第146話 円卓会議
繋ぎのお喋り回ですが、意外と重要かもしれません。
「――全員、無事に再会できて何よりだ」
すっかり真面目キャラが定着してきたアルフレートが口火を切った。
ベルナティエル城下町の一角、急ごしらえの宿にて、俺たちは大きな円卓を囲んでいる。
ここで料理を食べることもある想定なんだろう。宴会なんかの際に使うのかもしれない。
宿の入り口から右手にある大部屋は、今は俺たちの貸し切りだ。いや、そもそもここに住む人が居なくなって久しいのであれば、ここを利用する客人にとっては永遠に貸し切りか。
俺の右隣りから、カーリー、レイス、リバイア、ダクト、大生、アシュリー、守、真衣、貫太、アストリド、ベニー、アルフレートまでがヴァリアー勢。アルは少しだけ右寄りだが、ほぼ俺の真向かいと言っていい。
そのまま続けてジェット、シュピーネル、マリアンネ、フォックステイルさん、アンリ、ナージア。
アルとシュピーネルの間にジェットが挟まっているのは……幼馴染を危険から遠ざけようという思考が働いているのか?
ふん、こうしてみると可愛いもんじゃないか。……ちっ。
円卓が広い為、各人の間にも、ナージアと俺の間には空白がかなりある。もう3人は楽々座れるだろう。
まぁ、中にはレイスの隣のリバイアみたいに無駄に距離が近いヤツもいるが……。
ちなみに、俺のことが大好きで仕方ない(さすがに調子に乗り過ぎでは?)カーリーは、ちゃんと礼節を弁えているため、皆の前で俺にべったりくっついたりはしないらしい。
いや、別に残念とか思ってないし。……でもこの建物の中、少し寒いかも? あーなんかちょっとだけ人肌恋しいかもなー?
「早めにそれを確認するべきだったと思うんだけど、中々戻って来なかったのにはどういう理由があったの?」
先程のアルの発言に対して、窘めるようなレイスの突っ込み。
こいつ、アルに対してもこんな感じで喋るのか。
「レンドウさん達のことを信じてたから、急いで確認する必要も無かったとかじゃないッスか?」
次いで軽口を叩いたのは貫太だ。むむ。
……もしかして、俺がいない間に結構パーティの結束が高まってた感じか? だからそんな風に軽口が叩けているのか。
アルフレート……歩く辞書は、間違いなくヴァリアーでは嫌われ者……は言い過ぎだとしても、近づきがたい存在であったはずだ。
無駄に博識で、全ヴァリアー隊員の弱みとか握ってそうで、嫌味っぽい口調で、妙に偉い立場にある。
まぁ、普通避けるよな。
だが、守・真衣・貫太の少年少女組を見ていると、アルへの苦手意識のようなものが一切見受けられない。
この旅路を通して、信頼関係が築けていたってことなんだろうなァ。いや~、なんか嬉しいな。
子を見守る親の気持ちってこんな感じなんだろうか。
とか冗談めかした思考を続けていたせいで、アルの言葉を聞き漏らしかけた。
「遅れたことは素直に謝罪する。すまなかった。だが、必要な時間だった」
俺とのザリガニ談義ってそんなに必要だったか? いや、口に出して茶化すのはやめておこう。
「おい、アル……」
おまえ、自分の種族のことは。俺以外のメンバーには、未だに隠し続けるのか? そう意思を込めた視線を送ると、アルは頷いた。
「いや、現状で話せる範囲までは話すさ。皆、聴いて欲しいことがある。俺の種族についてだ」
アルの種族。俺は一足先に知らされている。それに、俺と行動していた面子も、ティスによる推論を聞いているため、心構えができている。
「――俺は……アニマだ。この時代、吸血鬼と誤認されがちな、人の血を喰らう種族。レンドウと同じ、な」
表面上、その言葉にそれほど大きなショックを受けた人物はいないように見える。
「……やっぱり」
マリアンネに至っては、そう呟いていた。
そりゃ勿論ビッグニュースではあるんだけど、だからどうした感がある、といった感じだろうか。
人間じゃない、ってこと自体はもうエスビィポートで明かされてた訳だし。
いきなり背後から襲って来るような相手じゃないって、もう分かってるしな。
「ひ……コホン。人の血を……って仰いましたけど、でも歩く辞書さんもレンドウさんも、人間と同じ食事ができてますよね?」
そろりと手を上げながら発言したのは真衣だ。最初、上手く声が出なかったのか咳払いが入ったが、ちゃんと会話に混ざろうと努力しているのはいいことだと思う。
アルは頷いた。
「その通りだ。趣味嗜好の差こそあるが、吸血鬼やアニマは人間の食事でも生きていくことができる。それで100%の力を発揮するのは難しいだろうが」
付け加えられた言葉が、やはり種族間の融和の難しさを象徴しているような気はしたが。
正直、俺はもう“人間と上手くやっていくために、魔人側が配慮する”ことくらい別にいいじゃねェかと思い始めているところはあるんだけどな。
……尤も、俺のこの半分諦めみたいな考え方に他の魔人を勝手に巻き込むのもどうかと思うから、あまり口には出さないようにしているが。
「それから、もうその呼び難い呼称に拘る必要も無い。俺の本当の名は、アルフレートという。アルフレートでもアルとでも、好きに呼んでくれて構わない」
……どういう心境の変化なんだ?
心境と言うより、変化したのは状況なのか。
この遠征が始まってからは“リーダー”という呼称が自然と生まれていたため、そこまで不便を感じていたメンバーは居なかったようにも思うけど。
「アルフレート……」「アル……さん」
大生と守が、咀嚼するように口に出し、彼の名前を呼んだ。
「アニマの……アルフレート。ということは、あなたとは以前にも会ったことがある。そうよね?」
マリアンネが、アルに向けて問う。それは俺も気になるところだ。
――間違いなく、記憶を無くす前の俺とも面識があったんだろうからな。
だからこそアルフレートは、人間界にやってきた俺を「こいつは吸血鬼の貴族の血統だ」と明かすことができたんだ。正しくは吸血鬼では無かった訳だが。
「あ」
アルはマリアンネに向けて返答しようと、口を開きかけていたようだった。
そこに俺が声をあげたもんだから、一瞬時が止まってしまった。
……ううっ、やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。
マリアンネから飛んでくる刺すような視線が痛すぎる。またあなたなの、どうしているも私の邪魔をするの。そんな恨みの籠った視線だ。
決してわざとじゃないんだって。んでもって、マリアンネが俺を睨めば、カーリーも剣呑な空気を纏ってマリアンネを睨み返しちゃうから。一生終わらないループ構造になるからやめてくれ。
「いい、何か思いついたことがあるならさっさと言ってしまえ」
はぁとため息をついて、アルが発言権を与えてくれた。
いや、その心遣いは大変ありがたいんだけども、あいにくどうでもいい系なんだよな……。
「いやほんと、大事な話を遮るほどのことじゃないかもしれなくて申し訳ないんだけど。……ありがとう」
真っすぐにアルを見据える。このありがとうは、発言を許してくれたことに対するものだけじゃない。
「あの日、お前が俺を貴族だって、副局長達に告げ口したのは。……俺が。俺自身が、クレアの身代わりになりたがっていたからなんだろ?」
お前は、それを後押ししてくれたんだ。
ちっぽけなガキのちっぽけな勇気を、お前が拾ってくれたんだ。
苦労もしたし、痛い思いも沢山したけど。
人間界にやってきてから得たこの経験は、決して失ってはならない、俺の核になったという確信がある。
「――だから俺は今、ここにいられる。お前のおかげだ、アルフレート」
素直な気持ちを口にした。すると、どうだろう。
「……フッ、そうかよ」
あのアルフレートが! 少し照れたように、メガネを押さえながら眉を撫でつけた! ついでに、レイスは少し涙ぐんでいた。
「なんで泣くんだよ……」
「いや、レンドウの成長が嬉しくて……」
「あっそ」
勝手にお母さん化すんな。あれ、俺もさっきしたっけか?
『――確かに夜の謁見まではまだ時間があるのだろうが、決して無限ではないことを忘れぬようにな』
恐らく俺とナージアにしか聴こえていないであろう、ヴァギリによる叱責だ。
聴こえている者として、俺がそれを組んでやる必要があるだろう。
「……脱線させちまってすまん。んじゃ、アル」
「ああ。そもそも、俺の身の上話も早めに切り上げていい類の話題な気もするが。お前たちに疑問があるなら、それだけ答えておこうか」
アルは顎に手を当てて、考え込むような仕草を見せた。この期に及んでまだ全てを話せるわけでは無いんだよな。
言ってもいいことと伏せておくべきことを、脳内で整理しているんだろうか。
「先程のフェリスの問いだが、その通りだ。俺は……8年前。……吸血鬼とアニマによる≪翼同盟≫と、サンスタード及び周辺国家の連合軍との間で起きた戦争。それ以前までは、お前たちと同じ集落で暮らしていた」
出た、吸血鬼の族長、ヴィクターさんが心躍ったっていう激戦とやらだ。
「俺が大怪我を負って、記憶を無くしたのはその戦いのせいなんだっけ?」
「そうだ。連合軍の当初の予定では、工作員を送り込み、あわよくば友好的な関係を築こうとしたようだが」
「何かが合って、決裂しちまったわけだ。……いや、工作員って言葉の響き悪すぎなんだけど? そんなもんを送りこんどいて友好的も何も」
「そこは俺の言葉選びが悪かったかもしれんな。だが、俺はあの時のあいつの言葉を、今日まで疑ったことはない」
アルの瞳は真剣だった。こいつは人間ではないが、そんなに昔から人間を信じることができていたんだな。
「あいつって?」
「――アドラスだ。あいつがいたから、俺は人間界を選んだ」
ヴァリアーの副局長、アドラス。
たった一人で魔王軍の一個師団を壊滅させたことがあるだとか、魔王軍軍師ニルドリルのライバルだとか。
そんな触れ込みを持つ割に、俺からするとちょっと剣技のレベルが高いだけのメガネ野郎にしか見えなかったあの男。
「あいつ、ヴァリアーが出来る前は……ん? どこに所属していたんだ?」
「当然、サンスタードではないさ。帝国で教育を受けていれば、魔人と友好的に接するなどという発想が生まれるものかよ。あいつは無統治王国で育った、辺境の出だ」
おいおい、最低な教育だなサンスタード帝国。もはやそれって洗脳じゃね?
洗脳と教育は紙一重とは、全くよく言ったものだと思う。
「無統治王国の予定とは違い、結局は帝国主導によるいつも通りの魔人狩りとなった訳だが……」
アルは、遠い昔を懐かしむように目を瞑った。
「アドラスが俺を匿った。衣服を与え、髪の色を変え、自分の部隊に潜ませた」
「…………んん?」
なんか、どこかで聴いたような話だな。どこの何ドウだよ。
「8年前の俺は、レンドウ。お前にそっくりだったと思うよ」
やっぱり、そうだよな! 俺に似てると思った。
「なんか、上から見下ろされてるようでいい気はしないな……」
「勿論、お前が俺の後追いをしていると言うつもりは毛頭ないが。……お前を見ていると、昔を懐かしく思ってしまうんだ。それくらい許せ」
「いやそんなん許すも許さないも無いだろ。どーぞ心の中でだけ、好きなように懐かしんでおいてくれ」
アルは目を開けてフッと笑うと、
「そうさせてもらおう。……酷く簡素ではあるが、これで疑問には答えられただろう」
「……そうね」
マリアンネは頷いた。満足したかというとそうでも無さそうだが、そもそも彼女や、記憶を失う前の俺とアルにはそこまで接点は無かったようだし、こんなもんだろ。
こうなると、逆に気になるのは、ここまで話しておいて未だに隠し続けなきゃいけないことって何よ? ってことだけどな。
今日の夜には全てを明かすとこのことだが、そんな数時間で状況がコロッと変わるとかあるのかよ?
まぁ、もう信じるって決めたからいいけどさ。
「では、次の話に移ろう。俺達と別れた後、レンドウ達の分隊では何があったのか。……先に言っておくが、こちらはそれほど大層なことは起きていないから後回しでいい」
付け足しつつ弧を描いた口元が恨めしい。俺の開きかけた口は、意味を失ってしまった。
「少々、ニルドリルによる追撃はあったがな。剣氷坑道の天井を崩し、道を塞ぐことで逃げ延びることに成功した。端的に言えば、それで終わりだ」
アルが円卓に両手を置き、マリアンネはきつめの眼差しで俺を射抜き、レイスが頷いた。皆の視線が俺に集中する。
――いや、俺以外の面々も、必要があれば喋ってくれよ?
なんで俺が代表みたいになってんだ。
……俺が無理を言って、アザゼルを助けるために離脱したからか? ほんとすいませんでした。
「アザゼル・インザースを追って、その結果何を知ったのか。剣氷坑道で、どのような戦いが繰り広げられ……その結果、ニルドリルが死ぬことになったのか。順を追って、詳しく話してくれ」
そうだな。俺だって何も考えていなかった訳じゃない。
何があったのかをスムーズに説明できるよう、脳内でまとめて置いたところはあるんだぜ。
……長い話にはなるだろうが、さて、もうひと頑張りしてやるか。
痛みの伴わない苦労なんて、なんてことないんだから。
アルフレートとアドラスの関係については、もっと個別に書きたいところはありますね。
現状、アドラスというキャラクター自体が謎めいているので、まだその時では無いかな。