第148話 ザツギシュの概要と覚悟決まってる系男子
「ええと……そうですね、その、三大ザツギシュ? かはちょっと分からないですけど、俺の右手に魔道具が宿っているのは確かですね」
貫太はそう言いながら、右腕の袖を捲った。そういえば、いつも長袖を好んで着用しているな。もしかすると、それを隠したい気持ちがあったのだろうか。
現れたのは文様も何もない、闇を吸ったように黒い腕輪だ。素肌の上に付けているにしては、一切ずれる様子が無い。とても窮屈に食い込んでいるのか、はたまた――、
「呪いの類が掛かっていることは分かってました。あんまり良いものではないかもしれないって。どうやっても外れないんスよ、これ」
あはは、と自嘲気味に笑う貫太だが、その精神は立派だと言えるだろう。
なんだかよく解らない魔道具が腕に張り付きっぱなしなんて……俺だったら安眠できるか分からない。
「もしそれが伝説の三大ザツギシュなるものだとすれば、あの破壊力にも頷けるな」
アルフレートがそう言うと、数人が深く頷いた。
俺はエスビィポートでも剣氷坑道でも貫太が戦うところを見ていない無いのでなんとも言えないが、別動隊は違ったらしいな。
「そいつはどこで手に入れたものなんだ?」
ヴァリアーの隊員ではあるが、貫太の主な業務は学業に励むことだ。
エイリアで高等教育生として学びつつ、学校の警備を担当していたただの少年が、どうやってミッドレーヴェルの地下街産の魔道具を手に入れられるんだ。
「あ、えーっと……」
貫太は答えあぐねて顔を逸らし……いや、違うな。同意を得ようとするように、右隣にいる人物を見たんだ。視線を送られたのは、灰色のナースだった。
「貫太くんの腕についてるのはねぇ、元々わたしの弟が付けていたものなんだよね~」
アストリドが間延びした様子でそう言うと、貫太は頷いた。
彼女の弟というと……灰のガンザのことだな。かつてクレアや俺と戦った……ヴァリアーがジェットら魔王軍に襲撃された際、命を落としてしまった男。
そうだ、俺はあいつの死体を見ている。第一発見者と言ってもいいだろう。生きている時に交流は無かったが、死の状況には余人より詳しいかもしれないなんて、皮肉なもんだけど。
鮮烈な記憶だ。思い出そうとすれば、そう難しいものでは無かった。確かあの時、ガンザの腕から腕輪が零れ落ちていた。ということは、それがヘルだったって?
「ザツギシュってのは、一度憑りついたら外れないらしいんだけど……着用者が死んじまうと、外れるってことなのか」
「状況から推察するに、そういうことになるだろうな」
アシュリーが同意してくれた。
「そうなると、気になることがいくつか出てくんだけど」
ダクトが身を乗り出して、円卓に両手をついた。
「そもそもガンザがどこでそれを手に入れたのか……は、まぁもう訊けねぇ訳だから仕方ねぇけど。一つ、俺は四番隊としてよく一緒に行動してたけどよ、その時のあいつの力は普通止まりだったぞ。確かに物珍しい魔道具だとは思ってたけど、今の貫太みたいな破壊力を見せたことは無かった」
確かに、それは気になるところだ。あのガンザという男がどれほど理性的だったのかは知らないが、吸血鬼である(と思われていた)クレアと俺を前にして、まさか実力をセーブする余裕があったとも思えない。
「二つ目、ガンザは両腕に腕輪をつけてたぞ。もう一方はどこにいったんだ?」
ダクトの二つの疑問に、突発的に答えられる者はいなかった。
視線は自然と貫太とアストリドに集中するが、両者ともに首を振った。
「アストリドさんが弟さんの遺品を整理しているのを手伝ってた時にこれに触って、それで憑りつかれたんスよ」
「そうだねぇ。その時はもう、腕輪はその一つしかなくなってたねぇ」
ふうむ。
「単純に考えれば、何者かがそれ以前にもう一つを回収していたんだろう」
アルの言うことはもっともだ。
もっともだけど、そうなるとその人物はどうして一つだけしかザツギシュを持っていかなかったんだ? と思えなくもない。
と疑問を呈してみると、
「いきなり腕にアイテムが張り付いてきて……それが呪いの力によって外れないみたいだって分かったら、二個目からは急いで距離を取ろうとするんじゃないですか? 怖いし」
そう首を傾げながら言ったのはシュピーネルだった。
「あァ……それもそうか。うん、そうかも」
どうしてその人物が名乗り出なかったのかは謎のままだけどな。
「ガンザが使っていた間はそれほどでも無かったのが、貫太が使っている今は凄まじい破壊力を持っていることについては……アシュリー、お前の持っている資料で解決しそうか?」
アルフレートの問いに、アシュリーは鞄を開いて資料を円卓の上に広げだした。
「どうでしょう……俺も全てを読み込んでいる訳では無いので。改めて確認してみましょうか」
そう言って資料に目を通すアシュリーと、実際にザツギシュ持ちと戦った俺とで、ザツギシュの基本から説明していくことになった。
ザツギシュは、ティスの父親が開発に深く関わっていた魔道具である。
素体となるザツギシュの器に、強力な魔物の心臓を取り入れることで完成する。
そもそものザツギシュの素体についての製造方法については、この資料群には無い。持ってきた資料はもう少し突っ込んだ、応用編にあたるものばかりのようだ。
この世界の空気中に漂う魔素を取り込み、魔物の心臓を潜らせることで能力を発動させる仕組みになっている……と、ここがちょっと引っかかる部分だな。
「魔素、っていうのが分からないんだよな」
俺がそう言うと、シュピーネルが手を挙げた。
「ニルドリルによって、うちら魔国領の魔人は誤った魔法知識を植え付けられていた疑惑があるので、もうあまり魔法についてのプロフェッショナルとは言えないのかも知れませんけど……。そもそも、人間界の研究者たちは魔法についてどれほど理解されているんでしょう?」
「魔法と魔術の違いとか、そういうやつのことか?」
「うちらの認識では魔法が魔人固有の能力で、魔術は人を選ばず、触媒さえ消費すれば誰でも使えるもののことですね。もしかすると、余計な先入観や情報操作を受けずに自分たちで研究している人間たちの方が、魔学について詳しかったりするんでしょうか」
アルは顎に手を当てて、小さく唸った。
「アラロマフ・ドールは魔人を敵視する帝国の影響下にあるからな。魔王軍の侵攻を退けてきたヴァリアーにそういった情報を流してこない以上、帝国がその手の研究で成果を上げているとは考えにくいだろう。シャパソ島の国の事情までは分からんが」
「魔素、っていう言葉はうちらも聴き慣れないものですからねぇ。もしかすると、マナのことなのかな? とは思いますけど」
マナ、か。それも聞き覚えがあるような気がする。主に小説の中とかでだが。
「シュピーネルたちの言うマナってのはどういうものなんだ?」
「えっと、主に魔術を使う時に、触媒の他にも消費している空間由来の物質? ですね」
「空間由来?」
伝わり辛いかな、とシュピーネルは腕を広げて、ジェスチャーの構えを取った。
「こっちにAの部屋、こっちにBの部屋があるとします。こっちのAの部屋で……例えば自分の角を他人から見えなくする幻術を掛けます。あ、もっと消費の大きいやつの方がいいか。まぁとにかく大きな魔術とか、何回も唱えるとかをしてると、魔術が発動しなくなってくるんですよ」
シュピーネルはフワフワさせていた右手を下げた。と思ったらすぐに上げて……左手を指差したかったのか。
「でも、Bの部屋に移動すればまた唱えられるようになるんです。例えAの部屋とBの部屋の間のドアが開けっぱなしでも、数日くらいはAの部屋では魔術が使えないままなんですよ」
「なるほど、それで空間由来か」
「そういう認識になってますね。だって、その消費しているものが空気に乗って漂うような性質なら、他の部屋からすぐにAの部屋に流れ込みそうじゃないですか」
シュピーネルは左手と右手を合わせた。
確かにそうだ。
「そうなると、シュピーネルの言うマナとこの資料でいう魔素ってやつは別物ってことなんかね」
「現時点では、恐らくそうだろう……止まりだな」
アルフレートがそう統括してくれたことを受け、アシュリーは再び資料を読み上げ出した。
空気中から魔素を取り込み、それに反応した魔物の心臓が魔法を生み出す……それだけ聞くと使用者にデメリットが無いように感じられるが、そんなことはないらしい。
ザツギシュは魔素だけでなく、憑依した部分から着用者の生命力をも吸い上げる。
「……………………」
そこまで聴いた時点で、しかし貫太には絶望の表情は浮かばない。思うところはありそうだが。こいつも結構、覚悟が決まっちゃってる系男子なのか。
多くの事例では、ザツギシュの憑依している部位はいずれ満足に動かせなくなり、それ以外の部位にも症状は進行してくるそうだ。
「死亡例については書かれていないが……半身不随や、植物状態になった例が書いてある」
アシュリーが重々しく言うが、貫太は無言のままだ。自らを心配するように見つめる、親友の二人を見つめ返している。
「そんな危険なもん、もう使わない方がいいんじゃねェか? 取れなくなっちまったのは残念だけど、使いさえしなけりゃ症状が進行しないってんなら……」
見かねた俺が口を開くと、貫太は首を横に振った。
「いえ……使うと思います。無駄遣いしないのは勿論スけど。何も無かった俺に、ようやく手に入った力なんだ。これじゃなきゃ味方を護れない、そんな状況が来れば、俺は何度でもこの力を使います」
覚悟ガンギマリだよこいつ。
「だって、レンドウさんだってそうでしょう? 例え自分の身がどうなろうと、護りたいものがある。そうもんじゃないですか?」
そんな真剣な視線を送られると、素直に「そうだな」としか言えなくなっちまうだろが。
俺はこの場にいる誰がピンチだとしても、我が身を盾に差し出せる自信はある。一応だけど。いざそん時になって身体が動かなかったら死ぬほどダセェから、公言はしないでおくけど。
「とりあえず、この資料から読み解けるザツギシュの概要は、こんなものかと」
アシュリーがそう言いながら、アルの方へ資料を流した。それを受け取ったアルが資料を1分ほど流し読みするのを待った。小休止だな。
「……そうだな、ザツギシュについては一旦終わりでいいだろう」
「あァ、じゃあ続きからだな。ティスとアザゼルとはそこで別れて……あ、そうだ。アルがアニマだろうって最初に言ったのも、ティスなんだぜ」
「それは……本当に油断のならない女だ、全く」
そう零しながらも、アルの口元は楽しそうだった。
ザツギシュの話が終わりとなると……話は俺達がミッドレーヴェルを立って、野営場所を見つけたところからだな。
切り立った崖に空いた横穴、旅人たちがよく休憩に使っていたらしいその場所で夜を明かそうとしていたら、突如としてアニマに襲撃されたんだ。
気配から察するに、一人はミッドレーヴェルの地下でやり合ったアニマだった。そいつが仲間を引き連れて追ってきたと考えるのが妥当だろう。
ハーミルピアスを傘に見立てて、洞窟の入り口を覆うように緋翼の防護壁を展開する俺の新技が炸裂して、仲間たちを護ったんだ。
……そういえばピアスってどこで無くしちまったんだっけ……ちくしょう。恐らく、吸血鬼の里での戦いの最中だと思うが……今も崩れた建物の中あたりに眠っているんだろう。さすがに探している時間は無かった。
その緋翼の防護壁に触れたアニマを一人内側に引き込んで、そのままアシュリーが叩きのめして。
それから、このままじゃ洞窟内が酸欠になるかもって話になったんだ。火を焚いていたからさ。
だから、緋翼の防護壁の隅っこに、少しだけ隙間を空けようとしたんだ。だけど、その隙間から敵の緋翼が侵入してきた。
俺の緋翼に匹敵する強度で、その緋翼だけは俺でも吸収できなかった。
仕方なく身体でなんとかしようと格闘してたら、急にその緋翼は引いて行ってさ。結論から先に言うと、外にいたアニマにジェットが襲い掛かってたからなんだけど。
俺達を襲撃したアニマは総勢5人。うち一人は洞窟内で気絶して、俺に匹敵する緋翼を持つ青い髪のアニマは逃走し、残り3人はジェットが気絶させていた。
「本当は殺しとくべきだったかもしんねーけど、吸血鬼とかって殺すのにすげェ手間と時間が掛かっからよォ」
ジェットがそう口を挟んで来たが、無視、無視。この戦闘狂が。
後々のことを踏まえてみると、あのアニマ達は明確に俺達と敵対している訳ではない可能性も出てきた。
あいつらを無駄に殺して、敵意を買うようなことがなかったのは僥倖と言えるかもしれない。
……こいつがシュピーネルを抱きしめていたとかは……言う必要はないよな。
それで、逃走したアニマが更なる増援を連れてこないとも限らないし、俺達は急いで移動することにしたんだ。
翌日の昼前頃には、剣氷坑道の入り口に到着した。
…………ここからが、大変だったんだよな。
ニルドリルという男の最期を、ちゃんと仲間たちに伝えなければならない。勿論、マリアンネにもだ。
その瞬間が少し怖くなって、俺は心を落ち着ける為に、深く息を吸い込んだ。