれん』ってさ。


 俺は緋翼の主導権を手放して戦い、隙を見てヴァギリが炎を浴びせてくれることになったんだ。


 更に、俺の攻撃の間を埋めるようにクラウディオさんとシュピーネルが頑張ってくれた。


 そこまでやっても致命傷には至らなかったのが末恐ろしいが、ニルドリルはついに撤退を考え始めたらしかった。


 距離を取った後、あの大蛇……グローツラングを召喚しやがった。いや、ヴィクターさんに不意打ちを仕掛ける為に、あらかじめ場所を決めて仕掛けて置いたって感じだったな。


 とにかく、吸血鬼たちはそっちに行かざるを得ない状況になった。


 その隙に、アウルム姫を盾にしたまま、天井の穴から逃亡しようとしたんだ。


 その様子を口惜しく眺めていた俺の前に進み出てきたのは、ナージアだった。


 ナージアはナージアでニルドリルを何とかしようと思っていたみたいなんだけど、その時は別に俺と協力しようと考えていた訳では無いんだよな。


 むしろ、なんかスゲー具合が悪そうだった。どうやら、人生で初めての変身だったみたいなんだけど。


 天井の穴へと姿を消したニルドリルを追うべく、ナージアは己の壁を乗り越えてドラゴンの姿になった。その背に俺も乗せてもらって、ニルドリルの後を追ったんだ。


 翼の力を感知するヴァギリの助けもあって、ニルドリルのことはそう時間を掛けることもなく発見できたんだけど。


 そのニルドリルの状況が最悪だったんだ。氷の張った山道に降り立つと、奴はアウルム姫の左腕を切り落として、それを喰らっていた。


「アーちゃんの腕を!?」


 たまらずと言った様子で、マリアンネが叫んだ。


「結論から言うと無事だったんだって! ちゃんと腕も治ったから安心しろ!!」


 というかアーちゃんって呼んでるんだ。へぇ……。


 で、すると何が起こるかって言うと…………ニルドリルが吸血鬼の姫君の魔法である、超高レベルの黒翼を手に入れたってことなんだよな。


 勿論それは禁忌に触れる邪法である“同化”によるもので、一日もすれば失う能力のハズなんだけど。


 その力を手に入れて余裕を取り戻したニルドリルが饒舌に語ったところによると、どうも抜け穴があるらしい。


 ええと……「根源的な力を欲する者たちの間では、常識になっている手段」とか言ってたかな。


 それがニルドリル以外にも、まだ似たようなことをしている派閥の仲間がいる……って意味なのかは定かではない。


 吐き気がするような話だから、心して欲しいんだけどさ。


 まず、吸血鬼やアニマなんかの“翼の力を保有する種族”を捕らえて、同化によってその“他者を捕食する能力”自体を得るんだ。


 そうして、これまた捕えているヒトを喰って魔法を奪い、翼の力でご丁寧に治療までしてやる。これを繰り返すことで、永遠に魔法の力を奪い続けるつもりなんだ。


 ニルドリルの口ぶりだと、まるでそれらの行為を繰り返しているうちに、いつかはその魔法が己に定着するかのように聴こえた……が、確証は無い。今は言わないでおいた方がいいだろう。


「悍ましい」


「そんなおそろしいことを……」


 マリアンネとリバイアが、口々に呟いた。こいつらの中では、今やニルドリルは究極の悪に育っていそうだな。


 俺だって、この話を知らずに聞いている側であれば、今頃さぞ「ニルドリルをすり潰してやりたい」と思っていたことだろう。


 アウルム姫の黒翼を手に入れたニルドリルの力は凄まじかった。影のような腕に包まれて移動させられたり、所持品を奪われたり。


 俺の攻撃は容易く捌かれ、ヴァギリが奪われた。ニルドリルはヴァギリを従わせられないと悟るや否や、遥か下方に見えていたエーテル流にヴァギリを投げ込んだ。


 その時は絶望しかけたけど、これも結論から言ってしまうと、ヴァギリは無事だった。まぁ、それについてはもう少し後で説明する。


 俺とナージアの二人で挟み撃ちにしたかったんだけど、黒翼によってナージアは視界を封じられていたんだ。


 そこで、俺の手元に残っていたダガーごと、ナージアの力で氷の剣を形作ってもらった。


 この氷剣のおかげで、なんとかニルドリルと渡り合うことが可能になったんだ。


 ……だが、段々とそれすらもニルドリルは対応し始めてきた。やはり、心を読むという魔法は脅威だ。


 目つぶしを払いのけたナージアと挟み撃ちする形を維持して、ナージアの破壊光線とか、ニルドリルすらも驚愕させる攻撃手段もあったんだけど。


 ニルドリルは余裕の表情を浮かべつつも、最後まで油断が無かった。


 破壊光線を放ったことにより動けなくなっていたナージアへと、止めを刺すべく近寄って行ったんだ。


 俺も、力の入らない自分の身体を罵っていたんだけど……ここで、急に新しい力が……活力のようなものが湧いてきて、動けるようになったんだ。


 これは後で分かったことなんだけど、どこかから監視していたらしい例の“青髪のアニマ”が、俺に力を分け与えたせいだったんだ。


 俺には理由が分からなかったけど、これ幸いと駆けだして、ニルドリルに向けて氷剣を突き出した……すると、意外なほど単純にそれは命中したんだ。


 ニルドリルはナージアを注視していて、それまでもその心を読んでいたはずだ。だからこそ、背後から迫りくる俺にも対処できていた。


 だけど、ここで急にそれが出来なくなったんだ。


 どうやらナージアの力が戦いの中で成長したらしく、ニルドリルでもその心が読めなくなったようだった。


 激昂したニルドリルだったが、妃逆離すら防いでのける水色の翼を発現させたナージアを殺すことはできず、再び俺と斬り結んだ。


 そうして、背後からのナージアの二度目の破壊光線(最初のものよりはずっと小さい威力ではあったが)が、終わりの一撃となった。


 ニルドリルの左肩が吹き飛んで、妃逆離が地面に落ちた。黒翼がニルドリルの左肩をすぐさま修復しつつ、妃逆離を掴もうと触手のように伸びていったけど、妃逆離はニルドリルの黒翼をも拒んで撥ね退けた。


 触手を斬り飛ばして、俺は全力で妃逆離を弾き飛ばした。


 もう二度と、絶対にこいつをニルドリルの手に戻してはいけないと思ったんだ。


 だが、発動条件は不明だが、ニルドリルには妃逆離を手元に引き寄せる魔法があることは知っていた。


 だから、いち早くそれを俺が拾って、ヴァギリにされたように、エーテル流に投げ込んでやることが最善だと思ったんだ。


 そうして、妃逆離を掴んだ瞬間、俺は洗脳されたんだ。


「洗脳……だと?」


 アルに頷きかける。マリアンネはハッとしたような表情をした。


 妖刀妃逆離もまた、意思を持つ魔法剣だったんだ。それも、とてつもなく邪悪な。


 そこで、丁度俺達を助けるためにレイスとカーリーが空から現れてたらしいんだけど、あろうことか俺は妃逆離に操られるがまま、レイスに斬りかかっちまったんだ。


 どうして戻って来れたのか、不思議に思うほどの洗脳だった。


 ……いや、皆の言いたいことは分かるよ。「お前いままで精神の能力に耐えられたことないだろ」って言いたいんだろうけど、本当に格が違ったんだって。


 対象の意識を歪めて、敵を攻撃していると思わせながら実は味方を攻撃させている、みたいな従来のやつじゃなくて。


 俺は、レイスのことをきちんとレイスだと認識した上で、レイスを殺さなければならないと思わされていた。


 俺自身が……妃逆離だったような。そんな気持ち悪い感覚。できれば二度と思い出したくないくらいなんだ。


「いや……全てを正しく理解してやれている自信は無いが。それでも、お前を信じよう」


「僕も信じるよ。あの刀からは……何か異様なものを感じた」


「……サンキュ」


 そう言ってくれるアルとレイスが頼もしい。少しでも、救われたような気分になる。


「そ、それじゃあ、まさか」


 フェリスは口元を押さえて、涙を零していた。


「お……ニルドリル……は、その刀に洗脳されていただけだったの? だからこそ、あんなことを……」


「そう、なんだと……思う。俺は、だけど」


 静かに声をあげて泣き始めたマリアンネの背中に、シュピーネルが手を置いた。


 落ち着くまで待っていようかとも思ったけど、先を促すアルの視線を受けて、続きを口にしていく。


 レイスと一緒に、素手で触れないようにしながら妃逆離を谷底へと落とした。それがエーテル流に飲まれたことを確認した時だった。


 目を覚ましたニルドリルが、すぐそばに立っていたんだ。


 …………洗脳が解けたニルドリルは、しかし、深い絶望に彩られていた。


 当然かもしれない。レイスを斬りつけてしまった俺が、あれほどの後悔に襲われたんだ。


 人間の街をいくつも襲撃し、世界を混乱に陥れてしまった自分を自覚して、正常なヒトであれば平静を保つのは難しいだろう。


 彼は世界中から憎しみを向けられる存在になってしまっていた。


 それを癒す為には、何より時間が必要だったんだ。あいつの自殺を思いとどまらせる時間が。


 だけど、それは阻まれた。谷底へと身投げしようとするニルドリルへと伸ばした俺の手は、突如として現れた青髪のアニマによって妨害されてしまった。


 ニルドリルはそのまま落下して…………命を落とした。


 激昂する俺を、青髪のアニマは容易く押しとどめた。


 青髪の他にも、その場には4人のアニマが現れていて、多分だけど、そいつらは前日の野営を襲撃してきた奴らとは違う面子だったはずだ。


 なぜなら、立ち振る舞いに隙が無く、不意を突かれたとはいえ、俺達の誰もが反応できていなかったからだ。カーリーは一手だけ攻撃を放ったけど、難なく受け止められていた。


 青髪は俺のことを“王子”と呼び、俺の緋翼を軽く受け止めやがって……。エーテル流に落下するところだったヴァギリを拾っていたらしく、なぜかそれを俺に投げ渡してきたんだ。


 その施しの意味が理解できなくて混乱しているうちに、いつの間にか青髪たちは姿を消しちまってた。


 一人だけ、アウルム姫の様子を見ていた黒髪の女だけが長く残っていたんだけど、そいつも姫への治療? が終わると姿を消したんだ。


「…………ふーっ」


 ここまで話し終えて、俺は背もたれに崩れて息を吐いた。


「本当に、ご苦労だったな。よく頑張ってくれた。少し休むといい」


 アルのねぎらいに、おう、と返すのが精一杯だった。なんだか急にドッと疲れたぜ。


 傷は残っていないし、カーリーから血を貰ったからエネルギー不足という訳でもないし、ただただ心労が溜まっているらしいな。


「その後、お互いの状況を確認していたら、空から氷竜の皆さんが舞い降りてきたんです」


 どうやら続きはレイスが引き継いでくれるらしい。


「それで、グローツラングと戦っていた皆さんの方へ、若い氷竜たちに向かってもらって…………」


 あれ? なんだかレイスの声が少し遠い気がするぞ。それに、視界もぼやけて…………。


 身体が右に倒れそうになっているのかと思ったが……違う。これは……カーリーの腕に引き寄せられたんだ。


「必要になったら起こすから安心して。……おやすみ、レンドウ」


 そうか、これはカーリーの…………眠りの魔法か…………。


 おぼろげな思考でそこまで理解した後、俺は安心して瞼を閉じることにした。


お疲れさまでした!では、次回よりガンガン進めていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ